653 青玉会の昼食会
昼食時間が近くなると、カミーラが声をかけた。
「今日はここまで。移動時間があるので急ぎましょう」
この日、リーナは内密の外出をすることになっていた。
場所は王宮の門を出た側にある老舗のカーリトルンホテル。ここでカミーラ達の母親であるイレビオール伯爵夫人が所属する青玉会の昼食会に参加し、社交グループについての勉強をすることになっていた。
リーナはカミーラ達を迎えに来たイレビオール伯爵家の馬車に同乗し、ホテルへと向かうことになった。
リーナが内密で王宮から外出し、カーリトルンホテルに行くことは支配人等ホテルの関係者にも伝えられていた。
これはホテルの警備を厳重にするためと、リーナ付きの護衛騎士達がホテルの警備とは別の警備体制を整えるためでもある。
カーリトルンホテルは王宮前と立地もさることながら、身分の高い者達が愛用する由緒正しいホテルだけに、王族などがお忍びで訪れることに備えた専用の出入口があった。
リーナを乗せた馬車は人の出入りが激しい正面出入口を避け、お忍び用の専用出入口に停車したが、馬車を降りた途端、多くの出迎えの者達に歓迎されることになった。
「ようこそカーリトルンホテルへ」
恭しく頭を下げたのはホテルの支配人である。
リーナは大勢の者達による出迎えがあるとは聞いていなかったため、驚いてしまった。むしろ、このような出迎えをすると目立ってしまい、お忍びできた意味がないのではないかとも。
どのように言えばいいのか言葉に迷っていると、すぐにカミーラがリーナ付きの同行者として発言した。
「お忍びのため、出迎えは不要という話だったはずです」
カミーラの声は強いだけでなく、相手を非難する口調だった。
「申し訳ございません。ですが、これでも少なくしたつもりでございます。高貴なる方にご利用いただける栄誉に感謝を申し上げると共に、心を込めておもてなしをしたいからこそでございます」
「だったら余計にこっちの言う通りにしなさいよ。今はとても重要な時期だから、あまり多くの者達の前には出ないようにと言われているのに、ホテルの者達にわざわざ顔を見せてどうするの? 安全面を考えて顔出ししてないのに。馬鹿じゃないの?」
ベルも怒りをあらわにした。
それでもホテルの支配人は表情を崩さず、謝罪の言葉を続けた。
「その点につきましても深く考慮しております。安全には十分配慮しておりますので、どうか当ホテルでごゆっくりとお過ごしくださいませ」
厚顔無恥。
カミーラとベルは支配人をそう断定したが、リーナは落ち着いた口調で話しかけた。
「出迎えをありがとう。本日は内密の外出ですので、安全面だけでなく周囲に知られないようにするための配慮もお願いします」
「心得ております。では、お部屋にご案内致します」
支配人は笑みを浮かべながらリーナ達を案内した。
しかし、部屋に行くまでの廊下にはいかにも警備といった者達が並び、専用の通路であることがわかるようにロープが張られていた。
先にホテルへ到着していた護衛騎士は私服であり、通路に関する警備はホテル任せであるのか、リーナとカミーラ達の周囲をぐるりと取り囲みながら一緒に移動する形での護衛だった。
これではどう考えても重要人物がホテルに来ているということがわかってしまう。
しかも、目立たないような場所を移動するわけでもなく、専用通路から一旦出て、正面玄関のロビーから階段を上がった場所にある二階の大広間を横切る形での移動になった。
おかげで、正面出入口や二階のロビーにいる者達から多くの注目を集めてしまうことになった。
リーナはカーリトルンホテルを初めて利用したこともあり、部屋に行くには案内された順路を通るしかないのだと思っていた。
しかし、カミーラとベルはこの案内経路が極秘の客を先導するためではなく、高貴な客がカーリトルンホテルを訪れ、利用していることを他の者達に見せつけるためのものであることを察知した。
カーリトルンホテルは駄目ね。何もわかっていないわ。
こんなサービスだからウェストランドに負けるのよ!
この件は必ず母親だけでなく、兄に報告することを姉妹は強く決心した。
カミーラ達と共にリーナが会場に着くと、大きな拍手が沸き起こった。
昼食会であるだけに、さほど人数は多くないと思っていたリーナは、夜会が開かれるような大きな広間にずらりと並んだテーブルと席、そして、すぐに起立して拍手を始めた多くの女性達という光景に驚きを隠せなかった。
「役員席の方になりますのでどうぞ」
青玉会のメンバーの役員であるブルーベ公爵夫人が直々に先導するという歓迎ぶりにカミーラとベルはさすが王太子の寵姫への対応だと思ったが、誰なのかを全く知らないリーナはただ頷いただけで、ブルーベ公爵夫人に言葉をかけることもなかった。
リーナの席は部屋の中央に設けられた細長い長方形のテーブルの中央で、同行者であるカミーラの席は左、上位になる右側はイレビオール伯爵夫人で、ベルは完全に離れた位置の席になっていた。
「青玉会の昼食会にようこそ。レーベルオード伯爵令嬢をお迎えすることができ、とても光栄でございます。私は青玉会の会長を務めますレザリー=カポーレティと申します。夫はカポーレティ侯爵ですわ。それから副会長のマーシャ=トリアーノ侯爵夫人、役員長のエリザベル=ハンホーヴァン伯爵夫人。そして、役員のイリス=イレビオール伯爵夫人……」
次々と同じテーブルに席がある者達の名前が紹介され、名前を言われたものはリーナに向かって軽く頭を傾けてお辞儀をする。
最初に青玉会の役員の紹介があるとは聞いていたものの、長方形の中央が主役の席だけに、席の序列が右と左で交互になる。しかも、王太子の寵姫という特別なゲストを迎えての昼食会ということで、リーナと同じ側に座る役員もいるため、リーナは名前が紹介されるたびに顔を左右に動かしては同じく軽い挨拶をすることになった。
「青玉会は多くのメンバーがおります。全員を紹介するとお食事の時間が遅くなってしまいますのでこの辺で。では、皆様、どうかご着席下さいませ」
ようやく役員の紹介が終わると着席になり、乾杯用のグラスが一斉に運び込まれて来た。
「イリス、乾杯の音頭をお願いね」
乾杯の音頭を任されたのは、イレビオール伯爵夫人だった。
イレビオール伯爵夫人は立ち上がると、広い会場を見渡し、全員に乾杯のグラスが行き届くのを待ってから声を発した。
「今日は青玉会の昼食会に多くのメンバーが集まりましたこと、とても嬉しく思います。そして、何よりも今をときめく話題のお方、王太子殿下のご寵愛を一心に受けられるレーベルオード伯爵令嬢を特別なお客様としてお迎えすることができましたこと、心より感謝申し上げます」
歓迎の証としての拍手が一斉に鳴り響いた。
「皆様もご存知のように、レーベルオード伯爵令嬢は夏に社交デビューをされたばかり。まだどこの社交グループにも所属されていません。今回は女性達による社交グループがどのようなものかを勉強するため、王太子殿下が特別に許可を下さり、昼食会に参加されることになりました。私の息子であるヴィルスラウン伯爵が王太子殿下の首席補佐官を務め、娘のカミーラとベル両名がレーベルオード伯爵令嬢の学友に選出されたからこその縁になります」
イレビオール伯爵夫人はリーナが青玉会に顔を出したのは自分の息子と娘が王太子に重用され、覚えがめでたいせいだというアピールもしっかりと盛り込んだ。
自らの立場がいかに有益であるか、強いものか、力があるのかを堂々と知らしめるのは、社交における基本中の基本である。
「レーベルオード伯爵令嬢にはこの機会に女性達による社交グループがどのようなものか、そして、青玉会がどのようなグループであるかを知っていただき、側妃になられてからもお力になりたいと思っていますことを、王太子殿下にお伝えいただければと思っております」
またもや大拍手が強く響き渡る。
これはイレビオール伯爵夫人の言葉に賛同することを意味するものでもあるが、一方で青玉会がリーナや王太子に対し、どのような立場を取っていくつもりであるのかをはっきりと明示するためでもあった。
「それでは、皆様グラスをお持ちください」
いよいよ乾杯である。リーナも自分のグラスを手に持った。
「青玉会とレーベルオード伯爵令嬢のご発展と栄誉を願いまして、乾杯!」
「乾杯!!!」
グラスが掲げられ、隣り合った者達がグラスを合わせた音が鳴り響く。
グラスを飲み干した者達は次々と拍手をし、それが終わると同時に、昼食会が幕を開けた。





