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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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647 事前通達

「嬉しくないの?」


 はっとしたような表情で、リーナは答えた。


「お、驚いてしまって……嬉しいです。ありがとうございます」


 確かに驚いているのはわかる。だが、嬉しいと思っているようには見えなかった。


「まあ、急に言われてもね。後から実感するわよ」


 ベルがフォローする言葉をかけた。


「これはあくまでも事前通達です。正式な通達は王太子殿下からでしょう。公表は夏の大夜会です」


 カミーラはヘンデルに視線を変えた。


「キフェラ王女が消えたことで状況が急変したようですね。王太子殿下の望まれる結果になったのは何よりですが、九月に挙式というのは随分早いように思います。準備が間に合うのでしょうか?」

「普通じゃ間に合わない。でも、側妃だからねえ」


 ヘンデルは笑顔のまま説明した。


「クオンは自分の誕生日までになんとかしたいと思っていたんだよね。だから、すでに結婚式や披露の舞踏会についても考えていて、実を言うと入宮前から準備は進んでいる。それでも結構厳しいけれど、王太子妃になるわけじゃない。結婚式は国家行事じゃないから身内だけの控え目なものでいいし、舞踏会についても既存の夜会の日程を潰せばいい」

「九月ということは、秋の大夜会が潰れるわけではないのですね?」


 王宮での行事には春夏秋冬に開かれる大夜会がある。


 大掛かりな夜会を行うのであれば、秋の大夜会を披露の舞踏会に変えてしまうという手もある。その方が予算を多く計上できるようになる。


「秋の大夜会は仮装か仮面舞踏会になるのが恒例だからねえ。レーベルオードの披露に続いて側妃の披露も仮面舞踏会にするわけにはいかない。そうなると、秋の大夜会の趣向を楽しみにしている者達が可哀想だ。んで、もっと前倒しにすることにした」

「九月末の通常夜会を潰すわけですね?」

「そう。振替になる」

「予算は大丈夫なのですか?」


 カミーラは賢い。だからこそ、予算の重要性を理解していた。


 何をするにも金がかかる、必要ということである。


「大丈夫。ちゃんと確保してる」


 ミレニアスとの婚姻に関する密約があったからこそ、王太子が三十歳になる今年度の予算には特別予算が多く計上されていた。


 それが側妃を迎えるための予算になるだけに過ぎない。むしろ、王太子妃に迎えるための予算であるため、十分な額である。


「ぶっちゃけ、冬は食品や生花の価格が上がるし、暖房費もかかる。同じ規模の夜会をするにしても、冬の方が高くつくわけだ。九月なら果物の出荷量も豊富な時期だし、バラの花の供給にも都合がいい。安上りかな。まあ、今年の夏はあんまし暑くないから収穫量や品質に多少の懸念が生じているけれど、大きな影響はないという予想だ。備蓄も十分にある」


 でなければ戦争などできない。


 ヘンデルはそう言わなかった。めでたい話に水をさす必要はない。


「ミレニアスへの経済制裁のせいで悪影響はでませんか?」

「それを補うのがデーウェンさ。輸出入の枠を増やしたからね。次はローワガルンとの交渉になるけど、素晴らしいダイヤモンドを供給してくれると思うよ」


 ローワガルン大公国は大陸で最もダイヤモンド産業が発達している国と言われており、特に研磨技術は世界一を自負している。


 世界中からダイヤモンドの原石が運び込まれ、原石や研磨したものが大量に取引されている。


 エルグラードにあるダイヤモンドのほとんどはローワガルンから入って来るものだ。


 デーウェンやミレニアス、他の隣国からも入っては来るが、少量でしかない。


 多くの者達は金を積めば積んだ分だけ大粒、あるいは高品質のいいダイヤモンドが手に入ると思っている。


 勿論、それは間違いない。但し、一般市場に関する常識だ。


 一般市場には出回らない特別なダイヤモンドがあるのもまた常識である。


 それをどこにどう融通するかを牛耳っているのはローワガルン大公家だ。


 つまり、本当に大粒で高品質の特別なダイヤモンドを手に入れるためには、ローワガルン大公家と親しくなければならない。


 エルグラード王国の第二王子エゼルバードとローワガルン大公国の大公世子ハルヴァーは仲がいい。エゼルバードとの友情に対し、ハルヴァーの方が熱を上げているといってもいい状態だ。


 間違いなく、特別なダイヤモンドを祝いの形として提供してくれると思われた。


「リーナちゃんに贈られた満月の指輪、あれに使われたダイヤモンドもローワガルンのなんだよねえ」

「もっと大粒のものを手に入れるべきでは? ティアラが必要になるはずです」


 カミーラが尋ねた。


「新規に作るならそうかもねえ。でも、時間がないから王家の所有するものから選ぶ」

「王太子殿下はそれでいいと?」

「むしろ、その方がいい。歴代の王族が使用した品を身に着けるということは、正式に王族の仲間入りをしたことを認めるということだからね」

「王妃様が反対しそうです」


 カミーラの指摘にヘンデルは頷いた。


「宝飾品は王妃が管理している。たぶん、側妃だからといってシンプルなティアラを使用するように口を出すと思う。その交渉はこれからなんだよねえ」


 面倒な交渉は他者に任せるのがヘンデルの主義だ。


 全てを自分で抱え込むと、首席補佐官の仕事が回らなくなる。


 しかし、王妃はレーベルオードを冷遇しているため、パスカルを交渉役にすることができない。となると、ヘンデル自身か他の側近が交渉しなくてはならない。


 誰が交渉するか決定していないものの、ヘンデルは自分になりそうだと感じ、その件に関しては憂鬱な気分だった。


「ま、いきなりは駄目でも納得しない者達が援護してくれるかなあと思っているよ」


 リーナの身に着けるティアラを豪華にしたいと思っているのはヘンデルだけではない。


 王太子は勿論のこと、装いにうるさい第二王子を筆頭に弟王子達も同じく気にする。


 国王もこの件に関しては協力すると思われるため、王妃がいくらゴネても時間と無駄な労力しか稼げない。


 最終手段は国王命令。最初からこれで片づけたいところだが、簡単に乱発するものでもないため、ヘンデルは必要な段階を踏むことについては仕方がないとみなしていた。


「んで、リーナちゃんは夏の大夜会までこのまま後宮に籠って勉強してくれた方がいい。余計な者達が周辺をうろちょろしないようにね。カミーラ達にも動いて欲しい気もするけど、今は情報制限がかかっているんだよね。だから、後宮からやっぱり出ないで欲しい」

「夏の大夜会に対する準備はいいのですか?」

「うん。公式発表だけだしね。むしろ、その後で動いて欲しい。夏の大夜会が終わると、国王命令で退宮することになる。だから、遠慮なく外で動き回れるよ。俺がこき使ってやるから期待して!」

「お兄様にこき使われるのは嫌だけど、リーナ様のためなら喜んで!」


 ベルが一番にそう言った。


「あれ、ベルはリーナちゃんと仲良くなっちゃった?」

「勿論よ! だって、私とリーナ様はダンスで結ばれているもの!」


 リーナの自習は座学ばかりではない。運動不足にならないように、ベルがリーナにダンスを教えていた。


「リーナちゃんはダンスが苦手だから、あんまし無理させないでよ。怪我は絶対駄目だからね?」

「大丈夫。リーナ様はダンスが苦手だけど、練習すればできるのよ。練習してもできない子じゃないの。そこ、凄く大事だから!」

「そっかあ。まあ、ベルの暴走はカミーラが止めてくれると思っているけれど」

「お兄様が暴走しないか心配です」

「大丈夫。クオンもだけど、俺、最近パスカルに負けててさ……主に仕事量で」


 他にもある、と思うのはヘンデルの個人的見解である。


「俺より忙しいからこっちに来ることができないけれど、恨まないでねえ」


 確かにパスカルはめっきり姿を見せなくなっていた。


 しかし、王太子の側近兼第四王子の側近である。忙しいに決まっていた。


「今の後宮は何かと騒がしいんだよね。すぐには片付かないかもしれない。でも、凄く重要な時期だ。リーナちゃんの側にいて守って欲しい。カミーラ達がいれば俺も安心できる」

「……わかりました。リーナ様のお側を離れません」


 カミーラは了承しつつも、質問せざるを得なかった。


「ですが、私もいずれ退宮することになります。大丈夫でしょうか?」

「夏の大夜会の後、リーナちゃんは王宮に移す。婚約者になるからね。警護を厳重にするため、新緑の私室に住まわせる。なんで、王宮の方で守ってくれる?」

「側付きになるのでしょうか?」

「招集命令がかかると思う。まあ、その時にね」

「わかりました」

「ラブちゃんは真面目に学校に行っていいよ」

「つまらない。私にもなんかやらせてよ。学校行くよりよっぽど面白いし!」


 不満顔のラブに、ヘンデルは苦笑した。


「あれ? 俺がウェストランドをこき使ってもいいの?」

「駄目に決まっているでしょ! でも、月明会なら動けるわ。あれは女性達だけの特別なグループだもの」

「そっかあ。じゃあ、月明会にまたお願いしちゃおうかな?」

「私も月明会のメンバーです」


 カミーラが冷静な口調で言った。


「私もよ!」


 ベルも声を上げた。


 リーナは首を傾げた。


「月明会、ですか?」

「女性だけの社交サークルです」

「社交をするための集まり、ということでしょうか?」

「そうですが、社交の勉強や社交的な催し等に積極的に関わるような活動をしています。今だからこそ言いますが、王太子殿下が主催した音楽会にも関わりました。女性視点でこのようにしたらいいのではないかということを考えたのです。催しを考えるのは主催者やその部下の方々でしょうが、多くは男性です。女性視点における不具合を見つけにくくなります。そこで、女性の集まりである月明会が催しを成功させるために協力するというわけです」

「勉強もできて人の役にも立てるなんて、素晴らしい活動ですね!」


 リーナの表情がようやく明るいものになった。


「私も月明会に入って社交を勉強したり誰かの役に立ったりしたいです。カミーラ様達も一緒なら心強いですし。駄目でしょうか?」


 女性達の視線がヘンデルに集中した。


 困ったなあ。


 心の中でヘンデルはぼやいた。


 月明会というのは、リーナのために内密で働く女性達の集まりだ。いずれはリーナの友人や側近になりそうな者達を集め、一致団結させ、少しずつ様々な経験を積ませるためのものでもある。


 リーナが入会するために設立したものではなかった。


 単に社交サークルでいいということであれば、いくらでも他にあてがある。


 母親であるイレビオール夫人に言えば、自分の所属する青玉会へと招待するだろう。


 いや、すぐに入会させるために誘導するに決まっている。


 なにせ、王太子が唯一寵愛する女性。側妃だ。


「王太子殿下に相談しとくよ」


 ヘンデルは笑いながら誤魔化した。



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