679 恋バナ(一)
順調に時間が過ぎていく。
大勢の男女がダンスホールで踊り、それをリーナは眺めながら、気になったことをラブやパスカルに質問していた。
食事の後、カミーラとヘンデルは知り合いに挨拶するのと踊るために行ってしまい、ボックスに残っているのは三名だけだった。
しかし、ブッフェに行ったことでパスカルが参加していることが知れ渡り、リーナ達のボックス周辺には若い女性達が集まり、それを目当てに男性達が来てダンスに誘うという状況が生まれていた。
リーナとラブは目立つのを避けるため、パスカルを囮としてバルコニーの前に残し、会場からは見えにくい最も後ろの席で過ごすことにした。
「レーベルオード子爵は本当に人気があるわねえ」
「そうみたいですね」
リーナは社交雑誌なども読んでいるため、パスカルが若い女性に人気があることを知っていた。
しかし、この催しはそれが真実であることを証明する結果になった。
時々、会場からバルコニーに向かってパスカルに声をかける者がいるのだ。
友人や知り合いに関しては、パスカルも無視することなく手を上げ、時にはにこやかに手を振って返す。それを見た若い女性達が黄色い声をあげ、余計に人が集まり、面白がっているのか次々とまたパスカルに声をかける者達が増え、黄色い声が上がるという状況になっていた。
「レーベルオード子爵と婚約したら、後ろから刺されそうじゃない?」
物騒な例えではあるが、まんざら否定できないとリーナは思った。
「人気がありすぎるのも困るかもしれません」
「そうねえ。お兄様はモテないから安心だわ。でも、時々第二王子のせいで変な女性と付き合うことになるから嫌なの」
ウェストランドの跡継ぎであり、容姿にも能力にも優れているとなれば、女性はよりどりみどりのはずなのだ。普通なら。
しかし、セブンには死神の呼称が浸透してしまい、王太子府からすぐに宰相府や王子府に転属した経歴もあるせいか、女性達には不人気だった。
セブンは清楚で奥ゆかしい真面目な女性を妻にしたいのだが、そういう女性はまずもって近寄って来ない。
「跡継ぎだから結婚して子供を作らないとなのに」
「そのようなことをいうなんて意外です。最初会った時、ラブは物凄く怖そうでした。セブン様に近づく女性を警戒しているように見えました」
ラブはひるんだ。
「あ、あれは私も色々警戒していたのよ。全然知らない女性が突然来たらびっくりするじゃない! 身分や財産狙いかもしれないし!」
「そうですね」
そこにベルが戻って来た。
「ようやく戻れたわ! 誘ったのに一緒にいれなくてごめんなさい!」
「おかえり」
「おかえりなさい」
ラブとリーナが出迎えの言葉を返す。
「何を話していたの?」
「恋バナ」
恋愛話のことである。
リーナは首をかしげた。
「そうでしたか?」
「リーナの初恋について聞こうと思って」
ラブの言葉にベルは飛びついた。
「えっ?! 知りたい!」
「初恋はクオン様です」
リーナは真面目にそう返した。
しかし、ラブとベルは納得しなかった。
「嘘! 誤魔化さなくていいのよ!」
「二十歳まで恋を知らないなんて……ちょっとねえ」
リーナが嘘をつくはずがないとは思いつつも、二人は疑惑の目を向けた。
「嘘じゃありません。クオン様が初めてです」
「きっと、恋だって気づいてなかったのよ。鈍感そうだもの」
ラブの遠慮ない感想を否定する者はいなかった。
「ありえそう……」
パスカルは顔を会場に向けていたが、耳はしっかりと後ろに向けていた。
当然気になる話題だ。しかし、そういった話はしにくい。リーナも自覚がないか、隠そうとする可能性がある。
女性達だけで極秘だといって話をされることも多そうな話題だけに、この場で話してくれた方が自分にもわかって都合がいいかもしれないと考えていた。
「気になる男性はいなかったの?」
「特には」
「若い男性と知り合う機会は会ったの?」
「孤児院にいます。未成年ですけれど」
「男性は多かった?」
「いいえ。少なかったです。私よりも年上の男性は特に少なくて、頼りにされていました」
「そうなのね」
「ちょっといいなって思った人はいなかったの? 頼りにしていたわけでしょ?」
「みんな頼りにしていました。私だけではないです」
「みんなにモテモテだったってこと?」
リーナは首を横に振った。
「違います。兄みたいなものです」
兄?!
パスカルは無反応だったが、心の中では瞬時に反応していた。
リーナの話には続きがあった。
「家族みたいに親しかったてこと?」
「まあ、よく言えばそうなのかもしれないですけど、みんなはボスって呼んでました」
ニュアンス的に少し違うようだとラブ達は思った。パスカルは安堵する。
「ボスって顔は良かった?」
「そうですね。かなり良かったです」
「えっ、かなり?!」
ベルが反応した。
「超カッコいい感じだったわけ?」
「男娼にならないかと勧誘されていました」
不味いとベルは思った。ラブも同じく。
そのため、ボスの話題からは離れることにした。
「街中でカッコいい男性を見かけたりしなかった?」
「容姿のいい男性は結構いました」
「どんな感じ?」
「どんな感じ、ですか?」
「カッコいいとかにも系統があるじゃない?」
「系統……」
「例えるならエルグラードの王子達よ。それぞれ見た目の雰囲気が違うでしょう?」
「まあ……なんとなく言っていることはわかる気がします」
「で、どれ系?」
リーナは少し考えた後に答えた。
「基本的には……お兄様とかヘンデル様みたいな? 優しく話しかけてくれる感じです。花街の営業なので」
これはよくない方向だと二人は素早く察知した。
「待って! そういう系の人じゃないわ! もっと普通の人よ!」
「そうそう。偶然会った人で……助けてくれた人とか!」
「ああ、それなら」
言おうとしてリーナは口をつぐんだ。
二人は逆に期待した。
「いたのね?」
「正直に言いなさいよ!」
リーナは冷静な口調で答えた。
「偶然会って助けてくれた人はいました。でも、その人がカッコいいとか、好きだったわけではありません。勘違いされたくないのでお答えできません」
ラブとベルは心の中で舌打ちした。
「私の初恋が誰なのか話しました。今度はお二人の番です。初恋の人が誰か教えてください」
ラブとベルは驚き、ひるんだ。
毅然としたリーナの態度がなんとなく王太子を連想させる。自然と近くにいることで影響を受けているのではないかと感じた。
「そ、それはちょっと……無理」
「秘密よ!」
リーナは珍しく不満そうな表情になった。
「狡いです」
二人は否定できない。その通りだと思った。
「私と親しくしたいと言っておいて、それに反するようなことをするのはどうかと思います。信用問題に関わるのではありませんか?」
またしても否定できない。王太子、いや、カミーラのようだと二人は思った。
先に負けを認めたのはラブだった。
「……わかったわよ。でも、初恋なんて感じじゃなかったわ。ちょっとカッコイイと思っただけだし。でも、子供だったから、単純に顔で判断したのよ。お土産もくれたし。すぐに駄目だって思ったけれど」
「誰なの?」
「誰ですか?」
ラブは声を潜めて答えた。
「……ロジャー。うちによく遊びに来てたから」
セブンの友人として遊びに来ていたロジャーだった。
子供の頃に会う人物は限られている。兄の友人で容姿が良く、土産をくれたことで好印象を持ったというのはわかる。
「わかりやすいけど、普通にないわ……個人的な意見だけど」
「意外です。性格的に合わなそうです」
「だから、子供だったのよ! 全然性格とかわかってなくて、見た目と土産で釣られただけなのよ! すぐに駄目だってわかったから!」
ラブはもう十分だと言わんばかりにベルに話題を振った。
「じゃ、ベルの番!」
「そうですね」
「私は別にこれといっていなかったというか、男女共に仲良くしてて……」
ベルはなんとか誤魔化そうとしたが、できなかった。
「私、誰だか知っているけどね」
ラブの言葉にベルは動揺した。
「嘘!」
「第三王子でしょ?」
ベルは沈黙した。否定しないのは否定できないからだった。





