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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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736 今の自分

「どこの者なのかしらね?」

「さあ、でも、他国人じゃないみたいだし」

「エルグラード人って言ってたわよね」

「貴族?」

「平民かも」

「ここで試験を受けることができるんだから、貴族じゃないの?」

「身分が低そう」

「田舎貴族じゃない?」

「今、沢山王都にいるものね!」

「王都に来た記念としての受験?」

「そうだったら嫌ね」

「でも、時々いるわよね。王立学校の敷地内に入るために受験を申し込む者が」

「王立学校の生徒になった雰囲気を味わうためにね」

「馬鹿みたい」

「最悪よね」


 少女達の会話は続く。


「なぜ、ディラン様とアーヴィン様の間の席なの?」

「部外者が変なことをしないようにじゃない?」

「カンニングを防止するため?」

「ディラン様とアーヴィン様はきっと監視役よ」

「それで話をしていたのかも?」

「きっとそうね! でなければディラン様やアーヴィン様が話すわけがないわ!」

「あの人、ディラン様とアーヴィン様をさんづけしていたわよ」

「無礼よね!」

「失礼過ぎるわ!」

「ディラン様達のことを知らないわけね」

「大人なのに」

「そうそう。大人なのにディラン様達を廊下で盾にしていたわ!」

「酷いわよね!」

「未成年に守られる成人なんて、恥ずかしいわ! 普通は逆じゃない!」

「ティファニー様が名乗ったのに、名乗らなかったしね」

「名乗られたら名乗り返すのが礼儀なのに」

「挨拶の仕方もわからないなんてね」

「大人なのに恥ずかしいわ!」

「貴族だったら失格ね!」

「本当に!」


 リーナはなぜ自分が少女達の反感を買ってしまったのかがわかった。


 二人は女性達に人気がある。二人との接触、言動が嫉妬や反感につながってもおかしくはない。不作法、適切ではないと思ったのであれば尚更だ。


 問題を起こさないように注意していたつもりだったのに……。


 リーナは自分に非があると感じた。


 特に混雑した廊下でディラン達に庇われたことが気になった。


 ディラン達が自発的に行動したのだとしても、未成年を盾にした。そうなることに甘んじたという事実は揺るがない。


 女性でも大人としてきっぱりと断るべきだったのかも。相手の好意に甘えてはいけないこともある。私の方が年上なのに、全然弱くて不甲斐なくて……せめて、最後にちゃんとお礼を伝えるべきなのに声をかけられなくて……。


 リーナは自分の至らなさを感じた。


 そして、少女達の様子は過去の出来事を連想させた。




 リーナは召使いとして真面目に仕事をしていた。その際、掃除していない場所を見つけた。長い間汚れたままだったせいか、綺麗になりにくい。それでもできる限りのことをした。そのことを上司に報告したせいで、リーナの前任者が仕事をしっかりとしていなかったと思われてしまい、解雇されてしまった。


 清掃部の上司達は掃除していない場所があったことに気づき、適切な対応をしたといってリーナを褒めた。ところが、掃除部の同僚達は違った。


 リーナのせいで同僚が解雇された。所属している掃除部に報告するのではなく、出向している清掃部に報告したせいで処罰が重くなった。自分も同じような目にあいたくない。側にいたくない。そう思われ、距離を置かれた。


 次第にリーナは同僚達だけでなく、より多くの者達に陰口を言われるようになった。




 あの時みたい。私を見てみんなが小さな声で話したり、笑ったり、嫌そうな表情をしたり……。


 リーナは過去の自分がどう思ったのか、どう感じたのかについても思い出した。


 事実は事実。何も言い返せない。何もできない。ただひたすら耐えていた。


 辛い毎日。苦しみと悲しみが心の中にどんどん降り積もる。自分は独りぼっち。寂しい。


 様々なこと、全てが駄目だと感じるようにもなった。


 努力しても、真面目に頑張っても、工夫したつもりでも乗り越えられない。増えていくのは借金ばかりではない。不安と恐怖。無力感。必死にもがいても抜け出せない。頑張っても幸せになれないかもしれない。涙が溢れた。


 あの時の私は……弱かった。


 苦しくて悲して寂しい気持ち、無力感を何とか消そうと考え、後宮の購買部で買い物をすることにした。自分の欲しいもの、好きなものを買うことで喜びの感情を強め、自らを励まそうとした。


 過去の自分なりに精一杯考えた方法。


 しかし、今の自分から見れば、非常に良い方法だったとは思えない。


 冷静ではなかった。適切でもなかった。安易な方法で自分を助けよう、楽になりたいと思ったのだと感じた。


 ただ我慢するだけじゃない方法があったはず。こうして良かった、正しかったと思えるようなことが。例えば……。


 リーナは考えた。そして、すぐに思いついた。


 誰かに相談する。


 黙って耐えているだけでは周囲の者達もわからない。自分の考えや気持ちを整理し、相手にわかるように伝える。


 それだけでは解決につながらなくても、解決を模索するための一歩になる。そう信じることから始めてもいい。それもまた自分で自分を励ます方法の一つだ。


 自分の行動を冷静に、客観的に考える。


 真面目に仕事をした。汚れた場所を放っておくわけにもいかない。問題が起きた場合はすぐに報告することになっている。だからこそ、清掃部の者達はリーナを褒めた。


 しかし、掃除部の同僚達は違った。よくないと思われ、信用を失った。リーナの取った行動は清掃部にとっては正しいことだったのかもしれないが、掃除部にとっては違った可能性がある。


 そこで、掃除部としての立場、視点、どうすべきだったのかをよく考える。掃除部の上司や同僚達が適切だと思うのはどのようなことかを教えて貰うべきだった。


 出向先である清掃部に従うよう言われても、リーナ自身が所属しているのは掃除部だ。掃除部のことをしっかりと考慮した上で行動していなかった。


 すぐに自己完結しない。


 自分だけでは解決できないこともある。我慢しても駄目なこともある。自分自身という枠にとらわれすぎない。最善の方法と思っても間違いで、かえって状況を悪くするばかりか自分を追い詰めてしまう場合もある。


 自分に様々な知識や経験がないのであれば、それがありそうな者達、清掃部や掃除部の者達だけでなく、洗濯部や調理部など様々な者達の意見を聞いて参考にしても良かった。いい方法が見つかったかもしれない。


 自分の悪い部分については反省し、改善する。そのために努力する姿勢を周囲に示す。誠意が伝われば理解者があらわれ、みんなに受け入れて貰えるようになるかもしれない。


 ……昔はそんな風に考えることができなかった。すぐに思いつけなかった。でも、今は違う。考えることも、すぐに思いつくこともできる。今の私はあの頃の私と同じじゃない。ちゃんと成長している。よくなっているってことだわ!


 リーナは今の自分と過去の自分が違うことを強く実感した。


 人は失敗をする。それが普通だ。


 何度やり直すことになっても、全てが勉強になる。経験にも。


 私……頑張りたい。少しでもよくなるように。もっと……もっと!


 リーナの中に強い感情が沸き上がり広がっていく。


 それを確かめるように、リーナは自らの手を胸に当てた。


 大丈夫。頑張れる。自分を信じて、勇気を出して、正しいと思えることをしていけばいい。ゆっくりでも、一歩ずつ積み重ねていけばいいの!!!


 リーナは深呼吸をした。そして、目を開ける。


 胸がドキドキするのは緊張でも不安でもない。高揚感。やる気が溢れているからだ。


 リーナは立ち上がった。そして、ゆっくりと歩き出した。




「すみません。少しよろしいでしょうか?」


 リーナはティファニーの席まで行き、声をかけた。


 突然席を立ったリーナがゆっくりと自分の元へ来ることにティファニーは驚き、警戒心を高めていた。


「礼儀を知らない人と話すことなんてないわ!」


 ティファニーは強く鋭い口調で答え、リーナを睨みつけた。


 しかし、リーナはひるむことはなく、柔らかく微笑んだ。


「先ほどは突然のことに驚いてしまい、適切な言葉が思いつきませんでした。ようやく気持ちが落ち着きましたので、改めてお返事をしたいと思いました」


 挨拶には挨拶で返す。それが基本だ。


 相手が名乗った場合は自分も名乗る。つまり、同等の挨拶をするということが基本になる。しかし、それができない、難しいこともある。


 リーナはティファニーに挨拶された後、名乗れないことを説明した。しかし、それだけでは挨拶を返したことにはならない。説明するだけで挨拶を返していない、返すのを拒否したと思われてしまうかもしれない。


 そこで、まずはしっかりと挨拶を返すことから始めようとリーナは思った。


「遅くなりましたが、わざわざご挨拶いただきありがとうございました」


 最初に伝えたのはお礼の言葉だった。


「本来であれば私も同じようにご挨拶すべきところ、深い事情があって名乗ることができません。色々な方々に迷惑をかけてしまうかもしれないからです。ですので、そのことをお伝えし、ご理解いただけますようお願いすると共に、名乗り返せない不作法をお詫びするという形でご挨拶にさせていただきます」


 リーナはそう言った後、軽く首を傾けた。


 素性は隠していても、リーナはレーベルオード伯爵令嬢であり、王太子の婚約者である。


 軽々しく頭を下げてはいけないと幾度となく注意されてきた。守るように努めなければならない。


 但し、率先して挨拶をしてくれた相手に失礼な態度を取るのはよくない。そうならないようにする。


 礼を述べ、すぐに適切な対応ができなかったことや不作法になってしまうことを詫び、自分からの挨拶に変える。そのことを相手にわかるようしっかりと示す。


 言葉だけではなく動作も加えることによって、より相手に自分の気持ちを伝わりやすくする。頭を下げないという部分も考慮している。


 これで挨拶に挨拶を返すことはできたわ。名乗れないけれど、名乗れないなりに礼儀作法を守るようにしたし、誠意も示したわ。こうやって一つずつ、ゆっくりでも正していけばいい。


 リーナは自らの言動を振り返り、これでいい、正しいことができたと思った。



 リーナと少女達の話し合いはまだ続きます。

 しばらくは(月)・(木)更新にするつもりなので、よろしくお願い致します!



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