69 本当はリリーナ
「他にも何かあるか?」
「今更なのですが……」
リーナは思い切って伝えることにした。
「私の名前はリーナではないです」
「何だと!」
ロジャーにとって、完全に想定外の告白だった。
「家名と同じく、別の名前なのか?」
「本当の名前はリリーナです。孤児院には私以外にもリリーナという孤児がいました。同じ年齢だったので私はリーナ、もう一人はリリーと呼び分けられていました。そのせいで、リーナとして国民登録されてしまったのです」
ロジャーは信じられないというような表情になった。
「捨て子の場合は無料で国民登録ができるのですが、間違いを修正するには改名と同じくお金がかかります」
孤児院がその費用を負担することはない。自分で負担するしかなかった。
「私にはお金がありませんでした。なので、リーナという名前のままになりました」
「孤児院はお前の名前がリリーナだと知っていたのだな?」
「はい。でも、大した違いはないと言われました。リリーナの愛称はリーナだからと」
ロジャーは大違いだと思った。
リーナとリリーナでは全然違う。
愛称として単に呼ぶだけならともかく、本名がリーナとリリーナでは別人になってしまう。
「こういった手違いはよくあるらしいので、諦めるように言われました。私と同じ名前だったリリーナも、リリーと呼ばれていたせいでリリーの登録になってしまいました」
孤児院にいる孤児には本名と国民登録の名前が少しだけ違っている者が多くいた。
国民登録をする担当者がミスをするのはよくあること、仕方がないと説明された。
怪し過ぎるだろう……。
ロジャーはこの件についても何かありそうだと感じた。
一人だけ間違えてしまったわけではない。他にも本名とは違う名前で登録されてしまった者が複数いる。
国民登録の不正取得を孤児院が率先して行っていた。あるいは国民登録の担当者が行っていた可能性があった。
「この件は私の方で少し調べる。誰にも言うな。お前の本当の素性が明らかになると、問題になってしまう可能性がある。命にかかわるかもしれない」
「命に?」
リーナは驚いた。
「どうしてですか?」
「あくまでも推測ではあるが、両親の財産が問題かもしれない」
両親が死亡した場合は子供が財産を受け継ぐ。
リーナの場合は一人娘であるため、両親の全財産を受け継ぐことになる。
生活していけるだけの財産がある場合は、親族あるいは成人者が後見人になり、リーナが成人するまで保護しながら財産管理をする。
リーナが孤児院に入ることはできない。
ところが、リーナは両親が死んだという理由で孤児院に入った。
裕福な生活をしていたのであれば、財産はどうしたのかと普通は思う。
「両親の財産を何者かに奪われた可能性がある。そのせいで孤児院に入ることになったのかもしれない」
「そんな……」
「ただ、相応の理由がある可能性もある」
両親が多額の借金をしている場合は、屋敷も財産も返済するために取られてしまう。
その結果、リーナが生活していくための財産がなくなり、孤児院に入れられたのかもしれない。
「七歳では両親の金銭事情を知らなくても普通だ。借金の返済で全てなくなったと説明しても仕方がないと思われた可能性もある」
「なるほど」
「私の方で調べてみるが、時間がかかる。犯罪行為が関係している可能性もありえる。その場合は犯罪行為を隠すため、お前の命を奪おうとするかもしれない。だからこそ、誰にも言うなと言ったのだ。わかるな?」
「わかりますけれど……」
あまりにも突拍子もない話過ぎて、リーナは混乱した。
「私は第二王子の側近だ。任せておけばいい。黙って大人しくしていろ」
「……はい」
「もし誰かにこのことを伝えた場合、お前に関する調査はあえて打ち切り見捨てる。信用できない者に益を与えるほど私は愚かではない。むしろ、私とつながりがあるとわかってしまう方が不味い。口封じも考えなくてはならない」
リーナの表情がさっと変わる。自然と体が震えた。
「あくまでも最悪の場合だ」
リーナの反応を見たロジャーは脅しが効きすぎたと判断した。
大人しく素直すぎる性格のためだろうとも。
「お前は簡単に他人を信用してしまいそうだ。あえて厳しく注意しただけだ」
ロジャーは厳しい表情でリーナを見つめた。
「どんなに信用できそうな者でも簡単に信じるな。優しい言葉に騙されるな。後宮や王宮にいる者は嘘つきばかりだ。愛の告白は無視しろ。借金だらけの召使いに好意を抱くわけがない。全部嘘だ。女性を騙す狡猾な者だと思え。そのような者がいたら私に報告しろ。いいな?」
リーナは黙ってうつむいた。
パスカル様は……嘘をついているの?
リーナはどこにでもいる平凡な召使い。身分の高い者の目に留まることはない。
でも、パスカル様は優しいからこそ、優しい嘘をついたのかもしれない……。
リーナが安心でするように。少しでも希望が持てるように。
期待をしてはいけないということはわかっている。幸せになれるように助力すると言われたが、はっきりと何かを保障してくれるわけではない。
それでも嬉しかった。それだけで十分だった。
リーナは優しさが欲しかった。
「お前は私のことをよく知らない。だというのに、自分の出自や経歴を事細かに話した。個人情報をあっさりと全て白状してしまったということだ。本当は良くない。軽率だ」
リーナはますます体を縮こまらせた。
その様子がすっかり怯えてしまっている小動物のようだとロジャーは感じた。
素直過ぎて言葉も扱いも難しいとも。
「怖がらせるつもりはない。気をつけろと言いたかった。取りあえず、菓子でも食べろ。気分転換になる」
ロジャーは起動修正した。
菓子を薦め、状況を改善しようと考えた。
「早く食べろ」
「……はい」
リーナはお菓子を食べることにした。
食欲はなかったが、第二王子の側近の言葉に従わないわけにはいかないと思った。
「美味しいか?」
「美味しいです」
「この菓子は外部の者に出されるものだ。ただの美味しい菓子ということではない」
ロジャーは多くの知識を持っており、菓子についても詳しかった。
クッキー、チョコレート、お茶の知識を披露した。
「男性でも菓子や茶に詳しい者もいる。本当に優秀な者はただ美味しい、どこの店のものがいいというだけの話では終わらせない」
リーナは凄いと思った。
ロジャーは世界中のことについて知っていそうだと感じた。
「ロジャー様はまるで辞書のようです!」
褒め言葉のつもりであることはわかるが、素直に喜びにくい。独特な表現だとロジャーは思った。
「ずいぶん遅い時間になってしまった。本来であれば、部屋まで送るのが礼儀だが、お前と会ったことは秘密にしなければならない。一人で部屋に戻れるな?」
「はい。大丈夫です」
「私はもう少しこの部屋にいる。帰る途中に不審者に遭遇した場合はここへ逃げて来い。助けてやる。最近、剣術の腕前を披露する機会がない。複数でも一人残らず血祭りにあげてやる」
リーナはさっと表情を変える。
ロジャーはまたしても軌道修正の必要性を感じた。
「冗談だ。遅い時間だけに女性の一人歩きは危ないと言いたかった。用心しながら戻れ」
「はい」
どうやら心配してくれたようだとリーナは思った。
「ロジャー様、お菓子とお茶をごちそうさまでした。美味しかったです。お菓子やお茶のお話も楽しかったです。とても勉強になりました。ありがとうございました」
「行け」
「はい。失礼いたします」
リーナは深々と頭を下げ、部屋を退出した。
急いで自分の部屋に戻る。
良かった。無事戻れた……。
大きく息をついた後、リーナはベッドに倒れ込んだ。
どうなることかと思ったが、驚きの内容だった。
正直、よくわからない。いろいろあったとしか言いようがない。
冷静になるほど、ロジャーが自分を妻の候補にするという発言はおかしいと感じた。
それこそ冗談、リーナの情報を知りたかっただけかもしれないと思った。
どうしよう。パスカル様に伝えるかどうか考えないと……。
結局、リーナは伝えないことにした。
ロジャーに口止めされたからでもあるが、リーナも自分の過去について知りたかった。
お父様とお母様のことがわかりますように……。
そう願いながら、リーナは深い眠りについた。





