705 不適切な装い(二)
リーナのことで問題が起きたことを知ったクオンは、自らが状況を確認するために執務を中断して来た。
「何があった?」
姿をあらわした王太子を見て、誰が状況を説明するべきか悩み、リーナが一番先に発言することになった。
「……外出に相応しくない身支度をしてしまったのです。別の衣装を用意してもらっているところですが、時間があまりなくて困っています。せっかく誘っていただいたのに、お待たせして申し訳ないと思っています」
「リーナ様は悪くありません。適切な衣裳を選べなかった侍女達のせいです。開始時間を過ぎても問題ありません。途中から静かに会場入りする方が、お忍びで行くには丁度いいかもしれません」
ラブがすぐにフォローの言葉をかけた。
クオンはリーナ、そして一緒に同行する者達の衣装を見比べた。
「衣装が派手過ぎたのか?」
「学校や買い物に行く程度の装いでいいのですが、夜会に参加するような身支度になってしまいました。侍女長にもっと控えめな装いでいいといったのですが、王太子殿下の婚約者に相応しい装い以外はできないと言われ、変更を認めていただけませんでした」
「普通の服でいいと言うと、王太子の婚約者が普通の服を着るわけがないと言われ、変更を拒否されました」
カミーラとベルも侍女長の全く耳を貸さないという態度に抗議するような口調で報告した。
「侍女達が間違ったのです。なのに、リーナ様は侍女達を責めませんでした。しかも、私達に待たせてしまってすまない、迷惑をかけるようなら置いて行って欲しいと……リーナ様は外出を楽しみにされていたのに、あまりにもお可哀想です!」
ラブは侍女達を糾弾した。
「侍女達は優秀で、王宮での公式行事等であれば問題ない支度をしてくれるのかもしれません。ですが、それ以外の催しもあります。公務で様々な場所に行くことになるかもしれません。夜会用のドレス以外にも様々な外出着が必要になるはずです。平民の施設や学校などを慰問するような公務に、このような姿が外出着だといって出かけたらどうなることでしょうか? あまりにも贅沢、不適切な装いと言われます。一歩間違えばリーナ様だけでなく、王太子殿下や王家の威光をも傷つけかねません!」
ラブの主張は正しいと誰もが認識した。
どう考えても今回の落ち度は侍女達にあった。
「王太子殿下にご報告したいことがあります。よろしいでしょうか?」
ロジャーが発言した。
「話せ」
「私がいたからこそ侍女長は別の衣装を用意するために動いたものの、ゼファード侯爵令嬢とイレビオール伯爵令嬢達による衣装変更の助言は全て拒否されました。また同じような状況が起きうる可能性が高いと感じ、ヴィルスラウン伯爵かレーベルオード子爵を呼ぶように指示しました。このようなことでいちいち問題が起きるのは困るため、三人の権限をもう少し強めるか、女性側近を配置してはどうかと思われます。第二王子殿下は非公式ではあるものの、女性側近を何名か側に置いており、第二王子付き侍女長達もそのことを理解しています」
クオンは少し考えた後に尋ねた。
「エゼルバードの女性側近はどの程度いる?」
「女官と侍女の地位にいる者は八名。他は七名。合計十五名です」
クオンは眉をひそめた。
「随分多いな? エゼルバードの男性側近は十二名のはずだ。それよりもいるのか?」
「ほとんどの者達が女官あるいは侍女としての俸給を得ているので、側近としての給料を与える必要がありません。また、女官でも侍女でもない者達は臨時雇用者の扱いです。仕事を与えられ、成果に応じて報酬が支払われます。満足できる成果がない場合、報酬はありません。友人ばかりなので、全員その扱いで納得しています」
「節約志向でいいなあ」
ヘンデルがぼやいた。
クオンにも親しくしていた女性達はいた。学友だ。しかし、その者達はクオンの意向に逆らって入宮した。そのせいで女性側近へ登用する道は消えてしまった。
エゼルバードの場合は、親しくしていた女性達ほど入宮を断った。エゼルバードの意向に従い、友人という立場を保持することを選んだ。だからこそ、女性側近として登用された。
「ちゃんと従ってくれる女性の友人が多いと便利だなあ」
「それは間違いだ。従う者でなければ、友人の立場をはく奪された。だからこそ、従わない友人はいない。男性も女性も同じだ」
「えり好みしたのが結果的にオーライか」
「王太子殿下の周囲には、自らの能力に自信のある者達が多く、それを常に否定するどころか、肯定する者達が圧倒的に多かったのだろう。ゆえに、女性達は自らを過信し、側近ではなく王太子妃や側妃になれると勘違いしてしまった。第二王子の周囲にいる者達は最初から妻の座を望むなと第二王子自身に否定され、悪い部分は友人達が遠慮なく指摘した。だからこそ、妻には絶対になれない、常に厳しく査定されていると感じ、友人や側近の座を望んだだけの話だ」
「側近の妹達は入宮したけどね」
「本人達がどうしてもと希望した。入宮しなかったとしても、第二王子の側に寄るだけの能力はない。どちらでもよかった」
「それもある意味可哀想だなあ」
そこでようやく侍女達が戻ったが、アリシアが一緒だった。
但し、車椅子に乗っている。
その光景を見たリーナ達は驚いた。
「どうされたのですか?! 怪我でもされたのですか?!」
「問題が起きたとか」
アリシアは冷静な口調で言った。
「ロジャーに呼び出されたの?」
ヘンデルが尋ねる。
「呼び出していない」
ロジャーが即座に否定した。
「侍女達が来て、非常に困ったことになったと言ったのです。私は担当ではないものの、時間がないということでしたので、緊急事態だと判断して必要な指示を出しました」
アリシアは王太子付きの女官の仕事の一部としてリーナを担当しているだけに過ぎず、直接リーナの担当をしているわけではなかった。
そのため、アリシアは王太子の命令があってから動く立場にある。
しかし、多くの者達がアリシアを頼りにしてしまい、困ったことがあるとアリシアの所に行ってしまう。
今回も侍女達が大変だといってアリシアの元に駆け込んできたため、緊急事態だと判断し、王太子への報告と了承は後付けする形にして先に動いたのだった。
「身支度に問題があると聞いています。リーナ様はすぐ後宮に移動していただきます。その間に、真珠の間付きの侍女達が衣装を用意します。その方が早く身支度が終わります。時間がないので、今は私を信じてお任せ下さい」
アリシアはリーナの元に来る前に侍女達に簡単な事情を聞いていた。
王宮の衣装部屋には豪華な衣装しかなく、今回の催しに相応しい外出着は探してもなさそうだと判断するものの、後宮に伝令を送って衣装を用意させ、それを王宮へ持って来るにはかなりの時間がかかってしまう。
そこで後宮へは外出着などの用意をするようにという伝令を出し、侍女達が必死に用意している間にリーナが後宮に移動し、到着後に着替え、後宮から王立歌劇場へ向かうというプランを立て、すでに指示を飛ばしていた。
「馬車も用意が整っているはずです。馬車乗り場へ向かって下さい。後宮の馬車乗り場にヘンリエッタがいるはずです。私は同行できません」
「妊娠しているの? それとも怪我? 体調不良?」
ラブが直球で尋ねた。
「足の捻挫です。早く行きなさい」
「捻挫……」
「本当に?」
「リーナ様、ラブも急ぎましょう」
「早く!」
リーナ達一行が部屋からいなくなると、クオンはアリシアに尋ねた。
「足はまだよくならないのか?」
「大丈夫です。本当にお恥ずかしい限りです」
アリシアは本当に足を捻挫しただけだった。
しかし、エルグラードは婚活ブームだけでなく、懐妊ブームでもある。
アシリアはあちこちから妊娠したのかと尋ねられ、非常に居心地の悪い思いをしながら、車椅子で勤務していた。
「足の痛みはひいてきた?」
「ほとんど大丈夫なのですが、まだ走れません。ジェフリーが無理をするなとうるさいのです」
「一応言っておくけど、妊娠したらちゃんと言うこと。忙しいからといって黙っていたらマジ怒るからね?」
アリシアはため息をついた。
「大丈夫です。妊娠したら、ジェフリーが速攻で報告しに行くと思います」
「それもそうか」
クオンとヘンデルは納得しつつ、安堵もした。
アリシアは頼りになるが、無理をさせたくなかった。
本人は女官としての復職を喜んでいるが、夫や娘はそのことを不満に思っていることをわかってもいた。
「少し話がしたい。執務室に移動する」
「わかりました」
「俺が押すよ」
ヘンデルが車椅子を押す役を申し出た。
「では、ご厚意に甘えさせていただきます」
クオン達は王太子の執務室に移動すると、今回の件について話し合い、対応策を練ることにした。





