622 レストラン利用
第一幕が終わると、二十五分間の幕間がある。
レーベルオードの保有するボックスはブッフェ付きになるものの、デーウェン側がレストランを利用したいというリクエストを出していたため、全員は一階にあるレストランまで移動することになった。
王立歌劇場のレストランは二つある。上位のワインの間、下位のパンの間。
予約をしているのはワインの間だった。
エゼルバードのはからいにより、王立歌劇場の係員や警備がロープを張って専用の通路を確保していたため、六人は苦労することなくワインの間へと移動した。
「こちらでございます」
予約席に座ったデーウェン組は周囲を見渡した。
「このようになっているのか」
ラダマンティス公爵とアリアドネは初めてレストランを利用する。
アイギスは留学時代に友人達と利用したことがあるが、一度しかなかった。
リーナもワインの間を利用するのは初めてで、以前利用したのはパンの間だった。
「食事は席に置かれているのか」
ラダマンティス公爵はテーブルの上を確認した。
「幕間時間になると、予約席にはすぐに食事が置かれます。いつ来てもすぐに食べることができるようにという配慮です。よほど近くのボックスや席から移動しなければ、すでに置かれた状態になってしまいます」
レストランに関する説明はパスカルからすることになっていた。
「飲み物が水しかない。頼むのか?」
「予約した者が着席すると用意されます。パンの間では種類を聞かれますが、ワインの間では聞かれません。最初は発泡酒、その後は白ワインと赤ワイン、女性や未成年には二種類のジュースが自動的に用意されます。白ワインをもう一杯などといった追加はできません。飲み足りない場合はバーなどの別の場所で取ることになります」
「食後のお茶はないの?」
アリアドネが尋ねた。
「食事の皿を下げさせるとデザートと紅茶がサービスされます」
「コーヒーは?」
「必要なら、追加します」
「コーヒーがいい」
ラダマンティス公爵が言った。
「では、食事が終わった際、皿の上にナプキンを置いて下さい。新しいナプキンとコーヒーが届きます。ナプキンがないと、紅茶だけでいいという意味になります」
「ほほう」
「ここでは飲み物が来るのを待たず、食事を始めます。乾杯は発泡酒が届いた時にすることになります」
「乾杯する者はほとんどいないはずだが?」
アイギスが質問した。
「時間がないので、何事も省略されることが多くあります。乾杯というよりは、軽く杯をかかげてから各自が飲む程度で、誰かが音頭を取るというようなことはほとんどしません」
「ふむ。もっとゆっくり食事がしたいところだが、時間的に仕方がないか」
「それがこの場所におけるスタイルなのですね」
「量も少ない。大皿に少しずつ盛り付けてあるだけだ」
「でも、綺麗な盛り付けですわ。スープは後から来ますの?」
「スープはありません」
「ただの貴族はこのような食事をしているのか」
「十分から十五分で食べきれる量を目安にしていると聞いた。多く用意しても食べきれない者が続出するのであれば無駄になる。用意も片付けも大変になるだけだと」
アイギスが自分の聞いた話を補足として披露した。
「なるほど。だが、私は五分で食べる」
「話している間に五分が経っている。丁度いい」
六人は食事に手を付け始めたが、発泡酒が用意されたこともあって、軽く掲げるだけの乾杯をした。
未成年のアリアドネは酒類を禁止されたため、水である。
食事が終わった者からすぐに皿が下げられ、デザートと紅茶が運ばれ、ナプキンを置いた者には新しいナプキンとコーヒーも届けられた。
確かに短時間で軽食を取りやすく、対応も早いとデーウェンの者達は思った。
デザートのアイスクリームを見たアリアドネは喜んだ。
「可愛いですわ!」
デザートはアイスクリームだったが、ハートの形をしたチョコレートと生花が飾られており、白い皿にはソースで美しい模様が描かれていた。
「ワインの間のデザートは、演目内容にちなんだ飾り付けが施されます」
「女性が好みそうなデザインだ」
ラダマンティス公爵が評すると、アイギスが同意した。
「その通りだ。アイスを食べ終わった後は皿を見るといい。中央の模様が見える」
「皿の柄か?」
「そうだ。色々な模様がある。ちょっとした占いのようなものらしい」
ラダマンティス公爵はアイスを食べずにスプーンでどかし、模様を確認した。
「勲章か? それとも太陽か?」
「勲章です。栄光という意味があります」
パスカルが意味を説明した。
すぐにアリアドネも真似をする。あらわれた模様はハートだった。
「愛かしら?」
「その通りです」
「他にもあるの?」
「あります。ですが、誰に何が届くかはわかりません。デザートで隠されているので、給仕もどの種類かを知らないまま運んできます」
「何種類ほどある?」
「四種類です」
「他の種類は?」
「クローバーが幸運、貝殻が繁栄です。得られた模様の示す加護を得る、何かの予兆と考える者が多くいます。運試し、占いのようなものです」
「模様から自由に考えていいため、自分に都合よく考えればいい。まあ、ちょっとした遊びだ」
「いい模様が来た。私にふさわしい。過去もそうだが、未来も栄光に溢れているということだ」
ラダマンティス公爵がそう言うと、アリアドネも頷いた。
「私もハートで良かったですわ。もしかして、素敵な恋人ができるという意味かしら?」
アリアドネはパスカルを見た。
「レーベルオード子爵の模様は?」
パスカルは質問に答えるため、アイスをスプーンでよけた。
「ハートです」
「お揃いね! カップルみたいで嬉しいわ!」
アリアドネが喜んだ。
しかし、アイギスやレーベルオード伯爵もハートであることが判明する。
ハート模様が二人だけのものではなく一番多い模様であることから、アリアドネの気分は沈下した。
「リーナさんは?」
「待って」
スプーンで模様を確認しようとしたリーナをパスカルが止めた。
「このような時はどの模様になるかを予想し合います。正解すると、その者も同じ模様、加護などが得られたと考えることになっています」
「それは知らなかった」
アイギスは早速予想することにした。
「リーナのイメージだと、ハートかクローバーだな」
「ずるいですわ。一つに決まっていてよ」
アリアドネが注意した。
「では、クローバーだ。別の加護が得られる」
アイギスの皿はハートだったため、別の模様を選んだ。
「確率的にはハートですわ。同じ者が沢山いますもの」
アリアドネは逆にハートを選んだ。
「揃うことにかけて、勲章にする」
ラダマンティス公爵は自分と揃いの模様であって欲しいと感じ、あえて同じ模様を選んだ。
「父上は?」
「誰も選んでいない貝殻にする。これで誰か一人は当たるだろう」
それぞれが違う考え方によって別々のものを選ぶからこそ、予想する楽しみが生まれる。
「レーベルオード子爵の予想は?」
「クローバーにします。スズランと同じ意味を持つので」
パスカルはレーベルオードの花スズランに幸運という花言葉があることにちなみ、同じ意味を持つクローバーを選んだ。
まさに全員が違う理由になった。
「正解は?」
全員が注目する中、リーナはアイスクリームをどかした。
少し溶けてしまったせいでわかりにくい。あまり強くこすると、音がしてしまう。
「チョコレートを使ってよければいい」
パスカルは残ったアイスクリームの上に飾られているチョコレートを取ると、それを使って溶けたアイスクリームを取り除いた。
「貝殻です」
正解したのはレーベルオード伯爵だった。
つまり、レーベルオード伯爵は愛と繁栄の加護を得るということになる。
当たっている。リーナのおかげで私は家族の愛と喜びを感じ、レーベルオードがより繁栄する機会を得た。これからもその加護が続くということだ。
レーベルオード伯爵は心の中でそう思った。
「このチョコレートは触れてしまったから、このまま貰ってしまってもいいかな?」
ミルクチョコレート。
色からいって、リーナは自分の大好きなミルクチョコレートだったと推測した。
少しだけ残念な気持ちになったものの、兄に譲ることにした。
「どうぞ」
「ありがとう」
パスカルはすぐにチョコレートを食べた。
「とても美味しい。リーナのだから余計に。後でチョコレートを沢山届けるように手配するよ」
「大丈夫です。お気遣いなく」
「駄目だよ。リーナのハートを奪ってしまったのだから。占い通りにね」
パスカルの皿はハートの模様だった。愛の加護を得ると考えることができるが、後でリーナのアイスクリームに飾られていたハートを得るという意味に取ることもできた。
パスカルの社交力の高さを示すような洒落た言葉に、全員がさすがだと感じた。





