731 楽しんで
リーナ達が王族席の間に戻ると、そこにはクオン達王族と側近達がいた。
「クオン様もお部屋に移動されたのですか?」
「仮面舞踏会が始まってから一時間経った。休憩を取るために移動していたが、このまま退出してもいい。希望はあるか?」
希望!
リーナはクオンの言葉に飛びついた。
「あります! 希望が!」
「どのようなことだ?」
クオンはこのまま公式行事への出席を続けるか、それともこのタイミングで退出し、後は二人でゆっくり過ごすかの二択を想定していた。
しかし、リーナの希望はそのどちらでもなかった。
「王宮ではクオン様だけ見ていたので、カミーラ達がどのように踊っていたのか、全然見ていなかったのです。なので、カミーラ達のダンスをじっくり見たいといいますか」
リーナはただ踊りたいという取次では却下されるかもしれないと思った。
そこで、カミーラ達のダンスを見たいと伝え、クオンがそれを認めてくれれば、パスカルも王族の側を離れて踊ることができ、レイフィールも承諾してくれるのではないかと考えた。
「今夜は特別な大夜会ですので、なかなか見られないペアで組むのもいいと思います。なので、なので、カミーラとベルはレイフィール様と、ラブとクローディアとヴィクトリアはお兄様と踊っていただくことはできないでしょうか?」
クオンは少し考えた後、リーナに尋ねることにした。
「正直に話せ。本当にカミーラ達のダンスを鑑賞したいと思ったのか? それともダンスの取次ぎを頼まれたのか?」
リーナはクオンの言葉通り、正直に話した。
「カミーラ達のダンスを鑑賞したいと思ったのは本当です。勉強になります。それに、今夜は特別な夜なので、皆に楽しんで欲しいと思いました。偶然、お兄様と踊ってみたいという話が出たので、私の方から聞いてみると申し出たのです。不公平にならないように、希望があれば聞いてみると全員に言いました」
リーナの気持ちも行動もわかりやすかった。
リーナはダンスを得意としているわけではないが、ダンスを嫌っているわけではない。ダンスを鑑賞したい、勉強になるというのもおかしくない。
皆が楽しめるようにという気遣いもわかる。
クオンはリーナの真面目さと優しさを大事にしたい思った。しかし、翌月には婚姻して王族の妻になるリーナに教えなければならないこともある。
「お前は勉強家で優しい。だが、取次ぐようなことはするな」
リーナに取次ぎを依頼することで希望が叶うのであれば、駄目元でもいいと言ってリーナに取次を依頼する者達が次々と出てくる。
そして、取り次いでも希望が叶わなければ、リーナの力不足や寵愛の深さを疑われる。
結局、善意でしたことがかえってリーナを困らせ、問題になる可能性もあった。
「他の者達もリーナの配慮に甘え過ぎだ。リーナの優しさにつけ込んでいると判断されるかもしれないと考え、遠慮するべきだ」
クオンはリーナだけでなく、女性達にも注意と反省を促した。
「王族の側には常に数多くの誘惑が存在し、次々と押し寄せる。自らにとって都合のいい申し出であっても断り、王族としてすべきことではないと諫めることができなければ、側近の務めは果たせない」
王族の側近に求められる資質と能力は多い。
自らの能力を駆使して王族を支え、その手足となって動くことだけではない。
時には自らの命をかけ、王族を諫める覚悟も必要だ。
「皆、下がれ。私はリーナと二人だけで楽しむ。お前達は別の場所で楽しんで来い。交際相手や婚姻相手を探すにも丁度いい機会だろう。無駄にするな」
「兄上の邪魔はしません。行きますよ」
エゼルバードはすぐに立ち上がるとドアへ向かった。
すぐにロジャーとセブンが続く。
「兄上は厳しくも寛大だ。自分やリーナの側近になるため、交際や婚姻を諦めろとは言わない」
レイフィールは苦笑しながらゆっくりと立ち上がった。
「私も楽しみに行くとするか。カミーラとベルはついて来い。ダンスの相手を務めろ」
レイフィールの言葉はリーナの申し出とカミーラとベルの希望に応えるものだった。
「ですが……よろしいのでしょうか?」
王太子に戒められたばかりであるため、カミーラは躊躇した。
「私に逆らうのか?」
「いいえ。大変光栄でございます。ぜひとも、お供させていただきたく思います」
カミーラはすぐにそう言ったが、ベルは驚きのあまり固まっていた。
「さっさと来なければ置いていく。私はスパルタ主義だ」
レイフィールがドアに向かったため、カミーラとベルは慌ただしく一礼すると後を追った。
「パスカルは僕について来い。友人達の所に行く」
セイフリードはリーナの申し出に応えるため、パスカルが女性達と踊ることを許さなかった。
「わかりました。ですが、できるだけ目立たないようにお願い申し上げます」
「目立つのはお前が一緒にいるせいだ」
不機嫌そうな口調でそう言いつつも、セイフリードもパスカルを連れて部屋を出た。
第二、第三、第四王子が退出したため、それぞれの側近も共に退出している。
王太子の側近も順次退出を始めた。
「ラブちゃん、セブンから聞いているよね。踊りに行こっか」
ヘンデルはセブンがラブに伝えた通り、ダンスに誘って来た。
「暇つぶしになるかもね」
「そういう言動はよくない。相手をがっかりさせるか怒らせるだけだ。リーナちゃんの側にいたいなら、俺を怒らせたら駄目だよ? 誰がリーナちゃんの担当側近かわかってる?」
ヘンデルの指摘に、ラブはしまったと感じた。
現在、王太子の側近でリーナの担当をしているのはヘンデルとパスカルになる。
この二人に悪く評価されれば、王太子に認められる可能性は低くなる一方だ。
「ヴィルスラウン伯爵に誘っていただけるなんて光栄ですわ。ぜひとも踊っていただきたいです」
「猫を被るのが遅い。相手に気付かれないようにしないと、合格点は貰えないよ」
ヘンデルは苦笑しながら手を差し出した。それはエスコートをするという合図だ。
「ヴィルスラウン伯爵のエスコートフラグをゲットですわ。自慢できそうです」
「笑える。最近の若い子はみんなそんな感じ?」
ヘンデルは部屋にいた最後の側近だったため、一度ドアのところで止まり、女性達も含めて全員が部屋を出たことを確認した。
「じゃ、ごゆっくり」
静かにドアが閉まる。
王族席の間にはリーナとクオンだけになった。
「これで皆も待機で時間をつぶすことなく、それぞれ自由に楽しむことができるだろう。私達も二人だけで過ごせる。一石二鳥だ」
「クオン様はやっぱり凄いです。ちゃんと他の方々のことも考えています」
「今だから言うが、ダンスの鑑賞ではなく、私と二人きりで過ごしたいと希望して欲しかった」
「それは……恥ずかしいです」
「お前が言わない場合は私が言えばいい。どのみち、今夜は朝まで一緒に過ごすつもりだからな」
朝まで?!
リーナは驚きのあまり、あんぐりと口を開けた。
「……驚き過ぎだ。前にも一緒に過ごしたではないか」
「あ、では、前と同じように過ごすということですね!」
つまり、二人だけの会話を楽しみ、同じベッドでただ寝るだけだ。
それ以外のことはない。
リーナは安堵の表情を浮かべ、大きな息をついた。
……信頼されているのは嬉しいが、安心し過ぎだろう。
クオンは心の中で不満げに呟きつつ、別の言葉を口にした。
「どのようなことを話すのかも考えてある。結婚式についてお前の意見を聞く」
「私の意見を?」
結婚式については質問票が届いており、そこにリーナの要望を記入して提出をしていた。
リーナは国家行事としての結婚式を挙げるわけではないため、ある程度は個人的嗜好を反映させることも可能だ。
とはいえ、要望は参考程度にするだけで、基本的には王家のしきたりに倣った式になるということが伝えられていた。
「質問票に不備がありましたでしょうか?」
「そうではない。ただ、いくつか確認しておきたいことがあるだけだ」
質問票を見るのはクオンだけではない。多くの者達が見ることになる。
そのことを考え、リーナが遠慮して書いたのではないか、あるいは書けなかったことがあるのではないかと思い、クオンは再度二人きりの時に確認するつもりだった。
「新婚旅行についてはまだ聞いていない」
「新婚旅行に行けるのですか?!」
またもやリーナは驚いた。
「十二月は年末に向けて忙しくなる。聖夜と新年の前後も王家の行事があるため、二人だけでゆっくり過ごすことは難しいかもしれない。そこで、二月か三月あたりに行ければいいと思っている。後で候補地のリストを見せるため、その中に気になる場所があるかどうかを教えて欲しい」
「リストを見るのが楽しみです」
「お前がどの場所を選ぶのか楽しみだ」
リーナとクオンは笑い合った。
秋の夜は長い。
二人きりを楽しむ時間が始まった。





