769 クオンの告白(二)
「私はリーナを妻にすると決めた」
妻は愛する者を一人だけ。だからこそ、正妃にする。
その信念を変えたと言われてしまうかもしれない。
だが、クオンが譲れないのは愛する者を妻にすることだ。
正妃という部分にこだわり、愛する者を妻にできないのでは意味がない。
まずは側妃でも妻にする。他の妻は娶らない。一人だけだ。そして、いずれ側妃から正妃にすればいい。
最終的な結果は同じ。クオンの信念通りになるはずだ。
クオンは身を引くというリーナを説得するため、どれほど深く愛しているのかを示す説明や方法を熟考し、プロポーズの際に実行した。
「リーナの人生全てを受け入れ、大切にする。リーナを幸せにして、私も幸せになる」
クルヴェリオンという一人の男性としての望みを叶える。
そして、王太子としてもまた同じく。
「だが、それだけではない。統治者としての想いは今も昔も変わらない。むしろ、より鮮明になった。リーナは心からの愛、夢、希望、良心の尊さを強く感じさせてくれる。リーナ自身が体現者だからだ」
リーナは孤児という出自だけで社会的な重荷を課せられ、差別を受けて来た。それでも、リーナは負けなかった。その心は優しく素直なままだった。
辛くても苦しくても他者を思いやり、正しいことをしようとする気持ちを忘れない。
少しずつでも向上していく。いつか幸せになれる。そう信じ続け、努力してきた。
「私は王太子という高い身分と強い権力を持ちながら、まだ何も自身では体現していないように思う。恥じるばかりだ」
クオンは気づいた。ただ、王太子として執務をこなしているだけでは駄目なのだと。
「これからはリーナと愛し合い、夢と希望を分かち合い、良心を大切にしながら、自らの目指す理想に近づいていきたい。統治者だからこそ自身で体現し、国民に伝えていく」
統治者がたった一人で思い描くだけでは、エルグラードを真に変えることはできない。クオンの目指す理想の国を創れない。
国民一人一人の愛と夢と希望、良心を統治者として集め、エルグラードという国を創っていく。
クオンはリーナを思い浮かべた。スズランの花と重なる。
「スズランの花はとても小さく、その姿はとても控えめだ。しかし、凛とした美しさと純真さを感じさせ、心に響く感動を与える。幸せを運ぶ花として人々に愛され続ける。リーナはそのような女性だ。愛おしくてたまらない」
クオンは笑みを浮かべた。
どうしようもなく溢れるのはリーナへの愛。
王太子として生きて来たクオンをただ一人の男性として愛し、信じ、満たしてくれる女性。
「早く土曜日になって欲しい。三十歳の私は結婚している。世界一愛しい妻と幸せを手に入れた大幸運に酔いしれていることだろう。非常に待ち遠しくて堪らない」
「……私に時間を操る能力があれば、土曜日にしてやるのだが」
リカルドの言葉に対し、即座に冷やかしや合いの手が入る。
「そこをなんとか!」
「魔王の力で!」
「伝説のアイテムはないのか?」
「明日はもう土曜日でいいんじゃないか?」
「金曜日は一回休み!」
「まあ、酔いを醒ます時間は必要だ」
「そう言って酒を飲むくせに」
「お前にも飲ませる。道連れだ」
一気に友人達は騒がしくなった。
クオンの力強い言葉、惚気、極めつけは笑顔を見て驚き、感動し、狂喜乱舞した。
「ついにクオンが王太子ではなく人間になった瞬間を見た!」
「心からの笑みだとわかる」
「幸せそうだ」
「間違いない」
「堂々と惚気ているな」
「愛のオーラが溢れている!」
「夢を叶えたな」
「愛する女性を妻にしたいと言っていたからな」
「まだだ。婚姻日は土曜だ」
「早く土曜日になってくれ!」
「神よ! 俺からも頼む!」
「クオンのために願うか」
「祈るだろう」
「乾杯しようぜーっ!」
友人達は奪い合うように酒の入ったグラスとボトルに手を伸ばした。
「それで、どうなんだ?」
クオンの隣に移動したアイギスは小声で尋ねた。
クオンは真実を話したかもしれない。
だが、アイギスが知りたいのはリーナの素性についての推測が正しいのかどうかということだ。
「まだ聞くのか?」
クオンは眉を上げた。
アイギスは優秀だ。察しもいい。空気も読める。これ以上は黙っておくべきだとわかるはずだった。
食い下がるのは非常に珍しく、どれほど強い興味を持っているのかがわかる。
「知りたい」
「リカルドみたいなことを言うな」
「私も知りたい」
魔王は地獄耳を持っていた。
「だが、事情があるようだ。わかってやれ。主役を困らせるな」
完璧主義者で何でも知りたがるリカルドにしては珍しい言葉だった。
いつもであればアイギスに加勢するはずだ。
「水の守りをくれたら考える」
「誰がやるか!」
リカルドは怒りをヘンデルにぶつけた。
「アイギスを何とかして来い! クオンから一番遠い席に連れて行け!」
「フローレンの命令は聞けないなあ」
「都合のいい時だけ他国人扱いするな!」
「風のお守りをくれたら考えてもいいよ?」
「やるか!」
リカルドはクオンへと顔を向けた。
「クオン、聞いたか? アイギスもヘンデルも私の守りを狙っている!」
「炎の守りを見せろ」
リカルドは驚愕の表情になった。
「クオンまで言うのか?!」
「見るだけだ。三秒だけというのはどうだ?」
リカルドは表情を歪めたままだったが、しぶしぶポケットから指輪を取り出すとクオンに見せた。
「一、二、三!」
「本当に数えるのか」
「早くない? 一秒はもっと遅いよ」
「その指輪にはフローレン王家の特別な力が込められているようだ。フローレン王家の者ではない私は勿論のこと、アイギスやヘンデルにも加護はない。リカルドだからこそ加護がある。狙っても無駄だ。諦めろ」
クオンが指輪を見せるようにいったのは、フローレン王家の者でなければ加護の効果は得られないだろうという説明をするためだった。
「さすがだ! この指輪に込められし真の力を感じとったか!」
リカルドはたちまち上機嫌になった。
しかし、それで終わりになるわけもない。
「私は単にあのブルーダイヤモンドが欲しいだけだ。加護は必要ない。だが、特別な力が怨念だと困る。諦めるか」
「同じく。特大のグリーンダイヤモンドだなって思っただけ。でも、怨念付きはいらないなあ」
にやにやしながらアイギスとヘンデルはリカルドをからかった。
「怨念だと?! フローレンの秘宝に対して無礼だ! お前達など……呪われてしまえ!」
秘宝を奪おうとした者達は呪われる。定番の設定である。怨念付きならなおのこと。
「魔王の呪い発動?!」
「秘宝のだろう?」
「怨念はヤバイ」
「怖いなあ」
「明日中に解呪しておけよ」
「むしろ放置しろ。土曜日は欠席だろう。私が代理で付添人を務めておこう」
「なんだと?! だったら俺がっ!」
「呪い頑張れ!」
「呪いを応援しろ!」
「俺との友情はどこに行ったのさ?」
付添人を務めることになっているヘンデルはぼやいた。
「急遽空いた付添枠を争う修羅場が……」
「結婚式がヤバイ」
「前座でじゃんけん大会」
「思い出にはなるな」
友人達の軽口と笑いが絶えることはない。
クオンは自分のために集い、祝ってくれる友人達に心から感謝した。
友情。
それもまた、失いたくない尊きものだ。
「クオン、太陽の加護で浄化してよお?」
ヘンデルは笑いながら助けを求めた。
「聖なる剣があるだろう? あれでなんとかしろ」
「そうだった!」
ヘンデルの表情が一気に晴れやかなものになった。
「聖なる剣だと?!」
「ツッコミどころ満載の名称だな」
「エルグラード王家の秘宝か?!」
「教えろ!」
ヘンデルは自慢するように聖なる剣の説明を始めた。
クオンのパーティーはここまで。
次はリーナのお話です。結婚式が近くて遠い……(汗)
またよろしくお願い致します!





