683 結局のところ
二十二時を少し過ぎた頃、慌ててベルは戻って来た。
「ごめんなさい! お待たせ!」
「遅いなあ。最終は二十二時って言ってたよね?」
すぐにヘンデルが厳しい口調で注意する。
「置いて行ってくれても良かったのに」
全員が一緒に帰らなければならないわけでもない。二十二時になってベルが戻らないため、先に帰ることを言づけ、王宮に戻ることもできた。
だが、思わぬ出し物があったことからベルを心配し、可能な限りベルが戻って来るのを待ちたいというリーナの希望を尊重することになった。
勿論、ベルのことを心配していたのはリーナだけではない。全員である。
「シャペルとはどうなったのよ?」
早速ラブが尋ねるが、ベルは約束の時間が過ぎていることからすぐに馬車に乗ることを提案した。
ラブは馬車の中だからこそ、もう一度どうなったのかを尋ねた。
様々な感情が込められている視線に耐え切れず、ベルは白状した。
「……シャペルも途中から知らない状況になって、名前が呼ばれて動揺してしまったらしいわ。咄嗟にうまく対応できなかったって謝罪されたわ」
「じゃあ、告白は本物ってこと?」
「そうみたい。控室でもう一度、結婚を前提に付き合って欲しいって言われたわ」
「やっぱりあれは本当だったのね!」
ラブは大興奮して続きを促した。
「それで?!」
「勿論、断ったわよ」
「えー、せっかくシャペルが勇気出したのに。いきなり結婚するのはともかく、ちょっと付き合う位はいいんじゃないの? お互いフリーでしょ?」
ベルは首を横に振った。
「みんなにもそう言われたけれど、無理だって断ったわ。でも、アドレスカードには記入してあげてって懇願されて……仕方ないから書いたわ。それで終わり!」
説明が終わると、すぐにカミーラの発言が続いた。
「アドレスカードに書いたのは失敗です。デートに誘ってもいいということになります。そのような誤解を受けないように、しっかりと断るべきでした」
「でも、みんなに言われたら断れないわ。グループをやめたくないし」
「あんなことをされてまで、グループにいたいのですか? 何も言わずにベルを騙すようなことをしたのです。しかも、大勢の前であんなことをすれば、今後に影響が出るのは確実です。外堀から埋めようとしたのではありませんか?」
「シャペルは本当に知らなかったらしいわ。単純に婚活ブームに便乗させて、二蝶会の催しに大勢の参加者を募ろうという感じだったらしくて……自分のせいで私にも周囲にも迷惑をかけたから、責任を取って黒蝶会をやめるといっていたわ。最近は官僚の仕事が忙しくて、幽霊部員になりそうだったから丁度いいって」
「そうですか」
「それにノースランド子爵も計画に加わっていたでしょう? 今、第二王子はあちこちで縁談をまとめるキューピッド役をしているわ。周囲にいる者達にも相手を探せ、気になる女性がいるなら告白するようにとは言われていたらしいのよね……でも、誤魔化していたら強制イベントが発生したってわけ。だから、便乗して了承してくれたらって思ったのは事実みたい」
ベルは盛大なため息をついた。
まさか、婚活ブームがこのような形で自分に影響するとは思ってもみなかったというのが本音だった。
ヘンデルやパスカルは第二王子が自分への縁談を持って来るのではないかと警戒し、王太子の方から第二王子に直接話をしてもらっていた。
しかし、あくまでも自分だけの話であって、他は違う。
ヘンデルは今回の件で妹達が面倒な者達に狙われているだけでなく、強制イベントが発生する可能性もあるということを実感した。
ベルは状況に流されなかったが、あれほどの状況であれば、大抵の者は流される。少なくとも、ここでは断れないと思って受けてしまうと思われた。
多くの証人がいると、一度受けてしまったことを簡単に覆すのは難しい。すぐに覆せば、評判が悪くなるに決まっている。面倒なことになるのは必至で、事を荒立てないようにするほど、相手に都合よくなってしまう可能性もある。
パスカルもまたマリウスやダウンリー男爵家のジリアン、そして、リーナの婚約に合わせて急きょ婚姻無効を国王に申し立てて独身に戻った父親のことを懸念した。
第二王子から縁談を薦められてはたまらない。
「みんなシャペルが振られるだろうと予想していたみたいなの。でも、ちゃんと失恋すれば、それで前に進めるようになるだろうって思ったらしいわ。シャペルのためにしたというのよ。でも、ダンスが好きな者同士だから丁度いいとか、年齢的にも結婚した方がいいとか、お試しでも付き合ってみたらどうかって思っているメンバーも多かったみたい。それで、こんな感じになっちゃったのよ。仮面を被ったままなら、あくまで出し物ってことでいけると思ったらしいわ」
「全然よくない」
ヘンデルが言った。
「お兄ちゃんとしては感心しないなあ。それに、シャペルは結構遊んでいるよ? 付き合っていた女性も適度に取り替えていたし、店遊びも派手にしている」
「そうです。ベルを一途に想い続けてきたわけではありません」
「私もそれは知っているわ。真剣に考え始めたのは一緒にカドリーユを踊ったことがきっかけみたい」
「ふーん。じゃあ、結構最近なのね」
「それまでは二蝶会のメンバーの一人って感じで、お兄様のことを考えると近寄りにくい相手だと思っていたらしいわ。それから、醜聞沙汰にはならないように手は打ってあるらしいわ。三部の出し物は前座扱いで、四部の終わりに告知していないイベントがあるんですって。また公開告白があるらしいわ」
「えっ?! そうなの?!」
ラブは目を輝かせた。
「もしかして、また本人達には何も知らせていないの?!」
「それは必ずハッピーエンドなの。二蝶会のメンバーで付き合っている者達がいるのよ。今夜、ようやく結婚の申し込みをするみたい」
「じゃあ、最後はハッピーエンドで終わるようになっているわけね」
「そういうこと。白蝶会には他にもベルという愛称の子が何人もいるの。三部の出し物で自分の恋人が他の男性から誘われたり告白されたりしたのかもって動揺してしまった、だからもう結婚しようって感じになるみたい。私とシャペルのことはあくまでも本物のプロポーズにつなげるための出し物として扱われるから大丈夫ですって」
「じゃあ、シャペルの失恋話は表向きにならないわけね?」
「そうよ。だから、絶対に言わないでね。特にラブは!」
「言われなくてもわかっているわよ!」
「とにかく、凄く疲れたわ。わかるでしょう? だから、この話題はこれでおしまいにして頂戴。それよりも、私はお兄様やカミーラがどうだったのかを知りたいわ」
「あっ! それ聞きたい!」
ラブは早速新しい話題に飛びついたが、ヘンデルはにこやかに受け流した。
「ここで話す意味、全くないし? それに、カミーラのことは後でベルだけに話があるんじゃないかなあ。シャルゴットの話だけに、この話もここまでね。それより、俺はパスカルの方が気になるなあ。なかなか戻ってこなかったよね? 物凄いアピールにあって大変だった?」
ヘンデルの話題にまたもやラブが飛びついた。
「それも気になるわね!」
パスカルは話題の強制変更に苦笑した。
しかし、ここでシャルゴットの話題に戻すわけにはいかないと感じ、自らの話題を受け入れた。
「いつもよりは確かに強気な者が多かったと思います。後半は仮面をつけている意味がなかったように思います。ヘンデルのせいでもありますが」
「いやいや。俺が呼びかける前からバレバレだったよね?」
「一緒のボックスにいた者についても聞かれました。答えてはいませんが、わかってしまうと思います。仮面をつけていたので、断定はできません。推測でしかないことから、二蝶会方面から情報が洩れなければ大丈夫ではないかと思います」
「リーナ様が来るとは言ってないわよ。でも、王太子府とか第一王子騎士団の者達がチケットを沢山買ったから、それでわかってしまったかもしれないわ」
「それにしても、婚活ブームマジヤバいわ。どうせ忙しいのもあるけど、社交は当分しない。パスカルも気を付けた方がいい。問題が起きると困る」
「そうですね。重要な予定が入っていますので、社交は可能な限り控えます」
「ローワガルンのって、別に催しはしないよね?」
デーウェンに続き、ローワガルンとの交渉が九月に予定されていたものの、王太子の婚姻のこともあって十月に延期されていた。
「あれは官僚レベルですので、大掛かりな催しは必要ありません。外務省が何か言ってきても、この時期に大掛かりな予定を入れるのは難しいでしょう」
「婚姻が延期になったのに、王太子が大掛かりな夜会などに出席するのはよくないからなあ。秋の大夜会まではね」
「恐らくは外務省内部の夜会か晩餐会にしてくると思います」
「でも、王太子府から誰か出さないといけないよね?」
「ヘンデルが行けばいいのでは?」
「パスカルが行かない?」
「すぐに押し付けるのは控えて下さい。第四王子関連の仕事もあります」
「外務省関係は考えるだけでも疲れるなあ」
結局、色々あったために全員が疲れたという話になり、王宮に戻るとすぐに解散し、ゆっくり休むことになった。





