63 問題の発生
翌日。
予定通り、王族会議が開かれた。
ずっと覇気のなかった第三王子レイフィールがやる気に満ちた表情で入室した。
国王も兄王子達も何かあるだろうとは思ったが、レイフィールが告げた内容は予想外だった。
後宮の侍従達がほとんど使われていない王族用の部屋を勝手に休憩室として使用していたという内容だ。
「撞球の間を侍従用の第二休憩室、喫煙の間を第三休憩室と称していた。そのような変更があったとは聞いていない。大問題だ!」
未使用であっても、王族用と定められた部屋を侍従が勝手に使用することはできない。
侍従が使用すれば形跡が残るが、掃除をするのは女性の召使い。
王族が使ったのか侍従が使ったのかを知らない。
部屋を管理している侍従が黙っていればいい。
簡単に露見しそうで、露見しなかった。
「私は常々後宮は広すぎると思っていた。使っていない部屋は閉鎖してしまえばいい。掃除する必要はない。人員削減ができると考えた。そこで、王族用の部屋で使用されていない場所を確認することにした。すると、王族以外が使用しているのを部下が発見した」
レイフィールはリーナから情報を得たことを隠すため、別の理由で侍従の違反を発見したことにした。
「違反の現行犯として捕縛されたのは二十四名。侍従長補佐や施設部長などの役職付きもいた」
レイフィールの側近と第三王子騎士団が捕縛して調べたところ、他にも多くの侍従が許可なく使用している実態が判明した。
「今日も密かに部下を張りこませている。続々と現行犯で逮捕できるだろう。この件についての調査権が欲しい。違反者は処罰しなければならない!」
「後宮警備隊に任せればいいのではないか?」
国王の言葉にレイフィールは笑った。
ありえないと感じながら。
「後宮警備隊に共謀者がいるかもしれない」
巡回警備で気づいていたにもかかわらず報告しなかった。あるいは報告が握りつぶされた可能性がある。
それについてもレイフィールは調べたいと主張した。
「レイフィールに任せた方がいい。王族への不敬行為及び違反行為だ。厳しく取り締まらなければ示しがつかない。王族用の部屋を許可なく勝手に使える悪しき前例になってしまう」
王太子のクルヴェリオンがレイフィールを援護した。
すると、
「その通りです。侍従が許可なく王族用の部屋を使用するなどありえません。発見されたその場で切り捨てられてもおかしくないほどの重罪です」
第二王子のエゼルバードも援護に加わった。
多数決であれば決定だ。
国王の強権で庇うことでもない。違反行為も侍従が悪いのも明白だった。
「レイフィールに調査権を認める。但し、詳細がわかるまでは慎重に動け。組織的な問題だとすれば、後宮だけでなく国王の権威も傷つく。内密に処理することもできるようにするのだ。まずは違反者の特定をしろ。わかったな?」
「わかった。だが、違反は違反だ。正義の裁きは必要だ!」
レイフィールは力強く宣言した。
後宮に大勢の軍人がやってきた。
第三王子は軍の統括をしている。だからこそ、部下の多くは軍人だ。
最初は第三王子騎士団の者が見張りをして現行犯逮捕をしていたが、あまりにも逮捕者が多かった。
詳しく調査するための人員が必要になった結果、第三王子直属の特殊部隊も投入された。
リーナは怖かった。
毎日のように軍人が多く出入りするようになり、後宮内で見かけるようになった。
黒の応接間付近は特に多い。
その影響でリーナは第三王子について知ることになった。
第三王子のレイフィールは剣術を始めとした様々な武術に長けており、執務に忙しい国王や王太子に代わって軍の統括をしている。
その第三王子が後宮で調査をすることになり、第三王子の部下である軍人も多く出入りするようになった。
リーナは後宮警備隊も怖かったが、調査に来た軍人はそれ以上に怖かった。
できるだけ近寄りたくはないが、リーナには仕事がある。
黒の応接間付近に行かなくてはならない。
警備の軍人に確認してから掃除しなければならないが、軍人はリーナを睨み、早く掃除しろと威圧的だ。
リーナは不安になり、パスカルに手紙を出した。
数日後、リーナが掃除している時にパスカルがやって来た。
「パスカル様!」
パスカルは優しく微笑みながらリーナを抱きしめた。
「仕事のせいで来るのが遅くなってしまった。ごめんね。でも、もう大丈夫だよ」
パスカルはなぜ軍人が後宮にいるのかを説明した。
以前、リーナが第三王子の部下に話したことがきっかけで、大勢の侍従に問題があることがわかった。
「調べられているのは侍従や侍従見習い。巡回担当の警備だ。大丈夫だよ」
「でも、私が話したことがきっかけですよね?」
「リーナの名前は出ていない。偶然、第三王子殿下の部下が発見したことになっているようだ」
第三王子の部下はリーナが調査対象にならないように配慮していた。
パスカルが知っている状況において、リーナは安全だった。
「心配しなくていい。不安そうにしていると、逆に疑われてしまうかもしれない」
「そんな!」
「今は仕事に集中しよう。調査が終われば軍人はいなくなる。もう少しだけ我慢して欲しい。いいね?」
「……はい」
パスカルはリーナにキャンディの入った小袋をくれた。
「リーナの不安が少しでも和らぐようにこれをあげる。ピンクは幸せの色だよ。それからこれも」
ピンクのハンカチで、縁取りに白いレースがついている。
「いつも側にいてあげることはできないけれど、僕の代わりにこのハンカチがリーナの側にいる。幸せ色のハンカチだよ。これを見て元気を出して欲しい。購買部で売っているものだから、持っていても大丈夫だ」
リーナは頷いた。
パスカルの優しさと気遣いが嬉しかった。涙が出そうなほど。
「休みになれば、黒の応接間付近に来る必要もない。頑張ろう」
「はい!」
リーナは休日が来るのを待ち遠しく感じた。
そして、休日になった。
リーナはようやく軍人に睨まれる日常を脱した。
そして、パスカルに穴場だと教えて貰った中庭で日向ぼっこをすることにした。
休日にはその程度しかすることがないともいう。
中庭に向かうと、廊下の奥に警備がいた。
リーナは嫌な予感がした。
だが、いきなりくるりと進行方向を変えると、逆に怪しまれる。
前にそのせいで職務質問をされたことがあった。
やましいことはないと示すため、リーナはそのまま進んだ。
「すみません。ここはもしかして通れないのでしょうか?」
「どこに行く?」
「中庭です」
「中庭は封鎖中だ。入れない」
「わかりました。では、失礼します」
リーナは深く頭を下げて礼をすると、踵を返した。
来た方向に戻ろうとするが、すぐに呼び止められた。
「待て!」
「何でしょうか?」
「お前は呼ばれて来たのか?」
「違います。休日なので中庭で日向ぼっこでもしようかと思って来ただけです」
「そうか。なら行っていい」
「はい。失礼します」
リーナはもう一度深く頭を下げると、元来た方向に歩き出した。
しかし、またしてもすぐに呼び止められた。
「待て!」
警備ではない。リーナの知る別人だ。
第二王子の部下だった。
「丁度いい所に来た。お前でいい」
「何か御用でしょうか?」
「中庭に新しい茶を持って来い。古いのは下げろ」
「わかりました」
リーナは深々と一礼すると、元来た方向に向かおうとした。
「待て! 古いのを下げろ」
「それはできません」
リーナは答えた。
「私は掃除部です。給仕は担当外なので、給仕担当に伝えます」
「新しいのはともかく、古いのを下げるのは誰でもいいだろう?」
「いいえ。食器に触れただけでも違反になってしまうかもしれません」
男性は眉をひそめた。
だが、すぐに思いついたような表情になった。
「中庭を綺麗に掃除しろ。食器を片付ければ綺麗になる。掃除はお前の仕事だ」
「私の掃除はトイレ掃除だけです」
「片付けろ。命令だ。そして、新しい茶を持って来させろ」
「はい」
命令であれば、仕方がなかった。命令違反をしても処罰になってしまう。
リーナは第二王子の側近と共に中庭に行った。
どうして……いるの?
そこには第二王子だけでなく意外な人物もいた。
リーナは驚きの余り動けなくなった。
「侍女ではなく召使いを呼んだのですか?」
「通りがかりました。下げるだけであればいいのではないかと」
エゼルバードはリーナを見て眉を上げた。
「許可しましょう」
「下げろ」
「……失礼します。食器をお下げ致します」
リーナは掃除部の仕事しか習っていない。
但し、マーサの仕事を手伝う際に、少しだけ教わったことがある。
突然近づくのは無礼になるため、必ず先に一言告げる。
問題がなさそうであれば、次の行動へ移るということだ。
特に何も言われなかったため、リーナはテーブルに近づくと食器を取ってワゴンに乗せた。
ドキドキして手が震えてしまいそうだが、高価そうな食器を落とさない方が重要だと自分に言い聞かせた。
食器を移し終えるとワゴンを押す。
動かない?
リーナは強く押したが、ちょっとしか動かなかった。
もしかして、壊れているの?
リーナは困った。だが、片付けなくてはならない。
その様子をしばらく見ていたエゼルバードは苦笑しながらリーナに声をかけた。
「そのままではワゴンは動きません」
リーナは思い切って尋ねることにした。
「恐れながら申し上げます。ワゴンが動かない理由をご存じであれば、教えて頂けますようお願い申し上げます」
「ワゴンの下には勝手に車輪が動かないようにするための装置があります。それを解除しないと、スムーズに動きません」
あっ、ストッパーだわ!
リーナは思い出した。
掃除をする際、掃除道具を専用の台車に載せて行くことがある。
台車には勝手に動かないようにするためのストッパーがついていた。
「わかりますか?」
「たぶんですが、掃除用の台車と同じではないかと……思います」
リーナは仕掛けの部分を足で操作した。
少しだけ押して見ると、ワゴンがスムーズに動いた。
「ありがとうございました。動かせるようになりました」
「掃除の台車はわかるというのに、ワゴンのことは知らなかったのですか?」
「私は掃除部なので、掃除に関わること以外は教えられていません。お茶を出したり下げたりするのは担当外なので知りませんでした。申し訳ございません」
「次はコーヒーを持ってきなさい。兄上はまた紅茶でいいのでしょうか?」
リーナは驚愕の表情になった。
……余計なことを。
兄上と呼ばれた人物は心の中でつぶやいた。
リーナの頭の中は混乱しながらも答えを出す。
第二王子の兄。
それは第一王子。つまり、王太子だ。
ずっと立ちつくしたままのリーナに、第二王子は眉をひそめた。
「驚き過ぎですよ、リーナ。王太子の前でおかしな顔をすべきではありません」
リーナは泣きそうになった。
驚きのあまり、おかしな顔をしてしまった。
しかも、それを見られた。
第二王子に。
そして、クオンに。