698 ラブのやり方(二)
「また、王太子殿下に寵愛されるリーナ様は、エルグラードで最高に幸せな女性だと思われなくてはいけません。いつも笑顔で幸せそう、羨ましい、素敵だと思われるようになるほど、王太子殿下や王家の権威は高まります。ですので、リーナ様の笑顔を消し、不安にさせ、王太子殿下と結婚できて幸せだという気分をぶち壊しにする無能な侍女は必要ありません! 王太子殿下と結婚したことでリーナ様は不幸になった、そう思われたら大問題になります! 王太子殿下は激怒されるでしょう!」
ラブはこぶしに力を入れて叫んだ。
「大体、侍女は教育官ではありません。リーナ様に注意をする権限はないのです!」
侍女がリーナに何かを言うのであれば、忠言あるいは助言になる。ただの注意は身分や立場をわきまえていない無礼な行為になる。
「忠言というのはまごころを込めてするもの。助言もまた、相手を助けるためにするものです。厳しくいうのは注意です。自分よりもはるかに上の者に対し、権限がないのに注意するのはとても無礼です。はい、すみません、わかりました、そうしますと思わせるのではなく、教えてくれて助かったわ、ありがとう、優しいのねと思わせるようなものでなければいけないということです。それができない侍女は優秀とはいえません!」
ラブの発言を聞いていた侍女達は表情を硬くしていた。
ラブの指摘が間違っているとは言えなかった。
そして、自分達のしてきたことを顧みると、間違っているということになり、優秀な侍女のすることではなかったことになると思った。
「リーナ様は侍女としての経験がございます。上司から何か言われるという経験があったかと思います。注意されることもあったのではないでしょうか?」
「沢山ありました」
「でしたら、同じような感じで何か言った侍女は全員無礼なことをしていると判断して下さい。侍女達はリーナ様の上司ではありません。むしろ、リーナ様の方が上司なのです。つまり、侍女達は自分達が下ということをわきまえず、上の者に平然と無礼を働いているということです。これを厳しく諫めるのは、上の者の仕事です。リーナ様は上司として、侍女達を諫めなくてはいけないのです。おわかりですね?」
リーナは少し考えるような素振りを見せた。
「……でも、王太子付きの者達の上司はクオン様です。私ではないので、私に命令権はないと思うのですが」
「いいえ。リーナ様が側妃になれば、王太子付き兼側妃付きの侍女になるはずです。つまり、侍女達の上司は王太子殿下とリーナ様のお二人になるのです。但し、王太子殿下の方が上です。リーナ様の命令に疑問を感じた場合は、王太子殿下に報告し、指示を仰ぐのが正しいでしょう。王太子付き侍女だからというだけで、リーナ様の命令を勝手に取り消すことはできません」
「なるほど」
リーナは自分も侍女として働いていただけに、命令に関してはしっかりと理解できていた。ラブの説明は正しいと納得する。
「今は婚約者ですが、婚姻までの間は様々なことに対する勉強をしなければなりません。側妃になるための勉強の中には、侍女達へどのように命令するか、侍女達のどのような点を注意し、反省させ、改めさせるかという部分も含まれているはず。遠慮なく命令するように発言してみて下さい。命令をするような練習をするのです」
リーナがおかしなこと、権限上無理なことを言えば、すぐに侍女達はそのことを伝えるか、王太子に伝えて確認した後で、無理だと報告してくる。
それを聞いて、リーナは自分の発言がどう処理されたのか、正しいのか間違いなのかなどを知ることができる。
そうやって練習しなければ、いつまでたっても適切に命令することができないまま、いきなり本当の命令をする立場になってしまう。
そうなれば、侍女達もリーナの命令を取り消しにくい。今の内だからこそ、遠慮なくお試し、練習として命令のような発言をする。
王太子付きの侍女達は基本的に優秀な者達ばかりであるため、ただの婚約者が勝手なことを言っていると判断することはない。側妃の要求としてどうかという観点から対応するだろうとラブは説明した。
「リーナ様には難しいことかもしれませんが、居心地のいい場所は基本的に誰かが考えて作って貰うものではなく、自分で考えて作るものです。王太子殿下は婚姻に備え、リーナ様の居心地がよくなるような場所になるように部屋や侍女達を揃えました。ですが、居心地がいいかどうかを判断するのはリーナ様です。よくないと思う部分は伝えて改善していかなければなりません」
「でも、ここは王宮です。私の一存で変えてしまうわけにはいきません」
「いいえ。それも間違いです!」
ラブはまたしても強い口調で断言した。
「ここは王宮ですが、リーナ様のお部屋です。王宮については変更できなくても、リーナ様のお部屋の中だけなら変更できます。この部屋は王太子妃の部屋でした。ところが、王太子殿下はご自分の部屋にしてしまいました」
いくら王太子が独身であっても、王太子妃の部屋をなくすのはおかしい。いずれは必要になると思うのが常識だ。
しかし、王太子は自分の権限を行使し、いない者の部屋は必要ないと言ってなくしてしまった。
常識的にはありえないことを、簡単に覆してしまったのだ。
「婚姻後は正式にここがリーナ様の部屋になります。ですので、いくらでもリーナ様の好きなように変更できます。部屋の間取りを変更するのは難しいかもしれませんが、内装の変更は普通にできます」
「それは大丈夫です」
「即答しないで下さい」
ラブは部屋を見渡すように頭を上に向けた。
「リーナ様、よく見て下さい。ここはどう見ても色合いがどちらかといえば男性用の部屋です。女性用の部屋らしくありません。第一王子の私室として改装されたからです。婚姻後はもっと女性的な部屋にすべきだと主張するのはとても自然なことです」
「別に嫌なわけではないので、このままでいいと思うのですが……」
「ですが、真珠の間の方が女性的で優しい雰囲気ですし、居心地よく感じるのではありませんか?」
ラブの質問にリーナはうつむいた。ラブの言う通りだった。
「本当は王宮の部屋こそ一番居心地がよくなるようにしなければならないのに、後宮の部屋に負けているというのは、それだけでありえないのです! 王宮の侍女も同じです。後宮の侍女の方が優しくて、リーナ様が自然と笑顔になれるように常に配慮しています。これでは王太子殿下がリーナ様を後宮に住まわせると判断してもおかしくありません。王宮や侍女がそれだけリーナ様にとっていい場所とは思っていない、後宮の方がいい、優れているということではありませんか。本当に残念ですわ」
ラブはわざとらしくため息をついた。
「ですが、大丈夫です。側妃ですので、後宮に住むのが当然と思う者達も多くいます。リーナ様は側妃で良かったのです。こんな味気のない男性的な部屋で、無表情の侍女達に囲まれていたら、ストレスが溜まりまくって不幸になってしまいます。健康にも悪いでしょう。ですので、私がもっと居心地のいい場所にお連れしたいと思っておりますのでご安心下さい」
リーナは眉をひそめた。
「それは……外出するということですか?」
「基本的にはそうですが、王宮敷地内です。リーナ様は王宮敷地内全ての庭園に行く許可を持っていますし、この間は購買部の視察に行かれたとか。是非ともその時のお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論です」
その後、リーナはクオンと共に王宮の購買部を巡るデートをしたという話をした。
後宮の購買部では高価なものばかりだったものの、王宮の購買部は良心的な価格、しかも、王宮でしか手に入らない限定品もあるとわかった。
「えっ?! ペンの検査試用品をゲットしたのですか?! 凄いですね!」
ラブはリーナに話を合わせた。
「やっぱり凄いことなのですね?」
「勿論です! 官僚以外でも手に入るのですが、本数限定なのですぐになくなってしまうのです! リーナ様はとてもお得な買い物をしたと思います!」
「でも、そのペンはクオン様が買って下さったのです。その場にいる者達全員が欲しがったので」
「よりお得です! 無料です!」
ラブはリーナの真似をした。
自分も同じように思っている、自分と似ているとわかれば、相手は安心する。好意を持つきっかけになる。
「そうですね。凄くお得というか、嬉しいプレゼントでした」
みんなに買ったわけだし、プレゼントって感じじゃないでしょ……リーナ様って本当に謙虚過ぎ! ありえないほどお得なのはリーナ様じゃなくて、リーナ様を恋人にした王太子の方よ!
ラブは心の中で叫んだが、表面上は微笑みを絶やさなかった。





