678 ダメなこと
開会まで五分をきったため、ベルはボックスを慌てて出て行き、それと入れ替わるようにパスカルとヘンデルが前へやって来た。
「おしゃべりは楽しかった?」
「勉強になることばかりです! 来てよかったです!」
リーナは少し興奮気味に答えた。
「はは、それはよかった。でも、始まる前から勉強家だなあ。もっと気楽にしてていいからね?」
「息抜きも兼ねていることを忘れずに」
「はい」
開会式の時間になり、二蝶会の会長が開会宣言をして仮装舞踏会が始まった。
「二蝶会の会長は男性ですし、黒蝶会の誰かということでしょうか?」
ベルはいないため、代わりにカミーラが答えた。
「そうです。詳しく言えば、この催しをするにあたっての実行委員会の会長です。副会長は白蝶会の女性になります。基本的に男女合同の場合、男性の方が上位の役職になります。その方が力のあるグループだと思われ、交渉等も上手くいきます」
「だけど、二蝶会を仕切っているのは黒蝶会じゃないわよ。交代制だもの」
ラブも自分の知っている情報を披露した。
「交代制?」
「二蝶会は男性と女性の混合です。ですが、仕事や学校などの関係で幹部の都合をつけるのが難しい場合があります。そこで、今回の催しはこの者達という実行委員会が設けられるのです。その際、今回は黒蝶会が主導、あるいは白蝶会が主導と決め、交互に主導権を持つようにして公平さを維持しているのです」
リーナは驚いた。
「凄く考えられているのですね!」
「今回は黒蝶会主導だって聞いたわよ。だから、ちょっと変わった出し物があるんですって」
「ちょっとした出し物ですか?」
「ずっと踊ってばっかりじゃ面白くないでしょ? 途中に息抜きみたいなことをするのよ」
「楽しみですね。でも、具体的にどういうものなのかがさっぱりわかりません」
リーナは社交の経験がないため、経験から予想するということが全くできなかった。
「ベルも出し物については知らないそうです。どのような出し物なのかを秘匿するため、出し物の直前まで手伝いをする者達にも教えないとか」
「情報漏洩をしないようにしているわけですね?」
「事前にどんな出し物かわかってしまうと、つまらない場合もあるしね」
リーナはそうかもしれないと感じて頷いた。
「楽しみですね。どんな出し物なのでしょうか?」
「さあね。でも、直前まで教えないってことは、ダンスじゃない気がするわ。そういうのは事前に練習しておかないとじゃない?」
「それもそうですね」
「きっと、手伝いの役目は拍手よ。サクラね」
非常に無難な内容である。外れようがなさそうな予想でもあった。
「出し物は男性達だけによる踊りかもしれません。剣舞などの可能性もあり得ます」
「えー?! それだったらがっかり! ストリップショーをしろとは言わないけれど、そこそこ楽しめるものにしてくれないと!」
「ストリップショー……」
花街についての知識があるだけに、リーナはストリップショーがどのようなものかを知っていた。
「はしたない言動はいけません」
「小声だし、ここにいる人達しか聞こえないわよ」
「リーナ様がショックを受けています」
「ストリップショーってわかる?」
「ラブ!」
「大丈夫です。少しずつ衣装を脱ぐことですよね? 知っているので説明不要です」
知っているのか。
リーナの発言に全員が驚いていた。
「マジ? もしかして、そういうのを見たことがあるの?」
「花街にそういうお店があります。職業学習の一環で、店側が無料で見せてくれるのです。いずれ就職して欲しいという勧誘もあります」
「さすがね! ハードな人生を送っているわ!」
「そういう話は駄目だって。特にこういう場所では不味い。わかるね?」
後ろにいるヘンデルもさすがに不味いと感じ、口を挟んだ。
「そうですね、すみません」
「ラブが悪いのです。おかしなことを言うからです!」
「はいはい。すみませんね。でも、結婚前の独身さよならパーティーでそういうのは見るでしょ? 普通よ」
否定できないだけに、カミーラは眉間に深い皺を寄せた。
結婚する者のために友人達が相談してパーティーをすることがある。その際、驚くような出し物として、ストリップショーをすることもある。
とはいえ、ラブは未成年。女性は十六歳から結婚できるとはいえ、早すぎる話題と知識ではないかと思わざるを得ない。さすが、ウェストランドの遊び姫だとも。
「独身さよならパーティーってわかる?」
ラブはこれならいいだろうと思い、リーナに尋ねた。
非常に健全なものもある。ただのお茶会やパジャマパーティーなどもある。若くして結婚する女性ほど、健全な傾向が高い。
「わかります。結婚する直前に行う集まりです。独身中に羽目を外しておく目的もあります」
パーティーとは無縁の生活をしていそうだったが、リーナは知っていた。
「そうそう、それよ! 意外と知っているのね。知らないかと思ったわ」
「独身さよならパーティーだといって花街に来る男性達がいるのです」
不味い、と全員が思った。しかし、リーナの話は終わらなかった。
「パーティーなので、花束が必要です。なので、お花を買ってくれます。しかも、一つじゃなくて一人一つ買ってくれます。みんなで渡す感じなのでお花がよく売れるのです」
花束が売れるという話であればまだセーフだと思われた。しかし、続きがあった。
「でも、男性はお花を貰っても困ります。そこで、その花束を踊り子や娼婦にあげるのです。店の中で放り投げてバラバラになり、お掃除が大変になるということもあります。それを片づけるのを手伝ったお礼に拾った花を貰い、それをまた売るとお金に」
「やめやめ! ストップ!」
ヘンデルがまたしてもストップをかけることになった。
第一部が終わる。リーナ達は食事を取ることにした。
一番混雑している時間ではあるが、多くの者達が食事の方に気を取られているため、気づかれにくいのではないかというのもある。
ブッフェは四千人分用意されているが、誰がどの程度食べるのかはわからない。一人分以上食べる者がいれば、その分だけ一人分を食べることができない者が出る。
基本的に飲み放題の場合は食事の量は少なめで、後になるほど人気の食事は品切れになり、残飯を漁ることになりかねない。
何事も勉強ということもあって、リーナはパスカルにエスコートされ、ブッフェに向かった。
「ブッフェは順番になります! こちらの最後尾にお並び下さい! また、トレーをお受け取り下さい!」
ブッフェを利用するには二列に並び、それぞれ進んだ後にある左側あるいは右側から好きな料理の小皿をトレーに取る方式だった。
エスコート役が隣に並ぶと、いずれブッフェのところで左右に分かれることになる。そのため、エスコート役は左右ではなく前後に並ぶ必要があることを、二蝶会の者が説明していた。
「係の方は大変ですね」
「主催だからね」
リーナはトレーを取ると、左側に置かれた料理から好きな小皿を取って乗せた。
その際、小皿の料理を別の小皿の料理と一緒にし、空になった皿を他の皿の下に重ねた。こうすることで同じ料理を二皿分、あるいはトレーに乗る小皿の数よりも多くの料理を取ることができる。
リーナの後ろにいたパスカルは眉をひそめた。
「それは誰に教わったのかな? セシルじゃないだろうね?」
「ベルフォード卿ではありません。メイベルさんです」
「……なるほど。でも、ここではしない方がいいかな。足りない場合はまた後で取りに来ればいいよ。食べ放題だ」
「でも、また並ばないといけません」
「手間を惜しんではいけないこともある。賢いけれど、一度に沢山取るのはよくない。無作法に思われる」
リーナはそうかもしれないと思った。
「もしかして、駄目でしたか?」
「普通はしないかな。特に女性は。男性にはいる。量を食べるからね」
「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。何事も勉強だ」
無作法をしてしまったとリーナは思ったが、右側に分かれたラブとヘンデルはトレーの上に山盛りの料理を乗せていた。リーナと同じく、小皿の料理を別の小皿に移し、空いた皿を下に重ねていた。
「随分少ないね?」
「気にすることないのに」
リーナは個人によって感覚差があるようだと実感した。
駄目な手本を見せる同行者に、パスカルは咎めるような視線を向けた。





