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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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632 授業の再考

「リーナ様、側妃候補の方々、お時間をいただきありがとうございます。この度、側妃候補の方々が受ける講義について問題があることがわかり、関係者で話し合いましたので、そのお話をさせていただきたいと思います」


 まずは後宮長が挨拶するとともに話を切り出し、具体的な話は教育管理部の部長が説明することになった。


「まず、選択科目については側妃候補から様々な意見がありました。特に、これまでは希望した選択科目を受講できたにもかかわらず、今後は一部のものだけしか受講できないことについても抗議がありました。特に、リーナ様の希望された授業のみが受講できるということもあって、不公平ではないかという意見もありました」


 後宮長はリーナだけでなく、カミーラ達にも視線を向けた。


「ですが、後宮は学校ではありませんので、学校と違う部分があるのは当然です。後宮で授業をするのは王族の相手を務める女性、あるいは務めるかもしれない女性達に、一定基準の礼儀作法や知識、技術等を求めているからです」


 王族の相手を務める女性が能力に優れているというのは悪いことではない。だが、その女性達の能力を最大限に引き出し、より向上させるための教育を後宮が施すわけでもない。


 後宮の授業は王族の相手を務める女性、あるいはその可能性がある女性に対し、最低限これだけは理解し、身につけて欲しいことを教えるのが基本になる。


 求められる基準に相応しいだけの能力等がある場合は、授業を受ける必要はない。


 作法が全くできていない者が作法の授業を欠席するのは問題だが、作法ができている者であれば、欠席しても構わない。


 むしろ、授業を受けるのは無駄なことになるため、欠席して別のことを学ぶ自習時間にしてくれた方が有意義であり、講師の負担も減っていいという考えだった。


「ですので、優秀な側妃候補が授業をずっと欠席していても、それで注意や処罰対象になる、退宮になるということはありません」


 側妃候補達は王立学校を始めとした有名な学校を卒業している。


 その学校の授業で成績が悪くなければ後宮が求める基準を満たしている、問題ないという扱いだった。


「例えば、平民の女性が王族の目に留まっても、貴族のように礼儀作法ができない、礼儀作法の授業がある学校を卒業していないということもありえます。そこで、後宮が教えるわけです。ですが、元々礼儀作法ができているのであれば、授業を受ける必要はないということになります。王立学校の礼儀作法の成績がよければ、後宮における礼儀作法の授業は受けなくてもいいというようなことです。カームヴェレック公爵、ここまでは問題ないでしょうか?」

「理解している」


 部長は続きを話した。


「選択科目は技能を身につけることを重視しているのですが、それは女性の能力を伸ばすためではなく、どうやって女性が王族を喜ばせるかという手段を習得するため、それを支援するためのものになります」


 王族の相手を務める女性あるいは務めるかもしれない女性が、どのような方法で王族の気を引きたいか、喜ばせようとするかはわからない。女性の性格や嗜好もあり、自由だ。


 王族の前でピアノを弾きたくはない。ピアノで王族を喜ばせようとは思っていない。そのような女性に、ピアノを習得しろとはいわない。歌で王族を喜ばせたいということであれば、歌を習った方がいい。


 後宮側は選択科目という形で側妃候補を支援し、王族を喜ばせるというだけだ。


「多くの方々は誤解されていると思われます。もう一度まとめていいますと、後宮は住居です。マナーを守り、生活して頂きたいということが最優先です。また、後宮の授業は女性をより立派な淑女にするためのものというよりは、淑女とはいえない女性を淑女にするためのものです。立派な淑女であれば、学ぶ必要はありません。更に、王族を喜ばせる手段を身につけるための支援をする用意はあるというだけです。後宮長、ここまでは大丈夫でしょうか?」

「問題ない」


 後宮長はその通りだと頷いた。


「ですので、はっきり申し上げますと、ほとんどの側妃候補の方々はもう十分学んでいるので授業は必要ないのです。ただ、復習したい、忘れたくない方もいるかもしれないので、しているというだけです。そして、選択科目に関しては……」


 部長は視線を落とした。


「やはり、同じく必要ないだろうという判断になりました。学校でもすでに習っていますし……これまでにずっと留まっている方々が様々な技能を習得しても、王族に披露する機会がありません。王族の方々が側妃候補の方々に関心がなく会う気がないというのは、こちらも把握しています。そういったことから、王太子殿下がご寵愛されているリーナ様の希望されるもののみ、授業をすることになりました。ただ、側妃候補方々にはっきりとその理由を申しあげることはできませんので、十分に優秀な能力をお持ちだということや、すでに手配等をしてしまったことを理由にしております」


 しばらく間を開けた後、カームヴェレック公爵が発言した。


「一応、確認する。今の説明であれば、後宮の授業と同じ科目がある学校を卒業している者は、基本的に後宮の授業を受ける必要がない。学校を卒業していない者は、授業を受けて欲しい。その様子を見て、淑女としての基準を満たしているかどうかを判断する。基準を満たしているようであれば、やはり継続して受ける必要はない。これでいいか?」

「はい」


 部長が頷いた。


「選択科目は王族を喜ばせることができるように努めるのを支援するためにある。しかし、多くの側妃候補は王族の寵愛を得るのが難しい。技能習得も支援も無意味だ。そこで、技能習得や支援の意味がある者、つまり、王族に寵愛されているレーベルオード伯爵令嬢が希望する授業のみ手配した。正しいか?」

「はい」

「ということだ。そのため、レーベルオード伯爵令嬢はできるだけ欠席しないように授業を受けて欲しいが、欠席しても問題はない。後宮の求める基準を満たしているかどうかはまだ判断中だということだが、レーベルオード伯爵家における教育やこれまでの職歴等からある程度は学んでいるはずだ。王太子殿下も体調や負担を考慮し、無理のないようにと言われている。理解されただろうか?」

「はい。わかりました」


 リーナは頷いた。


「次にダンスの授業についてだが」


 カームヴェレック公爵は選択科目の一つであるダンスの授業において、講師とベル及びアルディーシアの意見が合わず、関係者に報告されて話し合われたことについても説明を続けた。


「先ほどの説明によれば、選択科目は王族を喜ばせるための技能習得だ」


 講師は様々な種類のダンスを披露することが、王族を喜ばせることにつながると解釈した。


 いかに最上級レベルのワルツを披露しても、そればかりではつまらないと感じるかもしれない。飽きやすいだろうという意見だ。


 この意見に同意する者もいれば、反対する者達もいた。


 様々なダンスを披露しても、下手であれば、王族を喜ばせることはできない。体育の授業で技能向上を目指すといっても、体育の授業では別のダンスになるかもしれない。


 ダンスの適正能力があまりにもなければ、一つのダンスを懸命に覚えて技術の向上を図っている間に、下手な踊りだけが量産されていくことになる。


 これでは役に立たない。無駄なダンスの授業は支援どころか、負担になるという意見だった。


 それに対し、王族の前で披露するといっても内々のこと、国内最高の技術でなければならないということではない、という主張も出た。


 すると、また反論が出た。


 講師が十分習得したと認定したものを王族の前で披露し、下手過ぎると不興を買ったらどうするのか、喜ばせるどころではない。


 また、ダンスは内内に披露するものばかりとは限らない。王族にエスコートされて出席する夜会等で披露する場合もある。下手でいいわけがない、という主張も出た。


「様々な意見が出たため、時間がかかった。結局、レーベルオード伯爵令嬢の希望に合わせることになった。ダンスの授業で様々な種類を覚えることを優先するか、夜会等で披露できる程度の技能向上を盛り込むかを選んで欲しい」


 自分が決めた通りになるという説明に、リーナは少しだけ戸惑った。


 てっきり、話し合いで決まった結果を通達されるだけだと思っていたからである。


「あの……ちょっといいでしょうか?」

「勿論だ。遠慮しないで欲しい。その方が困る」


 リーナは自信がない様子で答えた。


「私、選択科目が王族を喜ばすための授業とは知らなくて……」


 言葉が止まってしまう。


 しばらくすると、カームヴェレック公爵が尋ねた。


「他の授業に変更したいのだろうか?」

「私はダンスが苦手で、社交の経験があまりありません。授業を受けて勉強したいと思いました。それから、王立歌劇場に行った時や芸術に関するお話を聞いた際、勉強不足を実感しました。なので、希望にしたのです。正直に言えば、王族の前でダンスや様々な話を披露して喜ばせるために選んだわけではなくて……」

「他の技能を習得して披露してはどうだ?」

「他の選択肢もちょっと……学ぶということであればともかく、披露するというのは……」

「では、どうやって王族を喜ばせるつもりだ?」


 リーナは沈黙した。


 誰もがリーナの答えを待っていたが、なかなか考えがまとまらないのか言葉が出ない。


 教育管理部の部長は沈黙に耐え兼ね、発言をした。


「……あの、選択科目に関してはその他という項目もあったと思います。ご希望があれば、こちらで授業として手配するかどうかを検討致します。必ずしも希望通りということにはいかない場合もあるのですが、側妃候補が大勢いた際にはそれこそ多数のご意見がありました。参考のために申し上げますと、手紙の書き方とか料理とか……」

「えっ、そういったことも大丈夫なのですか?」

「いや、その、手配できるものというわけではなく、ただ、意見として挙げられてきたものになります」


 手紙の書き方というのは一般的な手紙の書き方のことではない。王族に出す手紙や王族への恋文の書き方について学びたいという希望だった。


 料理については、王族の胃袋を掴むためのもので、料理というよりは差し入れする菓子などを制作するといった授業の希望だ。


「手紙につきましては、一部採用する形で授業が手配されました。王族に手紙を出す際に注意すべき点を教えるというもので、基本は一般的な手紙の作法に乗っ取るという形です。ただ、授業で習ったことを早速活かすために王族の方に手紙を出す方が多くなってしまい、王太子府や王子府から抗議がありました。候補の方からも、返事が来ない、全く意味がない授業だと文句が出たのでなくなりました」


 料理も同じだった。


 王立学校の授業にも調理実習がある。後宮の授業にあってもいいと判断されたが、厨房から猛反対された。


 しかし、必ずしも厨房を使わなければ授業をできないというわけではない。


 そこで、別の部屋に必要な道具や材料等を運び、どうしても厨房でなければ無理という作業に関しては、厨房の作業従事者の時間給を教育管理部の予算で負担することで調整した。


 側妃候補は調理実習で作ったものをやはり王族へ贈ったが、勿論、迷惑でしかない。


 そもそも、王族は最上級の品質、味、安全性を確認されたものしか口にしない。ただの側妃候補が制作した菓子等を食べるわけがなかった。


 結局、この授業もなくなった。


「他にも意見というだけであれば色々ありました。王族の執務の簡単な補助作業をして賢さをアピールしたい、寝室でのマナーを学びたいなど……まあ、言うだけなら自由といいますか……」

「参考にならない例ばかりではないか」

「申し訳ございません」


 部長はカームヴェレック公爵に頭を下げた。


 リーナは新しい希望を出すことについては考える必要はない気がした。


 今、答えを出すべきは二つのこと。


 すでに選んでいる選択科目の授業を継続して受けたいかどうか。


 ダンスの授業において、種類と技能向上のどちらを優先するか。


 リーナはじっくり考えるよりも、できるだけ早く決めた方がいい気がした。


 今日の五時限目にはダンスの授業になる。どうするかを決めかねると、曖昧な状況での授業になってしまうため、やりにくい。またしても講師と生徒で意見が対立するといった状況になるのも好ましくない。


「……選択科目はこのままで大丈夫です。苦手なことを克服することで、王太子殿下に相応しいと思われるような女性に少しでも近づけると思いますし、頑張って勉強をしていることを王太子殿下も喜んで下さると思います」


 まずは選択科目をどうするかについての答えが出た。


 リーナは選択科目を選ぶ際、王族を喜ばせるためのものであることを知らずに選んだ。だからといって安易に変更することはなく、もう一度、本来の意図に添うものであるかを考えた。


 そして、単にダンスを踊る、巧みな話術や状況対応をする、芸術的な知識や感性を披露することが王太子を喜ばせるのではなく、苦手なものを克服する、勉強する努力こそ、王太子に評価され、喜ばせることにつながるはずだと考えた。


 その考え方はその場にいる者達を驚かせた。


 選択科目を選ぶ際、多くの者達は得意なこと、興味あることを選ぶ傾向が強かった。


 それが悪いわけでも間違っているわけでもない。だが、リーナのような考え方もできる。発想の転換のようにも聞こえるリーナの考え方もまた悪くない。むしろ、リーナの場合は有効だ。


 真面目な王太子はリーナにもっと勉強をして欲しいと思っている。だからこそ、苦手なことを克服しようとするリーナの努力を評価し、喜ぶだろうと思えた。


「それとダンスのことですが、先程聞いた話の中に、王族にエスコートされて出席する夜会等で披露する場合もあるという主張がありました。授業で習ったダンスを踊らなくてはいけない機会がありそうなら、その時に困らない程度には踊れるようにしておきたいです。なので、技術向上を取り入れて欲しいです」


 リーナは説明された内容をきちんと参考にした上で、答えを決めた。


 曖昧な理由や個人的嗜好に偏った判断ではない。


 正しい。


 適切だ。


 納得できる。


 そして、


 見事だ。


 リーナは王太子の目に留まった幸運な女性かもしれないが、美人でも賢そうにも見えない。身綺麗にしているものの、どこにでもいるような普通の女性で、何か特別なものを持っているようには思えなかった。


 しかしこの時、部屋にいる者達はリーナの持つ特別な何か、真っすぐで、小さくも強い輝きのようなものを感じていた。



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