633 第二王子の首席と次席
第二王子の首席補佐官と次席補佐官は同じ一台の馬車で王宮に向かっていた。
二人は四大公爵家の者である。専用の馬車があるため、わざわざ一台の馬車に乗り合わせる必要はない。
しかし、セブンがロジャーと話をするため、朝早くノースランド公爵家を訪れた。
二人は多忙だ。移動時間も無駄にしたくない。そこでロジャーがセブンの馬車に同乗することで、王宮に向かう移動時間も話し合いに活用することにした。
王宮が近づいて来ると、ロジャーがついに避けては通れない話題を振った。
「機嫌がどうなっているか」
勿論、エゼルバードのことである。
但し、悲観はしていない。
金曜日はかなり機嫌が良かった。土曜日は王立歌劇場でリーナと会える予定だった。
実際は邪魔をしないように見守るという形だったが、同席していたセイフリードとの会話によって普段とは違った趣向を楽しんでいたようにも見えた。
だからこそ、ロジャーとセブンは一日位自分がいなくても平気だろうと判断し、実家に戻った。
二人は何かと第二王子の世話をするため、王宮に与えられた部屋に住んでいるも同然の状態だ。
とはいえ、公爵家の跡継ぎである以上、実家関係の執務や話し合い等もあり、折を見て帰宅するようにはしている。
エゼルバードは昼前に起きるため、月曜日の昼食後までに戻ればいいと考えていた。
不在時はライアンとジェイルに任せてはいるものの、この二人ではエゼルバードに何かあった場合、止めたり諫めたりすることができなかった。
「何か聞いたか?」
「いや」
何かあれば、王宮から伝令が来る。しかし、伝令は来なかった。呼び出しもない。
問題がなかったと考えるのは簡単だが、油断はできない。
なにせ、相手はエゼルバードだ。エルグラードどころか世界で最高に気まぐれな王子である。
「また病気が再発していないといいが」
本音をこぼしたロジャーに、セブンが応じる。
「手遅れではないか?」
「……どういうことだ?」
「どうもこうも、お前が言っていた通りだ。特効薬はない」
曖昧だとロジャーは判断した。
「ここには私達しかいない。しかも、お前の馬車だ。はっきり言って欲しい。その方が、私の考えと同じであるのかどうかを確認できる」
「私は口にするのが得意ではない。お前が言葉すべきだ。それを私が同意するか否かで判断すればいい」
「十分口が動いている。話せるはずだ」
「言いたくない」
無駄ともいえるやり取りが続く。
折れたのはロジャーだった。
「病気の気配がする。退屈病はいつものことだが、別の病気が併発しているような気がする。リーナへの興味が持続し過ぎている。通常であれば、とうに飽きているはずだが、むしろ増強している。危険ではないかと案じている」
セブンは頷いた。しかし、何も言わない。
ロジャーは少しだけ苛立ちながら、言葉を続けた。
「エゼルバードは我慢する必要がない立場だ。気に入ればすぐ手に入れることができる。必要なだけ側に置き、いらなくなれば捨てる。その繰り返しだった。しかし、今回は違う。気に入っても手に入らない。王太子のものだ。大抵のものであれば、王太子に言って譲って貰える。しかし、今回ばかりは無理だ。自分の恋人を弟に譲るほど、王太子も甘くはない。さすがに一度与え、飽きたところを回収してくれればいいとも言えない」
「むしろ、王太子が奪っていった。後宮のせいだ」
その通りだった。
王太子はリーナを手放した。後宮を解雇になる際、見て見ぬふりをした。
勿論、それはエゼルバードがリーナに手を伸ばすであろうことを理解した上でのことだった。
普通に考えれば、リーナは第二王子のものとして管理された状態が続くはずだった。エゼルバードの好きにできる。寵愛しても捨ててもいい。アフターフォローもしっかりとするつもりだった。
エゼルバードの捨てる女性を、一旦とはいえ拾うのは側近の役目だった。そうすることで女性がエゼルバードに危害を加えること、突拍子もない行動を取るのを防ぐことになっていた。
ロジャーは非常に曖昧かつ微々たる気分ではあるものの、リーナを拾ってもいいと考えていた。ノースランド公爵家に放り込んでおけばいい。使用人達が厳しく礼儀作法を教え、母親や姉が好きにする。四人の婚約者を追い払うために活用できる駒にできる。
だからこそ、解雇になった後の身柄を引き受けた。王太子にしっかりと第二王子側で管理することをアピールする狙いもあったが、ノースランド公爵家で行儀見習いをさせ、事前に様子を見ることにしたのもある。
リーナの評判はすこぶる良かった。特に使用人達から。この部分をロジャーは重視し、高く評価もしていた。
ノースランドの女主人になる者であれば、使用人達を統べるか慕われなくてはならない。自分の母親のように子供を産むだけで十分だと考えるつもりはなかった。
しかし、セブンもリーナに目をつけた。他にも数人、内密ではあるもののアフターフォローについての話があった。この時点では貧乏男爵家の出自なら自分の都合よくできること、リーナの親族がのさばらない部分が利点だと思われた結果だ。
第二王子の取り巻きには独身男性が多い。婚約者がいる者はそれなりにいるが、結婚まで辿り着いていない。つまり、条件が悪くなければ若い女性の引き取り手が多数いる状態だ。だからこそ、セブンが早々に名乗り出るような行動を取ったのもある。
ところが、想定外の事態が起きる。
まず、レイフィールがしゃしゃり出て来た。リーナを自分の侍女として引き取りたいと言い出したのだ。
レイフィールはリーナを寵愛しているわけではなかったが、役立ちそうだと考えた。いや、すでに役立っていた。利口というよりは、馬鹿正直。真面目。素直。従順。自分を裏切らない者になると考えた。
この時点ではエゼルバードの方が圧倒的に優位だった。だが、微妙と言えば微妙だった。というのも、エゼルバードはリーナを王太子とくっつけたがっていた。
王太子はリーナに好感を持っている。女性として興味を持っている。
自分の予感は正しいと信じて疑わなかった。
その時点における判断は難しいものの、現在の状況を考えれば、エゼルバードの予感は完全に正しく的中していた。
誰よりも敬愛する兄の恋のキューピッド役を務めたことに、エゼルバードが計り知れないほどの喜びと達成感を覚えるであろうことも予想済みだ。
王太子とリーナの仲が末永く続くほど、エゼルバードの功績は大きく強くなる。
ここまでも良かった。
ところが、後宮華の会によってリーナは王太子の管轄になった。それだけではない。第四王子のところに匿われたせいで、第四王子が管轄権を主張してきた。
王太子は第四王子の管轄権を否定しなかった。むしろ、執務に忙しいことから、第四王子に任せた。第四王子には自分の側近をつけている。どうなっているかがわかるため、問題ないと判断した。
だが、これは第二王子陣営から見れば問題だった。
これまで第二王子で管理していたものを王太子が取り上げ、自分のところで管理するといいつつ第四王子に管理させた。つまり、管理者のすげ替えだ。
第二王子では駄目だったため、第四王子に任せるというわけだ。
第二王子陣営の面目は丸つぶれに等しい。
だが、文句も言えない。
リーナがミレニアスの王族ということになれば、外交面やミレニアスへの個人的な影響力が強いエゼルバードの必要性が高まると思われた。盛り返せる。だが、これも駄目だった。
結局、第二王子陣営はリーナから遠ざかり、その一方で王太子の寵愛は本格的に深まるばかり。成人に向けて動き出した第四王子もこれに便乗しているせいで、付け入る隙がない。
リーナがレーベルオード伯爵家の養女になったことも、血族的な意味では自然なのだが、多くの者達はそれを知らない。
第四王子の側近の実家だけに、政治的な思惑を勘繰る。
このままいけば、王太子は成人する第四王子を自らの右腕として重用しかねない。
となれば、これまで王太子の右腕だった第二王子の価値は下がる。
懐刀になるといっても、レイフィールもいる。足の引っ張り合いでセイフリードに水をあけられてはかなわない。
もはや単純にエゼルバードがリーナを好きか嫌いかという話ではない。
第二王子の立場、そして、それを支えている貴族達全員の将来がかかっている案件だといってよかった。
エゼルバードが本格的に執務に乗り出すと考え始めたのも、単にやる気が出たという問題ではなかった。
セイフリードが成人して執務をすることで、自分の立場が揺らぐことを懸念しているからに他ならない。
エゼルバードは感覚で判断する。非常にあやふやで根拠としては脆弱にも思えるが、その感覚は極めて鋭い。まるで未来を見通す力があるのではないかと思えるほどの的中率を誇る。無視できない。
ならば、どうすればいいのかを全てエゼルバードに指示させればいいと思えなくもないが、エゼルバードは神ではない。そして、完全に未来や正解を知り得ているわけでもない。
予感はするものの、それだけだ。だからこうすればいいというものが常に見えているわけでも感じ取れるわけでもない。
はっきりいってしまうと、その先については考えない。考えるのはロジャーやセブンの仕事だった。
「手を打ったのか?」
「駒がない」
手を打ちたいのはやまやまだが、ロジャーの手駒は決して多くはない。
かろうじて自身が第二王子陣営の中で最も王太子に近い立場を保持しているが、それだけだった。
王太子が寵愛するリーナに対する有効な駒がない。一応はヴィクトリアを配置しているが、オペラにしか興味がない姉が頼りになるわけがない。
王太子の首席補佐官で親友だと自他共に認めるヘンデルのように妹達をすぐ側に配置することはできなかった。
弟は近衛や騎士団の情報を持って来るが、今欲しいと思われる情報は得られない。王太子側も第四王子側も情報漏洩がないよう門を堅く閉ざしている。
そもそも、第四王子は王太子陣営の中にあるようなものであるため、二つの陣営がやり取りすることによる隙間を狙うことができない。
話し合いは全てが王太子陣営の中だった。手が出せない。
「そっちはどうだ?」
「妹は元々早期離脱する予定だ。あてにしていない」
ラブはリーナの側に配置されているものの、入宮は夏休みの期間だけ。しかも、本人はリーナと仲良くする気はない。むしろ、王立歌劇場でセブンが身内に紹介したことを根に持っている。あくまでも兄の都合と補習のために仕方がないと割り切って参加したようなものだった。
但し、実際に入宮した後、しっかりと内情に関する報告は挙げている。元々馬鹿な妹ではない。利口な方だ。
しかも、リーナに対してもだんだんとその人となりがわかってきたせいなのか、以前のような嫌悪感をむき出しにしていない。わざとかもしれないが好感を見せるような気配さえあった。
だが、そういったことまでも全てロジャーに説明する必要はないとセブンは判断した。
ラブは嘘つきで気まぐれだった。本気で相手にしている暇はない。
「妹が欲しい」
妹がいれば、リーナにつけることができるという考えだ。
ロジャーの言葉にセブンは冷静に返した。
「私は弟が欲しい」
「どう使う?」
「第四王子につける。パスカルでもいい」
それもいい。だが、アルフレッドでは話にならない。
ロジャーはため息をついた。





