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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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773 ちゃんとある

「こっちこっち! 王太子殿下とレーベルオード伯爵令嬢の経歴表があるわよ!」

「大きいですね」


 リーナはパネルを見上げた。


 パネルは細長い長方形のものが上下に二つ並んで壁にかけられている。


 上は王太子の年表で、最初の記載は誕生日だ。


 エルグラードの第一王子として生まれ、王太子位を与えられている。


 下はリーナの年表だ。


 クオンが王立学校に在学している頃に誕生日の記載があった。


「十歳差だし、こうして比べてあるとわかりやすいかもね」

「そうですね」


 確かにわかりやすいとリーナは思った。


 クオンの経歴表には身分や地位、学業や執務に関する記載が多い。


 王立学校初等部、中等部、高等部。最終学歴は王立大学だ。


 飛び級を何度もしていることから、非常に優秀だということもわかる。


 また、十八歳の成人後は様々な執務を担当している。


 最初に担当したのは公共事業関連の見直しだった。


 主要街道の整備計画を見直し、環状道路を建設させた。そのおかげでいちいち王都を経由しなくても別の主要街道へ抜けることが可能になった。


 王都内の交通事情も改善され、環状道路の周辺地域が発達。経済活動も活性化し、税収も増加した。


 これは各地方の主要都市にも応用され、エルグラード全土の交通事情の改善、経済活動の活性化を促した。


 次に取り掛かったのが水道事業の見直し。


 これまでは上水事業が優先されていたが、下水事業が優先されないために普及率が上がりにくかった。


 クオンは上水か下水かによる優先を撤廃し、設備の普及状況や問題発生等の現状によって優先するかどうかを判断することにした。


 そのおかげで緊急を要する問題への対処が格段に速くなり、遅れていた下水道の普及も一気に拡大、衛生環境が改善した。


「沢山の功績を上げられているのですね」


 クオンが王太子として執務をしていることは知っているが、具体的な内容や成果について、リーナは全く知らなかった。


 しかし、パネルを見ればわかる。


 クオンはずっと国と国民のために、王太子として働いている。それが、エルグラードという国をより繁栄させ、国民の生活を向上させていた。


 本当に凄い。凄すぎる。なのに、私は……。


 リーナの経歴表はクオンと全く違っていた。


 誕生日の次は誘拐され、身元不明人として孤児院に保護されるという記載だ。


 実の素性は勿論のこと、複数の孤児院と思われる施設を移動して王都に来たことは書かれていない。


 十六歳の時、後宮に就職。召使いとして勤務。


 十九歳の春に退職。夏、侍女見習いとして再就職。秋、退職。


 冬、レーベルオード伯爵家が後見になり、侍女として再就職。第四王子付として配属になる。


 二十歳春、レーベルオード伯爵家の養女になる。ミレニアスへの外交訪問の随行者として選出される。


 帰国後、レーベルオード伯爵家主催の舞踏会で王太子に見初められる。


 夏、側妃候補として後宮に入る。審査の結果、側妃になることが決定する。大夜会で公表されると同時に婚約者になる。


 秋、婚姻が延期。冬、王太子の誕生日に婚姻が予定されている。


 学歴はない。基本的には職歴や戸籍の変更に伴う内容だ。


「順調に出世して見初められたって感じね」


 ラブはリーナを讃えるつもりでそう言った。


 確かにそう見えるとリーナは思ったが、現在に至るまでの過程全てが記載されているわけではない。


 沢山のことがあった。あまりにも沢山過ぎることが。


 リーナの中に過去が蘇る。


 孤児だった頃。


 とにかく辛かった。苦しかった。命がすり減っていくような日々だった。


 召使いだった頃。


 後宮に就職できたのは大幸運だったが、何もかもが順風満帆だったわけではない。辛くて苦しい時もあった。誘惑に負けそうな時も。多額の借金も抱えた。


 侍女見習だった頃。


 貴族出自のリリーナ=エーメルとして再就職した。


 今度こそ頑張ろうと思ったはずが、化粧のことで注意されたことに始まり、側妃候補には解雇して欲しいとまで言われ、後宮華の会でも問題を起こしてしまった。


 正式な侍女になったのは約一年前。


 王族付きの侍女は階級が高く給料も多いが、その分責任も重く、優秀であることが求められる。しかし、優秀ではなかった。数えきれないほどの失敗を重ねた。


 次々と辛いことや悲しみ、失敗ばかりが思い浮かぶ。


 出世をしたのかもしれないが、新しい仕事になるとすぐに何もできなくなってしまう。いつも新人同然で一人前になれない。未熟なままの自分がいた。


 でも……それだけじゃない。


 努力した。


 それが大事なことだと思った。


 駄目な部分を直すように努め、少しでも多くのことを学べるように、一つでもできることが増えるように頑張った。


 励ましを力に変えて。


 これまでに出会った者達のことが次々と思い浮かんで来る。


 孤児だった頃、召使いだった頃、侍女見習だった頃、侍女だった頃。その前も後も。今も。リーナの人生に大きな影響を与え、支えてくれる人々がいる。


 愛してくれる人も。


 リーナはクオンと出会った。そして、心から愛し合うようになり、結婚する。


 遥か遠くにある理想、大き過ぎる夢だったはずだというのに、もうすぐ叶う。一歩ずつ近づいてきたのだ。


 これまでの人生や思い出の中には嬉しいこと、楽しいことも沢山あった。幸せも。これからも同じ。どんなに辛いことや悲しいことがあったとしても、きっとまた次の嬉しいこと、楽しいこと、幸せと出会える……。


 リーナは確かめるように胸に手を当てた。


 ちゃんとある。ここに。ずっと消えない。私の幸せが……!


「ねえ、大丈夫?」


 ラブは心配そうな表情でリーナに声をかけた。


「もしかして具合悪い? 展示を見ると心が痛いとか……恥ずかしいとか?」


 胸に手を当てているせいでラブが心配してしまったのだろうとリーナは推測した。


「違います。幸せを感じていたところです」

「まあ、今が一番幸せかもねえ」


 王太子と婚姻すれば苦労や重圧が増えそうだし。


 ラブはそう思った。


「幸せに順番をつける必要はありません。どんな幸せであっても幸せですから」


 リーナはにっこり微笑んだ。


「こうして友人と一緒に外出できることも幸せです。おかげで初めて王立美術館に来ることができました。素敵な思い出になります。ありがとう」


 ラブの表情は一気に輝いた。


「すっごく嬉しい! でも、これで終わりだと思ったら大間違いよ!」

「そうですね。もっともっと一緒に楽しい時間を過ごしたいです。だから、これからも仲良くしてくださいね」

「当たり前じゃない!」


 ラブは勢いよく同意しつつ、にやりとした。


「結構時間が経っちゃっているから、パパッと見学しちゃいましょ! 帰るのが遅くなるのは不味いから!」

「わかりました」

「今度はあっちね!」


 ラブはリーナの手を取ると強く引き、次の展示物へと移動する。


 しかし、頭の中に浮かぶのはこの後の予定だ。


 特別展示を見終わった後は休憩するため、王立美術館内にあるレストランに行くことになっている。


 リーナがどんな反応をするのか、ラブは非常に楽しみで仕方がなかった。



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