699 ラブのやり方(三)
いつもありがとうございます。 突然お休みしてすみませんでした。
風邪と食あたりでした。
食欲全然なくてエクレアだけ食べたら、余計大変なことに……。
私がリーナだったら間違いなく毒入り、クオンも倒れる前に休んでおくべきなどと思いながら寝ていました。(頭の中が妄想だらけ)
取りあえず、更新再開します。よろしくお願い致します!
「他にもお得なことがあったのです」
「何でしょうか?」
「お菓子です。凄く安いのに、美味しいものがあったのです!」
「お口に合うようなものが?」
ラブはリーナの味覚を信じていなかった。
今こそは最上級の食事をしていたが、元平民の孤児、召使などだった時は決して美味とはいえない食事をしていたに決まっていたからである。
そのため、良かったですねと軽く流すつもりだった。ところが、
「そうなのです。しかも、クオン様も普通の味だとおっしゃられて」
「えっ?! 王太子殿下も?!」
ラブの興味は急上昇した。
王太子が食べ慣れている普通というのは、最上級のものということだ。それと同じ評価を受ける菓子が王宮の購買部で売っているとなれば、興味がわくに決まっている。
「どこの購買部ですか? それからどんなお菓子ですか?」
「気になるのですか?」
「私も食べて見たくなりました」
本心からの言葉である。
「確か」
リーナは懸命に思い出した。
「……第六購買部です。大きさが不揃いの焼き菓子があって」
「少々お待ちを」
ラブは本当に購入する気だったため、ポケットから丸いものを取り出した。
化粧直しの道具のように見える。
「コンパクト? お化粧直しですか? それとも鏡を見たいのですか?」
「これはメモ帳です。中にメモ用紙と小さな鉛筆が入っています」
「えっ?! お洒落です! 見せて貰えませんか?」
「焼き菓子情報が先です。メモをしてからお見せします」
「わかりました」
リーナは自分が購入した焼き菓子について、ラブの質問に答えながら詳しく説明した。
「……同じものが売っているといいのですが。王宮の購買部は売切れたら終わりという品もあるのです」
「でも、基本的に備品とかですので、同じものがあるはずですよね?」
「あくまでも基本です。新製品に入れ替えるため、旧製品である在庫を一気に放出するとこともあります。その場合は売り切れたら終わりです」
「在庫整理をして処分してしまうわけですね」
「また、お菓子などの食品のほとんどは備品とはいえません。季節によって品揃えが変わることもあります。材料の一部が手に入りにくいとか。ちなみに、缶入りには気を付けて下さい。非常食かもしれません。それは消費期限が迫っているので売りに出しただけです。はっきりいって、相当不味いでしょう」
缶入りではなかったものの、クッキーは美味しくなかったことをリーナは思い出した。
「勉強になります」
「最近ではすぐに非常食とわかるような容器だと売れにくいため、わざと袋や箱に詰め替えて売っていることもあります。騙されないようにしないといけません」
リーナは目を見張った。
自分の買った袋入りのクッキーは、缶から袋に詰め替えられた非常食用のクッキーだったのだと思った。
「凄く勉強になります!」
菓子など購買部の話が終わると、リーナはラブのコンパクトをじっくりと検分した。
「とても可愛いですね。装飾も素敵です。これにメモとペンが入っているとは思いませんでした。てっきりお化粧用のコンパクトだと思いました」
「化粧用はこちらです。二段になっています」
ラブはもう一つ同じようなケースを取り出した。
中を開けると、化粧直しに使う口紅のパレットと小さな筆が入っている。その部分を持ち上げると、ファンデーションと小さなパフが収納されていた。
「口紅だけ直す時は上の部分を、粉をつけ直す時は下の部分を使います」
「とても便利ですね!」
「貴族の女性はパーティーなどに行った際、ポケットや小さなバッグに物を入れるしかないので、このように口紅と粉が一緒になっていると便利です。容器もお洒落です」
「そうですね。このような品があるとは知りませんでした」
「リーナ様には必要ないと思うのですが、お気に召されたのであれば、次来た時にカタログや私の所有している実物を持ってきます」
「このようなものはいくらぐらいするのでしょうか?」
「それは最高級ラインなので十万程度です」
リーナの表情はみるみる変化した。
「十万ギールですか?!」
「容器の装飾としてあしらわれているのは全てダイヤモンドです」
リーナは愕然とした。
「もっと手頃な価格の品もあります。通常ラインは千です。ガラスですけれど」
一気に値段が下がった――ような気がしたが、リーナにとってはそれでも高額だった。少なくとも、手頃という感覚ではない。
「……デザインは一緒で、宝石かガラスかの違いということでしょうか?」
「いいえ。デザインも少し違います。こちらはフロスト・フラワージェというブランドのものです」
「フロスト・フラワージェは知っています。雑誌に載っていました」
フロスト・フラワージェは有名なパッケージブランドで、何らかのパッケージ、容器などを販売している。
最も有名なデザインはブランド名称からも類推できるような霜の花や氷の結晶で、冬が近づくと、貴族の女性達はこぞってフロスト・フラワージェの品を使い出す。
「広告のページにあった絵よりも、実物の方がはるかに素敵です。女性達に人気が高いのがわかります。値段を聞くと買えませんが」
「リーナ様なら買えると思いますが?」
「今はこういったものをほぼ使うことがないので……」
リーナがメモを取りたい時や化粧を直したい場合は、侍女を呼べばいい。自分でメモをしたり化粧を直したりする必要はなかった。どうしても自分でということであれば、必要な道具を用意してくれる。最初から用意しておくのはハンカチ程度だ。
「お忍びでどこか行く時に使うかもしれません」
「お忍びで出かけるのは短時間なので、あまり必要がないかもしれません」
「通常ラインは多くの女性達が身分を問わず愛用しています。メモ用紙入れは六百です」
「千ではないのですか?」
「それは化粧直しのコンパクトです。こちらのメモ用紙はパピリリス、ミニ鉛筆はモーニーです」
パピリリスは貴族や裕福な者達が愛用する高級紙のブランドだ。
貴族の女性達がここの便箋や封筒を愛用し、中には自分専用のものを特注する者も多くいる。
モーニーはエルグラード最古の鉛筆屋として有名で、筆記具を扱う老舗商会だった。
「パピリリスやモーニーをご存知でしょうか?」
「雑誌に広告が載っていました。どちらも高級なブランドですよね?」
「そうです。リーナ様は雑誌で紹介されているようなブランドはご存知のようですね?」
「そうですね。雑誌に載っているようなものであればわかるかもしれません」
「通常ラインであれば賄賂にならないと思いますので差し上げます。ケースだけは余っているので」
「……余っているのですか?」
「ケースだけです。初回生産品はメモ用紙と鉛筆がピンクになるというので複数個買ったのです。でも、欲しいのは中身だけなので、ケース自体はいらなくて余っています。いくつかは侍女や友人にあげたのですが、まだ残っていると思います」
「……中身がなくなっても、消耗品だけ買えばいいはずですよね?」
「中身を消費して買い足すと、白いメモ用紙になってしまうのです。ピンクのメモ用紙で、フロスト・フラワージェのロゴが入っているメモ用紙が欲しかったのです。自慢できるので」
ラブは特別なメモ用紙を多く確保するため、通常ラインの商品を大量に購入していた。
「パピリリスの方にサイズ指定をしたピンクのメモ用紙を頼むこともできるのですが、その場合はフロスト・フラワージェのロゴがありません。下手にそのような品を使うと、偽物だ、誤魔化していると言われてしまいます」
「なるほど……」
「リーナ様は白のメモ用紙でもいいでしょうか? ピンクのメモ用紙はここにセットしてあるのが最後なのです」
「全然構いません!」
「でしたら問題ありません」
その後も二人は雑誌に載っていた記事やブランドの品々について話をした。
その様子はいかにも親しい友人同士が会話しているかのようだったが、実際はラブによる貴族の女性が愛用するブランドについての講義も兼ねていた。
「社交には必ず貴族の女性達が愛用する品々、ブランドの話が出てきます。それを知っておかないと困ったことになるのですが、リーナ様がブランド名をご存知だったので良かったです」
ラブはリーナが様々な貴族の女性ブランド名を知っていることを褒めた。
これはわざとだ。
事前にリーナが読んでいる雑誌をリサーチし、そこに出てくるブランド名ばかりを会話に混ぜ込んでいた。
こうすることにより、リーナは知っている名称だと感じて安堵するだけでなく、会話に興味を持ったり、楽しんだりすることができる。
ラブのおかげでより詳しく知ることができたと感じ、楽しく勉強できたという満足感が得られるはずだと考えていた。
「私、ラブと会話をしていてほっとしました。会話に出てくるのが知っているブランド名や商品ばかりだったからです。雑誌は何冊か読んでいますが、そこで得た知識が役立つかどうかはわかりません。でも今、しっかりと役立ちそうだと感じました」
その思って貰うための会話だしね。
ラブは自分の狙い通りになったと感じ、嬉しそうに微笑んだ。
「雑誌の内容もよく会話に出てきますので、なんとなくそのようなものがあったと覚えておけば大丈夫です。一字一句覚えておく必要はありません。自然と様々な知識が増えていきます」
「そうですね。フロスト・フラワージェの新製品の発売が常に冬だというのは知りませんでした」
「聖夜にフロスト・フラワージェの品を贈る者達も多くいます。冬になるとフロスト・フラワージェの品が欲しくなる女性が多いので、贈り物にすると非常に喜ばれます」
「季節的にもぴったりな贈り物なのですね!」
「もしよろしければ、フロスト・フラワージェの新作発表会にお忍びで行きませんか?」
「えっ?!」
リーナは突然の申し出に驚いた。
「発売は冬ですよね? 冬に行くということですか?」
「いいえ。発売は十二月なのですが、発表会はいつも十月なのです。そこで予約をすれば、十二月の発売日にすぐ手に入れることができます。必ず新作を予約しなければならないわけではありません。貴族の女性達が参加する催しを見学して勉強するだけでいいのです。正直に言うと、側妃になるとこういった催しはお忍びでも行けなくなると思います。今のうちに行っておいた方が、様々な経験を積めると思うのですが……」
リーナにとって、勉強になるというのは魔法の言葉だった。経験を積むというのも同じく。
しかも、側妃になると行けなくなる催しだ。勉強をしたり経験を積んだりできなくなる。そう聞けば、今のうちに行っておいた方がいいのかもしれないという気持ちが芽生えるに決まっていた。
「いつですか?」
「来週水曜の十四時からです。私は学校を早退して行きます」
「わざわざ早退するのですか?」
「高認に合格する学力があると自負しておりますので、学校の授業を受ける必要はありません。私が学校へ行くのは、あくまでも出席日数を満たすためです」
「そういえばそんな話をしていましたね……」
「無理にとはいいませんが、許可が出るか一応は聞いてみるのもいいかと。場所は王立歌劇場です。リーナ様が行くとなれば、第二王子が万全な警備を整えてくれると思います」
ラブは切り札を追加した。
「ヴィクトリアやクローディアも毎回参加します。月明会の者が私を含めて三名側につきますので、大丈夫ではないかと思います。カミーラとベルも誘って全員で行くとか。たぶんですけれど、二人は興味を持つと思います。この後で部屋の方に行って誘うつもりでいました」
リーナはシャルゴット姉妹と多くの時間を共にしている。その二人が行くということであれば、リーナの心はより動きやすいとラブは思った。
リーナは少し考えた後に答えた。
「……外出できるか聞いてみます。今しか行けないようなものということであれば、とても貴重な機会になる気がします」
「一緒に行けるといいですね。楽しみにしています」
うまくいったわ! 急いでお兄様とロジャーに連絡しないと!
ラブは淑女らしく微笑んでいたが、心の中では腹黒く微笑んでいた。





