74 王女との面会
パスカルは後宮につくと、キフェラ王女への面会を申し込んだ。
しかし、キフェラ王女は面会にふさわしい身支度をしていないことを理由にパスカルを待たせた。
「見かけない顔だけど、名前は?」
「セルマです」
「どこの家の者?」
セルマはしぶしぶといった表情で自らの出自を説明した。
直系ではなく傍系。有力貴族とのつながりもない。
王女付きになっていることが不思議なほど、貴族としては下の方だった。
「王女付き抜擢されたということは、特別な技能があるのかな?」
「ミレニアス語ができます。それでミレニアス王女の部屋付きになったのだと思います」
「じゃあ、少しだけミレニアス語で会話してもいいかな?」
「どうぞ」
パスカルとセルマはミレニアス語で会話をした。
セルマは通訳の仕事もできるということで王女付きになったが、キフェラ王女は幼少時からエルグラード語を習っている。
言葉に不自由しないため、セルマが通訳として活躍する機会が全くない。
そのせいで部屋の中に待機する仕事を外され、別の仕事に変えられてしまったことがわかった。
「とても流暢だね。エルグラード語が国際共通語のせいで、外国語を習得している者は少ない。勉強を頑張った証拠だ。素晴らしい特技だよ」
「そう言っていただけて嬉しいです。でも、特技が活かせなければ、特技がないのと同じです」
「せっかくの能力がもったいない。もっと重用するようクリスタと話してみるよ」
筆頭侍女に口添えしてくれるとわかり、セルマの表情が明るくなった。
「他にも困っていることがあったら教えてほしい。力になれそうなことについては配慮したいと思っているから」
「ありがとうございます! 実は王女付きは色々と大変で……」
セルマは王女付きの侍女がいかに大変かを切々と訴え、パスカルは相槌を打ちながら耳を傾けた。
やがて、ドアが開く。
姿を見せたのは筆頭侍女のクリスタだった。
「お待たせいたしました。どうぞお入りください」
「わかった。じゃあ、またあとで」
パスカルはセルマに優しく微笑んだあと、キフェラ王女の部屋へ入った。
ミレニアス王国のキフェラ王女は生粋の身分主義者で、相手を身分で判断する。
王族同士は対等で貴族は格下。
だからこそ、キフェラ王女は貴族であるパスカルを見下しており、それが当然だと思っている。
不機嫌な態度はいつものこと。
だが、キフェラ王女の支出はミレニアスから送金される留学費用以上になっており、支払いが済むまでは買い物を控えてほしいと聞けば、余計に機嫌が悪くなるに決まっていた。
「クリスタに話がある」
王女との話し合いが終わって控えの間に移ると、パスカルはクリスタに話しかけた。
「どのようなお話でしょうか?」
「セルマを王女の部屋の中でするような仕事に変えてほしい。ミレニアス語が堪能なのに、別の仕事を振っていると聞いた」
「通訳が同席する必要がないせいです。キフェラ王女はエルグラード語を使います」
「王女たちがミレニアス語を使うことは全くない?」
「時々だけです」
キフェラ王女はエルグラード語が堪能だが、ミレニアスから同行している侍女のレーテルはエルグラード語が苦手だと言い、王女とはミレニアス語で会話をしていることをクリスタが話した。
「レーテルがエルグラード語を苦手だって? 王女が言ったのかな? それともレーテル?」
「両方です」
「それは嘘だよ」
パスカルは静かな口調で指摘した。
「ミレニアスからキフェラ王女に同行できる侍女は一人だけだ。エルグラード語ができない者をつけるわけがない。キフェラ王女とレーテルがミレニアス語を使うのは、エルグラードの者に知られたくないことを話しているからだと思う」
クリスタだけでなく、セルマも驚きの表情を浮かべていた。
「セルマはミレニアス語が得意だ。キフェラ王女とレーテルがミレニアス語で話している内容を理解できる。貴重な情報があるかもしれないから、部屋の中の仕事を割り振ってほしい。そして、セルマが仕入れた情報をクリスタも共有しておくこと。重要そうなことは僕に知らせて。わかったね?」
「わかりました」
「セルマに重要な仕事を任せるからね」
パスカルはセルマを真っすぐ見つめた。
「ミレニアスの王女たちがどのような会話をしているかによって、エルグラードの対応が変わるかもしれない。ただの世間話や愚痴ばかりとは限らないから注意してほしい」
部屋の中で仕事をする時は、ミレニアス語をわかる素振りを見せない。
あとでクリスタだけにこっそり会話の内容を報告しておく。
そうしなければ、王女たちはミレニアス語で話さなくなるばかりか、セルマやエルグラードの侍女を部屋から追い出そうとするだろうとパスカルは話した。
「内密の役割だけに難しいかもしれない。でも、セルマならできる。頑張ってほしい」
「頑張ります!」
特別な仕事に抜擢されたセルマはやる気満々だった。
「セルマが王女付きで良かった。とても頼もしい。でも、王女付きは苦労が多いようだね? 衣装のことでは特に。準備するのが遅くなると聞いた」
叱責されるのではないかと思ったクリスタは動揺した。
「申し訳ございません。人手が不足しております」
「王女付きは他の側妃候補付きよりもやや多い。それでも不足している?」
「持ち物の量が多くて」
側妃候補は寝室の隣にある衣装部屋以外にも、すぐには必要としない荷物を置くための倉庫部屋が一つある。
ミレニアスから来た王女は身分的にも荷物量が多いということで、倉庫部屋が多いことをクリスタは説明した。
「どの程度の持ち物があるか確かめる。倉庫部屋に案内して」
クリスタは目を見張った。
「倉庫部屋を見られるのですか?」
「口で言われてもわからないからね」
「キフェラ王女の許可が必要です」
「どうして?」
「キフェラ王女の部屋だからです」
「ここは後宮だ。僕は王族のいない部屋であればどこにでも許可なく入ることができる」
「キフェラ王女は王族です。衣装部屋も王族の部屋では?」
パスカルはため息をついた。
筆頭侍女であるクリスタの認識が間違っていた。
「僕が入れないのはエルグラード王族がいる部屋だけだ。ミレニアス王女のいる部屋には許可なく入ることができる」
「いつも許可を取られています」
「一般常識としてのマナーだよ。突然部屋に入ったら驚くし、キフェラ王女の機嫌も悪くなってまともに話せないだろうからね。だから、緊急時以外は配慮している。でも、この配慮は僕自身の判断でいつでも取り消すことができる」
「パスカル様の判断で?」
「そうだよ。ここはエルグラードだからね。しかも、国王が所有する後宮だ。ミレニアスの王女であってもただの側妃候補でしかない他国人がわがままを言える場所じゃない」
クリスタは驚いた。
「前々から思っていたけれど、クリスタはキフェラ王女を尊重し過ぎている。相手の身分に対して礼儀正しく接する必要はあるけれど、服従する必要はない」
エルグラードの後宮に所属する侍女が服従すべきはエルグラードの王族。
次に優先するのは王族の側近。
他国の王女は後宮にいる一時的な滞在者というだけ。
その命令には従わなくていいことをパスカルはしっかりと伝えた。
「キフェラ王女は王族なので、従う必要があると思っていました」
「王族という身分のせいで、自国王族と他国王族の違いがわかりにくかったようだね。でも、これでわかったはずだ。僕の命令はエルグラード王族の次に優先される。キフェラ王女の倉庫部屋間で案内してほしい」
「かしこまりました」
クリスタはキフェラ王女の倉庫部屋にパスカルを案内した。