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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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757 王族妃講義(二)

「ミレニアス王家の女性の公務は子供を産むことなの」


 王家の血筋を守ることは非常に重要だ。


 だからこそ、ミレニアス王家の女性にとって最重要かつ最優先事項が子供をもうけることであり、それさえすれば他のことはしなくてもいいという風潮がある。


 エルグラードのように王家の女性は何かしらの社会貢献をすべきだという認識がほとんどない。


「でも、私はエルグラードの貴族出自だわ。身分の高い女性は何かしらの社会貢献をすべきだと思うし、だからこそしていることがあるの。一つは冬の慈善バザーと炊き出しの主催よ」


 エルグラードでは冬になるとあちこちで寄付を募るための慈善バザーや貧しい者への炊き出しが行われる。冬の風物詩のようなものといっても過言ではない。


「リーナはそういった催しがあるのを知っているかしら?」

「勿論です! 私がいた孤児院にも冬になると寄付をしてくれる方が来ていましたし、炊き出しがある時はみんなで並びに行きました! 何時間も待ちましたけれど、温かい食事を無料で貰えて凄く嬉しかったです!」


 リーナの告白によってその場の空気が一変した。


 リーナは『慈善活動をする側』ではなく、『救済される側』だった。


 そのことを全員が改めて痛感した。


「ごめんなさい、リーナ。私はなんて浅はかなのかしら……」


 インヴァネス大公妃は顔を手で覆いうつむいてしまった。


 すぐにインヴァネス大公が妻の肩を抱き寄せる。


「泣くな。リーナは辛い経験をしたが、立派に乗り越えてきた。そして、自ら話せるほど強くなったのだ。悲しむよりも褒め称えるべきだろう」


 インヴァネス大公はリーナに顔を向けた。


「よく頑張った。過去の経験は自らの力で困難を乗り越えてきたことを証明する輝かしい勲章だ。私はお前を心から誇らしく思う」


 褒められたものの、リーナは思わず正直に言ってしまったことを反省した。


「ありがとうございます。冬の慈善活動が大勢の人々を救済し、喜ばれていることをお伝えしたくて……とにかく、それはとても立派な公務だと思います!」

「僕もそう思います。とても素晴らしい活動です」


 重苦しい雰囲気を取り払うようにパスカルが微笑んだ。


「エルグラードでは領主や神殿、聖堂などが主催する慈善バザーや寄付金集め、炊き出しなどが広く行われていますが、ミレニアスではそういった催しがあまり行われていないようですね?」

「ミレニアスの慈善活動は教育や福祉関係の施設に金銭的な援助をするのが主流だ。施設に入っていないような一般の貧しい者達への恩恵はほぼない」

「お金を寄付することも大切よ。でも、寄付されない者達には何もしていないのと同じだわ。だから、エルグラードで広く行われているような慈善バザーと炊き出しを主催することにしたの。冬にはそういった催しがあるのが普通だと思っていたから」


 当初、インヴァネス大公妃が主催する慈善バザーと炊き出しについては多くの者達が反対した。


 貧しいのは自己責任。施設に入っていない者の中には不法行為をする者や犯罪者もいる。救済する必要はないという意見が多く出た。


 ミレニアス王も王族妃らしい主催内容ではないと判断し、どうしてもというのであれば、そのような活動をしている団体へ寄付すればいいと発言した。


 しかし、インヴァネス大公妃は悪いことや間違ったことをしているわけではないと思った。エルグラードでは普通にされていることだからだ。


 そこでインヴァネス大公を通して親エルグラード派の貴族達の協力を取り付け、友好国であるエルグラードの文化、冬の風物詩ともいえる催しを紹介するという形で慈善バザーと炊き出しを主催した。


 インヴァネス大公妃の主催した慈善バザーと炊き出しはミレニアス国民の大きな注目を集めた。


 雲の上の存在である王族妃が貧しい者達を救済するために慈善バザーや炊き出しを主催するというのは、ミレニアスの常識では全く考えられないことだった。


 慈善バザーは予想をはるかに上回る収益を上げ、炊き出しには何時間も待つのを覚悟しなければならないほどの長い行列ができるほど大盛況だった。


 これまでは何の支援も受けられずに見捨てられていた貧しい者達への救済が行われたことや多額の寄付金が孤児院に分配されたことなどが新聞に掲載されると、一気にインヴァネス大公妃の知名度と人気が上がった。


「エルグラード王家も寄付はしているでしょうけれど、慈善バザーや炊き出しを主催する王族はいないはずよ。リーナも公務をするのであれば、直接自分が主催することで国民のためになるようなものにしたらどうしかしら?」

「そうですね。国民のためになるような催しをするのは有意義だと思います」

「もう一つあるの。早春に園遊会を開くのだけど、園遊会がどのようなものかわかるかしら?」

「お庭で行う盛大なパーティーですよね?」

「正解よ」


 通常は美しい景観の庭を会場に開く大掛かりなお茶会や交流会などの催しを園遊会と呼んでいる。


 美しい景色を堪能しながら飲食物や会話を楽しむことが目的だが、実際には主催者や身分の高い者への挨拶や交流が最優先される。


 その次に優先されるのは招待者同士の交流。飲食物についても話題になるが、会場である庭園の美しい景観をじっくり楽しむ者は少ないのが現実だった。


「ミレニアスの特産物は花でしょう? だからこそ、庭園は珍しい花々で溢れていて本当に美しいの。ただのお茶会や交流会ではなく園遊会なのだから、園遊会ならではの特別さを楽しむべきではなくて?」

「そうですね」

「そこで工夫することにしたの」


 招待者が入場する際、案内役が庭園の見所などを解説することにした。そうすることで、庭への興味を促し、短時間で効率よく楽しめるようにした。


 また、飲食物には食用花を多用し、会場である庭と飲食物のイメージをつなげるようにした。


「昔、パトリック様がフラワーゼリーを用意して下さったことを思い出したの。それを活かせると思ったわ」


 リリアーナは少食だったため、レーベルオード伯爵は女性が好みそうな美しい食事を用意させた。その時に用意されたのがドーム状のゼリーの中に食用花を咲いている状態で封じ込めたフラワーゼリーだった。


 ミレニアス料理では食用花を前菜やサラダで使用するのが定番で、食用とはいえ飾るだけになっていることも多い。


 ゼリーの中に咲き乱れる花を閉じ込めたような美しいデザートはミレニアスの者達を驚かせた。


 フラワーゼリーと新たに考え出されたフラワーババロア、フラワーシャーベットなどはインヴァネス大公妃主催の園遊会のデザートとして有名になり、ミレニアスらしいデザートとして様々なシーンに取り入れられるようになった。


「園遊会はフェリシアと貴族達が顔を合わせる機会を作るためだった。だが、私は外交面を一部担っていたため、周辺国の王族や有力貴族、大使なども招待するように助言した」


 インヴァネス大公家としての社交・人脈づくりを強化するための助言だったが、インヴァネス大公妃はミレニアスの特産物でもある花をアピールする絶好の機会だと思った。


 そこで、周辺国の者達には新種や希少種、流通に力を入れている花を積極的にアピールするようにした。


 その効果は絶大で、インヴァネス大公妃主催の園遊会で紹介された花の売れ行きは毎年販売がすこぶる好調だ。


 この二つの催しを毎年開き続けることで、インヴァネス大公妃は春の催しで国の経済に貢献し、冬の催しで国民を支援しているという高評価と強い支持を得られるようになった。


「私には難しいことはわからないの。優秀でも利口でもないのよ。それでもできることがあるの」


 貧しい者を助けたい。エルグラードやミレニアスの魅力を紹介したい。そのために催しを開くことを公務にする。


 事細かに全てを自分で考え、賢く立ち回る必要はない。優秀な者達が助けてくれる。体調を崩して欠席しても、夫や息子が取りしきって催しを成功させてくれる。


 王族妃だからこその立場を活用して、自分が良いと思うこと、正しいと思うことをするだけだ。


「エルグラードには沢山の特産物があるし、その中からリーナの好きなものを選んで周辺国の者達に紹介するのもいいと思うわ。食べ物に興味があるなら、美味しいものや新しく作ったものとかを教えてあげるとか。きっと相手も喜ぶし、エルグラードのためにもなるはずよ」

「それも素晴らしい案だと思います。ぜひ、参考にさせていただきたいと思います!」


 リーナは表情を輝かせた。


「凄いです……さすが王族だと思えるようなお話ばかりです!」

「正確に言えば、私は王族ではないの。王族と婚姻して王家に入っただけの女性よ。だから、自分をいかにも王族らしく見せる必要はないと思っているわ」


 インヴァネス大公妃がエルグラード貴族として身につけた感覚は、ミレニアス王家に入ってからも変わることはなかった。


「私は生まれつきの王族ではないし、エルグラード出自だわ。みんな知っていることでしょう? だから、生まれながらのミレニアスの王族と全く同じではなくても当たり前なの。私は私らしく、普通にしていればいいと思っているわ。偉そうに見えなくてもいいの。だって、偉いのは私ではなくて生まれつきの王族である夫や息子だもの」


 インヴァネス大公妃は愛情がこもった視線でリーナを見つめた。


「リーナも王族妃らしくなるようにとあれこれ言われるかもしれないわね。でも、無理やり自分を抑える必要はないのよ。自分らしさを大切にして頂戴」

「言葉としてはわかります。でも、難しい気もして……」


 インヴァネス大公妃は優しく微笑んだ。


「そうね。でも、自分の感覚や知識を大切にすればいいだけなの。リーナはクルヴェリオン王太子よりもずっと平民や貧しい人々のことを知っているはずよ。王家に入ったから平民や貧しい人々のことはもう関係ないとは思わないで、両者を結ぶ架け橋になってあげればいいの」

「架け橋に……」

「そうよ。虹のように美しい橋をかけるの。貴方が知る世界をクルヴェリオン王太子に伝えてあげれば、きっとそれがクルヴェリオン王太子の世界を広げるし、エルグラードや国民の役に立つわ」


 リーナから見たクオンはとても優秀で、まさにエルグラードの王太子、偉大で高潔な統治者だ。


 平凡でごく普通のことしかできないリーナにしてみれば、あまりにも凄すぎる存在ともいえる。それだけに、自分がとてもちっぽけで無力だとも感じていた。


 クオンと同じように考えることも、同じものを見ることもできない。その自信がない。それほどリーナは優秀でも利口でもない。


 しかし、何もできないわけではない。


 生まれながらの王族であるからこそ知らないことがある。平民のことや孤児のことならクオンよりも詳しく知っていることがある。それを伝えれば役立てる。


 私らしくクオン様を支えればいい。私が経験したこと、知っていることがクオン様の世界を広げ、エルグラードの人々の幸せにつながるかもしれない。私は王家と国民をつなぐ架け橋になりたい。


 その考えと気持ちはリーナの胸の中にストンと落ちた。


「本当に素晴らしいお話を聞けました。王族の妻は凄く大変で一生勉強しても相応しくなれないような気がしていました。でも……探してみます。私らしくクオン様を支える方法を。そして、自分の経験や知識が活かせる王族妃の在り方を」

「とても有意義な講義だったね。でも、そろそろ昼食時間かな」

「そうですね」


 フェリックスが懐中時計を取り出した。


「丁度良さそうです」

「食堂に移動する」


 レーベルオード伯爵が席を立ったのに合わせ、他の者達も立ち上がった。


 インヴァネス大公は妻の、パスカルはリーナのエスコート役を確保すべく手を取る。


「レーベルオード伯爵」


 声をかけたのはフェリックスだ。


「手をつないでいただいてもいいでしょうか? この屋敷は広いので、一人で歩いていると迷子になりそうな気がして不安と言いますか」


 明らかに嘘だとわかる言い訳だったが、レーベルオード伯爵は無言で手を差し出した。


「ありがとうございます。最も素晴らしいエスコート役を手に入れたのは、間違いなく僕ですね!」


 フェリックスは嬉しそうにはしゃぎながら、レーベルオード伯爵と手をつないだ。



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