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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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741 婚姻準備

 十一月におけるリーナの二大予定は中学校卒業程度認定試験とクオンとの婚姻になる。


 試験が終わったため、婚姻に関わる細かい予定が実行されることになった。


 その中でも重要なのは体調管理と花嫁衣装関連の準備だ。


 ドレス、靴、手袋、宝飾品。王家から借りるティアラについてもリーナのサイズに合わせなければならない。


 リーナは侍女達によって毎朝全身のサイズを調べられ、大きな変動がないかを確認することになった。




「毎日サイズを計るなんてプレッシャーにならない?」


 話を聞いたラブは早速悪態をついたが、リーナは同意しなかった。


「プレッシャーですか? 別に。毎日同じサイズでなければならないとは思っていませんし」


 思っていないのね……。


 そう思ったのはラブだけではなく。カミーラとベルも同じく。


「人は成長するので、サイズが変わるのは自然なことだと思います。それに私がドレスに合わせるのではなく、ドレスを私に合わせるように侍女達が頑張っているわけですので、ありがたいと思っています」

「できるだけ太らないようにって言われなかった?」

「言われました」

「言われたの?!」


 ラブは即座に無礼な行為だと思った。


「はい。でも、無理だと答えておきました」


 ラブ、カミーラ、ベルは純粋に驚いた。


 真面目で謙虚なリーナであれば、わかった、頑張って太らないようにすると答えそうな気がした。しかし、実際は違った。


「どうして無理だって答えたの?」

「食事制限はしたくありません。我儘かもしれませんが、ひもじい思いはしたくないのです。孤児院にいた頃、十分味わいましたから」


 一気に空気が重くなる。


 そして、食事制限をしたくないというのは我儘ではない。誰もが思う普通のことであり、リーナのような過去を持つ者であれば余計にそうだろうと思えた。


「私は見た目の美しさよりも健康の方がよっぽど重要だと思います」


 リーナの意見はそれだけではなかった。


「それに、体形を細くするために私が努力しても、どの程度細くなるかわかりません。痩せすぎてもサイズが合わなくなって直すことになります。だったら、太ってサイズ直しをするのと結局変わりません」

「まあ、サイズ直しをするという意味では同じね」

「サイズがどうなるかわからない状態よりも、私のサイズに合わせてドレスを直した方が確実に合います。私も辛くありません。侍女達も納得していますので大丈夫です。むしろ、食事制限の話が出てしまったせいで、役職付きが揃って謝罪に来てしまいました。お兄様に厳しく注意されたようで……」


 侍女達がリーナに食事制限の話をすることは二度となさそうだとラブ達は思った。


「ところで、良いと思えるようなものがありましたでしょうか?」


 リーナは三人に尋ねた。


「まだ見ているところ」

「ラブはデザイン画を見るより、リーナ様と話してばっかりじゃない?」

「うるさいわね!」

「少し時間がかかるかと。ドレスのデザイン画と合わせて考えていますので」


 カミーラが両手に髪型とドレスのデザイン画を持って見比べつつ答えた。


「こうやって準備をするのは大変かもしれないけれど、幸せなことだと思うわ。これ、私の好みかも」


 ベルは用意されている髪型のデザイン画をうっとりするような表情で見つめた。


「言っておくけれど、自分が好きかどうかじゃなくて、リーナ様に似合うかどうかで選んでよね!」


 ラブが鋭いまなざしでベルを睨んだ。


「わかってるわよ。でも、どれも素敵だし、リーナ様に合うように見えるのよね」

「当然です。専属の者達がすでに考えに考え、選び抜いた髪型ばかりです」


 現在、リーナがベル、ラブ、カミーラの三人と見ているのは結婚式当日の髪型が描かれたデザイン画だ。


 婚姻日にあるのは結婚式だけではない。他にも謁見式、昼食会、晩餐会、舞踏会がある。


 それぞれに着用するドレスはすでに決まっているが、それにどの髪型を合わせるかについてはリーナの希望をできるだけ取り入れることになっていた。


 そこで、リーナと共に三人も髪型とドレスのデザイン画を見比べ、どのような組み合わせにするかを検討していた。


「結婚式はティアラとベールがあるし、顔回りがスッキリしていた方がいいわよね?」

「そうですね。伝統的なスタイルではアップが定番です」

「リーナ様がアップねえ」

「ハーフアップしかしないわよね」


 リーナの基本的な髪型はダウンヘアで、正装をする時はハーフアップにしていた。


「王妃様、国王府、王宮省の担当者からは伝統的なスタイルが好ましいという要望が出ています。ですが、国王陛下と王太子殿下はリーナ様の嗜好を反映するようにと厳命されています」


 王族の婚姻はしきたりがあるものの、必ず守らなければならない部分とそうではない部分がある。


 髪型やドレスなどの細かい部分は伝統的なスタイルが好ましいというのが慣例ではあるものの、実際には時代に合わせて変化してきた。


「これに関しては無理に王家の伝統に合わせる必要はないというのがやはり慣例です。建前としては斬新過ぎるものよりは、伝統的なものに近い方が好ましいと言うだけです」

「何でもいいのよ。リーナ様の好きにしていいの。むしろ、そうしないと駄目よね? 国王陛下と王太子殿下の命令が出ているわけだし」

「そうそう。ドレスと宝飾品は男性陣が決めたわけだし、こういうところはしっかりとリーナ様の希望を入れとかないと!」


 リーナのドレスと宝飾品は王家とレーベルオード伯爵家の意向を取り入れるということから、男性陣によって全て決められた。


 そのおかげでドレスと宝飾品については早く決まったものの、リーナの意見が全く取り入れられていない。そのことにリーナの側にいる女性達は不満を感じていた。


 ラブに至ってはかなりの苛立ちを隠さず、ことあるごとに文句をつけている状態だ。


「ラブはまだ怒っていそうですね?」


 リーナはラブの不機嫌そうな様子を見て言った。


「だって、衣装や宝飾品を選ぶのは花嫁になる準備の中でも凄く楽しい部分じゃない? 普通は自分で好きなものを選びたいって思うわ!」

「そうですね」


 リーナが頷いたため、やっぱりそうかとラブは思った。


「ですが、私は幸せです。結婚する者の中にはドレスや宝飾品に関心を持たない男性もいます。そういう場合は相談したくても相談に乗ってくれません」


 リーナの意見は花嫁の多くが思うことでもある。


「でも、私の場合はクオン様をはじめとした多くの男性の方々が参加し、全員が様々な意見を出してくれました。そのようにして決まったドレスや宝飾品であれば、きっと最高の姿になれると思いますし、これなら大丈夫だと安心もできます。クオン様達には心から感謝しているので、あまり怒らないで下さいね」


 ベルが早速リーナの話に同調した。


「そうね。男性側がこういうのに相談に乗ってくれないよりは全然いいし、愛されている証拠よね!」

「非常に忙しい身であるにもかかわらず、これだけのメンバーが予定を調整して揃ったというのは奇跡的です。それだけリーナ様との婚姻が望まれている、重要視されているという証でもあります」


 同じくカミーラも頷く。


「偉いわね。そうやって何でも良く解釈しようとするのが。リーナ様の寛大さと慈悲深さがなせる業だわ!」


 ラブは男性陣ではなくリーナを褒めた。


「まあ、私には絶対無理だけど」

「ラブの時は女性が相談に乗ればいいのでは? お母様とか」

「嫌よ! むしろ、お母様の趣味を押し付けられたら最悪!」


 ラブはぞっとするような表情になった。


「では、ディヴァレー伯爵に相談されては?」

「相談に乗ってくれない気がするわ。というか、お兄様の趣味もわかりきっているから。私とは違うのよね」

「ディヴァレー伯爵の趣味はどんなものなの?」

「黒いウェディングドレスですか?」

「違うわよ! めっちゃ純白に決まっているでしょ! 聖なる布でできたウェディングドレスよ!」

「聖なる布ですか? そのようなものがあるのですね」


 驚くリーナにラブは即否定した。


「違うわよ! イメージよ!」

「真っ白ってことね。穢れがない感じというか?」

「そうそう」

「黒いウェディングドレス、お披露目は血のように赤いドレスというしきたりではないのですね」

「ないわよ!」

「ですが、ゼファード侯爵夫人の婚礼ではそうだったとか」


 ラブの母親であるゼファード侯爵夫人は政略結婚をした。


 それに最大級の反意を示すべく、ウェストランドの色が黒であるという理由をこじつけて黒いウェディングドレス、更には血のように赤いドレスで披露宴をした。


「本当はお母様だって白いウェディングドレスを着たかったと思うわよ。まあ、うちは結構自由というか強いというか変な女性が多いのよ」


 ラブもじゃない?


 ラブもその一人です。


 ベルとカミーラの呟きは心の中だけで抑えられた。


「相当昔の話だけど、結婚を目前にして婚約者の男性が暗殺されちゃったことがあったの。その時、ウェストランドの女性は用意していたウェディングドレスでお葬式に出たらしいわよ」

「逆バージョンね。黒いはずのお葬式に白っていう」

「死体ではなく、遺体というべきでは?」

「暗殺……」


 リーナは表情を変えた。不安なそれに。


 面白い、笑える話としてラブは披露したつもりだったが、真面目過ぎるリーナには別の効果を発揮した。


「ちょっとラブ、変なこと言ったら駄目でしょう!」

「不吉な話はしないで下さい」


 すぐにベルとカミーラが態度を変えた。


「ごめんなさい」


 ラブもまた同じく。すぐに謝るところが、リーナの特別さをあらわしているも同然だ。


「大丈夫。リーナ様の場合、暗殺事件は絶対に起こらないから!」

「当たり前でしょう!」

「当然です!」


 ウェストランドではない、時代が違う、警備は万全など様々にリーナを安心させるような言葉や説明のオンパレードが続く。


「私はやっぱり幸せです。こうやって私を元気づけようとしてくれる友人達がいますから」

「私もリーナ様の側にいられて楽しいし、幸せよ!」

「同じく」

「私達はそのためにいます。どうか遠慮なさらないで下さい」

「ありがとうございます。早く許可が出るといいのですが……」


 リーナは自分の友人については自分で決めたいという要望をクオンに伝え、その返事を待っている最中だった。


「私とカミーラは問題ないって思ってたのに、すぐに許可が出ないなんてちょっと不安だわ」

「ラブが一緒に選考されているせいでしょう」

「違うわよ!」


 ラブは即座に否定した。


「二人が側近補佐だからよ。公私混同を避けれるかどうか、じっくり検討されているに決まっているわ」

「しないわよ」

「でも、秋の大夜会で注意されたじゃない。あれが響いているのかも」


 ベルは表情を歪めた。


 カミーラも表情こそ変わらなかったが、深く反省していることだった。


「大丈夫です。クオン様は理解して下さいます。それに私、駄目だと言われても諦めません。この件については時間がかかったとしても、絶対に認めていただきたいと思っています」


 リーナであれば、どんなことがあってもクオンに従う。絶対に逆らうようなことはしない。


 そう思っていた三人はまたもや心底驚くことになった。


 そして、それほどまでにリーナが自分達との関係を大切にしたいと思っていることに感動した。


「……私こそ時間がかかるかもしれないけれど、王太子殿下にちゃんと認められるようないい子に見えるようになるわ!」

「いい子になるではなく、見えるようになるというのがラブらしいです」

「あ、バレた?」

「本当にずる賢いわね」


 ベルが苦笑する。


「賢いのはカミーラに任せて、私は別路線で行くってことよ!」

「ラブは期待されています。でなければ、クオン様は王宮に部屋を与えないと思います」

「実は私もそう思っているのよね。リーナ様もだんだんわかるようになってきたじゃない!」

「ラブはリーナ様に対しても図々しいわね」

「遠慮がありません」

「その方が友人らしくていいです。カミーラとベルも遠慮しないで下さい。友人として私と接して欲しいです。身分は関係ありません」

「とても嬉しいわ」

「同じく」


 部屋に溢れたのは笑顔だけではない。


 信頼と友情。優しく穏やかで心から安らげる雰囲気だった。



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