692 休憩
ゲームの後は休憩時間と称して様々な果物が用意された。
美味な果物の食べ放題とあって、リーナはまさに遠慮なく次から次へと果物を食べた。
「どれも美味しいです! これほど美味しい果物が、このような所で育てられているなんて思いませんでした。しかも、一種類ではなくて様々な種類があります。本当に凄いです! それだけ果樹園の方々が頑張って育てているということですね!」
果樹園があるところといえば、自然が豊かな場所を思い浮かべるのが普通だ。
しかし、王都は自然が豊かな場所ではない。緑はあるが、エルグラードで最も緑が少ないと言ってもよく、国内最大の都市だけに、建造物ばかりが立ち並ぶ場所だ。
その中で一つの町と言えるほどの面積があるものの、重要かつ巨大な宮殿がいくつもある王宮地区で、これほど美味な果物が栽培されていることをリーナは知らなかった。
様々な庭園があるとは思っていたものの、果樹園という存在を知ったこと、来ることができたことはとても幸運だったとリーナは思った。
果樹園の者達はリーナがとても喜んでいる様子を見て心から安堵した。
もし、ここでリーナが美味しくないといえば、果樹園の者達は処罰されかねない。
それどころか、果樹園の存亡にかかわる危機だ。
「お気に召していただけて何よりでございます。ですが、こちらの果樹園はただ美味しい果物を作るための場所ではありません。非常に重要な使命がございます」
「使命?」
リーナは果樹園の者の説明に興味を持った。
「さようでございます。ご説明してもよろしいでしょうか?」
「ぜひ聞きたいです」
リーナがそういったため、果樹園の者達はどうしてここに果樹園ができたのかを説明し始めた。
元々王都は今のように広くはなかった。そのため、王宮の敷地とされた一画には王宮で必要になる食料の一部が生産されていた。
これは王宮に王族や多くの人々が住むため、大量の食糧が必要になるという理由からだけではない。
作物がどのように育つかを見て、収穫量や税収等を予想するためでもあった。
「王族の方々は忙しいこともあり、距離が遠い果樹園や菜園といった場所にお見えになる機会はどんどん減っていきました。また、品種改良によって病害虫に強い品種が多くなり、収穫量や税収を予想するためというよりは、異国から持ち込んだ新しい食料等の栽培が可能かどうかといったことを重視されるようになりました。」
農作物の試験場は他にもあるが、異国の珍しい植物等はまず国王に献上されるというのもあり、王宮敷地内の一角にある果樹園や菜園等を利用して、様々な植物が育てられた。
風土に合う安全性の高いものはエルグラード国内での栽培を許可し、毒素などが含まれるようなものは栽培や輸入の禁止をする。その判断の元になるのが、この果樹園や菜園が担う重要な役目の一つだった。
「王都内における不動産価格が高騰する中、果樹園や菜園等は必要ないのではないかという意見もあると聞きます。そればかりか、王宮敷地内にある森や庭園なども縮小してはどうかという者もいるとか。私達は果樹園の管理をすることしかわかりませんので、そのような意見が正しいのかどうかはわかりません。ですが、この果樹園はエルグラード国内にある膨大な数の果樹園と同じように美味な果物を作っているわけではありません。そのことをぜひともご理解いただきたく存じます」
今の時代、果樹園に王族が来ることはほとんどない。
現国王も王太子も、そればかりか王子達も全員、果樹園に関心を持っていない。
そのことは果樹園の者達が一番知っており、実感していた。
だからこそ、今回、王太子や王子達がただの果物狩りとはいえ、来訪するのは大きなチャンスだと感じた。
そこで、果樹園の者達は話合い、状況によってはこの果樹園の存在する意義について説明できればと考えていた。
しかし、果樹園の者の説明を聞いたクオン達は表情を曇らせた。
というのも、今回は果樹園を視察に来たわけではない。休日を楽しみに来たからだった。
リーナは果樹園に行って美味な果物を味わえることを楽しみにしていた。だというのに、この果樹園は美味な果物を作る場所ではないと説明するのは、リーナの行動を否定することにもつながりかねない。
外出先で楽しみたいという気分に水を注すことになると思われた。
「そうですか……」
リーナは表情を曇らせた。
ああ、やはり……。
クオン達は心の中でそう思った瞬間、リーナは果樹園の者に話しかけた。
「私、どうして王宮敷地内に果樹園があるのか疑問に思っていたのです。なので、説明して貰えて良かったです。最初の説明ではどういった果物が栽培されているかというお話だったので、果樹園がここにある理由はわからないままでした。私が勉強不足なだけで、他の方達は全員知っているのだろうと思って落ち込んでいたところです」
リーナはずっと楽しそうに見えた。美味しい果物を早く、沢山食べたいと思っているように見えたものの、それだけではなかったのだと全員が知ることになった。
「正直に言うと、果物や野菜は傷みやすいので、遠くの場所でとても美味しいものができても、運んでくる途中で駄目になってしまうので、王宮のすぐ側で作っているのではないかと思っていました」
「それもこの果樹園や菜園がある理由の一つでございます。非常に傷みやすく輸送に向かないようなものでも、こちらで栽培すれば新鮮なものが手に入ります」
リーナは嬉しそうな表情になった。
「では、全く見当はずれというわけではなかったのですね?」
「勿論です。ですが、大量に栽培しているわけではありません。こちらは果樹園としてはとても小規模な敷地しかありません。その中で多くの品種を育てていますので、一種類だけを大量に生産することはできません。そこで、鮮度が保てる時間や距離、輸送方法についても検討し、農務省や国土省のお役に立ちたいと考えております」
リーナは眉をひそめた。
「それは、ここから王宮へ運んで傷んでいないか調べるということでしょうか?」
「非常に簡単に言いますと、その通りです」
「でも、ここはかなり近い場所ですよね? そこから運んで駄目だったらどうするのですか?」
「その場合は、どうしたら大丈夫になるのかということを検討します。また、距離に関してもここから王宮への一往復だけでなく、何往復もすることで、数時間、半日、一日、数日かけての輸送を調べることもございます」
リーナは眉間の皺を深くした。
「どうしてここでするのですか? 実際に遠くから運んでみる方が、より本当のことがわかるのではありませんか?」
果樹園の者は頷いた。
「遠方で実際に栽培されているものであればそうかもしれません。ですが、これから栽培されるものに関しては難しいでしょう。また、実際に試すと問題が起きやすく、安全度も下がります。例えばですが、運ぶ途中で強盗にあってしまうと、荷物が盗まれてしまうかもしれませんし、試験のデータもわからなくなってしまいます。またやり直しになれば、費用も日数もかかります。王宮敷地内ですと強盗は出ません。安全に試験ができるというわけです」
「凄く考えられているのですね……驚きました!」
「今はエルグラード国内の街道が整備されており、他国からの輸入物も年々増えております。特に珍しいものは身分の高い方々や裕福な者達の興味を引きます。ですが、遠方より届く食品には注意が必要です。当然のことですが、食品は傷みやすいのが普通だからです」
エルグラード国内であっても端の領地から王都に食品を運ぶのは日数がかかる。他国からであればそれ以上にかかるかもしれない。
普通に考えれば食品は傷むに決まっている。しかし、適切な方法であれば痛まない。そう考えることもできるが、そうとはいえないこともある。
「中には違法な殺虫剤や防腐剤等を使用している場合もあります。勿論、そういった食品は有害です。高貴な方々の口にお届けするわけにはいきません。そういったことも調べるようなこともしております」
「……ちょっと怖いです。遠くから運ばれてくる食品は、もしかすると有害かもしれないわけですね?」
果樹園の者は首を横に振った。
「ご心配には及びません。王宮で取り扱っている食品は全て検査され、安全が確認されているものばかりになります。こちらで調べているのですが、他にも王立大学の農学部、地方にある施設、果樹園等様々な場所で品質検査等を行い、情報を集めて精査しております。王宮に住む者は例え召使であっても、エルグラードで最も安全であると確認された食料品ばかりを口にしております」
「そうでしたか! それを聞いて安心しました。今日はここへ来て良かったです。美味な果物を味わうことができるという以上のことを得られました。それは知識であり、安心です。王宮の食べ物が安全だとわかって良かったです」
リーナは微笑んだ。
「教えてくれてありがとうございます。そして、これからも王宮の食べ物が安全であり続けるように、お仕事を頑張って下さい」
「はい。全力で安全で美味しいものを高貴な方々に届けることができるように、ひいてはエルグラード国民にも届けられるように真摯に励みたく存じます」
リーナはクオンにも笑みを向けた。
「クオン様、果樹園に連れて来て下さってありがとうございます。これほど楽しく美味しく勉強できるなんて思いませんでした。今度はもう少し勉強してから来たいと思うのですが、クオン様もよろしければ一緒に来て下さいませんか?」
クオンは眉を上げた。
「私と来たいのか?」
「はい。今度はクオン様と二人だけで果物を選ぶ勝負をしたいのです。私とクオン様のブドウはどちらも評価は二でした。努力すれば勝てそうな気がします」
あまりにも素直過ぎる言葉に、クオンはただ純粋に驚いた。
「……負けない。次は時間をかけてゆっくり選ぶ」
「でしたら、クオン様の隣のブドウを選んでみるのも面白いですね。もしかすると、甲乙つけがたいかもしれません」
「真逆のものを取りに行かないのか?」
クオンはリーナが東側のブドウではなく、西側のブドウを採りに行ったために尋ねた。
「それだとどれにしようか選ぶのを一緒に楽しめません。今回はラブと一緒に選んだのですけど、色々なお話が聞けて楽しかったです。仲良くもなれました。なので、今度はクオン様と一緒に選ぶのを楽しみたいです。二人だけで来れば、絶対にペアになれますよね?」
「……その通りだ。今度は二人だけで来よう」
クオンは笑みを浮かべると、リーナを抱きしめた。
良かった……。
クオンの笑みを見たリーナは安堵した。
今日は休日。デートができるというのに、クオンの表情は晴れやかではなかった。
その理由は一つしかない。結婚式の延期だった。
ごめんなさい、クオン様。でも、私は延期になって良かったです。もう少しだけ時間を下さい。自信がないまま、気持ちだけが置いてきぼりにならないように……。
リーナは心の中でそう思いながら、クオンにそっと寄り添った。





