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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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750 大きな家族

 夜になるとレーベルオード伯爵が帰宅し、晩餐会が開かれることになった。


 通常であれば長方形のダイニングテーブルが使用されるが、今回は特別に円形のものが用意された。


 座席はリーナを起点にしてその隣にインヴァネス大公、フェリックス、インヴァネス大公妃、パスカル、レーベルオード伯爵という順番で一周している。


 特殊な配置であることは一目瞭然だった。


「素晴らしいですね!」


 フェリックスが感嘆の声をあげた。


「両家の融和が感じられます!」


 これまでのレーベルオード伯爵家とインヴァネス大公家をつなぐのは元レーベルオード夫人リリアーナであるインヴァネス大公妃フェリシアだった。


 しかし、インヴァネス大公妃を中心に据えて両家の父親と息子という構図は、まるで過去の夫と現在の夫、息子二人が張り合うかのようでもある。


 そこで、レーベルオード伯爵は両家をつなぐ存在としてリーナを起点にしたのだった。


「今夜の座席は完璧でしょう。兄上もそう思いませんか?」

「家族関係にも深く配慮しているのがわかるね」


 レーベルオード伯爵、インヴァネス大公、インヴァネス大公妃はそれぞれの子供達で挟まれている絶妙な配置でもあった。


 急遽決まった晩餐会とはいえ、その座席に対してレーベルオード伯爵が細心の注意と配慮を込めたことは間違いなかった。


「こうして家族全員で揃ってお食事できるなんて夢のようです。本当に嬉しくてたまりません!」


 リーナも嬉しそうに感想を述べた。


「レーベルオード伯爵、改めて心からの感謝を伝えたい。貴殿とパスカルがいるからこそ、リーナは安心して嫁ぐことができる。私達が結婚式に参列できるのも全てレーベルオードのおかげだ」


 インヴァネス大公とレーベルオード伯爵はこれまでに何度も話し合いをして来た。


 リリアーナやヴァーンズワース伯爵家の件について約定を守っていること、子供達に負の感情を伝えないよう和解することを確認し合うためのものだ。


 問題はないと言われても、心の奥底まではわからない。一生消し去ることができない強い感情が残っていてもおかしくない。


 インヴァネス大公は何度確認しても不安を拭い去ることはできないと感じていた。


 しかし、レーベルオード伯爵はリーナを大切に守ろうとしている。


 だからこそ、レーベルオード伯爵を信頼し、これ以上不安に思う必要はないのだと強く思えた。


「貴殿がエルグラード貴族としての誇りと名誉を守り続ける傑出した人物であることは重々承知している。未来を担う子供達のためにも、平和的かつ友好的な関係であり続けたいと切望している」

「招待した以上、要望についてはできるだけ考慮するつもりだ」


 レーベルオード伯爵は冷静な口調で返した。


「但し、結婚式における対応についてはよくよく理解しておいて欲しい」


 レーベルオード伯爵にとってインヴァネス大公家は血族ではない。しかし、インヴァネス大公妃とインヴァネス大公子だけはパスカルと血がつながっている。


 そのことを考慮し、結婚式におけるインヴァネス大公家の席は家族席になっていた。


「家族席や親族席の者達についてはレーベルオードの責任が問われる。ミレニアスとの関係が良好ではない時だけに、我慢しなければならないようなこともあるかもしれない。だとしても、子供達のために自重して欲しい」

「わかっている。私はパスカルの血族である母親とその息子の庇護者として滞在を許されただけに過ぎない。できるだけ目立たないようにするつもりだ」


 インヴァネス大公は『夫』という言葉を使用しなかった。


 かつて妻と婚姻していた元夫であるレーベルオード伯爵への配慮であることは言うまでもない。


「リリアーナとは幼少の頃から面識があり、妹のような存在だった。妹一家をもてなせないほど、私は狭量ではない。ここを実家だと思ってくつろぎ、旅の疲れだけでなく心もまた癒して欲しい。過去よりも重視すべきは、今ここにいる全員が大きな家族として集い、共に時間を過ごしていることだ」


 レーベルオード伯爵の言葉はインヴァネス大公の配慮に対する返礼としては申し分ないどころか、それ以上のものだった。


 パトリック様……。


 インヴァネス大公妃は過去において自らが求めていたものをようやく手に入れた気がした。


 それはパトリックに家族の一員として認められ、共に時間を過ごすことだった。


 妻ではなくなったというのに、妹としてもてなす。再婚した夫と息子と共に。大きな家族として。


 あまりにも慈悲深い。これこそがパトリックの計り知れないほどの寛大さと深い愛情を示すものなのだと感じ、リリアーナは瞳を潤ませた。


 そして、現在の夫であるインヴァネス大公もまたレーベルオード伯爵の言葉に心を打たれた。


 リリアーナがエルグラードにいる夫と息子から離されてしまったがゆえの苦しみと孤独を知らなかったわけではない。そして、自分がレーベルオード伯爵にとっていかに邪魔で迷惑で許しがたい存在であったかも。


 インヴァネス大公の胸にどうしようもないほどの強い感情が込み上げた。


「……まさかそのように言って貰えるとは夢にも思ってもみなかった。私がいかに罪深い人間であるかは自覚している。本当に……申し訳ないと思っている。だというのに救いの言葉を与えてくれた。心から礼を言う。ありがとう」


 インヴァネス大公は真っすぐにレーベルオード伯爵を見つめた。


「これからは私のことをフェイリアルと呼んでくれないだろうか? 許されるのであれば貴殿を兄のように慕い、ここに集う家族全員を守るために力を合わせていきたい」


 インヴァネス大公はレーベルオード伯爵へ最大級の誠意を示し、過去にあった様々なことを乗り越え、手を取り合いたいと思っていることを改めて示した。


「私が守るべきは家族とレーベルオードだ。エルグラード王家の忠臣としての役目もある。それを邪魔しなければいい」

「絶対に邪魔をしないようにする!」

「絶対という言葉は過去にも聞いた。フィルからな」


 絶対にリリアーナを守る! 必ず幸せにしてみせる! 全身全霊で!


 当時、フィルと名乗っていたインヴァネス大公はレーベルオード伯爵と約束した。


「……今はフェイリアルだ。身勝手だと思うかもしれないが、本心からの言葉であることを信じて欲しい」

「フェイリアルが嘘をつかないようしっかり見張っておけ。それが妻であるフェリシアの務めだ。わかったな?」

「はい。パトリック様の邪魔になるようなことはさせません」


 話が落ち着いたと感じ、フェリックスが会話に参加した。


「前回の滞在時にもレーベルオード伯爵家は細やかな配慮をしてくれました。とても居心地が良すぎて、留学中もここに住みたいと思ってしまったほどです。父上と母上もすぐに僕と同じような気持ちを感じることでしょう」

「留学中の住まいについては検討中だ。ルーシェと一緒に住むという案も出ているではないか」

「ローワガルンの大公子はどこに住まわれるのでしょうか?」


 パスカルが尋ねた。


「まだ決まっていない。物件を探しているらしいが、なかなかいいのがないと聞いた」

「賃貸物件でしょうか?」

「売りに出ているものも全て対象にしている。だが、王立大学院の周辺で見つけるのは難しそうだ。ちなみに、ダウンリー男爵は春から官僚になるのだろうか? 可能であれば、アリュール・ハウスを借り受けたい」

「無理だ。アリュール・ハウスは大規模な改装工事に入る」

「どの程度の期間になるのだろうか?」

「一年ほどだ。貴族向けの学生寮にする」


 バードル地区には王立大学と大学院の他にも学校が複数あることから、賃貸物件の人気が異常に高い。


 供給よりも需要の方が常に高いため、不良物件でも借主が見つかってしまう。年々賃貸物件の質が落ちていると言われ、問題視されていた。


 そこでバードル地区長は安全で質の高い学生向け賃貸物件を提供する協力を各所に呼び掛けた。


 基準を満たす新規の学生寮を増やすために、地区内に不動産を所有する者達に働きかけ、建築及び改装資金の援助や地区税の軽減といった優遇処置が受けられるようにした。


 レーベルオード伯爵はその優遇処置を利用し、老朽化したアリュール・ハウスを貴族用の学生寮として改築することにした。


「改装工事が終わった後に借りることはできるだろうか?」

「工期が長引くかもしれない。入居に関する約束はまだだ。身分を考えると、集合物件を避けるべきではないか?」

「大学院の付近は個人の邸宅自体が極めて少ない。集合住宅ばかりだ」

「隣り合う地区で探し、馬車で通学すればいい」

「結局時間がかかるのであれば、ここから通いたいのだが」

「パスカルと同居したいようだが、通常時は王宮側のフラットに居住している。残業によって王宮に泊まることも多い。書類等の管理についても気を遣わねばならないことを考えると、同居は極めて難しい。一つ間違えば国際問題になる恐れがある」

「そろそろ乾杯を。話が尽きません」


 パスカルが頃合いだと感じて口を挟んだ。


「乾杯はリーナに任せる」

「えっ、私ですか?!」


 突然の指名にリーナは驚いた。


「でも、当主がするものでは?」

「婚姻後はお前が最上位になり、乾杯をする状況も増える。少しでも多く経験を積んでおけ」


 経験を積むためとはいえ、リーナは一気に緊張してしまい、戸惑うような表情になった。


「大丈夫だよ。ここにいるのは全員家族じゃないか。特別な言葉で飾る必要はない」

「そうよ。乾杯と言えばいいだけでしょう?」

「姉上の好きなようにすればいいだけです」

「それが主役の特権だ」


 家族からの温かく優しい気持ちが込められた言葉が次々とかけられる。


 それに応えたいと思う気持ちがリーナを勇気づけた。


「ではグラスを」


 リーナはグラスを手に取ると、家族を一人ずつ見つめた。


「今夜、愛する家族全員が集まったことに心から感謝したいと思います。本当に幸せで胸がいっぱいです。どうかゆっくりとくつろぎ、お食事を楽しんで下さい。乾杯!」

「乾杯!」


 唱和する声が続き、グラスが傾けられた。



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