733 少年達
いつもお読みいただきありがとうございます!
登場人物のベルを主人公にした番外編がようやく完結しました。
二蝶会の舞踏会から秋の大夜会までの期間のお話になりますので、時間がある時に読んでいただけたら、またどんな風に思ったのか教えていただけたらとてもとても嬉しいです!
これからもよろしくお願い致します!
この科目はきっと大丈夫!
午後の後半の試験は出題予想が的中したため、リーナはすぐに解くことができた。
休憩時間にディランとアーヴィンと話したおかげで、一度に全ての科目を合格しなければならないというプレッシャーがなくなったことも、精神的な余裕につながった。
「最後の試験はうまくいったようですね」
その日受ける全ての試験が終わり、明日にもある試験の注意事項等が説明された後、ディランがまた話しかけて来た。
「はい。きっと大丈夫だと思います」
「それはなにより。では、失礼します」
ディランが席を立つ。すぐに近くの席にいたアーヴィンや他の者達が声をかけながら近づき、互いの試験の出来栄えについて意見を交わしながら教室を出て行った。
友人同士なのかしら……羨ましい。
リーナは学校に通った経験がない。
ディランがアーヴィンや同世代の者達と親しそうに話し合う光景が目に焼き付いた。
私も学校に通っていたら、あんな風に同じ年齢の友人ができたのかもしれない。楽しそうに話したり、一緒に試験を受けたりしたのかも……。
少し寂しい気持ちを感じながら、リーナは廊下に向かった。
「お疲れ様でした」
マリウスがすぐにリーナに駆け寄る。
「お待たせしてすみませんでした。ずっと立っているのは大変だったのではありませんか?」
「大丈夫です。長居は無用ですので、まずは馬車まで移動を」
リーナはマリウスと共に移動することになったが、廊下の途中で前がつまり、立ち止まることになってしまった。
「かなり混雑しています」
マリウスは少し背伸びをしながら先の方を見た。
「階段が詰まっているのでしょう。降りる速度は自然に遅くなりますので」
しばらく待つと、徐々に前が進み出した。
リーナ達もまたそれに合わせて進みだしたが、一メートルほど進んでまた止まることなる。
「受験者がとても多いようですね」
「王立学校の生徒はほぼ全員が受けると思います」
「全員ですか?!」
リーナは驚いた。
「受験することだけなら誰でもできますので。合格できるかどうかは別ですが」
「まあ、それはそうですけれど……」
だんだんと後ろから来た者達がどんどん増え続け、前へ押す力が強まっていく。
「失礼します」
マリウスがリーナを庇うように背後に回ったが、やがて廊下は大勢の人々がひしめきあうようなギュウギュウ詰めの状態になってしまった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
リーナはそう答えたが、全方向から押されているような状態だ。
マリウスがいなければあっという間に押しつぶされてしまいそうだとリーナは感じた。
「ここまで混雑するとは思いませんでした。何かあったのかもしれません」
「階段までは遠いのでしょうか?」
「遠いというほどでもありませんが、まだ少しあります」
「そうですか……」
そのまましばらくの間はじりじりと進み続けては止まるような状態が続く。
ふとリーナが横を見ると、廊下の端に見覚えのある少年達がいた。
「あ」
「どうされましたか?」
「同じ教室にいた者達です。私より先に出たのですが、追いついてしまったようです」
リーナは少年達に声をかけた。
「ディランさん、アーヴィンさん! お二人とも大丈夫ですか?」
リーナに気付いた二人が返事を返した。
「こちらのことはお気にせず」
「そっちはかなり辛そうだな?」
「アーヴィン、周囲の者達に配慮するよう伝えて下さい」
「自分で言えばいいだろう」
「手柄を譲ると言っているのです」
アーヴィンはしぶしぶといった表情で叫んだ。
「おい! 小さな女性がいる! 押しつぶすなよ! 周囲で配慮しろ!」
リーナは年下の少年である二人を気遣って声をかけたつもりだったが、逆に気を遣われてしまった。
しかも、小さい女性呼ばわりである。
確かに私の身長の方が低かったかもしれないけれど……。
リーナはそう思いながら、別のことを口にした。
「私は大丈夫です! 大人の方は周囲にいる未成年の方を気遣ってあげて下さい!」
リーナの声に一部の大人達が動こうとするものの、密度が高いせいで中途半端な移動しかできない。そもそも、生徒も多い。付き添う大人だけでなんとかできるものでもなかった。
ディランとアーヴィンは周囲にいる少年達を引き連れ、強引にリーナ達の方へと移動した。
「この女性を守りなさい」
ディランがそう言うと、少年達はリーナの周囲を取り囲むように割り込み、盾になって圧力を抑えた。
「ご配慮は嬉しいのですが、私は大人です。未成年の方に庇って貰うわけにはいきません。どうかご自分のことを優先されて下さい」
「気にするな。男性が女性を守るのは当然だ!」
「女性や弱い者を守るのは貴族の務めです」
二人は若くとも貴族であり、男性だった。
「このままじゃ怪我人が出る! 前に押すな! 俺よりも後ろにいる者は一旦下がれ!」
アーヴィンが叫ぶと、呼応するように少年達が叫んだ。
「アーヴィン様のご指示に従え!」
「ディラン様もいらっしゃる!」
「教室に戻れる者は戻れ!」
「その方が楽に待てるぞ!」
「周囲に女性がいたら配慮しろ!」
「押しつぶすなよ!」
「貴族として相応しく行動しろ!」
やがて後方の者達が押すのをやめて下がり出し、徐々にスペースが生まれ始めた。
少しずつ廊下の状況は改善され、人々の間隔が少しずつ取れるようになる。
しかし、相変わらず前へ進むのが遅い。
「様子を見て来る」
アーヴィンが強引に人の間をくぐって階段の所へ行き、手すりのところから下の様子を確認した。
その瞬間、若い女性――王立学校の女生徒達の声が響き渡った。
「アーヴィン様よ!」
「来たわ!」
「きゃー!!!」
「アーヴィン様あああっ!!!」
「副会長ー!!!」
悲鳴のようなすさまじい音量の歓声が響いた。
「なるほど。下に女生徒達がいるようですね」
ディランはやれやれといった様子で苦笑した。
「それならすぐに打開できそうです」
ディランの予想は正しかった。
女生徒の声を受けるようにアーヴィンは手を挙げた後、一気に下に下げた。
その途端、ぴたりと歓声が収まる。
「階段付近に溜まるな! すぐに移動しろ! 上にいる者達が降りられなくて迷惑しているのをわかっているのか? 愚か者め! それでも王立学校の生徒か? 恥を知れ!」
強い怒りをにじませた言葉を受け、階段下にいた女生徒達は慌てて移動し始めた。
そのおかげで階段にいた者達もホールに降りることができ、順次前に進めるようになる。
「アーヴィンさんが降りて来るのを待っていたのでしょうか?」
「そのようです」
ディランはすぐにそう答えたが、正確ではなかった。
実際はディランの姿を待つ女生徒達もいた。そのため、ディランが階段に姿を見せると、先ほどと同じように悲鳴のような歓声が沸き起こった。
「ディラン様ーーーっ!!!」
「きゃーーーーー!!!」
「お疲れ様です!!!」
「会長ー!!!」
「お気をつけてー!!!」
リーナはディランを見つめたが、ディランはリーナや黄色い悲鳴を上げる女性達を一切見ることはなかった。
「ようやく馬車乗り場のところまで来た」
アーヴィンが疲れたような表情でぼやく。
「明日も同じだと思うと嫌になる。対策をしておく必要がありそうだ」
「保安や誘導をする人員を配置しましょう」
「通達しておけ」
「わかりました」
「はい!」
二人の周囲にいた少年達が頷き合う。
どう見てもディランとアーヴィンが少年達のリーダー格のように思われた。
リーナ達は指定された馬車の乗降口を目指したが、そこまで行くにもかなりの混雑ぶりで、馬車の用意を待つ長い行列ができていた。
「かなり待たされそうです」
「いつもこのように混んでいるのですか?」
リーナの質問に答えたのは、ディランだった。
「いいえ。いつもは学年ごとに下校時間が異なります。放課後の活動等に従事する者達もいますので、ここまで混雑することはありません」
「ちょっと待ってろ」
アーヴィンは馬車の用意を待つ列の先頭まで行き、係員や生徒達に部外者の馬車を優先して欲しいと伝え、すぐにリーナの番になるようにしてくれた。
「ご配慮いただきありがとうございました。おかげでお嬢様が怪我をすることも
長く待たされることなく帰ることができそうです」
マリウスが礼を述べた。
「お気にせず。貴族として当然の務めです」
「むしろ、生徒達が迷惑をかけた。こちらの落ち度だ」
「それこそお気になさらないで下さい」
「周辺の道路も混雑しているかもしれません。お気をつけて」
「ディランさん、アーヴィンさん、皆様もどうかお気をつけて」
ディラン達はリーナの馬車が用意されるまで待つことはなく行ってしまった。
まもなくお忍び用の黒い馬車が用意される。
リーナとマリウスは馬車に乗り、王宮へと向かった。





