784 お手伝い
何が駄目なの?
水が?
すぐに答えが判明する。
「じっとしていられません。元侍女ですから。お手伝いをしますね!」
「えっ?!」
「お待ちください!」
「私共にお任せ下さい」
「ちょっと待って!」
慌ててラブやアリシア達が止めるものの、言葉だけでしかない。
リーナは素早くテーブルまで行くと、小皿に軽食を盛りつけ始めた。
更に、周囲にいる者達に声をかける。
「すみません。手が空いている方は手伝って下さいませんか? 小皿に綺麗に軽食を盛りつけて、休憩したい方達に無料で提供しようと思います。時間的にもお腹を空かせていそうですし、座る場所がなくて疲れている方もいるはずです。きっと喜んでくれます。配慮をしてくださった皆さんにも感謝すると思います」
それを聞いたパーティーの参加者達はすぐに動いた。
それぞれが我先にと小皿に手を伸ばし、サンドイッチや菓子などを盛りつけ始めた。
「あまり沢山載せ過ぎない方が綺麗に見えます。よかったらこちらを見本にして下さい」
リーナは自分が盛り付けたサンドイッチの小皿をテーブルに置いた。
元侍女だけに、様々なことを学んでいる。
小皿に料理を盛り付けることについても、基本的なことは学んでいた。
王族のためにブッフェなどから適当に何かを小皿に盛り付けて用意するということを想定した勉強だった。
「サンドイッチは具が見えるように横に置くのが基本です。でも、運ぶ際に崩れないことを重視して、パンの部分を上にしても大丈夫です。綺麗に見えればいいので」
リーナはサンドイッチを小皿の上に四つ、正方形になるように並べた。
まさかの平置き?!
綺麗に見えないけど。
それを見ていた者達は心の中で叫んだ。
リーナはそれで終わりにするのではなく、もう一つサンドイッチを取って中央部分に積み重ねた。
「これは山型という盛りつけ方です。基本中の基本過ぎてあまり見かけませんが」
確かに山ではあるわね。
単純すぎる盛り付けだしね。
しかし、盛り付けのプロでもなく侍女として働いた経験がない貴族の女性であっても簡単にできる盛り付け方だった。
「凄く簡単な盛り付け方だわ」
「運ぶ時にも崩れないわね」
「崩しようがないでしょう。お皿を落とす以外は」
「できれば五つとも違う味のサンドイッチにするといいです」
「それもそうね」
「わかったわ」
リーナの指示で次々と令嬢達はトングや未使用のフォークとスプーンを利用するなどして、小皿にサンドイッチを盛りつけ始めた。
「手が空いている方は盛りつけたお皿を運んだり、綺麗なお皿を集めたりして下さいませんか? お菓子の方もお願いできると嬉しいのですが」
「はーい!」
「わかりました!」
すぐに数人が菓子の方へと移動していく。
「ちょっと楽しいかも」
「こういう準備は自分達ではしないものね」
「学校の調理実習の時みたい」
「そうね!」
「王族付き侍女による講義よ」
「だったら貴重ね」
「山型なんて初めて聞いたわ」
「私も」
「これってピラミッド型じゃないの?」
「それでも間違いではないのですが、何段も高く積み上げたものをピラミッド型といいます。段が少ない場合は山型だと教わりました」
女性はリーナに尋ねたわけではなかったが、リーナは丁寧な口調で説明した。
「そうなのね」
「へえ」
「さすが!」
パーティーの参加者達はリーナと過ごす時間が増えたことを喜んでいた。
「リーナ様! お菓子はどうすればいいのでしょうか?」
「フルーツは難しいです。どうすれば綺麗に見えるのでしょうか?」
「オードブルは?」
普段から美しく盛り付けられた料理や菓子を見慣れているものの、いざ自分で盛り付けとなると、どうすればいいかわからないと思う者が続出した。
「アリシアさん、クローディアさん、手伝って貰えませんか?」
最強ともいえる助っ人の名前をリーナは呼んだ。
「果物は難しいから私が教えるわ」
「では、菓子の方を」
リーナの行動とそれに対して多くの女性達が動き出す様子を見て考えあぐねいていたアリシアとクローディアも動き始めた。
「サンドイッチの方をお願いします。私はオードブルの見本を作ってきますので」
「わかりましたわ」
「いってらっしゃいませ」
リーナは周囲にいる者達にサンドイッチの盛り付けを任せ、オードブルの方へ移動した。
「この大きさだと、一皿で一人分です。赤・緑・黄色を意識した時計をイメージします」
「時計?」
「まずは十二時、三時、六時、九時の四つを置きます。その間に二つだと……窮屈そうなので一つにします。等間隔の方が綺麗です」
リーナはテキパキと説明しながらオードブルを置いた。
確かにオードブルが置かれた場所を時針の場所とすることで時計のようでもある。
皿の大きさに合わせ、時針の数を調整することでバランスよく配置する。
「中央は……あれがいいですね。簡単なので」
リーナは小さな器に入ったものをそのまま中央に一つ置いた。
「これで完成です。同じようにお願いできますか? 全く同じオードブルでなくても大丈夫です。赤、緑、黄色を意識すれば別のものでも」
「色が偏りすぎないようにするわけね」
「彩りよく美味しそうにってことよ」
「勉強になるわ」
「いつも食べたいものを取るだけだしね」
「そうね。すぐ食べてしまうと思うと、見た目は気にしないわよね」
いつもどう思っているのかを何気なく言葉にしただけだった。
「できればですが、パーティーのブッフェでは小皿の上がどうなっているのかを気にしておいた方がいいかもしれません」
リーナが言った。
「どうしてですか?」
「女子力があると思われるから?」
「誰かに話しかけられてすぐ食べることができなかったり、何を選んで取ったのか見られたりすることもあります」
確かにそう言ったことはよくありそうだと女性達は思った。
自分も誰が何を選んでいるか、人気のありそうなものなどをチェックすると。
「その際、小皿の上が雑然としていたらどうでしょうか? 自分で食べるだけなので問題ないと思う者もいるとは思いますが、もっと綺麗に取った方がいいと思う者もいるはずです。悪い印象を持たれないように、小皿の上を綺麗にしておきます」
リーナの説明を聞いた女性達は大いに納得し、一方で反省した。
ほとんどの者達が何も考えずに食べたいものを小皿に取っていた。
周囲から小皿の上が雑然としている、美しくないと思われているかもしれないことを、完全に失念していた。
「今度から気を付けます」
「私も」
「そのためのレッスンね!」
「とってもいいことを聞いちゃったわ!」
「そういったことは側妃候補として教わったのでしょうか?」
「いいえ。お兄様から教わりました。一緒にブッフェに行った時」
パスカル様から?!
さすがパスカル様!
絶対に気を付けるわ!
女性達はリーナの話や指示に耳を傾けながら、せっせと小皿の上に美しくオードブルを盛りつけた。
ラブとヴィクトリアは椅子とテーブルの配置やその上に置く小皿について細かく指示を出した。
カミーラとベルは馬車の用意できた者達に声をかける。
だが、休憩室の準備を手伝いたい、リーナともう少しだけでも一緒に過ごしたいと思う者もいることから、説得もしなければならなかった。
「キュピエイル侯爵令嬢、馬車の用意ができています。早く移動して下さい」
「まだ帰りたくないです! リーナ様のお手伝いをしたいです!」
メロディは拒否した。
簡単には頷かないと思ったラブがすぐさま声をかける。
「さっさと帰りなさい! どうせ、読みかけの本があるでしょ!」
「来る時に丁度読み終わったからないです」
「新しい本を読めばいいじゃない!」
「リーナ様と王太子殿下を主人公にした本があるなら帰ってもいいですけど?」
そんなものはないというのがわかっているからこその言葉だった。
しかし、
「それなら特別展のカタログでいいわね! 早く帰って!」
「恋愛小説じゃないです!」
「恋愛小説とは言わなかったわ!」
メロディはなかなか了承しなかった。
その様子に気付いたリーナは声を上げた。
「メロディさん、気を付けて帰って下さいね!」
「ああ、リーナ様……お名残り惜しいです! ぜひまたお会いしたいです!」
別れの挨拶をされてしまったがゆえに、応じなければならない。
メロディは声をかけて貰ったことと名前を呼んで貰えたことを嬉しく思いつつも、泣く泣くレストランを退出した。
「馬車の用意ができた者は速やかに帰宅するように! 二階のグループのせいで馬車乗り場まで混雑していると言われてしまうのは困るわ!」
ヴィクトリアが断固とした口調で通達した。





