636 友愛
長い物語を読んで下さる優しい読者様へ (事前告知)
本当にいつもありがとうございます!
何年経ってもまだまだ初心者レベルで申し訳ないのですが、おかげさまで書き続けることができています。
感謝の気持ちを込めて何かしたいと思ったので、番外編企画を試みました。
番外編はここにいれるのではなく、新規の短編小説になります。
タイトルは「暴君と呼ばれる第四王子の聖夜」です。
今の季節ならではのお話をお届けします。
(十二月二十四日午前零時に予約投稿)
これからもコツコツ頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!
そして、決定的な時が訪れた。
セブンはウェストランドの跡継ぎとしての儀式を受けた。
儀式ではセブンが数十匹のウサギにエサを見せることになっていた。
従順なウサギは大切にされ、反抗的なウサギは殺される。
セブンはウサギにエサを見せたが、一匹もセブンの元へ寄って来なかった。
怯えるようにその場を動かない。あるいは逃げようと遠ざかる。
反抗的だと判断された。
「セブン、反抗的なものは全て殺せ」
「嫌だ。殺したくない」
セブンは自ら手を下すことを拒否した。
だが、それはウサギを殺さないということではない。ウサギを殺すのは決定事項だ。
但し、自ら手を汚す必要はない、手足となる者が殺せばいい、任せるという命令になる。セブンが実際にそう思うかどうかは別として、自動的にそうなるのだ。
この儀式に必要なのは慈悲ではない。ウェストランドに従うかどうかの選別、行動にふさわしい処遇の決定と実行だった。
ウェストランドの当主になるためには、時に非情な判断をする覚悟もなければならないということを経験するためのものでもある。
ウサギは空腹ではなかった。むしろ、多くのエサを食べさせた後で、腹が膨れていた。
セブンがエサを見せても、寄ってくるわけがなかった。
ウサギはセブンに絶対の忠誠を誓う者達によって殺された。一匹も助からなかった。
もしここで助かったとしても、食用ウサギである。どうなるかは決まっていた。
セブンは跡継ぎとして厳しくも適切な判断をした。そして、セブンに絶対的に服従する者達はその証を立てたと判断され、儀式は終わった。
殺されたウサギは丸焼きにされ、祝宴の食卓に並んだ。
儀式で使ったウサギを夕食にして、有効活用するということではない。
ウェストランドに従わないものは処刑され、火あぶりになる。それを多くの者達に知らしめるため、食卓に並べただけだった。つまり、見せしめだ。
セブンはウサギの肉を食べるどころか、丸焼きになったそれを直視できなかった。
だが、ウェストランドの跡継ぎ達はこの儀式を脈々と受け継ぎ、こなしてきた。
おぞましい。気持ち悪い。
セブンは自らを血塗られた一族の跡継ぎ、穢れていると思うようになった。
その後もウェストランドの独特な英才教育は続く。
現役の暗殺者から暗殺術とその対処法を学び、実際に殺す経験も積んでいた。
その時、一緒に学んだのがアージェラスの第三王子アベルだ。
セブンは着々とウェストランドに相応しいと思われる者になっているかのように見える。
しかし、ウサギの丸焼きには嫌悪感を示すようになった。
そして、特別な女性を探し求めている。
穢れていない。穢れもしない。本当の家族を自分と共に作れる女性を。
「それで? リーナのことを穢れていないと思ったのですか?」
エゼルバードは続きを促した。
「それともすでに穢れているため、これ以上穢れることはないと思ったのですか?」
「リーナは穢れていない」
セブンは答えた。はっきりとした口調は明確な意思表示だった。
「多くの者達はむしろ穢れているといいそうです。孤児ですし、平民です。最下級の召使でもありました。汚れた場所を掃除するのが仕事です。しかも、一般的に最も不浄だと思われるような場所でした。だというのに、穢れていないと思うのですか?」
「エゼルバードはリーナのことを穢れていると思うのか? だからこそ、自らが穢れを祓うと?」
セブンは質問で返した。
エゼルバードはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。私はリーナを穢れているとは思っていません。むしろ、その逆です。とても清純で無垢だと思います。どれほど穢れるような状況であっても、穢れなかった女性でしょう。セブンもそう思うのでは?」
「思う」
「ですが、残念なことにこの世には完全なる清純さと無垢は存在しません」
エゼルバードは一息ついた。
「リーナには私の知らない部分が多くあるはず。それを知ってしまったら、意見が変わるかもしれません。また、これまでは穢れていなかったにせよ、これから先も一生穢れないままであるかはわかりません。ですが、私が重視しているのは、いま愛しいと思える部分があるかどうかです。リーナには不足な部分が多くありますが、それを克服し、自らを向上しようと努めています。私はそんなリーナを好ましく愛おしいと感じます。きっと兄上も、リーナに好感を持つ者達も同じ気持ちでしょう」
エゼルバードはセブンを見つめた。
「貴方はどうです? リーナに愛しいと思える部分があると思いますか? リーナの全てである必要はありません。ほんの一部、些細なことでもいいのです」
セブンは考え、そして答えた。
「……あると思う」
「どんな部分にあると思うのですか?」
「よくわからない。わかる前に、考えるのを放棄した。王太子のものでは無駄だ」
エゼルバードは質問した。
「魂はどうですか? 心は? 美しいと思いますか?」
「思う」
「魂や心は見えません。なのに、どうして美しいと思うのでしょうか?」
「わからない。ただ、そう感じているだけかもしれない」
「そうですね。とても素敵な考えです。私やセブンの心や魂が、目には見えない特別な何か、美しさを感じ取っているということなのでしょう。どうやら、私達は同じ感覚を持っているようです」
エゼルバードは満足そうにそう言った後、魅惑的な眼差しをセブンに向けた。
「ねえ、セブン。私と一緒に兄上からリーナを奪ってしまいましょうか? 首尾よく手に入れることができた場合、共有するのはどうでしょう?」
セブンは目を見開いて驚いた。
「私の病気は知っているはず。妻にしても、リーナに子供を産ませることができないかもしれません。ですが、リーナは子供を欲しがるかもしれません。ならば、慈悲深い夫として、子供を作るための男性を与えればいいのでは? 私は育ての父親になりますが、血のつながった父親は他の者にするわけです。どうですか? ウェストランド流ですよ」
エゼルバードは知っている。セブンの父親がゼファード侯爵ではないことを。
「欲しいのでしょう? たった一度の触れ合いだったとしても、貴方の中にある穢れを全て払ってくれるかもしれません。そして、子供の誕生こそ、貴方の穢れが祓われた証になるのではありませんか?」
エゼルバードの見た目は天使のように美しい。だが、時に悪魔のような言葉を放つ。
誘惑だ。
自由を愛するからこそ……いや、違う。これは……!
セブンは見抜いた。
エゼルバードは悪魔のような誘惑を口にしてまで、セブンの真意を確かめようとしている。
誘惑に負けるようであれば、見限るつもりだ。敵とみなすかもしれない。
セブンはロジャーを退出させたのは自分だと思っていたが、そうではなかった。
エゼルバードが退出させた。わざと。
「……断る。お前がクルヴェリオン王太子を裏切るようなことをするわけがない。そして、リーナもまた夫以外の者と子を作ろうとは思わない。夫との間に子供ができなければ、夫と二人で生きる道を受け入れるだろう。私は約束した。諦めると。その約束を違えることはない。お前の信頼を決して裏切ることはない。もし、お前が自分と同じ気持ちを感じている者が欲しいのだとしても、お前ほどクルヴェリオン王太子を敬愛する者はいない。リーナを愛するだけでは同じになれない」
セブンはまっすぐにエゼルバードを見つめた。輝くような灰色の瞳で。
「お前は天使でも悪魔でもない。そのふりをする必要もない。私が至宝でも死神でもないように。私達は人間だ。もし、愛を手に入れるのが難しいと感じているのであれば、私はお前に寄り添うことができる。私もまた、愛を手に入れるのが難しいと感じているからだ。正直に言えば、愛は曖昧過ぎてわからない。だが、お前を大切に想う気持ちは愛だと思う。友愛という言葉が存在するからだ。失いたくない。一生、お前の良き友人であり、理解者であり続けたい。これが私の本心だ」
エゼルバードは笑った。一瞬にして妖しい光は消え去る。
セブンの前にいるのは、いつものエゼルバードだった。
ただ、ありのままにいる。それだけで天使のように美しい。自由と愛を尊ぶ者だ。
「セブンは本当に手強い。私の誘惑に乗らないのは、名前に込められた加護のせいかもしれませんね」
「いい名前とは思えない」
「私の名前よりましでは?」
「悪くない名前だ」
「どうしてそう思うのです?」
セブンは迷うことなく答えた。
「鳥だからだ。大空を自由に羽ばたくための翼がある。鳥から見れば、地上を見下ろすのは普通なのかもしれない。だが、羽を持たずに地上でうごめく者から見れば、どれほど羨ましいことか」
「ありきたりな答えです」
「だが、天使の部分がいいと褒め称えるのはもっとありきたりだ」
だが、セブンはエゼルバードを天使のように思う時がある。
見た目の美しさだけではない。自らが信じるものへの一途さと忠実さ。穢れることも厭わずに剣を持ち、敵をせん滅しようとする。
それはまるで神のために戦う天使のように思えた。
エゼルバードの崇める神の名はクルヴェリオン。王太子だ。
「否定はしませんが、私の気分はまだまだ上がりません。もっと喜ぶような話をして欲しいですね」
「セレスティアとユーフェミニアのことだがどうする?」
気分が上がる話ではない。むしろ、下がる話だ。
エゼルバードの表情は不機嫌になった。
「アフターフォローの話ですか?」
「そうだ」
「希望は出ているのですか?」
「ないわけではないが、非常に乗り気な者はいない。兄が面倒を見ればいいという意見が多い」
セレスティアとユーフェミニアはエゼルバードの側近に名を連ねる友人の妹達である。
だからこそ、最後まで候補として残った。それ以外の理由はない。
小論文の選考で二人同時に落とすことが内定していた。
但し、エゼルバードを熱烈に想っている女性には注意が必要である。二人は友人の妹だけに、退宮後もエゼルバードの近くにいる可能性があった。
そこで、エゼルバードに対して危害や迷惑をかけないような対策、何者かが恋人、婚約者、夫になって管理するのはどうかと検討されたのだった。
「それでいいのでは? おかしな素振りがあれば、両親が修道院送りにするでしょう」
「長き間、お前の縁談を阻止する材料になり、余計な女性達をけん制する役目を果たした。最後に贈り物をしてやるぐらいの慈悲はあってもいいのではないかという意見も出た」
エゼルバードは面倒だと言わんばかりの表情になった。
きっとその意見はセレスティアとユーフェミニアの兄達からだと察する。
「適当なものをあげるのは構いませんが」
「最後の贈り物になるため、宝飾品でもいいか?」
「駄目です。花か菓子にでもしておきなさい」
エゼルバードは自身の名前でどうでもいい者達に宝飾品が贈られるのを好まなかった。
贈り物を貰ったことをきっかけに、女性達が醜い争いを繰り広げるのを知っているからである。
滑稽だと失笑する程度で済むならいいが、本格的な泥沼になるのは避けたい。面倒になる。
若い頃は側近や友人達がエゼルバードの名前で宝飾品を贈ったせいで、本命は自分だ、寵愛されていると勘違いされてしまい、女性達が激しく揉めた。当然のごとく社交界を賑わせ、醜聞沙汰にもなった。
だからこそ、宝飾品や高価な贈り物、ずっと残るようなものに関しては簡単に許可を出さないことにしていた。
「ロジャーとセブンで一人ずつ貰ったらどうですか?」
「却下する」
セブンは第二王子次席補佐官だ。ロジャーは首席補佐官。
しかし、上司の命令に対する拒否権はあった。友人として。
「他の女性でもいいですよ。選考に落ちた側妃候補を片づけなくてはなりません。誰かと婚姻させてしまうのが最も手っ取り早いでしょうし」
「そういったことはヘンデルが考えている気がする」
エゼルバードは首を横に振った。
「ヘンデルがそんなことをするわけがありません。手配するのは僻地にある修道院のパンフレット位ですよ。さすがに可哀想ですので、多少はましな選択肢を与えてやりましょう」
「だが、簡単ではない。女性で二十代後半となれば、いかに家柄が良くても条件のいい縁談は難しい」
エゼルバードは閃いた。
「身内で探しなさい」
「皆、嫌がると思うが」
エゼルバードの友人には未婚の男性は多い。一番の理由は結婚する気がないからだ。縁談を持って行ったとしても、理由をつけて断るに決まっていた。
多くの者達はエゼルバードが婚姻するか、三十歳になるまでは猶予があると思っている。それはセブンやロジャーも例外ではない。
「そうではありません。各側妃候補の親族で独身の者をあてがうのです。下手に他家と結びつかれるのも厄介ですしね。この際、内々でまとめてしまいましょう。何かあっても連座になれば親族も清算することになります。無駄な被害が他の貴族に及びにくくなるでしょう。慈悲深い案ではありませんか」
「そういうことなら、皆、やる気が起きそうだ」
やる気が起きるのは、問題が起きた際の処罰で連座になる貴族の数を抑えれるという理由ではない。女性達を妻として押し付けられないためである。
「ここに籠ってはいるわけにはいかないようです。やらなければならないことがあります。私は恋のキューピッド役ですからね。まずは周囲の者達からです。強制的にでも片づけてしまいましょう」
セブンは思った。
周囲というのはエゼルバードの周囲ではない。王太子やリーナの邪魔をする周囲のことである。自分は対象外だ。
まだ、一人でいたい。祖父母や両親のようになりたくない。少なくとも、心の奥底に感じるよくわからない何かがわかるまでは、このままでいたい。
それもまたセブンの本心であり、願いだった。





