704 不適切な装い(一)
昼食が終わると、リーナは手紙に書かれていたように、外出するための身支度を整えることになった。
カミーラとベルも自分達の支度があるために一旦部屋に戻り、身支度が終わった頃にくるということになった。
リーナは侍女達が用意した衣装を何も言わずに着用したものの、最後に姿見を見た時点で意を決したように発言した。
「結構しっかりとしているというか……昼間だと、かなり目立ってしまうのではないでしょうか?」
「王太子殿下の婚約者だからこそ、相応の準備が必要です。貧相な装いをすれば、王太子殿下の婚約者としての評判を下げ、ひいては王太子殿下の評判も下げてしまいます」
断固たる態度で王太子付き侍女長に言われたリーナは、それ以上何も言えなくなってしまった。
しばらくして、シャルゴット姉妹が部屋にあらわれると、すぐに表情を変えて意見を述べた。
「派手過ぎると思います。宝飾品はできるだけ抑えた方がいいでしょう。ドレスのボリュームも少ないものに着替えた方がよさそうです」
「ただのブランドの発表会だもの。派手過ぎると成金みたいに見えて良くないわ」
侍女長は眉をひそめた。
「貧相な装いをするわけにはいきません」
「悪目立ちする方がよくありません」
「私達の服装を見てもわかるでしょう? もっと普通の服でいいのよ」
「普通の服などありません! 王太子殿下の婚約者が普通の服を着るわけがありません!」
非常に困った状況になったとシャルゴット姉妹は思った。
そこへ学校を早退したラブとリーナのエスコート役兼護衛をすることになったロジャーが来た。
「えっ?! なにその恰好!」
ラブはリーナの姿を見て驚き、いつも通りの口調になった。
「派手過ぎるわ! もっと普通のドレスにしないと駄目よ!」
「私達もそう言っていたのですが、侍女長が納得しないのです」
「普通の服はないっていうのよ」
カミーラとベルが困っていることをあらわすように応えた。
「普通の服がないと出かけられないわ! どんな状況にも対応できるように服を揃えておくのが侍女の仕事でしょ!」
侍女長は毅然とした態度で反論した。
「リーナ様は王太子殿下の婚約者です。相応しいもの以外を身につけさせるわけにはいきません!」
「後宮に入った際、レーベルオードが持ち込んだドレスはどうした?」
ロジャーが尋ねた。
すぐに侍女長が答える。
「後宮の衣装部屋にあります」
「王宮の衣装部屋には持ってきていないのか?」
「一部だけを移動しました」
「ならば探せ。もっと地味な外出着があるはずだ。この装いは忍んでいくには向かない」
侍女長は眉をひそめた。
「お忍びで行かれるのですか?」
「当たり前だ。王太子の婚約者として招待されているわけではない。レーベルオード伯爵令嬢の顔をよく知る者でなければ、私の同行者が誰なのかはわからない。教えるつもりもないため、他の者達に紛れてしまうような服装にしろ」
「……かしこまりました」
侍女長が侍女達と共に出て行くと、ラブが唸るように言った。
「ロジャーがいてよかったわ。でなければ、絶対に侍女長は別の衣装を用意しなかったに決まっているわ!」
「そうかもしれません。侍女長の主張はわかるのですが、状況に応じた服装をする必要があります。王太子の婚約者としての衣装では困ることもあります」
「さすがにこのドレスじゃね……たぶん、いるとは思うのよ。気合入れすぎちゃった感じの女性がね。でも、絶対に変な意味で話題になってしまうわ!」
リーナは恥ずかしく、また申し訳なくなった。
「すみません。せっかく誘って下さったのに相応しい装いができなくて……もし、時間が間に合わないようでしたら、置いて行ってください。ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
全員が思った。
リーナは悪くない。侍女達が悪い、と。
王太子の婚約者であるリーナは自分で衣装を用意するわけではない。リーナの世話をする侍女達が状況に適切なものを選んで用意する。
リーナは侍女達に任せておけば、何も考えなくても適切な装いをすることができるはずだった。
しかし、侍女達が間違った。
おかげでリーナは昼間だというのに、夜会に行くような姿をしている。
このまま普通の外出着を着用した女性達ばかりがいる場所へ行けば、おかしな装いをした者、場違いと思われてしまうのは必至だった。
「大丈夫よ。まだ時間があるわ。それに開始時間に遅れても平気だから心配しないで。目立たないように行動すれば、途中からでも中に入れるの」
ラブは懸命にリーナを励まそうとしたが、ロジャーが更に駄目出しを追加した。
「化粧も濃い」
「そうだけど、ロジャーが言わないと、侍女達は侍女長が戻るまで動かないと思うわよ」
ロジャーは壁際に控えている侍女の方を向いた。
「部屋で過ごす程度の化粧に変えろ。ヘンデルかパスカルのどちらかをすぐに呼べ」
侍女達は頷くとすぐに部屋を出て行った。
「今すぐこのことを教えるの?」
「でなければ、また同じようなことが起きる。お前達にはリーナの衣装を変更できる権限が全くない。参考意見を述べただけに過ぎないと思われる。侍女長が納得しなければ、お前達の意見に合わせて変更することはないだろう」
第二王子の側近であるロジャーにも、厳密にはリーナの衣装を変更する権限はない。
しかし、王族の側近から見て不適切だという判断を侍女長が受け入れたため、変更することになっただけの話だった。
「それもそうですね。私達はリーナ様の側近どころか、友人でさえありません」
カミーラは冷静に自分達の立場や発言力が弱いことを認めた。
「勉強に関してはともかく、衣装に関しては権限外ってこと?」
ベルが尋ねる。
「侍女長は認定試験の勉強に対する家庭教師程度にしか思っていないのよ。社交についても教えているのに! これは社交の勉強を兼ねた外出なんだから、私たちの意見が反映されるべきだわ!」
ラブの意見にカミーラは頷いた。
「そうですね。私達の権限が非常に限定的なものだと思われるのは仕方がありません。ですが、同行者から見てもおかしいという判断をしているわけですので、そういった意見を尊重していただかないと困ります」
「侍女長は王宮の催しに照らし合わせてしまったのかも?」
「もしかすると、ブランドの発表会の催しに行ったことがないんじゃない? だから、適切な服装がわからないのよ。経験や知識が不足しているのかもね」
ラブの意見に全員がそうかもしれないと思った。
しかし、わからなければ、どのような服装が適切かを調べ、身支度を用意しておかなければならない。
適切な衣装や小物がないのであれば、新調するなり既製品を買うなどして揃えるのもまた侍女の仕事だ。
「ラブに確認したいことがあります」
「何?」
「フロスト・フラワージェの発表会に誘った際、招待状を見せたのですか?」
すぐにラブは質問の意味を理解した。
通常は招待状にどのような服装で参加すべきかというドレスコードが書かれている。それを侍女長達に見せなかったため、わからなかったのではないかという推測をカミーラはしたのだ。
「見せていないわ。だって、誘った時点では行くかどうかもわからなかったし。許可が出たら必要な情報かもしれないけれど、何の問い合わせもなかったわ。そしたら、何も聞くことはない、わかっているって思うじゃない?」
「では、当日の衣装に関する問い合わせは一切なかったのですね?」
「なかったわ。ただ、許可が出たってことがお兄様から伝わっただけ」
今回はお忍びの外出ということもあり、リーナや王太子などの伝令が直接ラブの所に来たわけではなかった。
警備上の確認もあってロジャーが呼び出され、第二王子側で厳重な警備体制をするということを確認した後で許可が出たことから、ラブへの返事もセブンから伝わっていた。
「ロジャーの方に問い合わせは来なかったわけ?」
「来ていない。だが、忍んでいくことを知らなかったようだ。そのことを説明していなかったのか?」
「私はリーナ様に言ったわよ。お忍びでどうかって。部屋付きの侍女達もそれを聞いていたはずだわ。だから、お忍びで行くってわかっているはずよ。招待状が来ていない時点で、正式な招待とは違うってわかるじゃない」
「どう考えても侍女が悪いわよ。夜に出かけるわけでもないのに、こんなドレスを着るわけがないわ」
ベルの意見に、それもそうだと全員が納得した。





