774 祝福の催し
展示を見た後、リーナはラブに手を引かれ、休憩するためにレストランへと連れていかれた。
「閉まってます」
レストランの大きな扉はぴったりと閉じられており、「閉鎖中」の札がかけられていた。
「営業していないようです。休憩は無理そうですね」
ラブはドアのノブに手をかけた。
ガチャリと音がする。
「開いているかも?」
「えっ?」
「私がドアを開けるから、リーナ様は中を確認して。レストランの者がいたら、臨時休業かどうか聞いてみましょ!」
「そうですね」
リーナは気づかなかった。
なぜ、ラブが自らドアを開け、リーナが中を確認する必要があるのか。
同行する侍女や護衛が黙ったまま何もしないことを疑問に思うこともなかった。
「よいしょっ!」
ラブがドアを開けると、リーナは中に入った。
誰か……いるかしら?
そう思って首を動かしたまま固まる。
レストランの中には大勢の者達がいた。予想以上に。
全員の視線がリーナに集まった。
「来たわよーっ!」
リーナの後ろから入って来たラブがそう言ってリーナの手を引いていく。
すでに悲鳴のような歓声と盛大な拍手が鳴り響いていた。
「リーナ様!」
「おめでとうございます!」
祝福の声が響き渡ると同時に、天井からつるされたくす玉の紐が引っ張られ、二つに割れた部分からカラフルなリボンや紙吹雪が飛び出した。
続いて女性達がリーナに向けて紙吹雪を投げる。まるで結婚式のフラワーシャワーのように多くの紙吹雪がキラキラと輝きながら軽やかに宙を舞った。
部屋の中央まで移動すると、ヴィクトリアが満面の笑みを浮かべながら出迎えた。
「リーナ様、改めておめでとうございます。もうすぐ花嫁になることをお祝いして、ブライダルシャワーを開くことにしました。今日はここにいる全員で楽しく過ごしましょう」
リーナは声が出ない。驚きの表情のまま立ち尽くしていた。
「驚いたでしょ? びっくりさせようと思って極秘で準備したのよ!」
「リーナ様の大好きな美味しいものを沢山ご用意しています」
「リーナ様のご結婚を心から祝福していることを伝えたいの! 私達の友人や知り合いも一緒よ!」
カミーラとベルが笑顔を浮かべながら側に寄って来た。
「リーナ様、これを」
クローディアは主役であることをあらわすサッシュを肩から斜めにかけ、下の部分をリボン結びにした。
手際よくアリシアも補助に入り、バラのコサージュをつけ加える。
「これで主役だってことが一目瞭然ね!」
サッシュには『ハッピーブライド』の文字が刺繍されている。
リーナの幸せな結婚を願う気持ちが込められているのは一目瞭然だった。
「乾杯しましょう」
リーナが硬直したまま何も言わないため、ヴィクトリアは素早く対応を切り替える。
即座に給仕達が反応し、乾杯用のグラスを次々と運んだ。
「それでは、あまりにも驚きすぎて声もでないリーナ様をより驚かせ、喜ばせ、楽しませ、幸せな時間を過ごせるように乾杯!」
「乾杯!」
高く掲げられたグラスにはピンク色の液体。
リーナも周囲の雰囲気に飲まれて一口飲んだ。
甘い……イチゴジュースだわ!
リーナの結婚生活が甘くなるようにという願いを込め、乾杯のジュースは甘いピンク色のジュースが用意されていた。
「スイーツも沢山あるのよ!」
ラブがビシッと指を差す。
リーナは会場にあるテーブルの上に様々なスイーツが用意されているのを確認した。
デコラティブで特長のあるものばかりに見える。
特に目立つのは高く何段にも重ねられたケーキだ。
「もしかして、あの勉強は……」
「リーナ様が興味を持たれたスイーツをご用意しました」
カミーラが早速種明かしをする。
「カタログだけでなく、ぜひ実物をみていただきたく」
「細かいオーダーができるものもあったでしょう?」
カタログのお取り寄せスイーツには提供される催しの趣向に合わせ、細かいアレンジなどのオプションがあった。
リーナが特に興味を持ったのは、かなり大きなサイズのケーキを催しの趣向に合わせて発注するものだった。
通常は何段にも重ねたケーキで、ウェディングケーキとして注文されることが多い。
それ以外の催し、誕生日パーティー用にもアレンジすることができる。
勿論、ブライダルシャワー用でも可能だ。
「正直に白状すると、本物のウェディングケーキよりも立派なものを用意した自信があるわ!」
本物のウェディングケーキというのは王家あるいは王太子が用意したものという意味だ。
ラブの言葉は一歩間違えば不敬になるが、そんなことを気にする性格ではまったくないことを誰もが知っていた。
「見て見て! 私がデザインしたのよ!」
どうみても会場に用意されたケーキの中で最も高く積み上げられたケーキはリーナの年齢に合わせて二十段になっていた。
普通に積み重ねると下段のケーキが重さでつぶれてしまうため、二十段の特製ケーキスタンドにケーキが置かれている。
全体の統一感もしっかりと考慮され、遠目に見るとスタンドがあるとは思いにくく、一つの巨大な装飾されたケーキに見えるようになっていた。
「リーナ様といえばやっぱり白でしょう? だから、純白のケーキよ!」
ラブのイメージは完全に自身の兄の嗜好と一致していた。
少なくとも、ケーキについては。
「スポンジに生クリームを塗りたくって白い飾りをたっぷりつけたわ! だけど、中は違うのよ。イチゴがたっぷり入っているの。しかも、ハートの形になるようにセットしてあるわ。つまり、リーナ様の中に沢山の愛があるってこと!」
ラブは自分のデザインしたケーキを自慢したくて仕方がなかった。
「それから頂上はやっぱりティアラでしょ! 飴細工で作らせたわ!」
最上段には黄金色に輝く飴細工のティアラが載せられていた。
リーナが王太子の妻になるということをあらわすためでもあるが、この巨大なケーキをリーナ自身に見立てるためでもあった。
「絶対に食べてね?」
「食べていいのですか?」
リーナは思わず尋ねた。
「当たり前でしょ! ここにあるケーキはリーナ様にアピールした後、ここにいる全員で好きなのを食べるのよ。沢山の人を呼んだのはケーキを捌くためといっても過言じゃないわ。リーナ様と月明会のメンバーだけじゃ食べきれないもの!」
ラブのデザインしたケーキは二十段。一人一段としても二十人分はある。リーナと月明会のメンバーだけでは余裕で余ってしまう。
だが、ケーキはその一つだけではなかった。
他にも巨大なケーキがいくつもある。
「私のケーキを見て欲しいわ」
ヴィクトリアが毅然とした口調でそう言った。
「会長である私のケーキよりも先に紹介するなんて……本当にラブはしょうがない子ね」
月明会の会長は年長で身分も高いヴィクトリアが務めることになった。
カミーラやベルはヘンデルの補佐、アリシアとクローディアも仕事をしている。身分は高くても未成年のラブが会長になるのは不適当だ。
教師として働いているヴィクトリアは最初こそ乗り気ではなかった。
しかし、リーナの側にいることによってこれまでは経験できないような活動に従事したり、王族や王家だけに許された特別な芸術品に触れるなど、自身の心と人生をより広げ満たせる可能性を感じ、快諾することにしたのだった。
「身分の順番でいいじゃない。それなら私が一番だわ!」
「都合のいい解釈ね。取りあえず、時間もあるからいいわ。私のデザインしたものはあちらです」
ヴィクトリアがデザインしたのは真っ赤なケーキだった。
「ラズベリー味のケーキにイチゴ、赤いバラの飾りをつけました。愛と情熱をあらわしています。リーナ様自身、愛に溢れている方ではありますが、王太子殿下の寵愛を一身に受ける女性ということもあらわしています」
ヴィクトリアのケーキはラブほどではないものの、かなりの高さがあった。
一段の厚みもある。全部で七段。ラッキーセブン、幸運をあらわしている。
「頂上にはリーナ様と王太子殿下を配置したかったのですが、勝手にモチーフにするのは不敬になりかねませんので、白鳥姫と王子を飾り付けました。こういった飾りは古いという者もいますが、やはり王道だと思います」
真っ赤なタワーケーキの上にあるのは白いドレスと礼装姿の男女が手を取り合いながら見つめ合っていた。
説明を聞けば白鳥姫と王子だとわかるが、何もいわなければリーナと王太子に見える。
髪色もさることながら、白鳥姫と王子の身長差がかなりあるために。
どう考えても王太子が長身であることを思い浮かべてしまう。
「あの人形って砂糖菓子?」
ラブが尋ねた。
「そうです」
「あれって食べれないじゃない? 扱いに困るからみんな避けるのよ」
大きな砂糖菓子は食べにくい。
崩すのも割るのも不吉だと感じ、飾り付けとして避ける場合もありそうだと思われた。
「人形はほぼ砂糖で作られています。そこでお湯を入れたポットを用意し、人形を沈めます。砂糖が溶けて甘くなったお湯に茶葉を入れ、お茶にして飲んでしまえばいいでしょう。ガラスのポットでなければ中の様子は見えません。花嫁と花婿の愛が溶け出した甘いお茶として縁起のいい飲み物になります」
「さすがヴィクトリア様、細部までしっかりと考えられています」
カミーラがヴィクトリアを称賛したが、それは自分のケーキの説明へと移行するためだった。
すでに身分順に紹介するということがラブとヴィクトリアの会話に出ていたことからも、二人の次は侯爵家の出自であるカミーラの番だった。





