701 月間予定(二)
キルヒウスを呼びに行ったヘンデルが戻る。
クオンは眉間にしわを寄せた。
ヘンデルが連れてきたのはキルヒウスだけでなく、アンディとシーアスもだった。
「月間予定に問題があると聞いた」
ヘンデルがキルヒウスの所に行くと、そこには王太子府を牛耳る三人が集結していた。
一番悪いタイミングだとは思いつつも、昼食に関する予定の変更もあるため、ヘンデルは思い切って要件を話すことにした。
その結果、三人が王太子の執務室に来たのだった。
「どこが問題だ?」
「言っておくが、会議は全て入れる。他の省庁との打ち合わせの前に問題がないか確認する必要がある。王太子の承認なくして話を進めないことにすることが重要だ」
アンディが先手を打った。
単純に側近や王太子府関係者だけでどうとでもなるものではない。ほかの省庁にも関係してくることだと付け加えることで、変更不可を主張した。
クオンは真面目だ。王太子の執務の重要性を誰よりも理解している。
言いにくい。言葉が出ない。
しかし、ここで黙って受け入れれば、自分の人生はすべてエルグラードだけのものになり、クルヴェリオンという個人の存在が無視されてしまうように感じた。
クオンは大きく息を吸った後に言葉を発した。
「休みが欲しい」
「無理だ。取ったばかりではないか。果物狩りに行った。黄金の馬車で王聖堂に行くデートも楽しんだはずだ。次のデートは秋の大夜会だ。それまで執務に励め」
クオンは自らを鼓舞した。
「一カ月に一回しかデートをできないのはおかしい。さすがに毎週とは言わない。だが、二回程度はあってもいいのではないか? 常識的に考えると、一カ月に一回しかデートをしないようなカップルは心を十分に通わせることができず、破局してしまう可能性が高まるのではないか?」
「破局はしない。来月には婚姻する。結婚式の翌日は休みだ。新婚気分を味わえるだろう」
翌日という言葉をクオンは見逃さなかった。
「婚姻は土曜日だ。日曜が休みというのはわかるが、月曜日から執務をさせる気ではないだろうな?」
「本来、王太子に休みなどない。休みがあるだけでもかなりのことだ」
キルヒウスは断固たる口調で言い切った。
「おかしい。休みはもっとあるべきだ」
「これまではそれで問題なかったはずだが?」
「見直す。恋人ができた。婚約もした。結婚もする。状況が変わればそれに応じて変えるのは当然だ」
「わかった。だが、それなら私も休みを取りたい」
キルヒウスの言葉にクオンは目を見張った。
「休みなく働いているのは王太子だけではない。私も同じだ。デートの予定どころか、婚姻の予定さえない。ヴァークレイの跡継ぎだというのに、結婚相手を探す暇もない。それでも黙って仕事をこなし、王太子を支え続けてきた。このままでは両親の決めた相手との婚姻誓約書にサインして終わりだ。結婚式を挙げることもできない。新婚旅行という語句は存在しないも同然だ。ミレニアスに婚前旅行し、月一とはいえ休みもデートも可能な王太子の方がずっとましだというのに、私に文句を言うのか?」
キルヒウスの言葉はそれだけではなかった。
「私だけではない。アンディも、シーアスも同じだ。ヘンデルも体調を崩して倒れるまで仕事をしている。部下をこれだけ働かせておいて、自分だけ休みを取りたい、デートをしたいというのか?」
勝てないなあ。絶対。
ヘンデルは心の中でぼやいた。
「休みは却下だ。一昨日に休みを取ったばかりの者が言うべきことではない。恋人ができ、婚姻するからといって浮かれている場合ではない! 婚姻するからこそ、それに備えて仕事を片付けておくべきではないか!」
「キルヒウスが正しい」
アンディが同意した。一切の反論は許さないという表情だ。
「王太子ばかり休みを取るのはどうでしょうね。その前に王太子の側近全員に一日休みを与えるというのはいかがですか? 王太子府全体でも構いません。残業が減れば給料も減りますので歓迎しますよ。人件費を抑えるのが最も有効な節約方法ですからね」
シーアスも加勢する。その表情は紛れもなく激怒していた。
「王太子府は外務を抱えることになります。だというのに、予算は増えません。むしろ、王家予算を削減して統治予算に振り替えなければなりません。外務関係の予算をどこから奪うか検討していますが、どこも削りに削ってしまっている状態です。新年度から外務専門の新部署を作るという話でしたが、兼任者のみで給料は据え置きにするしかありません」
シーアスは現在、新年度の予算編成をしている。
エルグラードの国家予算の年度は一月に切り替わるため、十二月末までに予算編成を終えなければならない。
すでに各省庁からの予算に関する概算要求は出ているため、それを精査して実際にどのように配分するかを宰相府が検討し、国王府と王太子府で承認することになる。
これだけきくと、全ては宰相府任せと思えるが、国の予算には王家予算と統治予算がある。
宰相府は統治予算しか編成できないため、概算要求額が統治予算で賄えないということになれば、国王府が編成する王家予算を減額して統治予算を増額するか、増税するかの選択を迫る。
「努力はしていますが、増税するしかないという意見も出ている状況です。ただでさえ婚姻関係の出費が多くあります。来年は第四王子が成人し、側妃の予算も一人分増えます。王家予算を減らすのは難しいと考えるのが常識的です。一体誰のせいでこれほどの窮状になってしまったのか、ご存じないとは言わせません!」
クオンはリーナと婚姻するため、王家予算を削減して統治予算を増やす取引を宰相としてしまった。
常識的に考えればありえない。話にならないと一蹴する。
だが、クオンは了承してしまった。
勿論、国家予算をクオンの一存で好きにできるわけではない。クオンと宰相の二人で国王を説得するということになるわけだが、国王が大人しく同意するわけがない。
結局、三人による話し合いは決裂したため、首席補佐官以下の者達が必死になって予算編成の調整をしているところだった。
「はっきりいえば、宰相の条件を飲んだのは間違いです。ですが、パスカルが責任を取ってくれました」
「どういうことだ?」
クオンは眉をひそめた。





