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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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652 九月

 一気に様々なことが動き出した。


 ミレニアスとの外交対策、後宮及び王宮内における偽名問題、王太子の婚姻。


 その忙しさは例えようもないものだったが、リーナは夏の大夜会の後も大きくは変わらず勉強する日々を過ごしていた。


 しかし、リーナを取り巻く状況は大きく変わった。


 これまでは側妃候補として入宮していたが、側妃になることが正式に決まったことにより、王太子の婚約者という地位が与えられた。


 後宮に偽名問題の調査で多くの人員が出入することもあり、より安全を確保するという名目の元、王宮の新緑の私室に移ることになった。


 婚約者であるリーナの世話は王太子付きの女官と侍女ですることになったが、王太子付きの侍女は多くの人員を第四王子の元に派遣していたため、かなり減少していた。


 これまでは王太子妃の間から変更された新緑の私室等の維持管理業務が中心だったが、王太子が側妃を迎えることになれば、誰がその世話をするかという問題も出てくる。


 側妃は基本的に後宮に住むが、公式行事の際は王宮に出向くため、王宮にも側妃付きの侍女が必要になる。


 そこで秋の人事異動が発表の際、派遣中の者はほぼそのまま正式に第四王子付きになり、不足になる王太子付きの人員は後宮の侍女でリーナ付きだった者達から補充され、後に側妃付きを兼任することも決定した。


「リーナ様、おはようございます」


 居間に姿をあらわしたのは侍女に先導されたカミーラだった。


「おはよう、イレビオール伯爵令嬢」

「ご体調等に問題は?」

「大丈夫です」

「では、予定通り自習とさせていただきますので、図書室までご移動いただきたくお願い申し上げます」

「わかりました」


 リーナはカミーラと共に図書室に移動した。そこにはベルがすでにいた。


「おはようございます、リーナ様」

「おはよう、イレビオール伯爵令嬢」


 リーナは同行した侍女と護衛騎士の方を向いた。


「これから勉強しますので、下がって下さい」

「はい」


 侍女と護衛騎士が下がる。


 部屋に三人だけになると、その内の二人は大きな息をついた。


「これが一生なのねえ。大変だわ」


 早速口調を崩したのはベルだった。


「一生ではありません」


 カミーラが冷静な口調で言った。


「えっ、そうなの?」

「ベルが誰かに嫁げば、イレビオール伯爵令嬢ではなくなります」

「そういうことじゃないのよ……」


 ベルが気にしているのは名称のことではない。


 ここは王宮だ。しかも、第一王子の私室であることを考えれば、マナー違反は許されない。


 リーナはあくまでも婚約者。正式な側妃になったわけではない。命令権や独自のルールを作るだけの権限もないため、やはりカミーラやベルと同じくマナー違反をしないように注意しなければならない。


 後宮にいた頃に比べるとかなり堅苦しい雰囲気になり、王太子付きの侍女達がいる時は常に気を張らねばならない状況だった。


「やっぱり、王宮って堅苦しいわね。後宮の方がもうちょっと感じが柔らかかった気がするわ。行事の時なら当然だと思えても、毎日がこれだとちょっとね……」

「王太子付きの者達が馴れ馴れしい態度を取るとでも? こういったものは慣れればどうということではありません。下げてしまえばくつろぎやすくもなります」


 せっかく別の話題にしようとしたのに、見事に妹にスルーされた姉は、リーナに負担をかけるような話題をする妹を睨んだ。


「それはそうだけど……侍女達には守秘義務があるわけでしょう? 下げなくても堅苦しく過ごさないですむようにすべきじゃない?」

「王太子殿下の側妃というのは特別な地位になります。王家の一員になることを軽視してはいけません」

「わかってるって」

「不真面目な妹で申し訳ございません。では、早速自習を」

「はい!」


 リーナの自習は相変わらず中学校卒業程度認定試験を受けるためのテキストだった。


 この試験は年二回、春と秋にある。受験申込は九月で、試験は十一月。


 リーナはすでに申し込みをしているため、十一月の試験に向けて猛勉強中とも言えた。


「リーナ様の記憶力はよさそうですが、応用力が今一つのようですね」


 カミーラはこれまでのテキストの正解率や指導内容を見て、リーナの学力を分析していた。


「十一月までになんとかなりそう? 科目が結構多いのがちょっと心配だわ」


 中学校卒業程度認定試験の学力的難易度は決して高くはない。基本的には基礎的なことができていれば問題なく、学校にもよるものの、中等部一年目の授業内容が目安になる。


 しかも、合格点の設定自体も低く、百点満点ではなくてもいい。


 但し、試験は十科目あり、全ての科目で合格点を取る必要があった。


 得意な科目の点数は良くても、苦手な科目で合格点を取れなければ受からない。


「さすがに受けてみないとわかりません。ですが、認定試験はほぼ過去問題を復習すればかなりの点数が取れるようですので、徹底的にテキストを繰り返しておけば、そこそこの点にはなるでしょう」

「国語と数学が問題かしら? 歴史や社会は結構いいわよね」


 ベルもリーナの正解率等の表を見て考え込む。


「リーナ様って思いやりはたっぷりあるのに、国語の読解力はないのよね」

「一緒にするようなものではありません」

「まあ、落ちてもまた春があるし?」

「リーナ様が合格しなかったら、それは教えている私達が無能だということになるのをわかっているのですか?」

「えっ! でも、私はダンスの担当だし、こっちはカミーラでしょ?」

「関係ありません。自習担当が私達なのですから」

「リーナ様、頑張って!」

「そうやって邪魔をしてはいけません」

「じゃあ、新聞でも読んでいるわ」


 基本的にリーナの勉強はテキストを黙々とする作業になる。わからないところはカミーラが教えるため、補助役のベルは暇になる。


 そこでベルはリーナが読んでいる新聞や雑誌等を読んで暇つぶし――ならぬ、重要なことが書かれていないかなどを確認することになっていた。


 リーナが普段取り寄せている新聞は三種類である。ベルはその全ての記事の題名部分を確認した。


 載ってないわね。


 新聞には様々なことが載っている。だが、載らないこともある。


 昨日、エメルダとオルディエラの処罰が確定した。


 エメルダは抗議ではなく、レーベルオード伯爵令嬢が婚約者に選ばれた理由を知りたいと望んだだけであり、自らの行動を反省して謝罪し、王太子の婚約を祝福してもいる。


 おかげで厳重注意の上に許可が出るまで謹慎という軽い処罰で済んだ。


 一方、オルディエラは重い処罰になった。


 貴族の身分をはく奪の上、修道院送りである。


 また、娘が反逆罪に問われかねない不祥事を起こしたこと、身分主義による差別的な偏見を助長するよう育てたのは両親の責任とみなされ、マーセット公爵は自主的な爵位と領地の返還を求められた。


 反逆罪に問われれば、容赦なく身内も連座で処刑になる。それに比べれば、他の処罰で済むばかりか、没収でさえないのはかなりの配慮だ。


 マーセット公爵はすぐに公爵位とその領地を国王に返還することで忠誠心の証を立てた。


 普通であれば大醜聞だ。新聞の一面を飾ってもおかしくないどころか、どこにもそのことが載っていないこと自体おかしい。


 しかし、現在は王太子の婚約に国中が喜び、祝福ムードの真っただ中である。


 その側妃が元平民出自の侍女であることも公表され、多くの平民は新しい時代の到来だと大いに浮かれていた。


 そのような状況で公爵令嬢が平民や孤児といった弱者を蔑視したことが知れ渡り、祝福ムードに水をさすばかりか、貴族全体が同じだと平民に誤解されては困る。


 だからこそ、その一件について新聞は沈黙することになったのではないかと思われた。


 新聞のチェックが終わったベルは安心したような表情になったが、すぐに今度は雑誌の方に目を通した。


 九月は秋という季節の到来だけでなく、人事異動、一年の後半が始まるということもあって、新聞も雑誌も話題に事欠かない。どのような記事が載っているのかを調べておくことは、非常に重要なことだった。


「……雑誌は駄目ね。原稿が間に合わなかったようだわ」


 多くの雑誌が何事もなかったように秋に関する記事やファッションなどについての内容だった。ゴシップネタも小粒揃いである。


「新聞はともかく、雑誌にも婚約の記事を載せるなら、中旬位じゃないと駄目ね」


 さすがに夏の最終夜会では発表が遅すぎたとベルは思った。


「新聞には掲載されました。十分でしょう」


 発表は土曜日。日曜日は新聞が休刊という場合もあるが、王太子婚約の一報を届けないわけにはいかない。号外が発行され、月曜日には一斉に各新聞の一面を飾った。


「まあ、エルグラードの識字率は悪くないけれど、だからって新聞が売れているわけでもないでしょう?」

「周辺国と比べれば、売り上げ部数は断トツでしょう。国民数と比較しても、かなりの者達が新聞を読んでいると思われます。但し、大衆新聞の方でしょうが」

「一人で沢山の新聞を読む者だっているじゃない?」

「だとしても、号外は無料です。誰もが読むでしょう」

「あれって平民も無料なのかしら?」


 号外が出ると、王宮には各新聞社などの号外を配る者達が大勢来るため、そこに王宮に来た者達が殺到する。


 貴族の多くはそれで号外を手に入れる。その号外は無料だが、配布数に限りがあるため、早い者勝ちになる。


 ベルの質問に答えたのはリーナだった。


「無料のものと有料のものがあります」


 カミーラとベルの顔がリーナに向けられた。


「有料のもあるのね」

「新聞社によって違うのですか?」


 リーナは自分の知っている号外について説明した。


「私が知っているのは第三王子殿下が成人された時の号外です。小さな紙というか、この程度の大きさだと無料でした。表だけで裏には何もなくて、チラシを配っているのと同じような感じです」


 リーナはテキストを示しながら説明したため、よくある大きさの紙一枚程度の非常に簡素な号外は無料であることがわかった。


「もっと大きな新聞のような号外は有料でした。でも、大きな一枚というか四面です。第三王子殿下の号外だといって売っていたので飛ぶように売れていました。一部、百ギニーです」

「結構と高いのね」

「高いでしょうか?」

「ベル、ギニーよ。一ギールでしょう?」

「ああ、ごめんなさい。百ギールだと思ったわ」


 リーナは納得した。


 貴族の貨幣単位はギール。対して平民、特に中流以下の者達にとっての貨幣単位はより小さな単位であるギニーになる。


 リーナはまだ庶民の金銭感覚が抜けず、ギニーを単位にして話をしてしまう。


 ベルは百と聞いたため、百ギール(一万ギニー)と勘違いしてしまったのだが、実際は百ギニー(一ギール)だった。


「リーナ様、できればギールの単位でお願いします。貴族は貨幣単位をギールで判断します。今のように、本当はギニーだったとしても、数字を聞いた瞬間自動的にギールだと思ってしまうのです」

「気をつけます」

「安くて良かったけれど、びっくりしたわ。たった一枚の新聞が百ギールもするわけないわよね!」


 ベルは自分の勘違いに苦笑した。


「でも、リーナ様のおかげで一般的な号外について知ることができたわ。私やカミーラは王宮の号外を見るのが普通だから、一般の号外については知らないのよね。教えてくれてありがとうございます」

「私も王宮で号外が配られることを知ることができました。ありがとうございます」


 夏の大夜会の翌日、カミーラとベルは退宮命令によって後宮を出なければならなかった。事前にある程度は準備していたものの、一日で退宮しなければならない。


 基本的には本人が退宮し、残った荷物を侍女達が積めて実家に送ればいいだけなのだが、二人は特別に王宮に部屋を与えられることになり、王宮へと荷物を移動しなければならなかった。


 そのせいで日曜日も王宮にいたことから、王宮の各所で配られた号外を手に入れることができ、リーナに後宮から王宮へ移動した挨拶と共に号外を見せたのだった。


「十月の雑誌はどうなるかしら? 婚姻特集をするにしても、間に合わないわよね?」


 リーナの側妃になるための儀式及び披露の大舞踏会は九月の最終土曜日になっている。


 新聞はまたしても翌日が日曜日であるため号外、月曜の一面に載るであろうことが予想された。


 しかし、雑誌は婚姻前に原稿を締め切ることから、発行されるのが婚姻後だったとしても、記事として載せるのは難しいのではないかと思われた。


「まあそうでしょう。ですが、事前に婚姻することがわかっているので、無難な内容の記事を載せておくことはできます」


 単純に婚姻した、舞踏会が盛大に行われたなどと言った当たり障りのないことであれば、事前に公開されている情報から推測できる。それを元に取りあえずは婚姻についての記事を載せるということはできる。


 しかし、ベルが求めているのはそういったものではなかった。 


「私や多くの女性達が知りたいのはそういうことじゃないわ。やっぱり、王太子殿下に見初められた経緯とか、プロポーズの言葉はどんなだったとか、結婚式の衣装や宝飾品にまつわるエピソード、できれば金額なんかも知りたいわね」

「社交の景色は臨時増刊号が出るそうです。貴族新聞の多くもすでに婚姻特集のものを臨時発行するとか」

「あっ、やっぱり出るのね。予約した?」

「勿論。私の後でなら貸します」

「貸して!」

「号外をできるだけ多く奪ってくるのであればいいでしょう」

「カミーラも貰いに行けばいいじゃない! 二人で手分けしたほうが多く集めることができるでしょ!」

「並びたくないのです」

「狡いわ」

「お二人は高位の貴族ですが、それでも号外は手に入らないのでしょうか? 事前に新聞社に連絡しておいても駄目なのですか?」

「号外は駄目なのよ」


 ベルが残念そうに説明した。


「号外は基本的にいつ出るかわからないでしょう? だから、予約とかはないの。恐らく出るだろうとは思っていても駄目なのよ。だから発行された瞬間、号外を持っている者から貰うしかないの。しかも、部数も限られているから、結構シビアな戦いなのよ」

「大変そうですね」

「実は大変なのよ」

「勉強時間です」


 カミーラの注意と共に、リーナはテキストに、ベルは雑誌に視線を向けた。



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