734 戻って休憩
「おかえりなさい!!!」
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさい。それから、お疲れ様」
リーナが部屋に戻ると、シャルゴット姉妹とラブがリーナの帰りを待っていた。
「試験どうだった?」
「全部の科目を合格するのは難しいかもしれません」
自信がなさそうなリーナをラブが励ました。
「絶対に合格しないといけないわけじゃないから大丈夫! それより、まずは休憩しましょ!」
「そうですね。気が張っていたせいか、疲れました」
「すぐにソファへ」
「靴も室内履きにするといいわ」
カミーラとベルがソファへと誘導する。
ラブの役目は叫ぶことだった。
「リーナ様はお疲れよ!」
侍女達はすぐにリーナの帽子や手袋を外して片付け、お茶とお菓子の乗ったワゴンを用意した。
しかし、ラブは満足することなく駄目だしをした。
「ちょっと、マッサージはないの? うちだったら侍女が肩とか足とかマッサージしてくれるわよ!」
「さすがウェストランド、至れり尽くせりの対応みたいね」
「足のむくみを取るのは重要です」
しかし、リーナはマッサージを辞退することにした。
「マッサージはしなくていいので、少し席を外して下さい」
侍女達はすぐに部屋から退出した。
お茶を飲んで一息つくと、リーナは早速ラブに尋ねた。
「ラブの方はどうでしたか? 難しかったですか?」
中学校卒業程度認定試験と高校卒業程度認定試験は同日に行われる。
ラブも自らが通う私立学校で高校卒業程度認定試験を受けていた。
「超楽勝! あんなに簡単ならもっと早く受けておけば良かったわ!」
「合格できそうですね」
「たぶん。でもそうなると大学受験の勉強をしないといけないのよね。それはそれで面倒だわ」
結局は勉強が続くことになるため、ラブはふてくされた。
「どこの大学を狙うのですか?」
「王立大学に決まっているじゃない」
ベルは驚いた。
「えっ、それはちょっと……厳しいかもよ?」
「これでも成績はいいんだから!」
「王立大学は成績がいいだけでは合格できません。内申書の内容も吟味されますし、面接試験への対策も必要です。身分が高い者ほど、品性を問われます」
「わかっているわよ。ちゃんと対策するに決まっているじゃない!」
「別の大学も受けた方がいいかも。専門学校に進むのも悪くないわよ?」
「成績さえ良ければいいだけの大学もあります」
ラブはカミーラとベルを睨んだ。
「絶対落ちるに決まっているって聞こえるんだけど?」
「それはラブが勝手に変換しているだけでしょう?」
「万が一の場合に備え、別の大学を受験するのは普通のことです」
少しだけ剣呑な雰囲気が漂う中、リーナが言葉を発した。
「ラブは今の学校を気に入っているとは言い難いようですし、大学の方が楽しく勉強できるかもしれませんね」
「私もそう思うわ!」
その後はどんな試験問題が出たかといった話や明日の科目についての確認が行われた。
「リーナ様の試験は午前中だけよね?」
「そうです」
「私は午後もあるのよね。選択科目が午後になっちゃって……だから、顔出せないかも」
ラブはため息をついた。
「試験は今日と明日の二日間だけです。私も頑張りますので、ラブも頑張って下さい」
「そうね。リーナ様と一緒に頑張るわ!」
「リーナ様、もう一度予習をしておきますか?」
カミーラが尋ねると、リーナは首を横に振った。
「今覚えていても、明日覚えていなければ無駄になります。今夜は早く寝て、朝早く起きて予習をしようと思います」
「その方が内容を忘れなくて済みそうね」
「リーナ様、賢い!」
「ラブの方がずっと賢いです」
「では、私達はこの辺で失礼致します。ゆっくりと休まれて下さい」
カミーラとベルが立ち上がる。しかし、ラブは座ったままだった。
「ラブ、帰らないの?」
「リーナ様ともうちょっとだけ一緒にいるわ」
「ラブも試験があります。早く帰って予習をすべきでは?」
カミーラはラブも退室するよう促したが、ラブは拒否した。
「秘密の話があるの! さっさと出て行ってよ!」
カミーラとベルは怪訝な表情になったが、これ以上言っても無駄だと察し、先に部屋を退出した。
ドアが閉まるとリーナはラブを見つめた。
「どのようなお話でしょうか?」
「生意気なやつがいなかった?」
「生意気?」
「王立学校の生徒が沢山いたでしょ? 失礼な態度を取るようなやつとかよ!」
ラブはリーナが王立学校で受験することを懸念していた。
すでに成人した女性であるリーナが王立学校の生徒に混じって受験すれば、必ず目立つに決まっている。
なぜ今更試験を受けるのかと思い、詮索するように話しかけるばかりか、明らかに見下すような言動を取る者がいてもおかしくない。
素性を隠して試験を受けるだけに、付き添いもよほどのことがなければ静観するだろうとラブは推測していた。
「そういった方はいませんでした。むしろ、とても親切にして貰いました」
「親切?」
リーナは休憩時間に前と後ろの席にいた少年達と少しだけ話し、一度に全ての科目を合格しなくてもいいことを教えて貰ったことを話した。
「おかげで今回が駄目でも次の試験では楽になるとわかりました」
不合格だったらまた受けるつもりなのね……さすがリーナ様、超真面目!
心の中でラブは呟いた。
「まだあります」
「何?」
帰る際に廊下が混雑してしまい、ギュウギュウ詰めになってしまった。その時、休憩時間に話をした少年達が身を盾にして庇ってくれた。
「私は大人なのに、女性だからといって守ってくれたのです。それが貴族の務めだと。若いのにとてもしっかりしています。学力以外についても優れているように思いました」
カッコつけただけじゃないの? リーナ様はコロッと騙されそうだから。
ラブはそう思いつつも、怪しむ表情をしないように努めた。
「名前は?」
「えっ?」
「リーナ様に話しかけてきたやつ」
「ディランとアーヴィンです。家名はわかりません」
ディランとアーヴィン?!
ラブは必死に動揺を隠した。
「その二人は凄く親しそうだった?」
「そうですね。友人同士だと思います」
「金髪碧眼だった?」
「金髪碧眼でした」
「二人とも?」
「二人とも」
「結構美形で凄く生意気そうな感じじゃなかった?」
「容姿は整っていましたが、生意気そうには見えませんでした」
それはリーナ様が優しいからよ! 相手が本性を見せていないってのもあるだろうし。
「それから女性にとても人気があるようでした。会長、副会長と呼んでいる者もいましたので、社交クラブを主催しているのかもしれません」
違うわよ! 生徒会の会長と副会長に決まっているでしょ!
ラブはなんとか心の中だけで抑えた。リーナは学校に通っていない。生徒会について知らなくても仕方がないと判断したが、別の問題が残っていた。
よりによって……絶対にあいつらじゃない!
ディラン・ホールランド伯爵。アーヴィン・キーシュ伯爵。
共に公爵家の跡継ぎ。生粋の身分・血統主義の貴族である。
リーナ様が側妃になることを快く思っていないやつらだし!
ラブは盛大なため息をつきながら、クッションにもたれかかった。
「どうしたのですか?! 具合が悪いのですか?!」
「違う違う、ちょっと……」
ラブは二人の素性をリーナに伝えるべきか迷った。
自分の推測に自信はあるものの、間違っていたら困る。
そして、二人はリーナに対して悪意のある行動は見せていない。むしろ、親切にしている。
王立学校で受験する部外者には極めて少ない。特別な事情がある場合ばかりで、他国の王族や貴族、要人である場合もある。
二人が都合よく勘違いしている可能性もあるため、かえって何も教えないままの方が問題も起きず、リーナの負担にもならないように思えた。
「なんとなく思い当たる者達がいるけど、間違っていたら困ると思って」
「教えてくれなくていいです。詮索するつもりはありませんし、向こうも素性を知られたくないと思っているようでしたし」
そりゃね。むしろ、向こうがリーナ様だと気づいていたのかどうかが気になるわ!
ラブは急激に不安になった。
「取りあえず、近づいてくる者には注意して。リーナ様の素性を知ったら、絶対に態度を変えるに決まっているから!」
「名乗るつもりはありません。面識がある者にも出会わないと思います」
「何かあったらすぐに付き添いの所へ逃げるのよ!」
「そんな、大袈裟です。それよりも、明日の試験内容が心配です」
「リーナ様なら大丈夫!」
「私だからこそ、自信がないわけですが……」
「駄目でも大丈夫! リーナ様は飛び級するわけでも上位の学校に行くわけでもないでしょ? 今の学力を客観的に把握するようなものだし」
「まあ……そうですね」
そう答えつつも、リーナの心の中にはモヤモヤとした何かが残っていた。





