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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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662 第二十七支店

 リーナは左手に財布を持ち、右手はクオンとつないで王宮の購買部へと向かった。


 リーナの使用している部屋から一番近いのは、王太子の執務室からも一番近い購買部だった。


「こちらが王宮購買部第二十七支店です」


 王太子の執務室から最も近い購買部の支店ができたのは後の方だった。


 最初は王宮の備品等を扱う王宮省に行って必要な備品を用意していたが、個人的に入手したいという希望者が多くなり、備品の一部を個人的に購入できるようになった。


 それがだんだんと発展して購買部の設立につながり、王宮中からたった一つの購買部に来るのは手間も時間もかかり、大勢の者達が集中してしまって王宮省の仕事に支障が出てしまうため、購買部の支店が王宮の各所に設けられた。


 そのため、王宮の購買部を管理運営しているのは王宮省になる。


 最初は非営利だったが、途中から王宮の膨大な費用の負担を少しでも軽くするために営利に切り替わり、収益は王宮省の予算に組み込まれている。


「凄い!」


 リーナは王宮の購買部がどのようなものなのかを推測し、後宮の購買部よりも規模の小さいもので、安い品揃えになっているようなものだろうと推測していた。


 しかし、頭の中とは全く違う光景があった。


 文具と本だけの店なのである。


「これが王宮の購買部なのですね!」


 目を輝かせながらリーナは店舗の中を自由に探索した。といっても、王宮にある標準的な部屋で、半分は販売カウンターや金庫と在庫置き場等のスペースになっているため、売り場の面積は残った半分だけになる。後宮の購買部と比べると圧倒的に狭い。


 狭い売り場をできるだけ有効活用すべく天井まである棚が壁際に並んでおり、本や文具がぎっしりと陳列されていた。


「補充インクがあります!」


 リーナは感動していた。売っているのはペンだけではない。ペンの補充インクもあった。これがあればインク切れでペンを買い直す必要がない。補充インクだけを買えばいい。


 とはいえ、つけペンもある。これはインク壺とセットで使うもので、何回もインクをペン先につけながら補充して書かなくてはならない。


 エルグラードは強大国であるだけでなく、技術大国でもある。


 従来のつけペンでは執務がしにくいという理由からいちいちインクをつけなくても書けるペンが開発された。


 素材が全て金属のため、便利ではあるが非常に重いこと、ペンの単価があまりにも高すぎることが問題だったが、現在では軽量化に成功し、国家的に価格の引き下げを後押しするような方針を取っていることから、国内における普及率をじわじわと上げている。


 とはいえ、需要に対する生産数が追い付かず、単価が安いにも関わらず一般庶民は非常に安価なつけペンがまだまだ主流だ。


 ペンは裕福な者達、公的機関や教育関連施設での普及が主流になっている。


「インクの色もこんなに! しかも、安いです! 信じられないほど安いです!」


 リーナがあまりにも喜ぶため、クオン達は驚いていた。


 王宮の購買部は後宮の購買部に比べると圧倒的な差がある。文具が中心であることから、女性が喜びそうなものも売っていない。


 この程度のものなのかとがっかりするのではないかと誰もが予想していた。


「鉛筆があります!」


 つけペンも安いが、インクがなければ書けない。その点、鉛筆は削れば書けるため、最も安くて手軽な筆記用具といえた。しかし、後宮の購買部には売っていない。


「色鉛筆も!」


 大はしゃぎするリーナに対し、クオン達はどうすればいいのか戸惑ってもいた。


「こんな凄いお店があるなんて思いませんでした! これならお仕事で必要なものをここで買えますね!!!」


 リーナの意見は正しくもあるが、間違ってもいた。


「あー、それはちょっと違うんだよねえ」


 そう言ったのは同行という形で執務室の留守番兼書類仕事から逃れたヘンデルだった。


「購買部は確かに品物を売っているけれど、仕事用は無料だよ」

「ええっ! 無料ですか?!」


 リーナはヘンデルの言葉に食いついた。


「ここは見ての通りほぼ文具と本ばかりだよね?」

「そうですね」


 リーナは頷いた。


「購買部は王宮の備品を個人的に欲しい者達に売る場所だ。つまり、これらは全部王宮で使用される様々な消耗品とかってわけ。昔は備品がなくなると、備品がある王宮省に取りに行った。でも、王宮は広い。王宮省まで行って大量の備品を運んでくるのは大変だ。そこで、購買部という存在を利用して、備品を王宮各所に配置したんだ。だから、ここは購買部でもあるけれど、備品置き場でもある。個人的に欲しい場合は有料だけど、仕事で紙が足りない、ペンが欲しいという時は、備品として無料で貰えるようになっている」

「なるほど!」


 興味しんしんとばかりにリーナは説明を聞いた。


「では、こんなに沢山あるものの、実際は全部が売られているわけではないというか、無料で貰えるものも沢山あるわけですね?」

「そう。でも、備品として貰うには手続きが必要。口で言うだけだと、備品として欲しいのか個人として欲しいのかがわかりにくいし、嘘をついて備品を無料で手に入れようと思う不届き者がいるかもしれない。なんで、備品が欲しい場合は備品届という紙に欲しいものを書いて、上司から許可印を貰う必要がある」

「後宮でもそうでした」

「でも、上司が忙しいと許可印を貰う暇がないから、面倒で個人で買ってしまうという者も多い」

「えっ! 無料で貰えるものを、買ってしまうのですか?!」

「うん。個人の所有物にした方が、自分の家に持ち帰っても窃盗にならないし」

「窃盗……」


 王宮敷地内での犯罪は厳しく取り締まられている。備品を勝手に持ち帰ってしまうと、窃盗の罪に問われかねない。しかも、罪が重くなる。


「ペンとかメモ用紙とかはポケットに入れっぱなしにするから、家に持ち帰ってしまう確率が高い。だから、そういうのは個人で買う者が多いかな。王宮から持ち出さないようなものは平気だけどね」

「報告書を書く紙とかですか?」

「あー、紙も種類があってね……王宮から持ち出してもいい紙と持ち出し禁止の紙があるんだよね。持ち出し禁止の紙は重要書類に使われる。そういうのは逆に買えないから、購買部では扱っていない。ちゃんとした備品室に取りに行く必要がある。購買部で扱っているのはあくまでも個人的に買えるものばかりだよ」

「備品にも買えるものと買えないものがあるわけですね」

「そういうこと」

「それにしても随分安いです。驚きました!」

「後宮の購買部が高いだけじゃない? あっちは上級品だから」

「まあ、そうかもしれませんが……」


 リーナはうろうろと店内を見回した。


「カードが! 安いです!」


 思わずリーナはカード売り場に走り寄った。


「無地のカードが一ギールです! 封筒一枚も一ギール!」

「それ、むしろ高くない?」


 庶民が使用する物の中には、まとめ売りをすることで安くなるようなものもある。


 カードも数枚セットになっているものを買った方が、一枚ずつ買うよりも安くなる。


「ヘンデル様、後宮で最も安い無地のカードがいくらかご存知ですか?」

「知らない。買ったことないなあ」

「千ギニーです。つまり、十ギールです。ここの十倍です!」

「えっ、一枚?」

「一枚です!」

「白いやつ? ただの無地の?」

「そうです!」

「高いなあ。こうきゅう価格だね、なんちて」

「そうなんです! まさに後宮の価格なんです!」


 ヘンデルのダジャレは無視された。


「ちなみに封筒は別です。一枚十ギールです。つまり、聖夜に贈るカードとして最低でも二十ギールかかるということです!」

「聖夜なら無地じゃないやつにしようよ。まあでも、無地で一セット二十は高いなあ」


 リーナはヘンデルを睨んだ。


「ヘンデル様、後宮で売られている聖夜に贈るお洒落なカードと封筒一セット、一番安いものでいくらかご存知ですか?」

「知らない」


 貴族の者達は他の者達と同じカードや封筒にならないように、オリジナルの聖夜用のカードを特注する。そのため、一般に販売されているものを購入して使うことはほとんどない。


「五十です」

「ギニーじゃないよね?」


 勿論、ギニーで聞いたのはわざとである。


「五十ギールです。五千ギニーもするんです! たった一セットで!」

「高いねえ。知り合いに送りまくったら相当かかるなあ」


 ヘンデルは本音で答えた。勿論、カミーラやベルも驚いている。高級カードの部類であることは間違いない。さすが後宮の購買部だと思っていた。


「それでも売れます。聖夜は特別ですし、後宮の者達は現金で買うわけではありません。ツケです。飛ぶように売れます。なので、早く買いに行かないと売り切れてしまい、一番安いのは百ギールになってしまいます。ちなみに、五百ギールのカードも売っています。たぶん、相当上級の役職の方達が買うのだと思いますけれど……なので、召使はほぼ無地です。仕事が終わって買いに行くと、お洒落で安いのは売り切れです。見本しかありません」

「そうなんだあ」

「なので、こちらで無地のカード一セットがたった二ギールというのは凄いことなんです!」


 リーナは力説し、断言した。


 確かに、後宮の事情を聞いた後だと、王宮の購買部は安くて良心的だという気持ちになれる。


「いやあ、いい話が聞けたなあ。王宮の購買部を見直したよ!」

「そうです。王宮の購買部はとても素晴らしいと思います」


 和気あいあい。だが、この状況をよく思っていない者がいた。


「ヘンデル」


 クオンの低い声が響き、ヘンデルの笑みが一瞬固まった。


「リーナちゃん、俺、話ができて超嬉しいけれど、クオンにも色々教えてあげて。王太子は自分で買い物しないから、きっとリーナちゃんの話に興味しんしんだよ!」

「あっ、そうですね! わかりました!」


 リーナは自分が話に夢中になってしまい、王太子であり恋人であるクオンのことを忘れていたことを反省した。


 恋人を取り戻した王太子は同行していた側近に命令した。


「ヘンデル、お前は戻って仕事をしろ」

「あー、はいはい。でも、待って。購買部で買い物するところを見せるから」


 ヘンデルはデモンストレーションをするつもりでいた。


「ちょっといいかな? ペンが欲しいんだよね」


 ヘンデルはカウンターにいる購買部の者に声をかけた。


「ど、どのようなペンをご所望でしょうか?」


 購買部の者は王太子の側近相手には慣れているが、王太子が来ているために相当緊張していた。


「握りやすいやつ。疲れにくくてペン先が駄目になりにくく、インク漏れしにくいのがいい」

「皆様そうおっしゃいます。ヴィルスラウン伯爵がいつもお買い求めになるペンでは駄目だということでしょうか?」

「うん。女性にプレゼントするやつがいいかも?」

「後宮の購買部に行かれた方がいいのでは?」

「女官が使うようなやつでいいよ。やっすいの」

「となりますと……」


 カウンターの者は売り場にいかず、カウンター側にある備品の中からペンを取り出して見せた。


「売れ筋はこちらです。ちょっといいものはこちらです」

「いくら?」

「売れ筋は二十です」


 安い!


 リーナは心の中で叫んだ。後宮の購買部で最安は五千ギニー、つまり五十ギールになる。


「他のは?」

「少しいいものですと、三十から五十あたりです。一押しは四十五のものですが、できるだけ王宮内での使用を心掛けていただきたいものになります」

「四十五なんて半端な金額のあるんだ?」

「最新のものです。新しく開発された人工樹脂を使用しています。現在、王宮購買部でのみ販売されている検査系試用品で本数限定です。性能に問題ないことがわかれば検査系試用品ではなくなってしまうので、価格が一気に上がると思われます」


 カウンターの者はしゃべりなれてきたのか、口調が売り子らしくなった。


「万が一今年中に壊れた場合、購買部にお持ちいただければ全額返金します。ペン先が駄目になっただけでも全額返金です! 手に入れるのであれば今がチャンス、いえ、大チャンスです! ほぼ無料も同然です!」

「ペンの検査試用品なんて超ラッキー!」


 検査系試用品というのは新しく開発された商品の安全性や性能等を確認するため、実際に多くの者達に使って貰うための製品になる。


 基本的にはできるだけ原価に近い低価格で手に入れることができ、従来のものよりも様々に使い心地がよくなるような工夫が施された高性能品が多い。


 王宮にいる者達は新しい技術や素材等を活用した最新の高性能品を非常に安い価格で手に入れ、使用できるという恩恵を得ている。


「一種類しかないよね?」

「はい。外装は紫ですが、中のインクは黒です。通常の補充インクを吸引式でご利用いただけます」

「これ、欲しい人?」


 ヘンデルは言いながら振り返った。


 リーナは手を挙げた。


 カミーラとベルも手を挙げる。兄に買って貰う気だった。


 それ以外の者達も手を挙げた。クオン、パスカル、シーアス、アリシア、護衛騎士達まで手を挙げていた。つまり、全員である。


 本数限定の試用品はすぐに売り切れてしまう。入荷に巡り合ったらすぐに買うのが常識だ。


 ヘンデルは苦笑するしかない。


「ここにいる全員分頂戴」

「かしこまりました。備品扱いにされますでしょうか?」


 備品扱いなら無料になる。但し、王宮敷地内からは持ち出せない。


「いや、個人で買う。領収書を出してね。後で王太子殿下に請求するから。いいよね?」

「構わない」


 クオンの奢りで全員分のペンが購入された。


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