639 正式な贈り物
金曜日の学習室。
朝礼時間になると、ペネロペが姿をあらわした。
「皆様、おはようございます」
ペネロペは学習室を見た。
空席が七つある。
その内の一つはキフェラ王女のものだ。授業の妨害行為に対する反省を促すため、二週間の謹慎中である。
残りの六席はただの欠席ではなかった。
「早速ですが、お伝えします。本日の朝、側妃候補の小論文審査の結果を受け、六名の落選者が退宮することになりました。順番に名前を申し上げますと、セレスティア=ファーンベルク公爵令嬢、アルディーシア=レイジングス公爵令嬢、ユーフェミニア=リーデスラー侯爵令嬢、メレディーナ=ラッフェルカノン侯爵令嬢、シュザンヌ=ピーニエ侯爵令嬢、チュエリー=ホルスター伯爵令嬢です」
残った側妃候補は七名。
リーナ、カミーラ、ベル、ラブ、キフェラ王女以外の二人はオルディエラとエメルダだった。
つまり、以前から入宮していた側妃候補では王太子の側妃候補だけが残り、第二と第三王子の側妃候補は全員審査に落ちたということになる。
最後に残った一人が側妃になるという誤解を防ぐため、あえて第二、第三王子の側妃候補については二人を同時に落としていた。
「国王による命令書が届き次第、三日以内の退宮ということになります。前回の退宮時と違って人数も少ないことから、日数的な猶予が少なくなっております。別れの挨拶等がある場合は早めにしておかれることをおすすめします」
ペネロペはファイルをめくった。
「他にも、重要な通達があります。それは、側妃候補の教育に関わることに対する調査が行われることになりました。講師に対する調査もありますので、いくつかの授業を行うことができません。そのため、今日及び来週の授業は全て休講にし、自習することになりました。調査に関わる方々が多く後宮に出入するため、側妃候補の方々が授業を受けるために移動する際、問題が起きないようにするためでもありますので、よろしくお願い致します」
ペネロペはファイルを閉じた。
「最後に、リーナ様」
「何か?」
リーナは自分が名前を呼ばれたため、緊張した。
「休講中、臨時の講師を派遣しますので、自室で勉強されて下さい。また、朝礼後に国王陛下がこちらにお見えになられるそうです。自室に戻ることなく、このままお待ちください。また、皆様も護衛騎士あるいは警備等の方々より指示があるまで、こちらの部屋でお待ちください。では、私はこれにて失礼致します」
学習室に国王が来る。
リーナも部屋にいる者達も一気に緊張した。
ペネロペが退出した後、数人の護衛騎士と侍女達が入れ替わるように部屋に入り、教壇まで移動した。
「側妃候補の皆様、おはようございます。私は国王陛下の護衛騎士を務めるケンドールと申します。この後、国王陛下がお見えになりますので、その前に安全確認をさせていただきます。皆様はそのままご着席下さい。また、ポケットなどに入っている所持品は全て机の上に置いてください。侍女が所持品に危険物等がないかどうかを確認致します。また、ポケットの中に何も入っていないことも確認させていただきます」
護衛騎士は部屋の確認、国王付きの侍女達がリーナ達のドレスのポケットや所持品を調べ、問題がないかを確認していく。
その手際は非常に素早く、短時間で問題ないことが判明した。
「安全確認が終わりました。普段から陛下が足を運ばれるわけではない場所や特殊な状況であることから、念のために安全確認をすることになりましたこと、ご了承ください。では、これよりご起立下さい。陛下がお見えになるのをお待ちいただきます」
国王を着席したまま迎えるのは無礼になる。
リーナ達はすぐに席を立った。
さほど待つことなくしてドアが開かれ、エルグラード国王ハーヴェリオンが姿を見せた。
「リーナ、元気か?」
ハーヴェリオンが話しかけたのはリーナだけだった。
「おはようございます、陛下。私は元気です!」
リーナは深々と頭を下げたまま答えた。
「ふむ。別に頭を上げてもいいぞ?」
「はい!」
リーナは許可が出たと感じ、頭を上げて姿勢を戻した。
しかし、他の側妃候補は全員恭しく礼をした姿勢を保っている。
ハーヴェリオンは他の者達へ頭を上げる許可を与えないまま、リーナに話しかけた。
「ここへ来たのは特別な用事があったからだ。まず、一つ。小論文についてだ。選考のことは聞いていたため、最高評価だという小論文を読むことにした。すぐにリーナの書いたものだとわかった。確かに素晴らしい。心が震えるような内容だった」
ハーヴェリオンは優しく微笑んだ。
「息子のことを心から愛してくれて嬉しい。父親として、心から感謝する。そのことを伝えたくなった。特別な贈り物も持って来た」
ハーヴェリオンは側に控えている側近に視線を向けた。
「読み上げろ」
「勅書。リーナ=レーベルオードには入宮祝いとして、王宮敷地内にある全ての庭園へ出入する許可を与える。個人所有の庭園に関しても、王宮敷地内であれば該当するものとみなす。また、国王の庭園にあるバラの木、至高と命名されたもの与えるものとする」
側近が読み上げたのは正式に発行された勅書だ。
リーナは王宮敷地内にある全ての庭園に出入することができることになった。個人が所有するような庭園も対象になる。
これに関しては王妃や側妃達からの反発もあったが、謙虚なリーナであれば、特権を盾にして誰かの庭園に無理やり出入りするようなことをするはずがない。信頼の証として認めるようにと説得した。
また、リーナに与える花に関しては、バラということは決定していたものの、どのバラを与えるかで意見が分かれた。
多くの者達が出入できる場所にして見せびらかすか、それとも特別な者しか出入できないような場所にあるバラにすることで、栄誉をあらわすか。
結局、悪意ある者が薬をかけて枯らすなどといった嫌がらせがあると大問題になりかねないため、庭園であっても入場制限や警備が厳しい国王の庭園にあるバラの木を与えることになった。
「至高と名付けられたバラは、かつて、私が最も愛する女性に与えた。だが、その女性はもういない。正直、あのバラを一人で見るのは寂しい。だからこそ、息子の愛する者に受け継ぎたい。受け取ってくれるか?」
「はい。陛下がとても大切にされている心も受け継ぐことができるように、私も大切にします」
「そうか。ならば安心だ」
ハーヴェリオンは心からの笑みを見せた。
バラを受け取るだけでなく、大切に想う心も受け継ぐという言葉に対し、素直に嬉しいと感じた証拠だ。
「では、早速見に行こう」
「えっ、もしかして、バラのことでしょうか?」
「勿論だ。どのようなバラか気にならないか?」
「とても気になります。何色なのかとか」
リーナの正直な言葉にハーヴェリオンは答えた。
「それはまだ秘密だ」
ハーヴェリオンは手を出した。
これは、国王自らエスコートするということになる。
「……陛下、よろしいのでしょうか?」
「息子の許可は取っていないが、私は国王だ。問題ない」
エルグラードにおいて、国王の決定は絶対だ。
王太子の許可を取っていなくても問題ない。普通に考えれば。
「それとも、国王のエスコートを断るのか?」
「光栄です!」
リーナが慌てて差し出した手を、ハーヴェリオンはしっかりと掴んだ。
「女性をエスコートするのは久しぶりだ。緊張する」
国王には妻がいる。だが、エスコートはしない。王妃でさえも。
なぜなら、国王がエスコートしたいのは一人。リエラだけだった。
だが、ようやく別の女性をエスコートする気になった。
それは一人の男性としてでも、国王としてでもない。父親として。
これならリエラも文句は言わないだろう。
リーナはエルグラードの国王にエスコートされ、国王の庭園に向かうことになった。





