721 秋の大夜会
クオンと共に王宮の会場に入ったリーナは、会場にこれでもかと言わんばかりの人が詰め込まれているのを見て驚いた。
夏の大夜会よりも人が多い。
貴族の多くは秋になると領地に戻り、春に合わせて王都に戻って来る。
十月の終わりという時期にこれだけ多くの者達が王宮の催しに来るというのは、まさに王太子が結婚を控えているからこその効果だった。
「これより秋の大夜会を開始する」
国王の宣言と共に、盛大な拍手が沸き起こり、ファーストダンスを踊るための場所が空けられた。
リーナはクオンに手を引かれてダンスフロアに移動し、ワルツを踊り出す。
二人のダンスはゆっくりで、音楽もそれに合わせるように演奏された。
優雅なダンスがミスなく終わると再び盛大な拍手が沸き上がり、それに見送られる形でリーナはクオンと共に上座に設けられた席へと移った。
「後は座っていればいい」
「はい。勉強しておきます」
「今夜の催しは遊興的要素が強い。楽しめばいいだけだ」
「ありがとうございます。でも、ラブと約束したので」
クオンの眉間にしわが寄った。
「どんな約束だ?」
「豪華だったり奇抜な衣装を着ている人を探します。衣装を比較する勉強になるとか。同じ者が目に留まったかどうかを、あとで話し合うことになっています」
それはおかしな装いをしている者を探してあざ笑い、楽しむということ。
多くの者達が同じようなことを考えているのかもしれないが、リーナには合わないとクオンは思った。
「無理に探す必要はない」
「そうですね。素敵な衣装ばかりかもしれません」
他人の装いをどう思うかには個人差がある。
リーナが他人をあざ笑うことはない。大丈夫だろうとクオンは判断した。
リーナは会場をじっと見つめていた。
赤。白。黒。
女性の全員が赤いドレスで、それ以外の色のドレスの者は皆無。
男性は赤いダブレットや騎士服といった者もいるが、ズボンまで赤という者は少ない。
白や黒の礼装に赤いサッシュ等を合わせた者もいる。
とはいえ、会場がほぼ赤で染まっているため、黒や白の分量は非常に少なく見えた。
そのような状態だと、一人一人を見分けるのが難しくもある。
リーナが眉間にしわを寄せるほど会場を睨んでいるため、クオンは気になって声をかけた。
「どうした? 気になる者がいるのか?」
勉強になるとラブに言われたリーナが会場にいる者の衣装に着目しているのを知っているからこその声かけだった。
「お父様がどこにいるかと思って」
リーナが探していたのはレーベルオード伯爵だった。
レーベルオードの色は白なだけに、最初は白い礼装ではないかと思ってみていたが、全員違う者だった。
「レーベルオード伯爵に用事があるのか?」
「ずっと会っていないので、姿を見ておこうと思ったのです」
リーナは王宮に住んでいる。パスカルは何かにつけて部屋に来るのだが、レーベルオード伯爵とは会っていない。
せめて会場にいる姿を見ようと思ったリーナだったが、赤い衣装を着ているのか、見つけられないでいた。
「少し前にラブに教えて貰ったのですが、お父様の婚約がなくなったと聞きました」
「そうだ。国王の判断で婚約無効、つまりは白紙撤回になった」
「今は婚活ブームです。誰もが婚姻相手を探していますので、お父様にアピールする女性もいそうだと思って」
「レーベルオード伯爵夫人の座を狙う者がいてもおかしくない」
「爵位がなくてもお父様は十分素敵な男性だと思います」
クオンは眉をひそめた。
「リーナはレーベルオード伯爵を素敵な男性だと思っているわけだな?」
「当たり前です。お父様ですから」
さも当然だと言わんばかりにリーナは答えた。
しかし、リーナとレーベルオード伯爵は血がつながった親子ではない。
クオンの中に小さな嫉妬が生じた。
「ずいぶんと慕っているようだ。なぜだ?」
「お父様だからです」
「本当は違う」
クオンは思わずつぶやいた。
リーナは驚きの表情になった。
「お父様はお兄様の父親です。ですので、妹である私にとっても父親です。養女になった以上、私は紛れもなくお父様の娘ではありませんか!」
リーナはクオンを睨んだ。
怒りを示すのは非常に珍しいことだった。
「クオン様と私も結婚すれば家族です。家族のつながりを軽視しないでください!」
「……悪かった。レーベルオード伯爵を軽視するつもりはない。ただ、養女になったばかりだろう? すぐに家族として認めるのは容易なことではない。だというのに、強い絆を感じているようだと思った」
リーナは益々眉間にしわを寄せた。
「そんなことを言ったら、私とクオン様はどれほどの時間を共にしたのでしょうか? はっきり言ってしまうと、ほとんど一緒に過ごしていません。でも、強く特別な想いを感じていますし、だからこそ結婚することになりました。これはおかしいのでしょうか?」
「いや、おかしくない」
「会えなくても、クオン様のことはいつも考えています。特別な方だと思っています。お父様だって同じです。なかなか会えませんけれど、私にとってはお父様で大切な家族です! 家族に会いたいと思うことは普通です!」
リーナは家族に対する自分の考え方や想いをクオンに理解してほしかった。
「これまで一緒に過ごせなかったのであれば、これから一緒に過ごせばいいだけです。それが難しくても、家族として互いを思いやれば気持ちが通じます。そう思うのはおかしいことでしょうか?」
「おかしくない」
冷静かつ公正な判断としてリーナが正しいとクオンは思った。
もうすぐクオンもリーナの家族になる。
それが待ち遠しくてたまらないとも。
「早くリーナの家族になりたい。私のことを大切に想ってほしい」
「恋人としても婚約者としても大切に想っていますよ?」
「そうか。良かった」
クオンの安堵を感じ取ったリーナはピンときた。
「もしかして……お父様に嫉妬したのですか?」
リーナはクオンをじっと見つめた。
「違ったらすみません」
「違わない。正直に言うと、会場よりもリーナをずっと見ていたい。だが、王太子としてそうもいかない」
「どこを見るかも気にしなくてはいけないなんて、王太子は大変ですね。でも、私は会場を見ているクオン様を見るのも好きですよ?」
「そうなのか?」
「どんなクオン様も大好きです。横顔だって素敵ですから!」
クオンは黙り込む。
照れているクオン様も大好きです!
リーナは心の中で伝えた。





