762 不滅の友情
いつもありがとうございます。
それから、ごめんなさい! 更新お休みしてしまいました。
もう少しパーティーの続きを書くことにしましたので、宜しくお願い致します!
競技とビンゴ大会が終わると、音楽と共に大勢の者達が華やかな衣装で登場し、踊りを披露する余興が始まった。
様々な種類の踊りや異国の民族舞踊を余興としてパーティーに取り入れるのは定番中の定番だ。
完全に観覧型の余興に切り替えることで、パーティーの参加者達が酒を楽しんだり自由に休憩したりする時間が設けられた。
「ヘンデル」
「何?」
「女子禁制ではなかったのか?」
やっぱりそうなるよねえ。
ヘンデルはそう思いながら答えた。
「女子禁制だよ。余興者も接客係も含めて」
クオンの眉が上がった。
現在踊っている者達は複数のペアだ。男女の。そう見える。
「……全員男性か?」
「うん」
クオンが口を引き結ぶ。
その様子を見逃さないとばかりに友人達の視線がクオンに集中した。
「男性だけの踊りにすると種類も構成もかなり制限されてしまう。アレンジするのも大変だ。なんで、特別な装いをした者が女性パートを担当することになった。異国風の衣装の中には性別がわかりにくいものもあるじゃん?」
「女子禁制だからこその対応ということか?」
「そうだね」
クオンは考え込む。
怒るか?
不機嫌になるか?
注意をするか?
どうする?
注目の集まる中、クオンはようやく口を開いた。
「なるほど」
特別席は壇上になった場所の上に設けられているため、余興全体がよく見える。
しかし、安全確保と警備の都合上一番前の席ではないため、最も近くから見ているわけではない。
前方には友人達が座る自由席が数列あり、余興が行われる場所からは少し離れていた。
踊っているため、細かい部分をじっくりと確認するのは難しい。
「ここからだと女性に見える。かなりの技能だ」
クオンは怒っていなかった。それだけではなく、女性に扮したり女性らしく踊ったりする技能について褒めるような言葉さえ発した。
ヘンデルは安堵しながら、念のために用意していた説明をすることにした。
「舞台用の特殊メイクをしている。至近距離だと化粧が濃いと感じるだろうけど、何も教えなければ普通に女性に見えると思うよ。完璧さを追求した超一流の仮装。スパイや暗殺者なんかも駆使する技能かもね?」
笑いが起きた。
「あの者達は役者か?」
「色々。ダンサーもいれば役者もいるし、水商売関係者もいる。クオンは知らないだろうけれど、色々なものに仮装した接待役がいる高級酒場もある」
「色々なものとは何だ?」
「有名な物語の登場人物とか」
「英雄、魔法使い、妖精などに扮している」
「動物系もある」
「ウサギの耳をつけた女性の接待役がお勧めだ」
「猫耳も人気がある」
「幽霊とかゾンビとか。特殊メイクが凄い!」
「その手の店は見た目となりきり度が売りだからな。多種多様ある」
遊び慣れている友人達は次々と説明を付け足した。だが、
「そうか」
クオンの表情は変わらない。非常にあっさりとした反応だった。
勿論、このような反応も想定内だ。
まあ、こんなものだろう。
クオンだからな。
なかなか驚かない。
冷静沈着だ。
鉄壁の無表情だしなあ。
学生時代からクオンは無表情だった。それは常に冷静さを失うことなく王太子として相応しくないと思われてしまうような行動を慎むためだった。
それは褒めるべきことではある。しかし、友人達は残念にも思っていた。
友情を深めたいのはエルグラードの王太子としてのクオンだけではない。ただ一人の人間としてのクオンでもある。
真面目で慎重な性格なのはわかっているが、くだけた言動や表情になって欲しい。自分の前ではくつろいで過ごし、遠慮なく本音で語り合えばいい。
時には身分に関係なく遊んだり羽目を外したりすることも大事な経験になり、多種多様さが溢れる世界を理解するためにも不可欠だと考えていた。
クオンは成人してからずっと執務漬けだ。人生が。
自らを厳しく律するのはいいが、やり過ぎもよくない。
今更だが、もっと遊んでおけばよかっただろうに。
結婚したら余計に制限される。
もっと自由に生きたいと思えばいいのになあ。弟達のように。
友人達は心の中で呟いた。
クオンは高齢の父親の執務負担を軽くするため、大学院に進んでいない。
学業よりも執務を優先する選択は王太子として正しいのかもしれない。だが、人としては窮屈で不自由で困難と重責が付きまとう厳しいだけの人生になってしまいそうな気がした。
実際、大学卒業後のクオンは執務三昧で、仕事中毒、執務室に引き籠っているという噂が国外にまで届き、公式の場にも最低限にしか姿をあらわしていなかった。
エルグラードという大国は繁栄し続けているが、それは王太子として激務をこなし続けるクオンの犠牲によって保たれている。
友人達にはそのように思えて仕方がなかった。
「私は頭が固く、遊び慣れていない。だからこそ、様々に考えを巡らせたのだろうな」
女子禁制にしたのは真面目なクオンが婚約者に義理立てするための配慮だったが、その条件をあえて活用し、女性の装いをした男性が参加する余興を取り入れることでクオンを驚かせるつもりだった。
もしクオンが受け入れられない様子を見せた場合は、多くの国において成立している商売の一種、特殊な職業や出し物であることを教える。
遠い異国では男性が女性を含めて全ての役をこなすような伝統芸能、女性に扮した男性だけが踊る特別な舞踊もある。
その特別さが人気を集めている。男女の性差を超えた美や技能を堪能できる。芸術的な評価も非常に高い。
国や人々の意識によっても価値観や感覚が異なるだけに、世界を見れば見るほどエルグラードにはないもの、クオンが知らないものが溢れている。
学生時代が短く、留学も許されず、国外どころか国内でさえも自由に出歩けないクオンにそれを伝えたかった。全ては友人としての好意からだ。
この件について、エゼルバードも反対はしなかった。
余興者などを見下したり笑い者にしたりするような趣向は厳禁だが、技能の凄さを見せつけるようなものにすれば問題ない。
芸術要素がしっかりと感じられることが保険になる。自身が理解できない芸術もあるということをわかっており、慎重で公平さを重んじる性格だからこそ、異なる価値観の存在を一方的に否定するようなことはないと断言していた。
「友人を自らの鏡に例える者もいるだろうが、お前達は違う。私の世界を広く深く新しくしてくれる。気遣いに感謝する」
クオンの言葉を聞いた友人達の心の中に様々なものが込み上げた。
嬉しさ、信頼、友情――そして、反省も。
特別な余興は全てクオンのためだけではない。自分達が楽しむためでもあった。
クオンの反応を見たり、皆で冷やかし合ったりからかい合ったりしながら会話を盛り上げ、羽目を外して騒ぎたい。
だというのに、クオンは持ち前の広く深い心で、自分を楽しませ驚かせ困らせようとさえする友人達をしっかりと受け止めたばかりか、強い信頼と友情で温かく包み込んだ。
……クオンの方が上だ。いつも。
……揺るがない。高潔だ。いや、何もかもが凄い。
……私達を見守るように接し、安心させてくれる。
学生だった頃も。卒業した後も。今も。それはずっと変わらない。
クオンには一人の人間としての強さと魅力が溢れている。
心から尊敬でき、信頼でき、讃えることができる。大切という言葉だけでは到底足りないほどかけがえのない存在だった。
クオンと共に過ごした日々が友人達の心の中に蘇る。
それは太陽のように熱く眩しくかけがいのない思い出。黄金色に輝く宝物だ。
「おいおい、まだ二次会の途中だぜ? しんみりするなよ! 今夜は全員で盛り上げて楽しむはずだろう!」
リアムは鼓舞するように言葉をかけた。
今夜はクオンの独身卒業を祝うためのパーティーだ。終始楽しい雰囲気になるようにすべきだとわかっている。
だが、とめどなく押し寄せる万感の想いにより、胸や目頭を熱くする者達が続出していた。
「その通りだ!」
「酒を持ってこい!」
「全然足りないぞ!」
「乾杯しようぜ!」
「これほど多くの友人達と共に騒ぐのは、これが最後になるかもしれない。クオンの人徳があってこそだ」
「そうだな。皆で乾杯しよう」
友人達は運ばれて来た酒のグラスを奪うようにして手に取った。
「叫べ!」
これは誰か一人が乾杯の音頭を取るのではなく、それぞれが心からの想いを叫び、全員の想いを集めて乾杯の音頭にするというスタイルだ。
「我々が誇る世界一の友人クオンに!」
「クオンの独身卒業に!」
「幸運を!」
「愛と栄光と成功を!」
「神の祝福を!」
「幸せになれよ!」
「俺達がついているからな!」
「何かあればすぐにかけつける!」
「遠慮するなよ!」
「友情は永遠に不滅だ!」
次々と心からの想いが叫ばれる。
なかなか終わらない。
「そろそろ飲ませろっ!」
リアムがしびれをきらした。
その言葉が締め切りの合図だ。学生だった頃と同じく。
「乾杯――――っっ!」
多くの想いと祝福を込めたグラスが高々と掲げられた。





