743 友人続々
王都に到着したクオンの友人達は、すぐにクオンへの面会を申し込んだものの、多忙過ぎることから断られてしまった。
そこでヘンデルへの面会を申し込んだものの、やはり多忙であることを理由に断られる。
これでは計画が進まないと焦ったものの、クオンの代理として第二王子が面会を受けることが決まった。
指定された日時に王宮へと来た友人達は驚くべき事態に遭遇することになった。
「ありえん!」
「他の者達と一緒だとは思わなかった」
「軽視されている気がしてならない」
「無礼だ!」
「それでもクオンに会えるのであればいいが、面会相手はエゼルバードだぞ?!」
「なめてる!」
王宮に集まった各国の友人達は応接間に集合し、遠慮ない会話=文句と愚痴を繰り広げていた。
第二王子は一人ずつ面会をするのではなく、全員を同じ時間にまとめて一気に面会をする気だとわかったためである。
第二王子も多忙だとは思えるが、さすがに各国の王族や貴族、国賓級の者達にありえない対応だと不満な様子を隠さないのは当然のことだった。
「お待たせいたしました。エゼルバード王子殿下がお見えになります」
侍従が先触れをした後、側近や騎士達と共に輝くような笑みを浮かべたエゼルバードが応接間に姿をあらわした。
「ようこそエルグラードへ。心から歓迎します」
エゼルバードの言葉に、早速反論する声が上がった。
「心からだと?」
「このような扱いを受けるとは思わなかった」
「初めから他の者達も一緒だと伝えるべきだろう!」
「軽視しているとしか思えん!」
エゼルバードは兄の友人である周辺国の王族や有力貴族達に囲まれたものの、非常に涼し気な表情をしていた。
「挨拶には挨拶を返すのが礼儀では? いささか早急な言動ですね」
エゼルバードが礼儀を失するような対応をしていると思っているゆえに、すぐに態度を改める者は一人もいない。
大人しくエゼルバードが謝罪をするわけがないと思いつつも、文句を言わずにはいられない気持ちだった。
「友人同士で連絡を取り合い、同じ日時であることを事前に知りながら来訪されている方々もいると思います」
自分が知らせなくても、友人同士で連絡を取り合っていれば事前にわかることだとエゼルバードは暗に示した。
「こちらも何かと忙しく、このようにしなければならない理由もありました。それについて説明しますので、席の方にどうぞ」
エゼルバードは最も上座に用意されている一人掛けの白い椅子に座った。
それ以外の椅子やソファは全て黄色。
エゼルバードの色が白であることを考えれば、この席がエゼルバードのものであることは簡単に予想がつくため、誰も白い椅子には座っていなかった。
「では、早速本題を。兄の友人であり他国の王族や貴族である貴方達とこのような形で会うのは、政治的な話を避けるためです」
一対一で面会すれば、最初こそ祝辞などから始まるものの、その後は歓談になる。当然のごとく腹の探り合い、情報収集、政治的・外交的な話になる。
しかし、外務は段階的に国王から王太子の執務に移行することになっているだけなく、新年からはエゼルバードが外務を担当することも内定しているため、様々に調整中でもある。
このような状態で政治的・外交的な話し合いをしても、重要なことは何も決められない。むしろ、婚姻日や年度末へ向けての執務に忙しいため、実入りのない話し合いのために時間を取りたくない。
だからこそ、あえて一対一での面会を避け、二国間だけによる内密の政治的・外交的な話を避けることにした。
「まだあります。こちらは結婚式が終わるまで秘密にしていただきたいことになります。無理だという方はすぐに部屋を退出して下さい」
眉をひそめる者達が続出するが、部屋を出る者は一人もいなかった。
結婚式が終わるまでという制限があるだけに、結婚式に関係することなのだろうと誰もが予想した。
「いないようですね。では、お話します。実は、兄上の独身さよならパーティーを企画中です」
部屋の空気が変わった。
「この中にはそういったものがある、参加するかどうかといった問い合わせを受けた者もいるはずです。私が知るものとしては六つ企画されています」
「六つだと?!」
「多すぎる!」
「誰が企画している?!」
クオンの友人達の最も重要な目的は結婚式に参加することだが、勿論それだけが理由ではない。
日程に余裕を持たせ、早めに到着したのは独身さよならパーティーに参加するという目的も含まれていた。
さすが六つも企画されているとなれば驚くに決まっている。
「国外とのやり取りは何かと注視されます。ですので具体的な内容は王都に来た際にということになっていたかと思います。それについて私の方から説明しますと、五つはダミーで一つだけが本当の企画になります。つまり、兄上が参加するパーティーは一つだけということです」
「何?!」
「ダミーだと?!」
「それは……」
「残りの五つにはクオンが参加しないということか?」
真顔で凄みを利かせる王族貴族の視線を浴び続けるものの、エゼルバードの涼しい表情は変わらない。
「兄上がお忍びで外出するというのであれば、警備は万全にしなければなりません。どこから情報が洩れるかわからないため、複数の企画を同時進行させることでカモフラージュすることになったのです」
「エゼルバード、クオンが出席するのは私の企画したパーティーだな?」
憤怒の表情で尋ねたのはフローレン王国の王太子リカルドだった。
「リカルドも企画していたのか。だが、クオンが参加するのは私のパーティーだ」
自信満々にそう言ったのはデーウェン大公子アイギス。
「はっ、俺の企画に決まっているだろう! ヘンデルに確認したんだからな!」
これまた自分の企画したパーティーだと信じて疑わないゴルドーラン王国の王太子リアムが反論する。
しかし、リアムはすぐに表情を歪めた。リカルドとアイギスも同じく。
「そうか、ヘンデルのやつ!!!」
クオンの独身さよならパーティーを開くのであれば、まずはクオンが参加できるようにしなければならない。
クオンの首席補佐官は同期の友人ヘンデル。予定を聞きやすい。誰もがヘンデルに連絡を取り、都合の良い日を確認するに決まっていた。
他国にいると、エルグラード内の手配がしにくいこともあり、ヘンデルが連絡を取りつつ下準備をしておくことになる。
細かい部分は王都に来てから直接話し合い、一気に詰める。その方が情報漏洩の心配もない。参加者についても内々に話を広めておくという説明に納得する。
このようにして企画者は安心する。まさか、他にも企画者がいるとは思わない。自分が一番先に言い出したのだろう、他の者達もこの話に乗ることになったと思い込む。
全ての話をヘンデルが調整することで、六つの企画を同時進行させる。いや、一つの企画を成功させるために他の五つをさも進行しているようにみせかける計画が進行していたのだ。
また、第二王子が代わりに事情を話すことによって、ヘンデルが直接非難の集中砲火を浴びるのを避けていることも明白だった。
「ヘンデルめっっっ!!!」
「騙された!!!」
「あいつのせいか!!!」
「友人だと思っていたが、違ったようだ」
「信用は地に堕ちた」
「殴りたい! いや、殴る!」
「鞭打ちでいいんじゃないか?」
「血祭になるのを覚悟の上だろうな?」
文句だけでなく、物騒な言葉も容赦ない。
エゼルバードはヘンデルがどうなろうと知ったことではないが、兄の執務に差し障りが出るような報復については歓迎できなかった。
「話は最後まで聞くように」
エゼルバードは冷静な口調でそう言った。
「兄上が参加するのは一つと言いましたが、他の五つはただのダミーではありません。兄上を喜ばせる贈り物にする予定です」
「贈り物?」
「どういうことだ?」
「現在、王都の花街が広がっています」
近年、地方の事業者達がこれまでの事業をより拡大しようと考え、王都への進出を試みる者達が非常に多くなっている。
しかも、その多くが夜間営業をするような事業で、投資も風俗産業に対するものが増加した。
様々な要因が考えられるものの、結果として花街が広がっているという報告が上がっている状況だ。
「花街は率先して貧しい者を雇用します。失業者が少なくなるという意味ではいいのですが、労働環境や衛生状況が必ずしも良好とは限りません。違法行為や犯罪の増加につながる拠点にもなりえます。ゆえに、花街が広がるような状況を兄上が喜ぶわけがありません。また、兄上が婚姻する影響から王都には通常とは比較にならないほど多くの者達が来訪中です。その中には不穏分子、犯罪者もいると思われ、花街に潜んでいる可能性も高いでしょう。独身最後を祝うため、花街に行って羽目を外すようなことをするわけがありません。危険ではありませんか」
男性の独身さよならパーティーといえば、花街に行って騒ぐのが定番だ。
クオンの友人達もそのような企画をしていた者達が多かった。
確かに王都には多くの人々が溢れかえっている。花街も大盛況だと思われた。
しかし、華やかな祝福ムードの影で、危険な者・犯罪者・歓迎できない者達もまた王都に移動し、何らかの計画を立てている可能性もある。
そのような者達が潜んでいるかもしれない花街に行くのは危険だというのもわかりやすい。
「ですので、高位の者がお忍びで花街に行くという企画はダミーとして進め、実際はそれを利用した花街の一斉取り締まりを行う予定です。多くの犯罪者や不法行為者を見つけて捕縛すれば、兄上は必ず喜びます。王都の治安も向上し、安心して婚姻日を迎えることができるでしょう」
エゼルバードは微笑んだ。
「これでわかりましたね? この計画は極秘です。その対価として、兄上が出席する独身さよならパーティーに参加するかどうかの希望を出せます。参加を希望する方は挙手を」
不満げな表情は多くあった。
しかし、友人達が選択したのは手を挙げることだった。





