688 リーナとラブの話(一)
「期待してくれるのは嬉しいけど、まあ、無理。私、不真面目だから。むしろ、困るわ。真面目になれって言われてもね。一日だけならなれるかもしれないけど、一生なんて絶対無理。自分を誤魔化して生きたくない」
「そうですか。だったら」
駄目ですね。不真面目なのがいけないわけですし。
ラブはそう言われると思った。
「真面目でいて欲しいと思う人の前だけ、真面目にすればいいのでは? 不真面目でもいいって人の前では不真面目にするとか」
ラブは思わず頭を上げ、まじまじとリーナを見つめた。
「そんなこと言っていいの?」
「人生は長いです。ずっと真面目でいるのが疲れてしまうこともあります。誰だって不真面目な時があるはずです。私だってあります」
「えっ、あるの?!」
ラブは意外だと思った。それこそ心の奥底から。
リーナはどう考えても真面目中の真面目人間にしか見えなかった。
「あります。本当は疲れてソファにごろごろしたいと思うこともありますけど、侍女がいるとできません。なので、不真面目なのは駄目だと思って、姿勢を正して座ります。王太子殿下の妻が、みっともない姿をさらすわけにはいきません」
「それ、公的な場所じゃなくて自室でしょ? 別にいいんじゃないの? そのための自室でしょ? 侍女なんか気にしなくていいのよ。あんなの空気だから」
「空気は注意してきません。大丈夫なことなら侍女達も何も言わないと思います。でも、注意するということは、駄目だということです」
ラブは理解した。
リーナは王宮で過ごしている。世話をするのは王太子付きのお堅い侍女達ばかりだ。そのせいで自分の部屋でもくつろげない。
お堅い侍女達はソファでゴロゴロすることを許さず、姿勢を正して美しく座るように、礼儀正しくするように注意してくる。
恐らくは婚約者及び側妃教育の一環だ。
最初は厳しくする。自然と生活に慣れればだらける、手を抜こうとすると思っている。
公的な場所でつい乱れた姿勢で過ごされると困るため、普段の生活から習慣づけ、負担に思わないようにするつもりかもしれない。理由は様々に考えられる。
真面目なリーナはしっかりと侍女達の注意と期待に応えている。いいことだ。しかし、可哀想だとラブは思った。
自分の部屋でくつろげないなら、それは自分の部屋じゃないわ! 一生、くつろげないまま過ごすなんて絶対無理! 窒息しちゃうわ!
それが、ラブの揺るぎない判断だった。
「駄目よ! 自分の部屋ではくつろぐのが普通なの! 侍女達が間違っているのよ! リーナ様の方が偉いんだから、逆に侍女達を注意すればいいわ!」
「できません。侍女達は正しいと思います」
真面目なリーナだからこその答えだ。ラブにはわかる。そう思うことが。
「だったら侍女を部屋から出せばいいわよ。一人になればくつろげるでしょ?」
「そうですね。でも、王族の婚約者や側妃には常に誰かがついていないと困る、駄目だと言われました。安全確保のためです。なので、なかなか一人になれません。用事を言いつけてもすぐに戻ってきます。でも、それでいいんです。それが侍女の仕事です。私は侍女だったからわかります。それらは全て、皆が真面目に働いている証拠なのです。なのに、それでは駄目だなんて注意できるわけがありません。そんなことをする私の方が駄目なのです」
駄目だわ。優し過ぎる。自分が辛くても、他人を庇ってしまう。それに、リーナの考え方も正しい。否定できない。
普通ならそこでラブは諦める。面倒くさい。勝手にすればいいと思う。人それぞれだと。
だが、今は違った。リーナがこのまま頑張り過ぎて窒息してしまったら駄目だと思った。
不幸になる。いや、今がまさに不幸だ。誰もリーナが辛いことに気づかない。助けようとしていない。リーナ自身でさえも。
仕事ばかりの王太子ではリーナを幸せにできない。
ラブの苛立ちが募る。
ラブの侍女達もうるさかった。両親も。だが、ラブは負けなかった。外出することにしたのだ。
そして、できるだけ遅く帰る。朝帰りだ。そうすることで、ウェストランドの生活に窒息しなくて済むようにした。
両親や祖父母を見習っているだけだと主張したら、誰も外出を止めなくなった。
兄は元々止めていない。自分もウェストランドの屋敷にいたくないからだ。未成年でお金を自由に使えないラブのことを考え、何かと小遣いをくれた。
それはラブにとってただの小遣いではなかった。ウェストランドから自由になるための、本当の自分の気持ちを守るために必要なものだった。
だからこそ、ラブは兄が好きなのだ。本当に自分のことを理解してくれる家族として。
でも、リーナも私のことを理解してくれる。きっとそう。絶対そう!
ラブはそう思った。
「じゃあ、不真面目仲間にならない? リーナ様の前では不真面目になるわ」
「えっ?!」
「それと、私と一緒に遊びに行けばいいわよ! お堅い侍女がいない所へ! そうすればもっとくつろげるわ!」
リーナはすぐに首を横に振った。
「それは駄目です。むしろ、ラブこそ真面目仲間になりませんか?」
ラブは馬鹿ではない。それが正しいのはわかる。だが、受け入れたくない。
しかし、答えは違った。馬鹿ではなく利口だからこそ。
「わかったわ。じゃあ、私が真面目でいられるように一緒に過ごしましょ!」
友達にはなれない。だが、真面目仲間ならなれる。そうすることで、リーナと過ごすという目的が達成できることにラブは目をつけた。
「そうですね。一緒に勉強しましょう。平日は勉強していますが、ラブは学校があるはずです。だから、週末に一緒に勉強しましょう」
耳を澄ませていた護衛騎士達は止めたくなった。週末は王太子と一緒に過ごす日ではないのかと。
だが、言えない。発言権はない。任務は護衛である。話し相手ではない。
「そうするわ。土日は王宮に行って一緒に勉強することにするわ。でも、毎週は無理かも。社交グループとかの活動があるのよ」
「あっ!」
リーナは思い出した。社交グループのことを。
「ラブは社交グループに入っているわけですね?」
「入っているわよ。月明会もそうだし」
「それです! 一緒に社交グループで過ごすのはどうですか? 社交の勉強ができます! この間も一緒に王立歌劇場に行きました。あの時のように色々と教えてくれると助かります!」
「名案だわ!」
ラブは叫んだ。確かにそれなら一緒に過ごせる。社交の勉強なら問題ない。はっきりいって、遊ぶための勉強だ。チョロいと思った。
「もしかして、社交グループに入るって話が出ているの?」
「実は悩んでいるのです。社交グループに入って勉強するとしても、側妃に相応しいグループでないと入れないのです。でも、驚くほどお金がかかるとわかって……勉強は大事ですけれど、お金がかかりすぎるのもどうかと思うのです。ただでさえ、贅沢な生活をしているのでお金がかかっていますし……」
王太子の側妃になるんだから、お金の心配をすることないのに。
しかし、浪費はよくない。リーナのように謙虚で慎ましいことが悪いわけではない。むしろ、そういう女性だからこそ、王太子が選んだのだろうとラブは思った。
そして、ラブも自分で自由になるお金がふんだんにあるわけではない。未成年のため、有限だ。社交グループに参加するためといった理由をつけて両親から貰っているのと、兄からの小遣いに頼っているのが現状だった。
「わかるわ。お金は無限じゃないものね。誰だって少ない予算で催しができるならいいと思っているわ」
「そうです。お金は大切に使わないといけません」
ラブは頷いた。共感ができた。本当に自由になるお金が少ないからこそ。
「何気に催し関係の知識とか経験については、結構勉強しているのよ。正直に言うと、才能があると思うわ。だから、月明会でも色々動いたしね。私は物品及び飲食物関連担当だったのよね。うちがホテルをやってるからお手のものなのよ。王立歌劇場の物品と飲食関係を支えているのもウェストランドなんだから! リーナが何かを主催する時だって、必ず力になれるわ!」
「心強いです!」
「社交グループについても色々知っているから、相談に乗るわよ? 私は結構掛け持ちしているから事情通だし。勧誘や招待状はかなり来てるでしょ?」
「青玉会の昼食会に招待されて行きました。色々勉強になったのですが、正直会費が高いと思って……」
「あそこは特別高いわよ。でも、その位のところじゃないと側妃に相応しい社交グループってならないかもね」
「そうですか……」
「青玉会に入れるのは凄いことだけど、嫌なの?」
リーナは思い切って話すことにした。





