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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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648 一歩ずつ

 クオンがリーナの元を訪れたのは夜、夕食が終わった後だった。


 予定では夕食を一緒に取るはずだったが、その前の会議が長引いてしまったためにキャンセルになった。


 いつもであればそのまま会う予定も後日に見送りになったかもしれないが、クオンはどうしても自らリーナに側妃になることが決まったことを伝えたいと思い、会議の続きを翌日に先送りすることによってなんとか時間を作ることができた。


「遅くなってしまってすまない」


 リーナに会った早々クオンは謝罪の言葉を述べた。


「大丈夫です。お気になさらず」


 リーナはにっこりしながらそういった。だが、クオンは満足しなかった。


 リーナは我慢強い。なぜ一緒に食事も取れないのかと文句を言うような女性でもない。


 毎回、大丈夫だ、気にしなくていいという言葉に甘えてしまい、一生このようなやり取りが続くのはよくないと感じた。


 基本的に王族は謝罪しない。だが、自らの非によって約束を破った以上、謝罪しないわけにはいかない。


 国王となってからも、妻に謝罪しまくりでは示しがつかない。子供達にも。


 クオンは執務補佐官を増やすことに反対していたが、一番序列の低いパスカルでさえ多くの仕事を抱えている状態であることを考えると、より多くの執務補佐官を増やさなければならない状況だと判断するしかなかった。


「クオン様?」

「……座ろう」


 ついまた仕事のことを考えてしまっていたクオンは、首を軽く振って思考を切り替えた。


 居間のソファに並んで座ると、クオンは早速リーナの手を取って口づけた。


「話がある。すでに聞いているとは思うが、お前を側妃にすることが決定した。王族会議の決定を受け、重臣会議でも通達したが、今はまだ内密になる。正式な発表は夏の大夜会の時だ。発表をしてしまえば、日付も迫っていることから一気に慌ただしくなるだろう。予定では九月の末に身内だけの結婚式を挙げ、夜に披露の舞踏会をする。側妃になるための儀式もある」


 王族男子は複数の妻を持つことができる。結婚したとしても、その女性がどのような立場になるのかが確定するわけではない。


 婚姻日に国王との謁見があり、結婚の報告をする。その際、王家での立場がどのようになるのかが国王から示され、確定することになる。


 勿論、これはあくまでも形式的なものであり、事前にどうなるかはすでに決まっている。


 リーナは結婚式の後でクオンと共に謁見し、その際、第一側妃の称号を得ることになる。


「リーナ、正直に言って欲しい。嬉しいか?」

「勿論です。なぜ、そのような質問を? もしかして、喜んでいるように見えないのでしょうか?」

「まるで通常のスケジュールを聞いているかのように冷静な様子だからだ。女性にとって結婚するというのは一生を左右する特別なことになる。政略結婚ならともかく、愛する恋人と結婚することが決まったと聞けば、非常に喜ぶのではないか?」


 その通りだとリーナは思った。


 嬉しくて嬉しくてたまらない。笑顔になる。喜びが溢れて止まらなくなるはずだ。


 しかし、リーナは知っている。


 嬉しくないわけではない。だが、何かが違うのだ。そのせいで、素直に喜べない。嬉しい気持ちに歯止めがかかってしまっているような感じがしてしまう。


 リーナはクオンに自分の気持ち、よくわからない感じがすることを伝えた。


「私……クオン様のことが好きです。結婚したいのもクオン様です。なのに、どうして……こんな風に感じてしまうのでしょうか? 自分のことなのにわからなくて、余計に変だなと思ってしまうのです」


 リーナの話を真剣な表情で聞いていたクオンは答えるのではなく、質問した。


「お前は勉強し、様々な事を身に着け、側妃に相応しい女性になりたいと思っているな?」

「思っています」


 リーナは強く頷いた。


「だが、今はまだ入宮してからさほど経っていない。勉強も始めたばかりだ。十分に側妃に相応しい女性になったと思えないうちに側妃になることが決まった。そのせいで、おかしい気がしているのではないか?」

「そうです。懸命に努力しないと側妃になれないと思っていました。でも、突然側妃になると言われました。まだ勉強できていません。なのに、側妃になるのはおかしい気がします。不出来なまま側妃になってもいいのでしょうか?」

「構わない」


 クオンははっきりと答えた。


「だが、一生ではない。あくまでも婚姻する際の話だ」


 クオンはリーナのためにしっかりと説明すべきだろうと感じた。


「普通であれば、お前が言うように様々な勉強をして、その成果が認められてから側妃になるのが望ましい。だが、時間がない」


 王太子はエルグラードにとって非常に重要な人物になる。その婚姻は単に個人の希望だけで決まるわけではなく、様々な政治的な要因も加味した上でのことになる。


 現在はミレニアスとの国交状態が良くないからこそ、王女との密談を破棄し、側妃候補から外してもおかしくないと判断された。


 しかし、これは今だからこその状況で、ずっと同じとは限らない。むしろ、国交状態がよくないからこそ、国交をよくするための婚姻をすべきだと考える者達が多くなれば、違った判断になるかもしれない。


 リーナがある程度の勉強を終えるまで待つという選択肢がないわけではない。


 だが、婚約期間に状況が変わる可能性を考えると、クオンは国王や重臣達の意見が自分の望む婚姻を認めているうちに婚姻しておく方が圧倒的にいい。


「国王はお前を側妃にしてもいいとは言ったものの、時期を待つようにと言った。ようやく許可が出た。国王や国の状況が変わらないうちに、私はお前を妻にしたい。お前が勉強している間に国王の気持ちや国の状況が変わってしまったら、結婚できなくなってしまう。それでは困るのだ。そういった事情から、お前が懸命に努力するつもりであったのを知っていながら、結果が出る前に側妃にすることになった。お前は勉強しなくても側妃になれるのであれば楽で、何の努力もしないで済むことを嬉しいとは思わない。なぜ、勉強していないのに側妃になれるのかと思ってしまう。そのせいで、うまく喜べないのだろう」


 そうかもしれないとリーナは思った。


 自分は懸命に努力しなければ側妃になれないと思っていた。しかし、勉強していない。懸命に努力している気もしない。なのに、側妃になれるのはおかしい気がした。


 リーナにとって、王太子の妻の座は途方もなく凄いものであり、懸命な努力なしに手が届くようなものではないどころか、懸命に努力しても手が届かない可能性があるようなものだった。少なくとも、リーナの認識では。


「婚姻する時期については、お前の気持ちや勉強の進行に合わせるよりも、私や国王、国の都合が優先だ。勉強は婚姻前ではなく、婚姻後にして貰う」


 クオンはもう一つ時間的な理由を挙げた。


「お前は二十歳だ。一般的な感覚であれば、まだ一、二年は婚約のまま花嫁修業をして過ごしてもおかしくはない。だが、私は二十九歳、十一月には三十歳になる。王太子にはできるだけ早く婚姻して欲しいと思う者達が大勢いる。国民を安心させるためにも、早く婚姻すべきだろう。王太子であるからこその事情があるのだ」


 リーナはまたもやそうかもしれないと思った。


 多くの国民が王太子の婚姻を望んでいる。年齢的にも、男性の結婚適齢期ギリギリだ。できるだけ早く婚姻した方がいいに決まっていた。


 クオンは強い眼差しでリーナを見つめた。


「リーナ、私の事情に合わせて欲しい。今は勉強をある程度済ませておくことよりも、婚姻をすることが優先だ。それが私の妻になるために必要な条件になった。お前はこの条件を受け入れることができるな?」


「はい。クオン様に合わせます」


 リーナは頷いた。


 元々、側妃になれば勉強が終わるということではない。側妃になってからも勉強が必要だ。その勉強は一生続く。それでも、リーナは努力するつもりだった。


 リーナの人生はただ運命のまま作られ、流されるままに歩くだけのものではない。


 自分の努力で作り、歩いていくものだ。努力なくして、本当に自分らしい人生を歩くことなどできない。そして、努力は幸せになるために必要だ。


 そう信じることができる。大勢の出会った人達のおかげで。


「このままだと、側妃になっても不足だと言われると思います。それでも私、頑張ります!ずっとクオン様の妻でいられるように、相応しいと認められるように必死に勉強していきます。少しずつ、一歩ずつかもしれませんが、それでも努力することを絶対に諦めません!」

「それでいい。私の妻は一生勉強するほどの努力家が望ましい。お前はその実力と覚悟がある。私もまた、エルグラードの良き統治者であり続けることができるように一生努力するつもりだ。私と共に一生努力してくれるな?」

「はい! 大丈夫です! 私、努力することだけが取り柄ですから!」


 リーナは自信に満ちた表情で答えた。


 クオンは力強く頷いた。だが、その表情はとても優しく、愛情が溢れていた。


「私はお前が努力以外にも素晴らしいものを多く持っていることを知っている。大丈夫だ。私もお前も必ず認めて貰える。そして、幸せになれる。そのために努力という力がある」


 リーナを幸せにしてみせる。いつしか生まれてくる子供達も。エルグラードの民も。


 クオンは王太子だ。そして、次期国王でもある。だからこそ、その望みは大きいだけでなく、難しいかもしれない。


 それでもクオンは自分ならできると信じることができる。努力すればいいのだと。


 そして、リーナが一緒にいてくれるならば、より大きな夢を描き、幸せに向かって歩いて行ける。


 クオンはまた一歩、自らの望む方へ足を踏み出したような気がした。


 リーナの手をしっかりと握りしめて。


 だが、あくまでも気持ちの問題である。


 実際は手だけではない。リーナをしっかりと抱きしめ、腕の中に囲い込んでいた。



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[一言] これだけだと、リーナは潰れるね~ 王太子は『支え』ると言っても、自分がもたれかかってるもんね(゜ー゜)(。_。)ウンウン
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