738 驚きの再会
受験者番号が奇数の女性が退出する順番になった。
リーナの受験者番号は偶数だが、急ぐという理由で教室から退出することにした。
すると、ティファニーとその周囲にいた少女達も同じように急ぐという理由で教室からの退出を希望した。
「大ホールまで一緒に行くわ」
ティファニーがそう言ったため、リーナは驚いた。
「よろしいのですか?」
「私も大ホールに行くのよ。結局、同じでしょう?」
「なるほど……」
リーナはティファニーや少女達と共に歩き出した。
試験が終わってから時間が経っている。リーナは腕時計を見た。
……マリウスが心配しているかも。
「それ、ブレスレットじゃなくて腕時計なのね」
ティファニーが言った。
「どこのブランド?」
「ブランド?」
リーナは考え込んだ。
その様子を見てティファニーや少女達は呆れ、驚き、興味を持った。
「まさか、ブランドを知らないの?」
「製造者よ」
「販売者ね」
「お店の名前とか」
「高級品はブランド品よ」
「信用や価値があると思われる品物ね」
リーナは少女達を見た。
「デパートで購入した場合、ブランド名はデパート名になるのでしょうか?」
「場合によるわね」
「ブランド品をデパートで販売している場合は違うわよ」
「それって、既製品なのね」
「どこで買ったの?」
「ルジェ・アヴェニューというデパートです」
少女達は驚愕した。公爵令嬢のティファニーも同じく。
「これ、ルジェ・アヴェニューのものなの?!」
「既製品とはいえ、特注品も同然ね……」
「いくら?」
「買って貰ったの?」
「父親にねだったとか?」
「おじい様とか」
「婚約者」
「恋人かも」
「贈り物?」
少女達はあれこれ推測した。
「正解は?」
「お兄様とお父様からの贈り物です」
「半分当たったわ!」
「お兄様……」
「お金持ちであることは確かね」
「羨ましい」
「素敵なお父様とお兄様ね」
「もしかして、兄弟か姉妹がこの学校に通っているとか?」
詮索されるのは困るとリーナは思った。
「お兄様はここの卒業生だと聞いています。ところで、皆様はどのような時計を? ブランド品でしょうか?」
話題を少女達の方に向ける。
少女達はそれぞれ自分の持つ時計について答えた。
どれも一流のブランドや特注品のものばかりで、誕生日プレゼントや入学祝として贈られたものが多かった。
また、腕時計ではなく懐中時計やペンダントタイプが主流だ。
「雑誌で紹介されているような高級ブランドばかりのようです。パ・リュウは宝飾品のブランドだったと思いますが、時計も売っているのですね」
「時計でも宝石がついているから宝飾品よ」
「貴方の時計はついているの?」
「ついているのに決まっているでしょう!」
「そうよ! ルジェ・アヴェニューの品よ!」
「ダイヤモンド?」
「そうです」
リーナは頷いた。
「赤いのはルビー?」
「レッドダイヤモンドです」
リーナが素直に答えると、少女達の表情は一変した。
「えっ?!」
「凄い!!!」
「さすが、ルジェ・アヴェニューね……」
「間違いなく最高級品ね!」
「特注品の中の特注品よ!」
少女達は口々に言いながら、リーナのことをかなり裕福な女性のようだと思った。
そして、そのような女性がなぜ成人になってから中学卒業程度認定試験を受けるのか、ますます不思議に感じた。
「止まって下さい!」
リーナ達が階段のところまでくると、保安と誘導を担当する生徒達が指示を出し、階段部分へ侵入できないようにロープを張った。
「上の階から降りる者を優先します! 少しお待ちください!」
昨日は階段に大勢の者達が殺到してしまった。
廊下と違い、階段部分には上階から降りて来る者達が合流する。そのせいでなかなか降りられない者達が続出し、廊下の大渋滞と過密状態の原因になってしまった。
そこで二日目は各階における階段使用を管理し、各階の者達が順番に一定時間毎に降りるように誘導されていた。
女性達がどんどん上の階から降りて来る。
若い少女達ばかりで、楽しそうにおしゃべりをしながら階段を降りていく。
やっぱり羨ましい……。
リーナはしょんぼりしながらため息をついた。その時、
上から階段を降りて来た少女=デーウェン大公女アリアドネが勢いよくリーナの元へ駆け寄った。
「信じられない!!! こんな所で会えるなんて!!!」
リーナも全く同じ気持ちだった。
「何も言わないでください! お忍びです! 素性は明かせません!!!」
リーナは慌てて叫んだ。
「えっ? あ、ああ! そうですわね!」
アリアドネはすぐにリーナの言わんとしていることを察した。
「でも、どうしてこんなところに……視察? まさかとは思うけど、試験を受けに来たとか?」
「ええ、まあ……そのような感じです」
アリアドネがリーナの元に来たため、大注目の的である。
素性を明かせないと言ったことが、余計に興味を抱かせることにつながったのは言うまでもない。
「どうかお気にせず。ご友人の方々を待たせるのは悪いので」
「先に行ってて。私はこの女性と一緒に降りるから」
アリアドネは友人を先に行かせることにした。
「お待ちします」
「私も待ちます」
「アリアドネ様とご一緒しますわ」
「私も」
次々とアリアドネに付き合うという申し出がある。
「そう? じゃあ、少し待ってて。ああでも、本当に嬉しいわ!!! まあまあ久しぶりですわね」
「まあ、そう、ですね」
リーナはぎこちなく答えた。
「一人みたいね? それも驚きですわ! 付き添いは? 大ホール?」
「そのようです。昨日は廊下だったのですが、今日は大ホールで待つことになってしまったみたいで」
「何人?」
「一人です。制限があるので」
本当に一人なの?! 嘘?! ありえませんわ!!!
アリアドネは驚愕した。
「危ないですわ!!!」
「大丈夫です。王立学校はとても警備が厳しいと聞いています」
「そうだけど……」
「それに、私のことを知っている者はいません」
「私は知っているけれど?」
「そうですね……内密にして下さい。色々と問題になると困ります」
すでに問題になってしまったような気配をリーナは感じていたものの、口にはできなかった。
「わかっているわ。秘密ね!」
アリアドネはそう言いつつも、兄のアイギスには絶対に話さなければと思った。
「でも、一人はよくありませんわ。一緒に帰りましょう。私の馬車で送りますわ」
「申し訳ございません。指定の馬車に乗ることになっていて……」
「付き添いに聞いてみるしかないわね」
リーナが駄目でも付き添いを説得すれば大丈夫だろうとアリアドネは思った。
「はぐれないように手をつなぎましょう!」
「えっ? 別にはぐれることはないような」
「いいのよ! 手をつなぎたいだけですわ!」
アリアドネは勝手にリーナの手を取るとつないだ。
「ふふ、手をつないでしまったわ!」
自慢できることが増えたとアリアドネは思った。
「喜んでいただけるのは嬉しいのですが、アリアドネ様に対する無礼になっては困るといいますか……」
「大丈夫ですわ。エスコート役として当然の権利ですもの。大ホールは一階ですのよ!」
大勢の生徒達が見つめる中、リーナはアリアドネと手をつなぎながら大ホールに向かうことになった。
「お嬢様!」
ホールに行くとすぐにマリウスがリーナの側にかけよった。
「問題はありませんでしたか?」
「大丈夫です」
リーナは正直に問題があったとは言えなかった。
だが、マリウスはリーナの表情から察しており、その視線はリーナと手をつないでいるアリアドネに注がれた。
「こちらの方は?」
「デーウェン大公女のアリアドネ様です。偶然会ってしまって……」
さすがのマリウスも動揺を隠せず、険しい表情になった。
「まさか」
「大丈夫です。お忍びということは伝えましたので、まだ素性については知られていません」
「そうですか」
マリウスはほっとしたものの、すぐに気持ちを引き締めた。
今は大ホール中の視線を集めているような状況だ。デーウェンの大公女と手をつないでいるのであれば、何者なのかと注目されるに決まっていた。
「アリアドネ様には大変申し訳ないのですが、時間がありません。お嬢様のご帰宅が遅いと別の者達が迎えに来てしまいます」
王太子の婚約者がなかなか帰らなければ、騎士団や警備隊が出動するに決まっているわよね。
アリアドネは頷いた。
「わかっていますわ。ですので、私の馬車で一緒に帰りましょう。その方が早く帰れますわ!」
「お心遣いは大変嬉しいのですが、指定された馬車を使用しなければなりません。門を出た後の手配もあり、違う馬車に乗車するわけにはいきません」
門の外に護衛がいるわけね。馬車を目印にしているようだわ。
学校内への付き添いは一人であるものの、リーナの護衛は他にも大勢いるということをアリアドネは把握した。
「そうなのね。でも、せっかく会えたのに名残惜しいわ。せめて、馬車に乗るまで一緒に行きましょう。移動しながら少しだけお話をしたいわ」
他国の王族に何度も断るような態度を取るのは失礼になってしまう。
素性を明かせないことは伝えているため、会話内容についても配慮してくれるだろうと感じ、リーナとマリウスはアリアドネの要望を承諾することにした。





