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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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682 勇気を出して

 ベルも完全に固まっていた。このような形になるとは思っても見なかった。


 逃げたい! 今すぐに!


 しかし、その両腕はすぐ白蝶会の女性達によってがっしりと掴まれた。


「行かないと!」

「出番よ!」

「ど、どういうことなの?!」

「大丈夫よ。好きにしていいから!」

「そうそう!」

「遠慮しなくていいから!」

「がつんと言ってやって!」


 白蝶会の女性達はそう言いながらもベルを引きずるようにして前に連れ出し、シャペルの元に連れて行った。


「来たぞ。覚悟を決めろ」

「強制的過ぎる……」


 シャペルは大きく息を吸って吐いた。


 そして、非常に居心地の悪そうなベルの前に立った。


「こんなことになるなんて全然知らなくて……もしかして、知ってた?」

「手伝いがあるとは聞いていたけれど……それ以外は知らなかったわ」


 シャペルは困った表情をしつつ、誤魔化すように笑った。


「そうか。さすがにこの状況じゃ……ハードル高すぎるなあ」


 シャペルは盛大なため息をついた。


「でも、勇気を出すべき時が来たのかもしれない。だから、気持ちを伝えるよ。ベル、好きだ!」


 シャペルはやけくそではないかと思える位大きな声で叫んだ。


「楽しそうにダンスを踊るなあって思っていた。だから、一緒にいたら楽しそうだなって……今度ダンスに誘ってみようと思っていたのに、いざ夜会になると不安になった。断られるかもしれないと感じて、声をかけれなかった」


 気になる女性を見つけた。ダンスに誘おうと思った。しかし、無理だ。断られると思い、誘えなかった。


 よくあるパターンである。


「でも、みんなが勇気をくれた、背中を押してくれた。だから、今夜こそ言うよ。もう言ったけど。好きなんだ。だから……後でアドレスカードに記入して欲しい」


 そこで鋭く突っ込む者が続出した。男女共に。


「おい!」

「純情ぶるな!」

「住所知っているじゃない!」

「普通は踊って下さい、だろう!」

「そうだ! 普通はダンスカードの方だ!」

「違う! 駄目元で付き合って下さい、だろう!」

「違う違う! 結婚して下さい、だ!」

「そうだ!」

「歳を考えろ!」

「馬鹿か! これだけお膳立てさせておいて!」

「一生に一度の機会でしょ!」

「本気を出しなさいよ!」

「勇気を出せ!」

「愛を伝えるんだ!」

「お前、さっき愛する女性と結婚したいって言ったじゃないか!」


 シャペルは完全にやられたと思った。


 自分のセリフはこれを見越して割り振られたのだろうと思うしかない。


「……もう駄目だ。絶対無理! だけどっ!」


 シャペルは片膝をついた。


「ベル、結婚して下さい!!!」


 言った!!! 


 言ってしまった!!!


 誰もがそう思った。シャペル自身でさえ。


 多くの者達の視線がベルに集まった。その返事に期待する者達も大勢いた。


 しかし、これは全て仕組まれたこととはいえ、ハッピーエンドが確定していたわけではなかった。むしろ、バッドエンドの予想が濃厚だった。


 勿論、ベルの返事がどちらでもいいように、仕組んだ者達は考えている。


 そもそも、二人は仮面をつけている。素顔を晒してはいない。


 あくまでも出し物、余興の劇だと主張することが可能だった。


 しかし、できることならこのまま流されてくれ……そう思っているのも確かだった。


 ベルはすぐに答えなかった。さすがにこれほど多くの者達が見守る中で、公開告白されるとは思っても見なかった。


 そして、今夜の趣向を考えれば、ハッピーエンドがいい。期待されているのがわかる。


 しかし、無理だった。雰囲気に流されたくなかった。むしろ、騙されたと思った。


 怒りが込み上げる。


 ベルは正直に答えた。


「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい。突然そんなことを言われても困るわ」


 やっぱり。


 砕けたか。


 あーあ。


 多くの者達がそう思う中、ロジャーがポケットからカードを取り出した。


「お前のだ」


 差し出されたのはダンスカードだった。


 そこには第三部の一曲目にベルと書かれていた。


「ベルにダンスの許可を取っておいた。お前の代理ということは言わなかったが、了承してくれた」


 しまったとベルは思った。


 廊下で見回りをしていると多くの男性達に取り囲まれ、ダンスを申し込まれた。


 ベルは二蝶会の仮面を被っている関係者にはダンスを申し込めないルールだと言って断ったが、どうしてもと言ってきかなかった。


 このままでは困ると思っていたところにロジャーが来て、自分と踊る約束があるため諦めろと言い、男性達を追い払った。


 そのお礼に三部の出し物が終わった後、一曲目だけあぶれている男性の相手を務めるという形で踊ることを約束し、ロジャーのダンスカードに名前を書いたのだ。


 ロジャーのダンスカードはどこも未記入だっただけに、ダンスにあぶれている男性というのは決して間違いではないと自分に言い聞かせながら。


 今思えば、あれは仕組まれていたのだと思うしかない。


「ズルいわ!」

「よくある手法だ」


 ロジャーは冷静に答えた。


「さっさと受け取れ!」


 シャペルは立ち上がってダンスカードを受け取ると、ベルを見た。


「これ……見て」


 シャペルはダンスカードを見せた。


 そこにはベルの名前以外にも書いてあった。


 ロジャーがベルに名前を書かせた後、この計画をした二蝶会の者達が書き込んだのだ。


 ベル、お願いだ! 出し物として、シャペルと一曲踊ってやってくれ!


 今夜、みんなに勇気を出してダンスに誘うことを伝えたいの! お手本としてよろしくね!


 言っておくが、これはあくまで出し物だ。サポートする。大丈夫だ。


 でも、ダンス一曲位は踊りなさいってみんな思っているから!


 二蝶会の会長と副会長、黒蝶会の会長と白蝶会の会長の名前も書かれていた。


「……確かにベルの名前がある。でも、これは必要ない。気持ちだけを受け取ることにするよ」


 シャペルはダンスカードを二つに破り、ポケットにしまった。


「聞いて欲しい。ずっと……ダンスに誘いたいって思っていた。一緒に踊ったことはあるけど、自分から誘ったわけじゃない。だから、自分から誘いたいんだ。一回だけでいい。今夜、一緒に踊って欲しい。ベルと踊りたいんだ!!!」


 ただ、踊って欲しい。付き合うわけでも、結婚するわけでもない。


 簡単なことだった。


 しかし、ベルは断りたかった。


 いつもであれば断る。だが、状況が状況だった。


 ここで断れば、酷い女性だ、無慈悲だと思われるかもしれないという気持ちもあった。


 二蝶会にいられなくなる。勿論、白蝶会にも。それがたまらなく嫌だった。


「……いいわ。でも、一曲だけよ」

「ありがとう。ベルは優しい女性だ。それに誠実で、謙虚で、貞淑で、努力家で」


 それは寸劇のセリフと同じ内容だった。シャペルなりに出し物のように見せかけるための調整だ。


 しかし、人は千差万別だ。その心も。


 シャペルの気持ちはそれだけにとどまらなかった。


「明るくて、健康的で、ちょっと強気で意地っ張りなところも全部好きだ! ベルのダンスも好きだよ。生き生きとしていて、元気が出る。ベルが踊っているのを見るだけで嬉しくなる。一緒に踊れるのはもっと嬉しいよ! ようやく願いが叶った! 勇気を出して、自分からダンスに誘ったからだ!!!」


 シャペルは笑顔を振りまいた。


「今夜は舞踏会だ! 勇気を出して、素敵な女性をダンスに誘おう! そして、みんなで踊ろう!」

「その通りだ! 諸君、ダンスをしよう! 踊って踊って踊りまくろう!!!」


 拍手が鳴り始めた。これもサクラである。


 しかし、それに合わせて会場の者達も拍手をした。賛同するという意味に取ることができる。


 音楽が鳴り始めた。ワルツだ。


「実は凄く緊張している」


 シャペルは本音を呟いた。


「奇遇ね。私もよ」


 ベルも同じく。


 二人は組むと、音楽に合わせてワルツを踊り出した。その周囲で二蝶会の者達もまたペアになって踊り出す。


 ダンスフロアに他の者達も繰り出し、大勢の者達が一斉にワルツを踊り始めた。


 その光景を見ながら、リーナは大きな息をついた。


「びっくりしました……まさか、こんなことになるなんて……」


 告白された女性は仮面をつけていたが、間違いなくベルだった。遠目であっても、ドレスでわかってしまった。


「私もびっくりしたわ! 凄いわねえ、こんな大勢の前で告白しちゃうなんて! 私、ちょっとだけシャペルを見直したわ。でも、出し物ってことになっているから、全部そういうシナリオなのかも? これじゃ、断定はできないわね!」

「このような出し物は感心しません」


 カミーラは大事な妹が関わることだけにかなり苛立っていた。


「このことはすぐに社交界に広まります。新聞や雑誌に載るかもしれません。そうなれば、ベルの今後に悪い影響が出ます」

「それってシャペルを振っちゃったから?」


 ラブが尋ねる。


「そうです。下手をすると大醜聞です。伯爵家だけでなく公爵家の跡継ぎです。何もないわけがありません」

「えっ?!」


 今度はリーナが驚いた。


「シャペル様は公爵家の跡継ぎなのですか?」

「父親の跡継ぎだけど、母親の実家の跡継ぎでもあるのよ」


 ラブが答えた。


「母親はローゼンヌ公爵家の出自なの。今は伯父がローゼンヌ公爵だけど、娘しかいないのよね。でも、ローゼンヌ公爵位は男子継承だから、このままだとシャペルが受け継ぐわけ。父親からディーバレン伯爵位、伯父からローゼンヌ公爵位を貰えるわけよ」

「そうなのですね……」


 エルグラードは貴族の数が多い。


 リーナは貴族年鑑を見ながら覚えようとしたものの、公爵家だけでもかなりの数があるため、爵位名でさえ覚えきれていない。


 貴族達の縁戚関係についても同じく、全然頭に入っていなかった。


 記憶力は悪い方ではないと思いつつも、膨大な情報を一気に詰め込むのは無理だと感じ、長い時間をかけて蓄積していくしかないような気がしていた。


「ちなみに物凄いお金持ち。ディーバレン伯爵家の家業は銀行なのよ」

「銀行をしているなら、確かにお金がありそうです」

「しかも、ローゼンヌ公爵家の家業も銀行なのよね」

「えっ? だったらライバルということですか?」

「元々はそうだけど、政略結婚で結びついたの。今は協力し合っているわ。シャペルが両方の爵位を継いだら、銀行も一つに統合されるんじゃないかって言われているのよ。なので、他の銀行とかが嫌がってて、ローゼンヌ公爵位はシャペルじゃなくて娘に継がせるべきだとか言っているらしいわね。国王の許可さえあれば可能だし」

「女性当主になるということですか?」

「そう。あるいは娘の産んだ息子を跡継ぎにするとか、血筋の遠い血族の男性を跡継ぎにするとか、色々な方法はあるのよ。ただ、シャペルが両方受け継いで、二つの銀行を統合して巨大銀行にした方が潰れなくて安心かもね」

「お金を預けている人はそうかもしれません」

「二蝶会って、主要取引銀行がディーバレンなのよ。たぶん、シャペルもその関係で黒蝶会に入ったんだろうけど、ベルに告白できなかったのも、もしかするとそのせいかもね。負担になるじゃない? 断ったらグループに居づらくなるし」

「可能性はあります」

「シャペルはベルに一途だったわけでもないし。春までは恋人もいたのよ」

「……よく知っていますね」

「お兄様が友人なんだし、当然でしょ? でも、いきなり告白するとはね。デーウェンでペアになったのは偶然だし、あの時はそんな感じなかったし、やっぱりただの出し物なのかも? 婚活ブームを取り入れて、こんな風に告白しようとか、ダンスに誘おうって感じなのかもね」

「それならばハッピーエンドにすべきでは? なぜ、バッドエンドにするのですか? 最後は踊るということで和解あるいは友人関係が続くことを示しても、会場の雰囲気が悪くなります」

「二人が本当に婚約したって思われないためじゃない? 出し物なのに、間違って本物扱いされたら困るし」

「それもそうですね」

「まあ、仮面被ったままだったし、大丈夫じゃない? あくまでもそういう役名の男女ってことになっているんじゃないの? ベルはドレスでわかったけれど、シャペルがディーバレン子爵かどうかはわからないし。髪色とか見た感じはそうかもって思うけど」

「うまくいけばそのまま、失敗すれば誤魔化すつもりだったのかもしれません」

「その可能性もあるわね」


 ワルツが終わる。会場に拍手が鳴り響いた。


 二蝶会の者が告げる。


「今夜は特別な機会です。どうか、勇気を出してください。気持ちが伝わらないかもしれません。叶わぬ想いもあるかもしれません。ですが、何もしないままでは始まらないのです。気持ちが伝わるかもしれません。叶う願いもあります。二蝶会は皆様に多くの機会を提供し、幸運を祈ります。では引き続き、ダンスをお楽しみ下さい!」


 拍手が起きる。


 音楽が演奏され、何事もなかったかのように人々はダンスを踊り出した。


 リーナは大きな息をついた。


 そして、ベルにどんな言葉をかければいいのかと感じ、悩むことになった。


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