665 休憩と試食
購買部デート(視察)が終了すると、リーナはクオンにエスコートされて庭園に向かうことになった。
リーナは王宮のすぐ側にある庭園のどこかだと思ったが、途中から馬車に乗り、一気に王族エリアの側にある庭園まで戻ってお茶をすることになった。
護衛騎士達が庭園付近一帯を取り囲んで閉鎖しているものの、同行者達は全員席を外しているため、まさに二人だけで過ごすお茶の時間になった。
「リーナの淹れたお茶が飲みたい」
「わかりました」
ワゴンの所に行くと、リーナはポットに触った。
今日は暑いだけにアイスティーのはずだが氷がない。しかし、ポットの温度はとても低いため、中のお茶も冷えていると思われた。
「アイスミルクティーにされますか?」
「そうする」
リーナはアイスミルクティーを二つ用意して席に戻った。
「どうぞ」
「嬉しい」
クオンはありがとうという代わりに嬉しいという言葉を伝えた。
リーナは席に座る前に購買部のお菓子が入った紙袋を開けた。
「取りあえず色々出してみます」
リーナはテーブルの空いているところに買ってきたお菓子を次々と取り出して並べた。
「全部食べるつもりか?」
「出しているだけです。食べないのは戻します」
「取りあえずは焼き菓子とクッキーとチョコレートを一つずつにしたらどうだ?」
「そうします。これとこれ、チョコレートはどの味にされますか?」
「ミルクが好きなのだろう? ミルクにすればいい」
「クオン様の優しさが嬉しいです」
「味見なら一つだけ開ければいい。割って分ければいいだろう」
チョコレートは小ぶりの板チョコのため、割れば二人で分けることができる。
「名案です!」
リーナは二つの小皿の上に焼き菓子と二つに割ったチョコレートを置いた。
その後、袋からクッキーを取り出す。すでに割れているのを自分の皿に置き、クオンの皿には割れていないものを探して乗せた。
「お前は優しい。割れていないものを私のために選んだ」
「普通です」
「そうか?」
「王太子殿下なので」
「……それを言うのであれば、王太子にこのような菓子を出すことはどうなのだ?」
「味見してみたいのは私ですので、クオン様は食べなくても大丈夫です。それこそ、王太子としての拒否権があります」
「食べる。互いに感想を遠慮なく言い合う趣向にしたい」
二人はお茶菓子として用意されていた美味であろう見た目も美しい菓子は完全に無視し、いかにも素朴な見た目の菓子を食べることにした。
「こ、これは……」
チョコレートを最初に食べたリーナは変な顔をした。
「不味いか?」
「安っぽいのに美味しいです!」
「何?」
安っぽい味なら美味ではないと思うが……。
そう思いながらクオンは最も期待していないクッキーを食べた。サイズが小さいため、一口である。
「お味の方はいかがでしょうか?」
クオンは無表情で咀嚼し、完全に飲み込んだ後にミルクティーを飲み、更に水を飲んだ後でようやく答えた。
「バサバサだ。甘味は弱い。軍の携帯食に堅パン、一般名称で乾パンというのがある。そこまで固くはないのだが、味はそのようなものに近い」
「美味しくなさそうです」
「断言する。美味しくない」
二人は焼き菓子を食べた。リーナのはできるだけ大きいもの、クオンは小さいものにした菓子だ。
「んんっ?!」
もぐもぐしつつもリーナは声を上げた。飲み込んだ後は言いたくてたまらないという様子で感想を述べる。
「これ、美味しいです!」
「意外だ。不味くはない。普通程度かもしれない」
「大きいのにすればよかったですね」
「ほとんど変わらない。一ギニー分もないほどの誤差だ」
「そうでした」
最後にクオンがミルクチョコレートを食べ、リーナはクッキーを食べた。
「……美味しくないですね。甘くもないです。砂糖をケチっている気がします」
カミーラ達や侍女がいれば、ケチっているという表現を注意されたかもしれないが、クオンは指摘しなかった。
「安っぽいという評価は間違いない。油と砂糖が安いのかもしれない。大量に手に入る低品質の材料を使い、カカオの配合も少なくしているのだろう。チョコレートというよりは、チョコレート風味の塊のような気もする。味に深みがない。コクがない。香りも良くない。だが、苦味もない。濃い味や強い香りが嫌いなものもいる。そういった者には食べやすいのかもしれない。薄めたチョコレートソースに近い味のようにも感じる」
「……私、クオン様のお話を聞いていると、自分の味覚はまだまだだと痛感します。安っぽいとしか言えませんでした」
リーナは自らの不足さを嘆いたが、クオンはリーナの感想をいい方に評価した。
「お前の感想は面白かった。普通はもっと味に関するような言葉で表現しようとする。安っぽいというのは金額的なことだ。安価な材料、低品質ということかもしれないが、言い得て妙だと思った。一言でまとめるのであれば、まさにこれは安っぽいチョコレートだ」
「不味いと思われますか? 私は結構美味しいと思うのですが」
「食べられなくはないが、食べようとも思わない。もう少し味を改善できればいいかもしれない。そうだな……薄いのを利用し、生クリームを配合するのもいいかもしれない。口当たりがよくなり、混ぜ物にしたことで誤魔化せる。それに酒やバニラエッセンス、コーヒーを加えてみる手もある。香りや深み、苦味などを調整できるかもしれない」
リーナは驚愕した。
「まるで一流の料理人のようです!」
「菓子を作るのはパティシエ、菓子職人だ」
「そうでした」
「だが、一流なら最初から厳選された材料を使うだろう。これは誤魔化すためのインチキだ。調理ではない。そういえばナッツ味もある。ナッツの香ばしさで多少ましかもしれない」
「食べてみますか?」
「そうする」
二人はナッツ入りのチョコレートを割って分けた。
「これも普通に美味しいです!」
「安っぽいナッツチョコレートだ」
「駄目でしょうか?」
「ピーナッツが駄目だというわけではないが、他のナッツの方が上位だろう。まさに安いナッツを使っているチョコレートだ。但し、ナッツが大きくないため、食べやすくはある」
「他のナッツというと、アーモンドとかマカデミアなどがいいということでしょうか?」
「先ほどのインチキだが、アーモンドパウダーを入れると少し変わるかもしれない」
「クオン様、どうしてそんなに色々知っているのですか?」
リーナはクオンの知識に驚くしかない。仕事ばかりしているとは思えなかった。過去形かもしれないが、かなりの勉強をしているに違いないと感じた。
「本を読んだ。学校の授業用とレイフィールの趣味を理解するためでもある」
「レイフィール様はお菓子を作られるのですか? 料理という話だった気がしますが」
「菓子も作るが、パンも作る。菓子パンはチョコレートやナッツ、干しぶどうなど様々なものを混ぜ込む。焼き菓子に近い。料理に関する知識は応用が可能だ」
「なるほど」
「四つの品の中で最も良かったのは焼き菓子だった。形は悪いが、味は普通だと思った。原価がどの程度かかっているのかわからないが、値段の割に良いものではないか?」
「そのように思います。以前お土産だということでレイフィール様からチョコレートをいただいたのですが、物凄く高い品だとわかって驚きました。高級なお菓子は、私が働いていた頃の給料よりも上です。つまり、平民が一カ月働く以上に価値があるチョコレートというわけです」
「値段を調べたのか?」
「とても美味しかったのですが、二粒しか入っていなかったのです」
「少な過ぎる」
「王都に新しくできたチョコレート専門店の品で手に入れるのがとても困難なものでした。美味しかったのでお父様にお願いして購入して貰うことにしました」
「レーベルオード伯爵に頼んだのか?」
リーナが父親とはいえ血のつながらないレーベルオード伯爵に甘えていたという事実を知り、クオンは密かに驚愕した。
負けられないという気持ちがむくむくと湧きあがる。
「そうです。初めてお父様からいただいたお小遣いで購入した品です」
「小遣いはいくらだ?」
「百万ギールです」
リーナは知らないが、クオンが設定したリーナへの小遣い=お手元金は百万ギールだった。
「……チョコレートはいくらだったのだ?」
「三千です。最初はギニーと勘違いしてしまったのですが、ギールだとわかってびっくりしました」
「手に入れるのが非常に困難な店の品ということであれば、その程度はするのだろう。だが、二粒でその金額なのか?」
「いいえ。大箱なのでもっと入っていました。数十個です」
「二粒で三千であれば高いだろう。私でもそう思う」
「もしそうだったら恐ろしいです。でも、チョコレートの入っている箱が宝石箱のような美しい木箱だったので、そのせいで高いような気もしました」
「包装に金をかけ、より素晴らしいものに見せようとする手法は一般的だ」
「ずるいかもしれません」
「見方によるとそうかもしれない。だが、料理を引き立てるために皿を選ぶのと同じだ。相乗効果でより素晴らしくなることを目指すのは悪くない。問題はそれに対する付加価値の金額設定が適切かどうかだ。あまりにも高額過ぎる場合は不適切、ずるいということになる」
「お父様は箱の蓋にしか装飾がないことを指摘しました。私は蓋だけを見て箱全部が素敵だと思いました。よくよく考えると、一番目立つところだけを綺麗に見せて誤魔化したようにも思えます」
「目立つ部分に力を入れると非常に効果的であることを実感したわけか」
「なんだか違う方向に行ってしまった気がします。私が言いたいのは、ファンタジアのチョコレートが三千ギールもするという驚きの事実です!」
私も驚いた。レーベルオード伯爵からの小遣いが百万ギールとは思わなかった。それを考えると、リーナの小遣いはもっと増やすべきだろう。
王太子、夫になる者として同額で甘んじることは許されない。最低でも倍、あるいはゼロを一つ増やそうとクオンは思った。





