670 離宮への招待
国王の誘いにより、またしてもリーナは自分に与えられたバラを見に行くことになった。
秋バラが咲いたのである。
時々様子を見に行き、花を愛で大切にすると約束した以上、リエラ宮に行くしかない。
国王は前回の反省を踏まえ、王太子に許可を取った。
リーナ一人が女性にならないように、今回は三人の側妃達も誘っている。
王太子には、王妃とはうまくいかなくても側妃達とうまくいくようにするための機会を設けることにしたと説明もした。
予定としては、国王が王家の女性達と共にリエラ宮で小さな食事会を催す。王妃は公務の都合と重なるため欠席。
その後、庭でリーナに与えたバラを鑑賞とリエラ宮一部の内覧会をする。お茶をとって休憩した後、夕方には王宮に戻るということになっていた。
王太子は前回よりはましであるものの、リーナの同行者に対する不満があった。
今回は国王主催の小さな催しに、王家の女性達だけが参加する。リーナは婚約者のため、王家の女性になる者として特別に招待される。しかし、実際はバラを見せるためでもあるため、食事会や内覧会は女性の同行者(国王の側妃達)のための理由付けだ。
国王の側妃達は王太子の婚約に反対してはいない。むしろ、賛同し、祝福している。とはいえ、自分達のためであるのは明白だ。もっとリーナの味方になる同行者をつけたいものの、王家の行事だけに、カミーラ達や側近達も排除されてしまっている。参加できない。
こういう時こそ王女がいればと思うが、エルグラード王家にはいない。王子ばかりというだけでなく、王子妃もいない。
王太子は生まれて初めて、王女がいないことを残念に思った。
国王の側妃達は初めて建設中の新離宮=リエラ宮に足を踏み入れることができるため、非常に機嫌が良かった。
勿論、自分達にリエラ宮を見せて自慢するのが目的ではなく、国王が未来の王太子の側妃と一緒にバラを愛でるためというのはわかっている。それでも、リエラ宮の内部を見れるのであればいいと思っていた。
「ここがリエラ宮だ」
国王は招待した女性達に自分の夢の離宮を公開した。
前回、リーナは庭に来ただけだった。そのため、リエラ宮に入るのは初めてである。
リエラ宮は王宮敷地内にある森の一角を切り開かれて作られている。その周囲は安全性や動物等の侵入を考慮するために高い塀で囲まれていた。
宮殿は二階までしかないことから、多くの部分が塀や木に隠れてしまい、どのような離宮なのかがわからない状態だった。
リエラ宮は引退した国王が住むための離宮であるため、大きなものではない。王宮敷地内には多くの建物があるが、それに比べるとかなり小さく感じた。
しかし、部屋の中は国王の夢の宮殿だけあってこだわり抜いてある。
まず、玄関ホールは黄金だった。いきなり金ぴかの部屋に入るともいう。
王宮の部屋には金色の装飾が溢れているが、部屋全体が黄金という雰囲気の部屋は応接間などになる。玄関ホールではない。その点で初見の印象がぐっと変わるのは言うまでもなかった。
さすが国王の離宮と思う一方、豪華過ぎて趣味が悪いと感じるかもしれない。どうとらえるかは人ぞれぞれだ。
「玄関ホールがこのようになっているのは、ここに来た者達の多くが最初で最後の部屋になるからだ」
国王は自ら案内役を務める。
「普通ならホールがあり、待合室があり、応接間や謁見の間などに通されるだろう。だが、ここは違う。基本的に余計な者達は来て欲しくない。そのため、待合室がない。さっさと帰れということだ。どうしてもという場合はこの部屋で会う。つまり、ここ以外の部屋は見れない」
つまり、玄関ホールが唯一国王に会いに来た者達が見ることができる部屋というわけだ。
玄関ホール、待合室、応接間、謁見の間を兼ねている。だからこそ、豪華絢爛な黄金の間ということだった。
「衛兵の間もないのですか?」
第一側妃が尋ねた。普通は護衛騎士など、警備の者達が待機する部屋がある。
「ない。玄関ドアには呼び鈴がついているため、来客はそれを鳴らす。すると、ここに待機している護衛や侍従が対応する。壁際に待機用の腰掛を置くつもりだ。内側から守らせる」
「家具はまだないのですね」
「作らせているのもあるが、王宮や後宮から気に入っているものを持って来るつもりでいる」
側妃達は恐らく現在の王宮で使用している愛用品や、月光宮にあるリエラ妃の家具などを全て持って来るつもりなのだろうと推測した。
「まあ、ここは黄金の玄関だけに、黄金の家具を置くかもしれない」
「相応しいですわね」
第三側妃が感想を述べた。
部屋に家具の色を合わせるのは基本中の基本だからだ。
「リーナはどう思う?」
国王は一番後ろで大人しくしているリーナに声をかけた。
王家の女性達の中では婚約者というだけで立場が圧倒的に違う。いずれ正妃になるということであればともかく、側妃であればなおさらだ。
国王が積極的に声をかけなければ、自ら発言することはないと思われるため、配慮として声をかけるのは当然だった。
「今日は王家の者しかいない。皆、家族だ。遠慮なく好きなことを言っていい。気に入らない、趣味が悪いといってもいいのだ。ここは私の考えた離宮だけに、私の趣味でしかない。他の者達の趣味に合わなくてもいいのだ。それどころか、趣味が合わなくて誰も来ない方がいいと思っている位なのだ」
国王は本音とも冗談ともいえないような言葉を発した。
元々容姿に関しては温和であるため、リーナの緊張はほんの少しだけほぐれた。
「恐れながら申し上げます。黄金の家具を合わせることに対する質問でしょうか?」
「何でもいい。そのような堅苦しくする必要はない。今は国王ではなく、クルヴェリオンの父親、お前の義理の父親になる者として接してみてはくれぬか? これは命令だと思ってもいい。もっと親しい雰囲気で過ごしたいのだ」
リーナは国王の指示に従った。
「わかりました。では遠慮なく言いますと、部屋があまりにもまばゆいので、黄金の家具を置くと、周囲に溶け込んで目立たない気がします。もし豪華な家具を目立たせたいというのであれば、黄金色ではない方がいいと思います。例えばですけれど、陛下の色やエルグラードの色は赤なので、赤が目立つ家具です」
国王は何度も頷いた。
「それもそうか。溶け込んでしまう可能性は確かにある。赤なら絶対に目立つ。他の色でもいい。黒や青。森の中であることを考え、緑でもいいかもしれない。とにかく、黄色はよくなさそうだ」
「かもしれません」
「赤がいいか? それとも別の色がいいと思うか?」
リーナは率直に答えた。
「普通に考えると赤ですが、特別な色ということであれば水色でもいいように思います」
「水色?」
それはセイフリードの色だと誰もが思った。
今は未成年であるために関係ないが、成人すれば自らの色を選ぶ。水色になるというのが内定していた。
リーナは第四王子付きの侍女だっただけに、水色がセイフリードの色だと知っているはずだ。しかし、完全に決定しているとは思っていないためにそういったのではないかと思われた。
とはいえ、なぜ水色なのかという疑問がわく。
「なぜ、水色なのだ?」
「陛下の瞳の色です」
リーナは迷うことなく答えた。
自分の色ということであれば、瞳の色を考えるというのはとても一般的で常識的なことだ。
そのため、国王の離宮に来たという際に、国王を連想させる色として、瞳の色である水色を使うのもいいのではないかと考えた。
「空色は違います、エゼルバード様の瞳の色なので。あくまでも水色です。同じように思えますけれど、違う色です。ただ、セイフリード王子殿下の色も水色です。陛下と同じ瞳の色なので。でも、正式ではありませんし、別の方が絶対に使用してはいけない色ではないと思います。赤は王族の誰もが使う色だと聞きました。なので、陛下が水色を使ってもいいと思いました」
リーナはしっかりと理由を説明した。しかし、特別なことではないと思っていた。常識的な考え方による色の選択だと。
しかし、国王は驚愕していた。
陛下と同じ瞳の色なので。
水色……セイフリードと同じ色。瞳の色が。
ハーヴェリオンは震えた。そして、思わず力をなくし、その場に座り込んだ。
「陛下!」
全員が驚愕した。慌てて駆け寄る。当然、離れていた護衛達、侍従もかけより、医者を呼ぶように指示が出た。
「お気を確かに!」
突然、急病にでもなったのではないかと誰もが思ったが、そうではなかった。
「大丈夫だ……少し、驚いただけだ」
「陛下はご高齢です。心臓に大きなショックを与えるのはよくありません」
ショックを与えたのはリーナの言葉だった。
しかし、リーナの話はごく普通の内容だけに、誰もがリーナのせいだとは思っていなかった。国王を除いて。
「本当に大丈夫だ。少し休めばいい。リーナの責任ではない」
「えっ?!」
思わずリーナは驚いた。
他の者達も同じく。
「私のせいで?! 申し訳ありません!!!」
「いや、大丈夫だと言ったではないか。あまりにも驚いただけだ。それに、悪い意味ではない。いや、悪い意味なのかもしれないが」
それはよくないと全員が思ったが、すぐに国王は訂正した。
「良い意味でもある。私は水色と聞いてセイフリードの色だと思ったのだ。セイフリードの瞳の色だと思わなかった。だが、その通りだ。瞳の色だ。セイフリードの、そして、私の。今、初めて気づいたのだ。私の子供の中で、同じ色の瞳をしているのはセイフリードだけだということに。後の者達は全員、母親と同じ瞳の色だ」
国王の説明に更なる驚愕が続いた。
確かにその通りだった。
第四王子セイフリードの瞳の色は水色。だからこそ、セイフリードの色も水色になった。誰もそれだけのこと、普通、当然、何も感じなかった。
しかし、それは特別な色だった。なぜなら、国王の子供で、唯一同じ水色の瞳を受け継いだのは、セイフリードだけだったからだ。
「私はセイフリードの誕生を喜べなかった。また王子だと思ってしまったのだ。王女が欲しかったがゆえに。愚かだ。なぜ、自分と同じ瞳の色を受け継いだ初めての子だと気づき、そのことを特別な祝福だとして喜べなかったのか……父親失格だ」
国王はリーナを見つめた。
「今更だが、計り知れないほど大事なことに気付いた。心から感謝する。ありがとう」
リーナは言葉が出なかった。当たり前のことだと思っていた。誰もが知ることだと。
しかし、国王は知らなかった。気づかなかった。見逃していたのだ。
「あまりにも盲点過ぎたわ」
第一側妃がそう言った。何気に、第一側妃も気づいていなかった。
セイフリードと会う機会は非常に少ない。位置も離れている。じろじろ見たことなどない。むしろ、エゼルバードと同じようで気に食わなかった。自分の特別な息子の劣化版だと思っていた。興味もない。
第二側妃も第三側妃も同じだ。興味がなかった。どうでもいいことだった。瞳の色ではなく、その存在自体が。
「レフィーナ、気づいていたの?」
第一側妃に尋ねられた第二側妃が答えた。
「正直に言いますと、エゼルバード様も水色だと思っていました」
「違うわ! 空色よ!」
生母は自分と息子の色が特別であることを主張した。
「それに、セラフィーナも水色ですわ。母親の色でもあるのでは?」
「それもそうね」
確かに第三側妃セラフィーナの瞳は水色だ。
エゼルバードのような美しさの王女が欲しいということで、生母であるエンジェリーナに似ている者が選ばれた。勿論、色合いも。
しかし、本当に同じ色ではなかった。薄い青だったが、空色と水色で違ったのだ。
「陛下やセイフリード王子殿下は暗い部屋で見ても水色だと感じますけれど、第三側妃様はちょっと暗くなって青っぽいです。私は侍女としてずっとお仕えしていました。セイフリード王子殿下の瞳の色は陛下と同じ色だと思います」
非常に長いとはいえない期間だったが、リーナはほぼずっと部屋付きとしてセイフリードと過ごしていた。
勿論、掃除などもするため、全ての勤務時間中ではない。それでも、微妙な色合いの違いは認識していた。
衣裳の勉強をする際に、似たような色でも違うこと、それをしっかりと把握しないといけないと教えられたせいで、薄い青というだけでなく、様々な色の名称があり、細かく分類されているということを理解していた。
「三人が横に並んで見比べれば、はっきりわかると思います」
絶対にそんな機会はないと誰もが思った。そのため、セイフリードの侍女だったリーナの意見が正しいと認識された。
「大丈夫だ。リーナが正しいだろう。この中で一番セイフリードのことを知っている。瞳の微妙な色合いまで知るどころか、水色だということを気にした者もいなかっただろう」
国王の言葉に反論する者はいなかった。
「確かにエゼルバードは自由な空の色だと言っていた。セイフリードの色は水色で違うと。二人は同じようで違う青なのだ。まあ、私の色は水色だ。ずっとそう思ってきた。青とも言われた。間違いではない。どこまで細かく分類するかという話だ」
ハーヴェリオンはゆっくりと深呼吸をして、自らを落ち着けた。
「とてもいい話を聞いた。セイフリードが成人する際には、私と同じ瞳の色であることをアピールすれば、多くの国民が喜ぶだろう。第四王子だといって、軽視する者などいない」
ハーヴェリオンは笑顔になった。
「ここの家具をどうするかは決めていないのだが、水色も検討しよう。私の色の一つだ。金が髪をあらわし、水色が瞳をあらわすということであれば丁度いい。国王は赤ばかりで少々慣れ過ぎたのもある。引退したからこそ、様々な色を楽しむのもいいだろう。リーナのおかげで楽しくなれた。食事にしよう」
国王は護衛騎士に支えられて立ち上がった。
「玄関ホールがこのようだと、食事をする部屋も気にならぬか?」
国王の問いに、第一側妃が答えた。
「とても気になりますわ」
「家具がないということは、私達はここで食事を取らないで済むということですわ」
「もしかして、隣の部屋とか」
第二側妃と第三側妃が意見を述べた。
国王がにやりとする。
「察しがいいな。その通りだ」
今日はリエラ宮の内覧会をすることにもなっている。しかし、国王は本当にリエラ宮の中をあちこち見せる気はなさそうだとリーナや側妃達は思った。





