703 黒い手紙
水曜日。リーナは朝早く起きただけでなく、笑顔を浮かべていた。
その瞳はキラキラと輝き、機嫌がいいということが明らかな状態だった。
侍女達もシャルゴット姉妹も、その理由を知っていた。
王太子とのデート――ではない。
リーナの要望が通り、ラブとシャルゴット姉妹、お目付け役兼護衛のロジャーと共に、王立歌劇場で行われるフロスト・フラワージェの新作発表会に行く予定が組まれていた。
午前中、勉強の休憩時間になると、リーナはすぐに席を立った。
そして引き出しから封筒を取り出すとカミーラに差し出した。
「これを見てください!」
通常は封筒にある差出人などの記入や封蝋を確認することで、誰からの手紙なのかがわかる。
しかし、黒い封筒に派手派手しい黄金の装飾、赤い封蝋という組み合わせを見れれば、色合いだけで誰からのものであるかがわかる。ラブからだ。
「とても豪華な封筒だと思いませんか?! 黒い封筒なんて初めて見ました!」
リーナは興奮を隠しきれないというような表情だ。
「黒い封筒だと、黒いペンで書いても字が目立ちません。そこで、赤のインクで書いているんです! 凄くびっくりしました!」
「いつみても呪いの手紙みたいよね」
ベルの言葉にリーナはぎょっとした。
「えっ?! 呪い?!」
「ウェストランド公爵家の色は黒です。そのため、本人以外は開封すべきではない最高位の手紙は黒い封筒に入れ、宛名は金文字で書くのです」
「えっ?! 金文字?!」
カミーラの説明を受け、リーナはまたもや驚いた。
「赤は通常用です。正式な招待状などは金文字、弔事関係は銀文字です」
「色でわかるようになっているのですね」
「封筒の装飾でもわかります。この封蝋はラブが個人的に使用しているものです」
通常、封蝋は円の中に様々な文字や模様があるが、リーナの受け取った手紙の封蝋はハートの形をしていた。
まさにラブ=愛=ハート。非常にわかりやすい。
「便箋も素敵なのですけど、知っていますか?」
「ハートの形では?」
「そうです! ハートの形をした便箋なんて初めて見ました! しかも、ピンクです! 小さいハートが並んでいて、とても可愛いです!」
カミーラも初めてラブからの手紙を受け取った時は驚いた。
高貴な身分の者達は手紙を何重にも封筒に入れて送る。そのため、ウェストランド公爵家から発送される時点では白い封筒に入っている。
その封筒を開ける、あるいはさらに中封筒を開けてみると、重要な手紙が入っている。
ウェストランド公爵家の色は黒。それを考えれば黒い封筒というのはおかしいとも言いにくく、むしろ正式な封筒を使用していると考えることもできる。
とはいえ、黒い封筒だ。常識的ではない。
また、このような封筒であれば便箋も黒ではないかと思うかもしれないが、便箋は意外と普通に白、の場合もあるが、ラブは薄いピンクでハートの形をした便箋を使用している。
しかも、便箋に引かれた罫線はただの線ではなく、小さな赤いハートが横一列に並んでいるデザインをしている。
黒の封筒からこのような便箋が出てくるだけで、かなりの違和感がある。
封筒、封蝋、便箋それぞれが意匠を凝らした特注品なのは確かだが、手紙を読む以前に普通のものではないという印象をたっぷりと味わうことになる。
カミーラもベルもありえないとばかりに眉をひそめたが、リーナは非常に珍しい封筒や可愛いらしい便箋であることに驚き、素直に喜んでいた。
「こちらは……中身を拝見してもいいということでしょうか?」
「大丈夫です」
カミーラは封筒の中から便箋を取り出した。ベルも覗き込む。
親愛なるリーナ様へ 水曜日の午後、ロジャーと一緒に行きます。昼食後、身支度をして待っていて下さいますようお願い致します❣ 心からの愛と友情を込めて ラブより
文章は短い。検閲されても問題にならないようにするためか、普通の内容でありつつも、詳しいことについては一切書かれていない。
「ビックリマークの上部がハートマークになっています! 知識としては知っていたのですが、実際に見るのは初めてです!」
若い女性は手紙を書く際、ビックリマークの棒線部分をわざとハートにすることがある。
リーナはそのことをレーベルオード伯爵家で書類をチェックする際に知った。
それをまさに見ることができたことができたため、やはり嬉しいと感じていた。
「二枚目も見てください!」
二枚目の便箋には手紙について記されていた。
まず、リーナ宛の手紙は安全かどうかを検査されるため、今回は実験もかねて特別に七重にしてある。
黒い封筒で届いた場合、それ以前の六重の封筒は全て開封されたことを意味している。
黒い封筒も開封されているということであれば、まさに全てが開封され、便箋に書かれた内容まで検閲された状態で届いているということになる。
リーナがラブに対して手紙を書いたとしても、同じように検閲され、貴重な情報を外部に漏らしていないかどうかが精査される。そのため、重要な内容や具体的なことは決して便箋に書いてはいけない。
また、文具は全て特注品で、ハート型の便箋や封蝋はラブが個人的に愛用している品だ。ラブから手紙が届く場合はウェストランドの黒い封筒とハート型の便箋であり、それ以外の手紙は偽物の可能性がある。
違う封筒や便箋、手触りが悪いのは質の悪い模造品かもしれないため、絶対に注意するようにということだった。
「読んでいたらドキドキしてしまいました。秘密の手紙のやり取りをしているようで……でも、まさかこんな風に気をつかって手紙を出すなんて思わなくて!」
リーナが刺激的に感じたのは黒い封筒ではなく、二番目の便箋に書かれた内容だった。
「……リーナ様への手紙に、このようなことが書かれているとは思いませんでした」
カミーラは率直な感想を述べた。
「一枚目だけの内容で済ますわよね。普通」
「ラブはとても親切です! こんな風に細かく書いてくれると助かります。おかげで次から注意できますし、勉強になりました!」
リーナの言葉に、シャルゴット姉妹は目を見張った。
通常、手紙に関する注意は口頭で教えられる。教育官、学校の授業、両親など相手は様々だ。
つまり、友人や外部の者に教わるようなことではない。身内の者などに教わることだった。
しかし、リーナにはそういったことを教える者がいなかった。学校にも行っていない。
単純に手紙を書くだけであれば、文字を書けばいい。本を読んでもいい。しかし、教本に偽物かもしれない手紙の見分け方など書いていない。検閲についても。
まさにそれをラブが教えた。だからこそ、リーナは喜んだ。勉強になったと感じたのだ。
私達が気づかない部分にラブは気づいたわけね。
私達とは違う部分で役に立ちそうです。
シャルゴット姉妹はラブの評価を上げることにした。





