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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第六章 候補編

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617 消えない覚悟



 親子を乗せた馬車がフラットについた。


「お前に見せたいものがある」


 それで誘ったのかとパスカルは思った。


 レーベルオード伯爵は寝室に息子を連れて行くと、寝台の隠し金庫から封筒を取り出した。


「そんなところに金庫があったとは」

「見ていい」


 パスカルは父親から差し出された封筒を受け取った。


 何も書かれていない。封蝋の跡はあるが、印章はない。


 中から折り畳まれた紙を取り出すと広げ、素早く目を通した。


「これは本物ですか?」

「本物だ」


 エルグラードの出生届。


 子どもの名前はリリーナ。母親はリリアーナ・ヴァーンズワース。


 父親の名前は無記入。


 出生証明書の部分はインヴァネス大公が記入して公印が押されていた。


「いつこれを?」

「養女祝いだ。大公子が直接持って来た。あくまでもインヴァネス大公夫妻の個人的な判断からで、ミレニアス王は知らない。全てを私に任せるという伝言も受け取った」

「これを活用するかどうかを父上に委ねたわけですね?」

「そうだ」


 リーナの最大の庇護者はエルグラードの王太子。


 ならば、王太子に届けて委ねるという手もある。


 しかし、インヴァネス大公夫妻はレーベルオード伯爵に委ねた。


 出生届は生まれた場所の役所に届ける。


 リリーナはミレニアスで生まれたため、出生地に届けるとミレニアス国民の登録になる。


 エルグラード国籍が欲しければ、リリアーナが領民登録をしているレーベルオード伯爵領の役所に出生届を出す必要がある。


 つまり、レーベルオード伯爵に出生届を渡せばいい。


「先ほど話し合ったはずです。これは必要がないはず。なぜ、処分しなかったのですか?」

「考えていた」

「提出するかどうかを?」

「空欄をどうするかだ」


 どの空欄のことかは聞くまでもない。


 父親の欄だった。


 ここにレーベルオード伯爵が自らの名前を記入すれば、リリーナはパトリック・レーベルオードとリリアーナ・ヴァーンズワースの娘になる。


 それを他国の王族であるインヴァネス大公が認めたという書類にできる。


「リーナの髪色と瞳に問題がある」


 リーナは金髪だが、リリアーナの色でもパトリックの色でもない。


 瞳の色は全く違う。リリアーナとパトリックは青。リーナは灰色。


 リーナは完全にインヴァネス大公の色だった。


「先祖の色ということで誤魔化すこともできなくはありません」

「嘘だと発覚すれば、王家を騙した罪でレーベルオードは滅ぶ」

「ならば、それは必要ありません。余計なことをして、リーナが今以上に不利な立場になるのは困ります。僕は父上の判断に心から賛同しています」

「本心か?」

「僕はレーベルオードの跡継ぎです。守りたいのはリーナだけではありません。父上がリーナよりも僕やレーベルオードを優先することもわかっています。出生届は爵位継承権を与えるのと同じです。慎重になるのは当然でしょう」


 リーナの出生届をエルグラード内で提出すると、エルグラード国籍を持つヴァーンズワース伯爵の直系孫が誕生したことになる。


 それはヴァーンズワース伯爵位を継ぐ権利を持つ血族が誕生することでもあった。


 王太子と婚姻することを考えれば、パスカルが継ぐはずのヴァーンズワース伯爵位が奪われることはないように思える。


 しかし、逆に王家だからこそ、一番危険だと考えることもできる。


 リーナが産んだ子どもの権利は全て守られる。それはレーベルオードの直系ではない者が持つ爵位継承権も守られるのと同じ。


 すなわち、レーベル―ド伯爵位とヴァーンズワース伯爵位が統合したあと、レーベルオードの血を引かないヴァーンズワースの血族に爵位を乗っ取られる可能性がある。


「当主としてレーベルオードの血筋を守る役目がある。リーナの素性が少しばかり綺麗になっても、現状はほぼ変わらない。国王陛下が言うように、取り繕っていると思われてしまいそうだ」

「そうですね」

「ミレニアス王家が介入するような事態もよくない」

「その通りです」

「これは破かなければならない。だが、破きたくないのも本音だ」

「焼却すべきです」


 パスカルは完全な方法を選んだ。


「この書類が悪意ある者の手に渡り、他者の名前を父親欄に書かれて公表されては困ります。速やかに処分してください」


 レーベルオード伯爵は愛用のペンを取り出すと、父親の欄を自分の名前で埋めた。


 それから暖炉の中に置き、マッチを擦って火をつける。


 出生届はあっという間に灰になった。


「これでいい。そうだな?」

「僕ならインヴァネス大公の名前を書いて燃やします」


 あまりにも重い秘密。


 パスカルにはそれを受け止める覚悟があった。


「リリーナが生まれた時に書くのであればそうだろう。だが、書いたのは今だ。私が父親だ。出生届が燃えてしまっても、私の覚悟が消えることはない」


 パスカルは苦笑した。


「確かに今の父親は父上です。間違いありません」


 出生届と共に父親欄も焼失した。


 心の望むままに書いたことが、心の中に残ればいい。


 二人はそう思った。


「安心してください。リーナのことは一生全力で守ります」

「そうだな。全力で守ろう。レーベルオードと共に」

「そうですね。レーベルオードと共に」


 二人はまぎれもなく、レーベルオードの親子だった。



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