635 打ち明け話
「それで?」
エゼルバードは被っていた毛布を取り去ると、セブンを真っすぐ見つめて尋ねた。
まるで、尋問をするかのように。
冷静に考えればこの状況はおかしい。
恋の病だといって毛布を頭からかぶり、部屋に閉じこもっていたのはセブンではない。エゼルバードだ。打ち明け話をするのであればエゼルバードの方だった。
しかし、すでにエゼルバードは状況説明をしている。本心を打ち明けてもいる。
となれば、対価を要求してもおかしくない。
すなわちそれは、セブンの打ち明け話だった。
セブンはベッドの端に腰かけると、深いため息をついた。
「元気が出たか?」
「話を聞く気分にはなりました。まさか、はぐらかすつもりではないでしょうね? 私は正直に話したのですよ。ならば、正直に答えるべきではありませんか?」
「別に隠しているわけではない。前に言った通りだ」
「それでは駄目です。はっきり言いなさい。リーナのことが好きなのですか?」
セブンは答えた。
「かもしれない。わからない」
「誤魔化すつもりですか?」
「そうではない。ただ、確信していたわけではない。いいとは思った。だが、あくまでも可能性の話だ。様子を見ていた」
「確かに最初はそういう話でした。ですが、随分前の話です。もう結論は出たのでしょう?」
「王太子のものだという結論だ。その場合、諦めるという約束だった。それ以上は考えていない」
「それで私が納得するとでも?」
「本当のことだ。それがエゼルバードの望みでもあった。私が欲しいと言った時、反対したではないか。王太子のことを条件にしたのもエゼルバードだった」
確かにそうだった。
だというのに、今は自分が欲しいと思っている。
人の気持ちは変わるということをエゼルバードは実感した。
「私が知りたいのは、リーナのどんなところがいいと思ったのかです。まさか、絶世の美女だと思っているわけではないのでしょう?」
ややあってからセブンは答えた。
「王立歌劇場でその姿を見た際、印象的だった。白いドレスに身を包んだ者達は大勢いたが、一人だけ目に留まった。遠くからだったが、清楚で穢れのない花嫁のように見えた。このような女性を妻にしたいという気持ちになった。この先、同じような気持ちを感じる女性と会えるかわからない。そこで女性のことを調査し、自分の気持ちを深く検討することにした。時間がかかるであろうことを踏まえ、他の者達をけん制するためにも、ある程度は動いておく必要があると判断した」
やはり、とエゼルバードは思った。
「リーナが自らの穢れを祓ってくれるとでも思ったのですか?」
セブンは黙り込んだ。口を引き結んでいる。
「貴方は穢れていないと言っても、全く耳を貸さないままここまで来てしまいましたね」
「そんなことはない。エゼルバードの言葉は重視している」
「ですが、今も欲しい女性は一緒でしょう? 穢れていない女性。あるいはどんなことがあっても穢れない女性」
セブンは答えない。
沈黙は肯定だった。
セブンはウェストランド公爵の一人娘プルーデンスの息子として生まれた。
ウェストランド公爵には娘が一人しかいなかった。
ウェストランド公爵はもっと多くの子供をもうけるつもりだったが、子供を一人産めば自由にしていいという約束の元に結婚したため、ウェストランド公爵夫人は娘を産んだ後、愛人と派手に遊ぶようになった。
ウェストランドの血を引かない子供をウェストランドの子供であるかのように産まれては困る。ウェストランド公爵は妻との間に子供をもうけることを諦めた。
そういった事情もあり、一人娘であるプルーデンスは出来るだけ早く結婚し、子供を産む役目が与えられた。
プルーデンスは十六歳になると幼馴染の男性と政略結婚する。子供はなかなかできなかった。そのため、ようやく妊娠して生まれた息子はウェストランドを救う至宝だと思われた。
特別な子。だからこそ、特別な名前を。
息子の名前はセブンになった。
これは世界にある七つの美徳、知恵、勇気、節制、正義、愛、信仰、希望の加護を得られるようにという意味が込めたことに由来する。
その一方で七つの悪徳、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰から守られるようにという願いも込められた。
清く正しく美しく、純粋で完璧なウェストランドの跡継ぎとして育てるべく、まさにウェストランドが総力を挙げてセブンにはウェストランド流の帝王学を学ばせることになった。
しかし、セブンは学べば学ぶほど、疑問を感じた。
ウェストランドの当主になるにはこうであれと教わるものの、自分よりも先に当主になるはずの母親、更に現当主である祖父は同じ教育を受けたようには思えなかった。
そして、当主の配偶者もまた、ウェストランドに相応しい者とは思えなかった。
なぜ、このような者達が当主の配偶者に選ばれたのか理解できない。もっとましな者達がいたはずだとセブンは思った。
「おじい様、どうしておばあ様と結婚したのですか?」
セブンは祖父であるウェストランド公爵に尋ねた。
「愛していたからだ」
だが、別の者達は違うことを教えた。
「旦那様は世界一の美女と結婚した」
「ウェストランドの子は美しくなければならない」
ようするに、美女だったからだ。美しい子供が欲しかった。
愛していたのは女性ではなく、美しさだったのかもしれない。
理由はいくらでも思いついた。だが、本当に心から愛しているからとは思えなかった。
もしかすると、結婚した時は愛していたのかもしれない。その後はともかく。
「おかあ様、どうしておとう様と結婚したのですか?」
セブンは母親にも尋ねた。
「ずっと前から決められていたの。他の選択肢は一切認められなかったわ。嫌だといったけれど、未成年だったから抗えなかったの。女は損ね。十六歳から結婚できるなんて! 十八歳からであれば、成人としての拒否権があったのに!」
ようするに、両親が決めたからしぶしぶ結婚した。愛していたわけではない。
「子供を産んだら好きにしていいと言われたのよ。だから、耐えたのよ。私は最高の子供を手に入れることができたわ!」
プルーデンスはセブンを愛した。自分に似ている。同じ髪と瞳だと自慢するのが常だった。
夫婦仲が冷めていることから、母親は息子が父親似ではないことを喜び、嫌味にしているのだろうと思われた。
だが、ある時のこと。
セブンは母親と祖父が激しい口論をしている場面に偶然遭遇した。
「子供を産んだら好きにしていいと言ったじゃないの!」
「一人でいいとは言っていない!」
「お母様は一人だけだったわ! しかも娘じゃないの! ずるいわ!」
「男だろうが女だろうが継げるからだ!」
「もう嫌よ! 絶対に生まないわ!」
「あの男と約束したのではなかったのか? もう一人産むと」
「産んだら取られるのよ? それがわかってて産むわけがないでしょう!」
「更にもう一人産めばいいではないか!」
「嫌よ! 好きでもない男性と無理やり結婚させて、その後は優秀な男を誘惑して子供を産めだなんて、勝手すぎるでしょう! しかも、愛する子供を奪われるためにまた産むなんて! 大体、子供が作れない男を娘の夫に選ぶなんて、お父様は見る目がなさすぎるわ!」
「子供ができないなどと事前にわかるわけがないだろう!」
「早く離婚させてよ! セブンの父親でもないのに、父親面させるなんて吐き気がするわ!」
「離婚は許さん!」
セブンは知ってしまった。
自分の父親はゼファード侯爵ではないことを。
しかし、納得もできた。父親が自分に対してよそよそしい理由がわかった。
セブンは紛れもなくウェストランドの跡継ぎだが、自分の子ではない。にもかかわらず、自分の子供として扱わなくてはならない。義理ではなく、本物の父親として。
それが婿養子であるゼファード侯爵に求められた役割であり、ウェストランドに従うということだった。
一見するとどこから見ても四大公爵家といわれるにふさわしい血筋や家柄の高貴な者達ばかり。容姿も秀でていた。能力もあった。
ウェストランドという名の元に結集しているものの、心はバラバラだ。それぞれが愛人を作って好き勝手している。
そして、全員が浮かべているのは偽りの笑みだった。家族と呼べるような絆はない。あるのは血と契約と虚構だ。
歪んでいる。
セブンはウェストランドについて教わるほど、深い闇にとらわれた。
元王家の子孫であるがゆえに、西の国の血で血を洗うような歴史を受け継いでいることも、心に黒々とした暗雲を広げていった。





