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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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654 女性解放の場

 次々と運び込まれるフルコースはどれも凝った盛り付けや美しい飾り付けが施されており、見た目はとても素晴らしいものだった。


 それだけにリーナはどんな味なのかという期待に胸を躍らせたものの、一口食べるごとにその瞳の輝きは失われていった。


「お食事の方はいかがでしょうか?」


 満面の笑みを浮かべて尋ねる青玉会の会長レザリー=カポーレティ侯爵夫人の問いかけに、リーナは思わず固まった。


「こちらはエルグラード最高級の老舗ホテルではございますけれど、王宮とは違いますので、ご満足いただけないのではないかと心配ですわ」

「お気遣いありがとうございます」


 リーナは食事についてではなくカポーレティ侯爵夫人の気遣いに対してお礼を述べることで答えをはぐらかそうとしたが、別の者が代理に答えてくれた。


「今日のお食事の評価はかなり下ではないかと思います。見た目はとても美しいかもしれませんが、味がよくありません。これは折衷料理なのでしょうが、私の嗜好には合いません」


 年上の女性達に囲まれる中、堂々とした口調でそう言ったのはカミーラだった。


「私は後宮のお食事も王宮のお食事も知っていますが、どちらもエルグラード料理しか出ませんでした。こちらは最近流行っている異国風の料理を合わせた折衷料理のように思います。普段とは違う目新しい味だとは思いますが、だしの味ばかりが主張してしまっていて、他の味がつまらないものになっている気がします。特にメインのローストビーフ。なぜ、普通のものではないのですか? ブツ切りにしてわざわざシチューにいれてしまったかのようにする意味がわかりません。これではローストビーフがただの具材の一つであるかのようにスープの出し味に紛れてしまい、肉そのもののうまみがじっくりと感じられません」


 この雰囲気の中で堂々と言えるなんて凄い……でも、その通りです。私もそう思います!


 心の中でリーナはカミーラに賛同した。


 カミーラの意見にすぐに反応したのはイレビオール伯爵夫人だった。


「確かにこれはローストビーフではないわね。ローストビーフを使ったアレンジ料理よ。食べたいのは普通のローストビーフだというのに。エリザベルが料理の担当だったわよね?」


 エリザベル=ハンホーヴァン伯爵夫人はため息をついた。


「そうよ。でも、私はちゃんとメインをローストビーフにして欲しいと言ったわ。それに、食べやすいように厚さは薄めにするよう言ったのよ。まさかアレンジ料理が出てくるなんて夢にも思わなかったわ!」

「アレンジは駄目だと言わなかったのでしょう?」


 カポーレティ侯爵夫人が咎めるような視線でハンホーヴァン伯爵夫人を見つめた。


「そうね。言わなかったわ。でも、ローストビーフと言えば、誰もが考える普通のローストビーフが出てくると思うでしょう? わざわざ普通のローストビーフにしてね、なんて注文はしないわよ」

「事前にメニューの確認はしたのでしょう? その時にわからなかったの?」

「メインは田舎風ローストビーフだったわ。地方で育った新鮮な野菜を使っているからですって。でも、新鮮な野菜を使うなんて当たり前のことではなくて? しかも、レーベルオード伯爵令嬢をお迎えする大事な昼食会だというのに、田舎風だなんてありえないって怒ったのよ。他の意味にとられて悪く思われたら困るでしょう? それで別の名称にしなさいとは言ったわ。でも、別の料理にするようにとは言ってないわよ!」


 全員はもう一度各自の席に置かれている小さなメニューを見た。


 メイン料理は自然豊かな大地の恵みに包まれたローストビーフ、と書かれている。


 田舎風だったものを別の言い方に変えたということはわかる。


 そして、包まれたという部分が、単にソースをかけるということではなく、出し味が利いた野菜味のスープ風ソースをあらわしているのだと思われた。


「ホテルの者が勘違いしたようね。ローストビーフはレーベルオード伯爵令嬢のリクエストだったのかしら?」

「いいえ。私が母に伝えたのです。リーナ様はローストビーフがお好きなので、メインはそれにして欲しいと」


 リーナは自分の好物が密かに伝えられていたことを知り、恥ずかしくなった。


「なんてことなの! すぐにローストビーフを用意させるわ!」


 カポーレティ侯爵夫人はすぐに手を上げると給仕を呼んだ。


「御用でしょうか?」

「ローストビーフを用意しなさい。すぐに。普通のよ!」


 給仕は緊張した面持ちで尋ねた。


「こちらにいる全員分でしょうか?」

「そうよ。当然でしょう?」


 昼食会に出席した人数は約二百五十名。突然、メニューにない料理を用意するのが難しいというのは誰にでもわかることだった。


「大変申し訳ございませんが、本日のメニューは事前にお決めになられた通りになります。それ以外の料理を突然リクエストされても、お応えできないかと存じます」

「元々ローストビーフにするようリクエストしておいたのに、勝手なアレンジ料理を出したのはホテル側のミスよ! すぐに支配人を呼んできなさい! 厨房の責任者でも構いません」

「かしこまりました」


 自分の好物とは少し異なる品が出たせいで、大ごとになってしまったとリーナは表情を硬くした。


「あの、別にこれでも大丈夫です。普段とは違うお食事も勉強の一つですので」


 周囲の者達が明らかに怒った口調で文句を言い合っていたため、リーナはそう言ったものの、はっきりではなく控えめで小さな声だった。


 そのせいで離れた席の者には届かないばかりか、近くにいる席の者達にもリーナが気を遣って言っていることが丸わかりになってしまい、それでは駄目だ、問題も責任もホテルにあると反論されてしまった。


 結局、支配人と厨房担当者が呼ばれ、特別な客に合わせた特別なメニューにしたことが逆に問題だったことがわかると共に、すぐにローストビーフが用意されることになった。


 ところが、出て来たローストビーフは非常に小さなものだった。しかも、二切れしかない。まるで生ハムのように薄い。


 豪華な皿にはソースで美しく繊細な模様が描かれており、付け合わせのポテトやニンジンも花の形になっているものの、メインがこれではがっかりとしか言いようがない。


 急きょ大人数分のローストビーフが必要になってしまったことから、できるだけ薄切りにすることでなんとか対応しようとしたのはわかる。


 だが、苦心して出したはずの皿が更なる落胆につながり、カポーレティ侯爵夫人以下青玉会の役員達は不機嫌さを隠そうともしなかった。


 しかも、カミーラがホテルの到着時において、ホテルが全く見当違いの対応をしたというエピソードを披露したことによってますます不満が噴出し、このホテルでの催しは二度と開きたくないとまで言わしめるほどの有様だった。


 リーナはせっかくの昼食会が和やかどころか、正反対の雰囲気になってしまったことに責任を感じ、申し訳なさにいっぱいになりつつ食後の紅茶を飲んでいた。


 しかし、残念なのはローストビーフだけではない。食事全般に言えたことだった。


 見た目は豪華だが、味がイマイチなのである。


 リーナは自分が王宮や後宮の食事に慣れてしまい、違う食事を食べ慣れていないせいで違和感を覚えたのかもしれないと思った。


 しかし、昼食会である以上食事が楽しめないのはよくない。会話が盛り上がったとしても、食事がイマイチであれば、昼食会という催しは失敗だという評価になりかねない。


 ここで催しを開かない方がいいという判断は間違っていないような気もするだけに、リーナは黙って様子をうかがっていた。


「レーベルオード伯爵令嬢、これが女性達の社交グループというものですわ」


 突然、リーナに話しかけたのは右の席に座っているイレビオール伯爵夫人だった。


「普通の食事会はもっと声が小さくて、和やかで楽し気な雰囲気だと思います。ですが、出席する者達が心から食事や会話を楽しんでいるかどうかはわかりません。男性や高貴な身分の者がいるというだけで、上辺を取り繕う者達もいます」


 食事会は和やかで楽しい雰囲気にするのが普通だ。そうではない食事会は普通ではない。


 大声で怒鳴っているかのような口調、好き勝手なことを話し合い、全員がそれぞれ何の統一感もなくバラバラに楽しんでいるのはおかしい。マナー違反でもある。


 食事や飲み物についての批評が悪く、文句が出るのは大問題だ。


 そういった食事会は好ましくない、失敗というのが常識になる。主催者の手腕不足、歓待不足、客の礼儀作法がなっていない、無礼だとなりかねない。


 そうならないように、主催者も客も気を遣うのが、少なくとも貴族達が認識している普通だった。


「女性達が形成する社交グループにも色々ありますが、上辺だけの付き合いはやめ、本音で接し合い、心から楽しむということを大切にしているグループも多くあります。仲の良い友人同士で誘い合ってグループを形成していることから、仲間意識や団結心も強いのが特徴でしょう。青玉会も非常に仲間意識が強く、団結しています。だからこそ、このようにそれぞれがまるで家族や親友だけでいるかのような雰囲気、言いたいことを遠慮なく言いながら自由に過ごしているのです」


 イレビオール伯爵夫人の説明を聞いたリーナは、この食事会は普通のもの、常識的にいいと思われるような食事会をするためではなく、むしろ常識的ではないような部分があるとしても、本音で接し合うことや心から楽しむことを大事にしている催し、女性達が本当に自分らしく過ごすためのものだということを理解した。


「青玉会は古い時代、王女が設立したグループです。王女はとても厳しい儀礼的な日常や礼儀作法に塗り固められた人生の時間に耐え切れず、本来の自分らしさを大切にし、互いに認め合う友人達と過ごすために青玉会を設立しました。本音でくつろぎ、話し合い、楽しむためです。まさに女性解放の場というわけですわ」

「そうでしたか」


 リーナは青玉会が社交のためというよりは、王女が自分らしく過ごす時間、友人達と楽しむ時間をつくるために設立したことを理解できると感じた。


 それは、今のリーナが王宮で生活するようになってから感じるようになった重圧、窮屈さ、閉塞的でくつろぎにくい環境をまさに実感しているからでもあった。


 王女は青玉会を設立することによって自由、くつろぎ、楽しみ、様々なものを手に入れた。


 リーナもまた王宮で暮らしていくことを考えると、どこかの社交グループに所属することで様々な人々と交流するだけでなく、自由にくつろぎながら楽しめる時間を持てるのではないかという気持ちになった。



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