714 みんなで会議(一)
「ああ、それね」
「早速話せるのは何よりです。来週来た時にでも話そうかと思っていました」
「いつ知ったのよ? 私はお昼の時に知ったわけだけど」
「朝、聞きました」
「同じく。お兄様から」
カミーラとベルは朝の時点ですでにヘンデルから直接通達を受けていた。
「まずは仮名称を決めるってことだったけれど」
「新緑会です」
「新緑の間に集まるだろうからってことで。リーナ様もそれでいいって言ったわ」
ラブは驚いた。
「ええっ?! 何のひねりもないじゃない! しかも、全然可愛くも女性らしくもないわ!」
「非公式ですので」
「他にいいのある?」
「せめて白の真珠会とか」
真珠会ではないのは、すでに真珠会という名称のグループがあるからに他ならない。
「第二王子派みたいだから駄目」
「却下です」
ベルとカミーラの意見が揃うとそれだけで過半数になる。
リーナが強く援護しない限り、ラブには不利だった。
「じゃあ、緑の真珠会」
「真珠をどうしても入れたいのですか?」
「後宮の部屋から取ったというか。真珠の間でしょう?」
「活動拠点は王宮の新緑の間です」
「後宮を活動拠点にしないようにって。できるだけ王宮を居心地よく整えることが重要だってお兄様が言っていたわ」
そ、そんな……それじゃ、リーナ様を頂点とした一大グループの構想がっ!!! ヘンデルの馬鹿あああっっ!!! 酷いっっ!!!
ラブは心の中で叫んだ。
ラブの提案はコンセプト自体についての問題はなかったものの、予算の部分で大問題だった。
王太子は後宮を新しく活用する方法を探すように指示したものの、予算をできるだけ抑える方向で調整したいのが本音だ。
ラブが提案したように、後宮の使用していない部屋を与えるというのは一見お金がかからないように思えるかもしれないが、実際は部屋周辺の整備や警備、人員配置など様々な面でお金がかかる。
だからこそ提案は却下され、ラブが自らの構想を実現すべく後宮をよりお金がかかる存在に変貌させないように、王太子やヘンデルはシャルゴット姉妹に対し、リーナの活動は可能な限り王宮拠点にするという方針を伝えていた。
「でも、後宮の方がくつろげるじゃない! 情報漏洩だってしないし!」
「それを変えていく必要があります。いきなりは難しいかもしれませんので、少しずつで構いません。リーナ様が王宮だけで過ごすことに問題がなくなれば、後宮の侍女は王宮の侍女にそのまま異動するそうですので」
リーナが後宮にも住む気でいるのは、単に居心地の良さということだけではない。後宮が閉鎖されてしまうと、後宮に勤めている者達が一斉解雇され、大量の失業者が出てしまうことを懸念していた。
そのことを王太子達は知っているため、リーナが王宮に住む場合は後宮勤務の者を王宮勤務に切り替えるつもりだと伝え、安心させることにした。
「リーナ様は王太子殿下の唯一の妻なのよ? 王宮にしっかりと陣取って存在感を示さないと駄目に決まっているじゃない!」
「でも」
「そのために私達がいるのです。後宮を拠点にするというのは、側近補佐である私達や非公式の相談役であるラブの能力不足、現状に対して何もできず、後宮に逃げ籠るのと同じです。それでもいいのですか?」
カミーラの挑発的な言い方はラブのやる気に火をつけた。
「逃げる?! ありえないわ! 邪魔者は抹殺してでも排除よ!」
そういった感情的で過激な部分を抑えないと、周囲には認められにくいのに。
ベルはやれやれといった表情になった。
「頭を使えばいいだけです。リーナ様の支持者はこの間の発表会の様子を見ても、かなりいるのではないかと思われます」
フロスト・フラワージェの発表会に来ていたのは若い女性達ばかりだった。
貴族だけでなく裕福な平民の女性達もかなりいたため、全体的に見れば身分の低い者達が非常に多かったが、王太子と婚姻するリーナのことを好意的に見ていた。
リーナやフロスト・フラワージェの関係者を通じて集まった名刺やその裏に書かれたメッセージはその証拠で、身分差を覆した愛の力を賛美し、まるで物語のようだといって夢と希望を感じていることが判明した。
王太子の耳には自分の周囲や王宮に集うような貴族達の意見が届きやすい。リーナとの婚姻を認めてはいるものの、側妃だからこそ許される、身分が低すぎるという否定的な意見が多くあり、王太子派の貴族でさえ、手放しで祝福する声はかなり少なかった。
だからこそ、リーナが発表会で多くの若い女性達から直接祝福の言葉やメッセージを受け取ったことは、王太子を喜ばせ、勇気づけた。
そして、リーナの出自を考慮して側妃にし、貴族達の反発を招かないようにする。最初は特に慎重に大人しく、問題を起こさないようにするという方針が変更された。
側妃になった後は、リーナが国民に受け入れられるような公務をさせ、身分の低い者達、平民や下級貴族の支持を積極的に集めることを検討するよう指示した。
リーナの非公式なグループの発足許可はそのためでもあった。
「そうね。若い女性の人気は結構集まりやすいと思うわよ。最初だけはね」
「最初だけじゃ駄目よ」
「でも、レーベルオード子爵の人気は婚姻したら落ちるわよ? そしたら、リーナ様の人気も合わせて落ちるもの」
ラブの言わんとしていることを、カミーラとベルはすぐに理解した。
リーナの支持を上げるため、兄であるパスカルを活用する。そうすれば、多くの若い女性達はパスカルの妹というだけでリーナを支持する。
但し、このやり方の場合、二人の人気と支持は強く連動しているため、パスカルの支持や人気が下がれば、リーナの支持と人気も下がる。
「妹ってことで逆に妬まれても困るけどね。養女だし」
ラブはしっかりと問題点も指摘した。
実妹ではなく養女として妹だという点も確かに注意しなければならなかった。
「わかっています。取りあえず、完全に部屋に籠るのではなく、婚姻までにいくつかの外出予定を立てることになりました」
「むしろ、外出しろって?」
これまでは婚姻前の安全確保のため、外出は極力控えることになっていたはずだった。
「何でもいいわけじゃないけれど、側妃になると自由にあちこち行けないじゃない? 結婚前に自由を満喫しておくために外出してもいいってことになったの。但し、その際にリーナ様のイメージがよくなるようにするって条件がついているわけ。本当に羽目を外し過ぎて評判が落ちるような外出は駄目よ」
婚姻予定者が独身中に少しだけ羽目を外しておく、やりたいことをやっておくというのはよくある。一般的なことだった。
それを利用してリーナを外出させ、人気取りや宣伝活動をするということだった。
「フロスト・フラワージェの発表会はレーベルオード子爵の方が目立ってた気もするけれどね。まあ、おかげでリーナ様のことも控えめな感じに見えたし、好印象だったから良かったわ」
ラブとロジャーはリーナ達が去った後に女性達がどのような反応をするかをしっかりと観察していた。
発表会に招待された女性達は、リーナとパスカルに会えたことを心から喜び、感動していたため、宣伝対応はうまくいったことが確認されていた。
「リーナ様の外出先は安全重視です」
「あまり身分の高い者達が多くない催しとかがいいだろうって」
身分の高い者ほど、リーナに対して好意的ではない可能性が高いため、あえて身分の低い者達の催しに参加する方向で検討するようにシャルゴット姉妹は言われていた。
「私とカミーラでも調べるけれど、そもそも私達って貴族の中では上の方じゃない? だからもっと下というか、標準とかそれ以下がいいってことみたいなのよ」
「下級貴族の催しってこと?」
「そうではありません。レーベルオード伯爵家は上級貴族で名門の家柄です。下級貴族ばかりの中に突然あらわれてもおかしいと思われてしまいます。違和感のないような催しでなければなりません」
「色々な者達が参加するけれど、できるだけレーベルオード伯爵家に表立って不満をあらわしにくい者達、下の身分の者達が多そうな催しってこと?」
「そうです」
「その通り」
ラブは理解したと言わんばかりに頷いた。
「じゃ、いくつか見繕ってくるわ。外出日は平日でも週末でもいいの?」
「平日でも週末でも構いません。今は発表会に行ったばかりですので、少し落ち着いてからがいいでしょう。十一月には中認試験もありますが、これは宣伝ではないので除外です」
「王立歌劇場の催しを見に行くなら簡単だけど」
「それはいつでも行けますので、別の催しがいいかと」
「美術館でも行けば? 無難だけど」
「その案はすでに出たのですが……」
カミーラがそこで言葉を切ると、ベルが苦笑いしながら付け足した。
「ここだけの話だけど、第二王子が出てきそうでしょう? なのでちょっとね……」
芸術分野に関しては第二王子が担当している。王立美術館に行くということになれば、第二王子に相談することになり、一緒に行くと言い出しそうだった。
「まあ、少し考えたり調べたりしておいてよ」
「わかったわ。じゃ、明日ね。午後に来るから」
カミーラとベルはすぐに眉をひそめた。





