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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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681 黒蝶会の出し物

 二部が終わった。


 ベルはまた仕事に戻るためにボックスを退出し、しばらくするとカミーラとヘンデルがそれぞれ戻って来た。


 バルコニーの方にいたパスカルは席を立ち、ヘンデルの側に寄ると早速文句を言った。


「なぜあのようなことを?」

「みんなやっているから?」


 会場からパスカルを呼んだ者の中にはヘンデルもいた。


「一応、俺も婚活しているし? パスカルに声をかけたおかげで若い女性達からのアピールが凄かった。主に、お友達になりたい系だけど」


 パスカル狙いの者は直接親しくなるのはハードルが高いと感じ、パスカルに声をかけた者に近づき親しくなる作戦に切り替えた。


 それを利用しようとする者達が続出し、若い女性だけでなく男性達も集まり、ボックス下はかなりの盛況ぶりだった。


「俺も結構有名なはずなんだけど、最近は忙しくて社交していないせいか、若い子達にはさっぱりなんだよねえ。名前ばっかり先行して顔が知られていないっていうか?」


 パスカルは冷たい視線で睨んだ。


「知り合いにも注意してきます。少しだけ席を外してもいいでしょうか?」

「おっけー。パスカルが戻るまで、ここは俺が守っておく」

「お願いします」


 ボックス席の利用券は占有しているが、用事があるふりをしてボックスに来る者もいる。


 ドアの外にはボックス席にいる者達の用事を伺う係員がおり、取次ぎはしないようにという希望を伝えてはいる。


 しかし、強引に部屋に入ろうとする者がいないとも限らないため、リーナの側には男性一名が待機することにしようとパスカルとヘンデルとで決めていたのだ。


「大丈夫。廊下とか付近には王太子府の者達がちらほらいるから」

「なるべく早く戻ります」


 パスカルがボックスを出て行くと、早速ヘンデルがぼやいた。


「パスカルが外に出るのは危険だと思うけどねえ。婚活ブームマジやばいわ。男女共に気合が入り過ぎてて、怖いぐらい積極的なんだよねえ」

「そうですね。強引な方がかなりいます。二蝶会の者達もできるだけ警備の支援に回っているようです。問題が起きているとさりげなく間に入り、仲裁するか別室に案内して騒ぎにならないようにしていました」

「後半ほど酒が入って来るから気をつけないと」

「リーナ様やラブは極力ボックスから出ない方がいいでしょう。化粧室に行くのであれば仕方がありませんが、早めがいいかもしれません」

「だったらそろそろ行っておく?」

「そうですね。今のうちに行っておきます」


 リーナとラブは第三部が始まる前に化粧室に行くことにした。


「二人は二蝶会の関係者の仮面をしているので、一般ではなく二蝶会専用の化粧室を使えます。その方が空いていると思うので案内します」

「俺もついて行く」


 ヘンデルがそう言ったが、カミーラは首を横に振った。


「廊下にいるクロイゼル様に頼みます。お兄様よりも護衛に関しては断然信頼できますので」

「……本職だし、そりゃ負けるに決まっているけどさあ」

「ボックスに余計な者が入らないようにしておいてください。利用券を持つ者にしかできません」

「わかった。でも、クロイゼルがいなかったら俺が行く」

「大丈夫です。アンフェル様もいました。それ以外にも、リーナ様付きの護衛騎士が交代で周辺に待機しています。何も言わなくてもついてくるでしょう」


 自分の出番はなさそうだとヘンデルは思った。




 第三部が始まった。


 開始からかなりの時間が経っている。開場は更に前。多くの者達が疲れを感じ、一部は早めの帰宅を考える時刻でもある。これだけ大勢の者達がいると、馬車乗り場が混み合うのが必然だからだ。


 とはいえ、夜は長い。


 十六歳以上の女性が参加できることから、開始時間を早めに設定しているのもある。


 そこで、第三部の始めに出し物が予定されていた。


 今回の仮装舞踏会は男性達が所属する黒蝶会が主導権を握っているため、出し物に関しても黒蝶会の方で考え、実行することになっていた。


 パスカルはまだボックスに戻っていないため、ボックス前方にはラブ、リーナ、カミーラの三人が椅子を移動して陣取り、出し物を楽しむべく準備を整えていた。


「それでは皆様、これより二蝶会の者達による特別な出し物がございます! 盛大な拍手をお願い致します!」


 二蝶会の者がアナウンスをした後、音楽に合わせ、黒い仮面と緑のマントをつけた男性達の一団が入場してきた。十数名いる。


「ついに始まったわね!」

「楽しみです!」

「ベルも手伝うため、あの近くにいるようです」

「関係者の仮面をつけた者達が結構周囲を固めているわね」


 リーナ達は扇で口元を隠しながら、小声で話し合った。


 その口調からは、女性達が出し物に期待し、楽しみにしているのがありありとわかるようなものだった。


 後方の席に陣取るヘンデルは一人苦笑した。


「今宵はとても盛大な舞踏会だ!」


 黒い仮面と緑のマントをつけた男性の一人が叫んだ。


 すると、別の者が叫び出す。


「違う! 仮装舞踏会だ!」

「おお、そうだった!」

「貴君は何の仮装だ?」

「見てわからぬか?」

「わからぬ」


 男性は大げさに首を横に振った。


「このような場で緑のマントをつけるのは、エルグラード歴代最高の……と言われるあのお方しかいないではないか!」

「はっきり言え!」

「言えぬ!」

「なぜだ?」

「まだ死にたくない! 結婚もしていないのだ!」

「あのお方は結婚する。ついに運命の女性を見つけられた。十一月の予定だ」

「くっ! 言わなくてもわかっているではないか!」


 クオン様のことだわ! 


 リーナはすぐにわかった。勿論、他の者達も。


「まさか……あのお方の仮装か?!」

「いかにも! 誰にも言うなよ?」

「まさかのまさかだが、お忍びで舞踏会に参加された時の仮装か?!」

「いかにも!」

「ようやく運命の女性を見つけた時の仮装か?!」

「いかにも! 仮面舞踏会だったのだ!」


 つまり、レーベルオード伯爵家主催の仮面舞踏会のことである。


 リーナは予想外過ぎる展開に驚愕するしかない。


「通りでマントが緑だと思った!」

「お前も緑のマントだな? まさかとは思うが……同じか?」

「いかにも! 私もあのお方の仮装だ!」

「なんということだ! 仮装が被ってしまうとは!」


 どっと笑いが起きた。


 仮装パーティーで誰かと仮装が被ってしまうのはよくあることだった。


 しかも、流行りがある。


 現在、国中が王太子の婚約や結婚話で持ち切りだ。そのため、王太子の仮装をするというのは、まさに最新の流行りだといえた。


「見ろ! あの方の仮装ばかりだ!」


 黒い仮面と緑のマントを身につけた者達を指差した。


「本当だ! やはり、最新の流行はこれだな!」

「それしかあるまい!」

「だが、大丈夫か? 処罰されないか?」

「大丈夫だ。皆には違うと言っている」

「何と言っているのだ?」

「エルグラードで最も緑色のマントが似合う者の仮装だと」


 またしても笑いが起きた。


 どう考えても王太子だろうと思うしかない。緑は王太子の色であるがゆえに。


「それは……駄目だろう。わかりやすすぎる」

「大丈夫だ。緑のマントを身につけることは、忠誠心のあらわれだ。あの方の護衛も身につけている」


 護衛騎士のことである。


「詭弁ではないか? 護衛のマントは短い」

「違う! これは長くも短くもない! 中間の長さだ!」


 確かに、マントの長さがやや中途半端ではあった。


「私が駄目というのであれば、貴様も駄目ではないか! 緑のマントだろう!」

「私はあのお方のように、運命の女性を見つけたい! これは願掛けアイテムなのだ!」


 また会場で笑いが起きた。


「むむ、それなら仕方がないかもしれない。婚活をするのに、願掛けアイテムは必要だ。緑のマント……うむ。確かに願掛けアイテムだ!」

「表向きは白鳥姫と王子の物語に出てくる王子の友人その一ということにしよう」


 設定には王太子が主催した音楽会のことも取り入れていた。


「駄目だ! お前はあのお方の友人ではない!」

「では、取り巻きその一だ」

「あの方の直属機関にさえ勤めていないくせに!」

「ならば、無難にとある文学作品に出てくる何かの仮装ということにしておこう。該当するものが多くある」

「そうしよう!」


 黒いマスクと緑のマントを身につけた男性達が拍手する。賛同する、それでいいということだった。


 会場にいる者達も拍手した。苦笑いをしながら。




 寸劇はそこで終わりではなかった。


「それにしても凄い参加者だ! 平日の夜とは思えない!」

「婚活ブームのせいだ!」

「若い者達が多い! 十八歳から三十五歳位か?」


 それは今夜の仮装舞踏会への参加条件だった。


「お前の目は節穴だ。十六歳や十七歳の者もいる」

「若さが欲しい……あの頃に戻りたい……」

「大丈夫だ! 仮面があれば、実年齢がわかりにくい!」

「私は独身だ。あの方もご結婚される。婚活をすべきかもしれない」

「その通りだ。婚活をすべきだろう」

「今がチャンスだ。皆、結婚に興味を持っている」

「婚活ブームだ」

「条件のいい相手ほど、早い者勝ちだ」

「ならば、早く相手を見つけなければ!」

「その通りだ!」


 黒いマスクと緑のマントを身につけた男性達が拍手した。


 婚活すべき、早い者勝ち、という意味だ。


「どのような女性がいいか?」


 これまで黙っていた男性達がセリフを言い出した。


「美しい女性がいい!」

「賢い女性がいい!」

「財産がある女性がいい!」

「身分も重要だ!」

「爵位がつくのは非常にいい!」


 まさに本音だろうと思えるような言葉である。


 しかし、一人の男性が待ったをかけた。


「待て! 皆、大事なことを忘れている。あの方が選んだ女性はどのような者だ?」

「身分が高い」

「由緒正しい名門貴族の家柄の女性だ」

「かなりの持参金が期待できる」

「よく見ると可愛い」

「結構賢い」

「結構どころではない。見事な答えを披露していたことは、誰もが知っている!」

「その通りだ! さすがあの方が選ばれた女性だ!」


 リーナは自分のことだと感じ、恥ずかしくなった。


 しかし、セリフは続く。真逆の方に。


「だが、元平民だ」

「養女だ」

「持参金は期待できない」

「絶世の美人ではない」

「学歴がない」


 今度は悪口のようなものだった。


 リーナは本当のことだけに小さなため息をついた。


 セリフは更に続いた。


「待て! 皆、間違っている!」

「何だと?」

「間違い?」

「どういうことだ?」

「大事なことを忘れていると言ったはずだ! お前達に問う。人として大事なことはなんだ? お前達が真に求めることは何だ? 良心に従い、正直に答えるのだ!」


 男性達は自らの胸に手をあてる。まるで自らの心に問うかのように。


「……愛だ。あの方は心から愛する女性を選んだ。私は心から愛する女性と結婚したい!」


 一人が叫ぶと、別の者がまた叫び出す。


「優しさだ。あの方は優しい女性を選んだ。私は優しい女性と結婚したい!」

「誠実さだ。あの方は誠実な女性を選んだ。私は誠実な女性と結婚したい!」

「謙虚さだ。あの方は謙虚な女性を選んだ。私は謙虚な女性と結婚したい!」

「貞淑さだ。あの方は貞淑な女性を選んだ。私は貞淑な女性と結婚したい!」

「努力だ。あの方は努力家の女性を選んだ。私は努力家の女性と結婚したい!」


 男性達は良心に従って答えたように思える言葉を次々と発した。


「その通りだ! 身分、家柄、財産、容姿、知性。どれも重要だ。しかし、他にも重要なことがあるのを忘れてはいけない。人は千差万別だ。結婚したい相手や条件は一人一人違う。だからこそ、よく考えるのだ。何が大切かだけではなく、誰が自分にとって一番大切な相手なのかを! 今宵はそれを考える絶好の機会だ! 酒におぼれ、自らを見失うな!」


 これは催しが後半になり、酒をかなり飲んでいる者達が多いことへの警告を含めた言葉でもあった。


「気になる相手を見つけたのであれば、必ず声をかけるのだ! 愛する相手がいるのであれば、勇気を出して、自らの気持ちを伝えに行くのだ! そうしなければ、何も始まらない。待っているだけでは駄目なのだ。今宵、お前達は機会を得た。声を、言葉を、気持ちを、愛を伝えるのだ!」


 黒いマスクと緑のマントを身につけた男性達が賛同の拍手をした。


「会場にいる紳士淑女の諸君! どうか、賛同して欲しい! 今宵、私達はこの機会を逃すべきではないと! 声を、言葉を、気持ちを、愛を伝えるために勇気を出すべきだと!」


 寸劇は、仮装舞踏会に参加した者達へのメッセージだった。


 会場から少しずつ拍手が鳴り響き始める。勿論、それは二蝶会の者達によるもので、いわゆるサクラだ。


 しかし、その言葉に心から賛同する者達もまた拍手を始めた。


 会場が大きな拍手で包まれる。


 リーナも、ラブも、カミーラも拍手をした。


「ありがとう! 諸君! この拍手を勇気に変えよう!」

「そうだ! 勇気に変えよう!」

「勇気に変えよう!」

「声をかけよう!」

「言葉をかけよう!」

「気持ちを伝えよう!」

「愛を伝えよう!」

「わかったな? シャペル!」


 突然、男性の名前が呼ばれた。


 会場中にいる多くの者達が驚くしかない。


「えっ、ナニコレ?」


 ラブが思わず声を出した。


「面白いことになりそうです」


 カミーラも驚きつつ、わくわくするような表情である。


「シャペルはどこだ?」

「どこにいるのかわからない!」

「逃げるのか?」

「卑怯だ!」

「隠れているのか?」

「それでも貴族か?!」

「男だろう!」


 すると、黒いマスクと緑のマントをつけた男性の一人が前に出た。


 シャペルである。


「……どういうこと?」


 その言葉はセリフなのか本音なのかわからない。


 その後、周囲にいる男性達の中から別の者が前に出た。


「お前に機会を与える」

「なんでここに?!」


 シャペルは驚いた。



 声を間違うはずもない。ロジャーだった。


 ロジャーは黒蝶会の者ではない。後列の方に紛れ込んでいることに気づいていなかった。


「自らの気持ちを伝えろ。駄目で元々だ。当たって砕けて来い。骨は拾ってやる。そのために来た」

「ヤバイ……マジヤバイ! お願い、勘弁してよ!!!」


 シャペルは明らかに動揺していた。しかし、ロジャーは容赦なかった。


「仕方がない。友人の代表として、私が呼んでやろう。ベル、ここに来い!」


 べ、ベ、ベルってまさかっ?!?!?!


 リーナは心の中で叫んだ。


「ちょおおおおおっ!!! マジヤバッ!!!」


 ラブは堪えきれずに叫んでいた。その表情は輝いている。


 カミーラとヘンデルは無言のまま完全に固まっていた。



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