781 プレゼントタイム
ブライダルシャワーは結婚する女性を祝うだけでなく、結婚祝いの贈り物を用意する。
一般的には新婚生活で必要になるもの、実用品を贈り物にするが、事前に本人が欲しいと思うものを確認し、友人同士で贈り物が被らないようにすることもある。
今回はブライダルシャワーをすること自体が秘密にされていたため、リーナにどのようなものが欲しいかを確認してはいない。
しかも、リーナは名門伯爵家の令嬢で結婚相手も王太子。新婚生活を送るにあたって足りないものなどない。全てが完璧に用意されているはずだ。
また、王家に入る女性に相応しいものでなければならないが、余りにも高価過ぎるものだと賄賂になる可能性もあるため、気を付けなければならない。
そういったことからプレゼント選びは非常に難しかったが、リーナの優しく素朴で飾らない性格を考慮した結果、心が籠った贈り物だと感じられれば喜ぶだろうという答えが出た。
「では、これよりリーナ様への贈り物を渡します。時間がかかることが予想されるため、化粧室の利用を終えているか利用しない者から順番に渡していきますので、各自準備をして一列に並んで下さい。最後の贈り物は全員が揃った時に渡します」
ヴィクトリアからの通達により、会場にいる女性達は会場の隅に用意されたテーブルの方へと向かった。
テーブルの上にはいくつもの箱があるが、その箱を渡すわけではない。
そこに用意した贈り物を入れることになっていたため、取り出すために集まっただけだった。
「贈り物がいただけるなんて……凄く嬉しいです。でも、どんなものなのでしょうか? ドキドキします!」
リーナは後ろを向くように言われていたため、パーティーの参加者達が贈り物を用意している様子を見ることはできなかった。
「もういいわよ。前を向いて!」
ラブの言葉を聞いたリーナは緊張しながら前を向いた。
女性達が一列に並んでいるが、手を後ろにしているせいで、何を持っているかは見えない。
しかし、ヴィクトリアが持っているものは見えた。
「まずはこれを」
ヴィクトリアがリーナに渡したのは紙製の手提げ袋だった。
ハッピーブライドと大きく書かれているだけの白いシンプルな手提げ袋だ。
中には何も入っていない。
贈り物にしてはあまりにも簡素なものだった。
「……これはヴィクトリアさんからの贈り物ですか?」
「そんなわけがないでしょう? 贈り物を入れるバッグよ」
手提げ袋は非常に大きなものではない。紙製であることから考えても、重すぎるものは入れることができない。
小さくて軽いプレゼントが用意されているのだろうとリーナは推測した。
「じゃあ、最初は……マルケーザからね!」
「王立歌劇場の女性に関する責任者として紹介された者よ。覚えているかしら?」
列の一番前にいたのはデヒュロー公爵の孫娘で伯爵令嬢のマルケーザだった。
元第二王子付き女官だったが、今は転職して王立歌劇場で女性に関することを扱う担当者として勤務している。
リーナが初めて王族専用の化粧室へ行く際、案内した者だった。
「覚えています。確か、色々と説明してくださった方ですよね? お久しぶりです」
「お久しぶりでございます。本日はクローディアの友人として参加しております」
マルケーザは第二王子派の貴族であるだけでなく、王宮で働いていたこともある。現在の仕事も第二王子に関わるものであるため、クローディアとは仕事上もプライベート面でも交流をしている。
「この度はご婚約、そして明後日には婚姻されますこと、心よりお祝い申し上げます。私は王立歌劇場に勤務している関係上、リーナ様がご来場になる際に御用をお伺いすることもあるかと存じますので、今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します」
「どうぞお受け取り下さいませ」
マルケーザは手に持っているハート型のカードを差し出した。白と赤がある。
「これは……名刺ですか?」
リーナはまじまじと手渡されたカードを見つめた。
白いハート型カードの表にはマルケーザの名前、住所、生年月日。身分、職業が記入してある。
「裏面もご覧下さい」
裏側はアピール欄になっており、趣味や特技、学歴、好きな色、好みのタイプの男性まで記入されていた。
「これはアピールカードと言うの」
「自分をアピールするためのカードよ。社交クラブで知り合うためとか、お見合いパーティーとかで用意するのよね」
表側には名前や住所、身分や年齢といった基本的な情報を記入し、素性を伝えるために活用する。
アピールカードを渡された相手は表側にある内容を確認し、興味を持った場合は裏側にある情報やアピールポイントを確認する。
興味がない場合は裏側を見ることなく相手に返す。
「このようなものを相手に渡すパーティーもあるわけですね」
「今日のパーティーに参加した者について知るにも丁度いいでしょ?」
一人一人が順番に挨拶してアピールすると時間がかかってしまう。リーナも覚えられない。
そこで、会場でアピールカードに記入し、贈り物として渡すことにした。
これならパーティーに来た者のこともわかりやすく、後で確認することもできる。
リーナの結婚を祝福し、何かあれば支援する者達が大勢いるということがブライダルシャワーの贈り物だった。
「まさに実用的でありつつも、気持ちが込められた贈り物でしょう?」
「リーナ様に協力してくれる女性達を確保して贈り物にするってこと!」
「発想が凄いです……」
「もう一枚の方も見てね」
リーナは赤いハート型のカードを見た。
そこにはお祝いのメッセージと共に、マルケーザのお勧めが書かれていた。
「こっちはメッセージカードよ。お勧めのものを記入することになっているの。食べ物とかお気に入りのお店とか、面白い本とかなんでも。情報も役立つ贈り物になるわ。マルケーザのお勧めは何だった?」
「オペラです。愛の指輪を温めて、という演目です」
「喜劇ね。水の入ったグラスに入れたエンゲージリングが凍っちゃって取り出せなくなるやつ」
どこかで聞いたことがある内容だとリーナは思った。
「とても面白いお話です。他にも面白いオペラが沢山」
「長くなるからそこまでよ。次の人に交代して。できるだけ手短にね」
喜劇よりも悲劇を好むヴィクトリアはオペラ談議に花を咲かせるどころか容赦なくマルケーザを次の者と交代するよう促し、並んでいる者達にもあまり時間をかけないように注意した。
「リーナ様、もうすぐご結婚ですね。おめでとうございます! 一生懸命書きましたのでお受け取り下さい!」
二番目の女性は廊下で話し合っていた際、リーナの提案に賛同することを表明した女性だった。
「先ほど廊下でお会いしましたね。とても勇気づけられました。ありがとうございます」
リーナはにっこりと微笑みながらお礼を述べた。
「素晴らしい案だと思って! しかも、私達のことまで考えて下さっていたのですね。リーナ様は本当に優しい方だと思いました!」
リーナは渡された白いカードを素早く確認した。
「メロディさんというのですね。音楽が得意そうなお名前です」
「両親が音楽好きで名付けただけです。私が好きなのは文学なので、お勧めとして愛読書を記入しておきました!」
リーナは赤いカードの方も確認する。
「メロディの愛読書はヒロインが複数の異性にモテまくる話ばっかりでしょ!」
「名作ばかりです!」
「本性と醜態を晒す前に交代してよね!」
「新米伯爵夫人のモテモテでハーレムな日常という本が一番のお勧めです!」
「時間終了!」
ラブも容赦なくメロディを交代させた。
誰の友人かは聞かなくてもわかりやすい。
三人目はメガネをかけたいかにも真面目そうな女性だった。
「リーナ様にご挨拶申し上げます。レセラ=レーエと申します。この度は王太子殿下との婚約が調い、また土曜日にご結婚されますこと、心よりお祝い申し上げます」
見た目通りの固い口調による挨拶に、リーナもまた真面目にお礼を述べた。
「ありがとうございます」
「本日はこのようにご尊顔を拝見できますこと、至上の喜びに存じます。つまらないものではございますが、お受け取りいただけますようお願い申し上げます」
「そんなことは……ありがとうございます」
リーナもついかしこまった態度でカードを受け取る。侍女時代に培われた反射的な対応だ。
「私もお勧めの本を記入しておきましたので、お時間がありましたら是非ご一読下さいませ」
大陸七大不思議。古代遺跡に想いを馳せて。
冒険ロマンものと謡っている本で、著者はセダン=レーエとある。
「父の著書ですが、意外と売れております。シリーズになっておりまして、暇つぶし程度にはなるかと存じます。本の収益は父の研究費用になりますので、考古学の発展に貢献できます」
「そうですか」
いいことにつながりそうだとリーナは思ったが、考古学というもの自体、実はよくわかっていなかった。
「ちょっと! お堅いふりしてメチャクチャ身内本の購入をほめのかしているじゃない!」
「本を書いて研究費用に充てるのは常識でしょう? 恋愛小説よりは現実的で学術的な内容だわ」
ヴィクトリアは友人であり講師仲間でもあるレセラの肩を持った。
「恋愛レベルを高めるためにはこういった本を読むことだって悪くないわ」
ラブもまた友人としてパーティーに呼んだ手前、メロディの肩を持った。しかし、
「ヒロインはとても恥ずかしがりですが、突然政略結婚をして伯爵夫人になったら夫の伯爵や友人のイケメン達が」
「解説しなくていいから!」
割り込んできたメロディと一緒にレセラも追い払われた。
リーナは様々な人が参加しているようだと感じて密かに身構えたが、その次に挨拶をしたのはベルの友人だった。
「私はキャスリー=ハイエグゼルと申します。ベルとは古くからの友人で、学校を卒業した後も親しくしています。白蝶会にも所属しています」
「白蝶会に?」
「はい。この度は本当におめでとうございます。リーナ様のおかげでベルにもようやく恋人ができ、エルグラード中に愛が溢れています。どうか末永くお幸せに」
「ありがとうございます」
「私も陰ながらリーナ様のお力になれたらと思っております。何かありましたら遠慮なくお声をかけて下さいませ。多くの者達が順番待ちをしておりますのでこれで」
キャスリーは微笑みながら一礼すると、居座ることなくその場をすぐに移動した。
「さすが公爵令嬢ね。礼儀正しいわ。他の者達にも見習って欲しいわね」
ヴィクトリアは優秀な生徒を褒める教師のように満足そうに言った。
リーナは受け取ったカードを手提げ袋に入れようとしたが、赤いカードが一枚床に落ちてしまった。
ラブは素早くそれを拾いつつ、記入された内容を確認した。
お勧めは白蝶会と書かれていた。
是非また遊びに来て欲しい。見学会やお茶会もあり、いつでも歓迎するという内容が書かれていた。
どう考えても勧誘、あるいは白蝶会の広報活動だ。
それをラブやヴィクトリアに指摘される前に素早く退き、後でリーナがじっくり見る際に読めば何も言われないと踏んだに違いなかった。
ああいういかにも礼儀正しい感じがする方が意外と小賢しいのよね! 注意しなくちゃ!
ラブは改めて自分がリーナを守らなければと決意した。





