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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
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76 新しい対応



 翌朝、パスカルは後宮に急行した。


 キフェラ王女が着替えを嫌がり、クリスタたちを部屋から追い出したという知らせがあった。


「おはようございます。パスカル・レーベルオードです。ドアを開けていただけませんか?」


 返事はない。


 パスカルはマスターキーをポケットから取り出すと、解錠してドアを開けた。


 突然、ドアが開いたため、居間でくつろいでいたキフェラ王女と腹心のレーテルは驚いた。


「取りあえずはご無事でなによりです」

「いきなり無礼じゃないの!」


 キフェラ王女はレーテルの後ろに隠れながら叫んだ。


「侍女たちを締め出して鍵をかけたからです。緊急事態として対処しました」


 キフェラ王女の怒りは収まらなかった。


「誰も入るなと言ったのに、なぜ入ってきたのよ!」

「緊急事態だと申し上げました。ここはミレニアスではありません。命令権がないことをご存じでしょうか?」

「私はミレニアスの王女よ! 王太子の側妃候補として招かれて来たの! こんな扱いを受けるなんてありえないわ!」

「側妃候補としてふさわしい行動をしていませんので、対応が変わることになりました」

「なんですって!」

「キフェラ王女は見聞を広める留学としてエルグラードに来ました。後宮で行われる講義に参加したのは数回のみ。そのあとは一切出席していないことを確認しました」

「それがどうしたというのよ!」


 キフェラ王女は叫んだ。


「私は生まれながらの王族よ! 英才教育を受けてきたわ! 今更勉強することなんてないに決まっているじゃないの! 貴族が王族になるのとは違うのよ!」

「キフェラ王女はエルグラードに学ぶために来たはず。学ぶ必要がないのであれば、留学する必要はありません」

「側妃候補として来たのよ」

「側妃候補は講義を受けることが条件になっています。講義が始まりますので、すぐに部屋を移動してください」

「この衣装で行けるわけがないでしょう?」

「その衣装を用意したのはレーテルでは? のちほどレーテルを叱責してください」


 キフェラ王女の怒りはより強まった。


「朝食を食べてないわ!」

「では、用意させます。急いで食べてください。遅刻は可能ですが、欠席はできません」


 パスカルは控えの間にいるクリスタに、朝食の準備を言いつけた。


 すぐに朝食の準備がされるが、二人分あることにパスカルは気づいた。


「クリスタ、なぜ二人分なのか説明を」

「レーテルの分です。毒見役も兼ね、同じメニューを用意するように言われています」

「毒見はすでに済んでいるはずだよね?」

「同じものを二人分用意すれば、どちらが王女のものになるかわかりにくくなります。ミレニアスでも二人分を用意させるそうです。一人分は残ってしまう為、レーテルに食べさせて片付けるということでした」

「下がって。給仕は必要ない」

「はい」


 クリスタと給仕役の侍女が部屋を退出した。


「キフェラ王女、これは問題です」


 キフェラ王女はパスカルを無視して朝食を食べ始めたが、レーテルはパスカルに遠慮して立ったままだった。


「レーテルと同じ席で食事をされるということが、非常に問題であることをわかっているのでしょうか?」

「どうして? 毒見役として国から唯一連れて来た侍女だもの。大事にするのは当たり前でしょう?」

 

 レーテルはキフェラ王女の乳母の娘で幼馴染。実の姉妹のように育ってきたことをパスカルは知っていた。


「食事は安全です。それでも毒味を要求するということは、エルグラードを信用していないことになります」

「別に信用していないわけじゃないわ。慣習よ」

「エルグラードの慣習を学びに来たのでは?」

「安全が優先よ」

「やはり信用していないということです。現状を見ると、ただの言い訳に思えます。レーテルは毒見をしていません。なぜ、先に手をつけたのですか?」


 キフェラ王女は答えられず、パスカルを睨みつけた。


 内心では、毒見はレーテルと一緒に同じ食事をするための口実であることを見抜かれてしまったと思っていた。


「側妃候補として勉強する条件を満たさず、あからさまにエルグラードへの不信感とミレニアス人への厚遇を見せつけているとは思いませんでした。このことは王太子殿下に報告します。どうなるかはわかりませんが、覚悟はしておかれたほうがいいかと」

「覚悟ってどういうこと?」

「朝食後は必ず講義を受けてください。欠席すれば、キフェラ王女が自らの意志で側妃候補を辞退したとみなします。それからレーテルについてです」


 パスカルはレーテルに視線を移した。


「ミレニアスからの客人として扱うのはキフェラ王女だけです。ミレニアスの侍女の待遇は後宮の侍女よりも下になります」

「なんですって? レーテルが後宮の侍女より下なんておかしいわ!」

「ここはエルグラードです。ミレニアスの侍女がエルグラード侍女よりも上になるわけがありません」


 これまでは王女への配慮として後宮の侍女たちが気を遣っていたが、他の側妃候補とあまりにも違いがあることが判明した。


 ミレニアスとやり取りした書類を確認したところ、側妃候補及びエルグラード側で決めた待遇でいいという了承があり、特別な配慮は必要ないことも確認済みだとパスカルは伝えた。


「今後、侍女たちによる任意の気遣いはやめさせます。本来の待遇に戻しますのでご留意ください」


 キフェラ王女のわがままを抑制するため、パスカルは対応を見直し、甘くなっていた部分を正すことにした。


「ここはエルグラードです。ミレニアスの者には一切の命令権がありません。後宮の侍女に要望を伝えることだけはできますが、可能かどうかは別です。伝える際はできるだけ丁寧に。それが礼儀です。では、失礼します」


 パスカルは部屋を退出すると、控えの間で不安そうな表情を浮かべるクリスタの側にいった。


「大丈夫だよ。クリスタたちの落ち度にはならない。キフェラ王女が持病の癇癪を起しただけだからね」

「持病の癇癪だったのですね」


 パスカルの言葉によって、クリスタの胸の中にあった不安はたちまち吹き飛んだ。


「そうだよ。身分を誇示するのも同じだ。エルグラードの身分ではないのに、なぜエルグラードでそのまま通用すると思うのか不思議だよ。でも、僕たちなら冷静に対処できる。無理なことは毅然とした態度で断らなくてはならない」


 内容によってはパスカルに確認するといって保留にする。


 客人としてもてなすこととわがままを許すこととは違うとパスカルは教えた。


「ミレニアス人に従うのは完全に間違っている。エルグラード王族の側近である僕に従うのが正しい。わかるね?」

「わかります」

「キフェラ王女がどうしようもなく愚かでなければ、この後は講義に出席するはずだ。また何かあれば僕を呼んでほしい。自分だけでなんとかしようと思わなくていいからね」

「わかりました」


 クリスタが安堵する表情になったのを見届け、パスカルは王宮へ戻った。


 そして、すぐに後宮で起きたキフェラ王女の件についてヘンデルに話した。


「対応を変えるのか」

「はい」

「まあ、パスカルなら強気に出ても大丈夫だよ。ミレニアスにも味方がいるしね?」


 パスカルは表情を変えない。


 だが、ヘンデルが何を言いたいのかをわかっていた。


「ところで、侍女を確保した?」

「誰と親しいのでしょうか? 知らないと奪い合うことになるかもしれません」

「仕方ないなあ」


 ヘンデルは自分に情報を流してくれる侍女の名前を教えた。


「パスカルが狙っている侍女は誰? 教えてよ」

「確定後にお知らせします」

「楽しみだなあ。ところで、買収?」

「いいえ」

「資金が必要なら言って。特別なところから持ってくるから」

「機密費ですか?」

「さあね」


 ヘンデルはにやりとした。


「大丈夫です。経費はかかりません」


 パスカルは侍女を買収する気はなかった。


 必要なのは優しい言葉と態度。


 信頼と好意を育てれば、自然とパスカルの味方になるのがわかっていた。


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