719 リーナの身支度(二)
クオンは秋の大夜会に着用するリーナのドレスを贈ることを決めた。
特別なドレスが制作されることになり、その費用に関する見積もりも作成された。
王太子付き財務官を務めるシーアスは金銭について極めてシビアな感覚の持ち主として知られており、リーナのために制作されるドレスの費用を知って驚愕した。
「ありえません!」
王太子が婚約者に贈るドレスを制作するには費用がかかる。
それは当然のことであり、安ければいいということではない。
だとしても、シーアスの理解を完全に超えた桁だった。
どうしてそのような額になったのかといえば、ドレスに本物の宝石を縫い付けるデザインとプランのせいだった。
「王太子殿下、すぐにこのデザインとプランを却下してください!」
シーアスは怒りに震えながら進言したが、クオンは考え込んだ。
「なぜ、考える必要が? この金額はあまりにも非常識です!」
「高額なのはわかる。だが、理由の説明を読んだのか?」
見積書にはデザイナーやプランナーによる説明所が付属していた。
それによると、リーナがレーベルオード伯爵令嬢として参加する最後の公式行事になることを考慮。思い出の品になるようなドレスにすることが記載されていた。
また、今回は王家所有の宝飾品が貸し出されるため、ドレスに合わせた宝飾品を特注する必要がない。
そこで宝飾品のための予算をドレス予算に加算することが可能だと説明されていた。
「理由については確認しました。ですが、デザイナーとプランナーが勝手に考えただけであって、王太子殿下が思い出の品になるよう指示したわけではありません! ドレスの予算に宝飾品の予算を加算することをも同じく。無礼な案ではありませんか!」
「王太子予算から捻出するのに問題があるなら、個人資産から出せばいい。それで解決するのではないか?」
クオンは最終的に決済することについての問題はないと感じた。
「リーナに素晴らしい贈り物をしたい。そのための費用を惜しむつもりもない。この程度であれば大丈夫だ」
シーアスは納得しなかった。
「いけません! 王太子付き財務官として異議を唱えます!」
「前も同じようなことがあっただろう? あの時は決済した」
「今回は事情が違います! 個人資産からの捻出で解決すべきではありません!」
実を言えば、入宮祝いの靴についても同じような状況になった。
最初は靴とは思えないほど高額なため、シーアスが問題視した。
しかし、ただの靴ではない。第二王子がデザインしたものだった。
実際に使用でき、芸術的な価値もある宝飾品。置物として活用することもできることから、末永く思い出の品にできると説明されていた。
予算的に問題があるのであれば、王太子予算でからはなくクオンの個人資産から支出することで解決すればいいとなったのも同じ。
その件をデザイナーやプランナーが参考にしたというよりも、悪用しているというのがシーアスの見解だった。
「今回のドレスは第二王子がデザインしたものではありません! 宝飾品が必要ないなら、ドレスだけでいいではありませんか! なぜ、予算をつけ足してまで高額にする必要があるのですか?」
「思い出の品にするためだろう?」
「あまりにも贅沢です! 再考を求めます!」
シーアスにとっては単純に高額過ぎるドレスだが、クオンにとってはリーナへの寵愛を示す特別なドレス。
その予算を抑えるというのは、寵愛することへの制限、圧力だと感じた。
「ドレスとして見るのではなく、宝飾品や芸術品として見ればいいだけだ」
「いけません! 芸術は無限でも予算は有限です! 第二王子がデザインした時とただのデザイナーが担当した時を一緒にするわけにはいきません!」
結局、キルヒウスとヘンデルが呼んで協議することで合意。
意見が二対二になった場合は決着がつきにくいため、他の側近たちも招集された。
側近たちはヘンデルがクオンの意見を肯定、キルヒウスが否定すると予想。最終的には再考されて常識的な金額のドレスが発注されると思っていた。
ところが。
「このようなことで貴重な時間を使いたくない。個人資産からの支出で通せ」
キルヒウスは王太子の判断を支持。金がかかることよりも問題をすぐに解決することを選んだ。
一方、
「思い出になるようなドレスという提案自体は悪くない。でも、この金額だとウェディングドレスよりも高くなるよ? 俺としてはウェディングドレスを上位にすべきだし、今回のドレスについては常識的な金額にすればいいと思うなあ」
ヘンデルはシーアスの意見を支持。
つまり、二対二。
「他の者にも意見を出せ。遠慮は必要ない」
側近たちはクオンの言葉通り遠慮しなかったため、王太子の好きにすればいいという者とドレス一着にこの金額は馬鹿げているという者に分かれた。
「王太子殿下がいいと言っている。高額でも問題ない」
「キルヒウスは単に早く解決したいだけじゃん」
「王太子殿下が個人資産をどのように使うかは自由だ」
「そうだけど、高額な贈答品の前例ができる。また同じ理由で高額なドレスが作られちゃうよ?」
「だからなんだ? 王太子殿下の個人資産で解決するのであれば問題はない」
「ほとんどの者はクオンの個人資産がどの程度あるのか知らない。投資の配当で増えただけなのに、税金と勘違いする者だっているはずだ。金額を聞いたらおかしいってなるよ」
「金額を知られなければいい」
「宝石がジャラジャラついているドレスだよ? 相当だって思われるに決まっている」
「推測でしかない」
「ぶっちゃけ、宝石だらけのドレスなんて下品じゃん? カミーラがいたら真っ先にダメ出しするよ!」
側近の招集によって解決するはずが、意見と反論の連続。
そんな状況の中、パスカルが遅れて来た。
「大変申し訳ありません。第四王子殿下の仕事があって遅くりました」
「構わない。参考意見を聞くためだった」
シーアスが高額なドレスについて、協議の状況をヘンデルが伝えた。
「パスカルはどう思う?」
「資料を見ると、ドレスの重量についての記載がありません。その点が非常に気になりました」
デザインされたドレスは豪華で多くの宝石が縫い付けられているため、通常のドレスよりも重くなる。
その上、王家から貸し出される宝飾品もある。
全てを身に着けたリーナに重量的な負担がかかるのは予想できることであり、踊ることができるかどうかを考慮すべきであることをパスカルは指摘した。
「パスカルの言う通りです! 重い装いでは踊るどころか、移動もままなりません!」
「リーナちゃんの負担になるようなドレスはダメだよね」
「このデザインだと、どう考えても総重量はかなりだろう」
「絶対に大変だ」
「着用する者に対する配慮があるべきだ」
「デザイナーとプランナーはその点について説明していない。考慮していなさそうだ」
次々と意見が飛び出した。
「リーナと踊りたい。踊れないドレスはダメだ」
クオンはリーナの負担になりにくく、移動やダンスができる重量のドレスにするよう指示した。
また、同じような問題が起きないようシーアス率いる財務担当は、今後のリーナの衣装等に関する方針として、常識的かつ適切な金額内で用意するよう通達した。
この一件は通達により、王太子府中に知れ渡った。
「王太子殿下にとって初めての恋人だしなあ」
「執務室に籠って仕事ばかりだったからな」
「特別な贈り物で愛情を示したいのはわかる」
「高額なのは愛の深さだ」
「ドレスの値段が異常なほどに高額だとしても、王太子殿下から見れば微々たる出費だろう」
「王太子殿下の個人資産は莫大らしいからな」
「国王以上だと聞いたことがある」
だからこそ、問題が起きた。
「最初から贈り物の予算を提示しておけばよかったんじゃないか?」
「高額過ぎるといって却下されるとデザイナーたちも思っていたんじゃないか?」
「見積もりを多くしておくのは普通のことだ。不足するようなことがあっては困るからな」
「宝石つきのドレスは普通じゃない」
「桁が違ったらしいからな」
「エルグラードの内政を見る王太子殿下から見ると、見慣れた数値だったというだけだ」
「今回贈るのはドレス。宝石じゃない」
「わざわざ一緒にする必要はないな」
この件を知る人々はひそひそと陰で意見を交わし合った。
そして、ラブもその中の一人だった。
「どう考えても溺愛されているって言うのに、リーナ様本人は自覚なしとか……」
だが、リーナらしい。
王太子に寵愛されて慢心する女性ではないことを証明しているとラブは思った。





